｢ねぇ｣
｢は、はい……？！｣
　ただならぬ威圧感におののきながら、ファレスターはとっさに振り向いて返事をした。
　そこには、きっちりとしたスーツのようなものを着ている白髪の男性が立っていた。
｢へぇ｣
　白髪の男性は、何がおかしいのかくすくすと笑った。ぱっと見、幼さの残る美しい顔立ちをした男性だったが、ファレスターの緊張感はほぐれなかった。さっき感じたどろりとしような気配が、勘違いとは思えなかったから。
｢君、救世主なんでしょ？　そのゴリラと猿を静かにさせてよね｣
｢え……｣
　白髪の男性にいきなりそんなことを言われ、ファレスターは困惑するばかり。
｢あいにく、お前みたいに動物の言葉は分からなくてな｣
　ファレスターの代わりにそう言葉を返したのは、傍らにいたキドだった。見ると、キドの表情は警戒心深く彼をにらんでいる。
｢ふぅん……｣白髪の男性は、まるで子どものように目を丸くしてファレスターをみつめた後、にやりと笑みを浮かべた。｢僕に助けて欲しい？　だったら命乞いしてよ、助けて下さいって｣
｢何を……｣
　言いかけて、キドがファレスターをかばうように前に出た。
｢ドンキーコングとディディーコングは仲間だ。命乞いの必要はない｣
　毅然としたキドのその態度の何がおかしいのか、白髪の男性は喉の奥でくつくつと笑いながらさらに言葉を続けた。
｢だったら、代償に何をくれるの？　白くてふわふわした甘いものでもいいけど｣
　白くてふわふわした甘いもの？　ファレスターはよく分からず首を傾げ、キドの顔はますます険しくなった。
｢何を訳の分からないことを……｣
｢あの……｣ファレスターがふと手を上げた。｢白くてふわふわした甘いものって、ホイップクリームのことじゃないですか？　それくらいなら、私、作れると思います｣
　このピリピリとした空間を変えたくて提案したファレスターの言葉だった。
｢だがファレスター、あいつの言葉には……｣
　キドは言い寄ったが、大丈夫です、とファレスターは頷いた。
｢さっき、キドさんは、あいにくお前と違って動物の言葉が分からないって言ってましたよね？　ってことは、その人には動物の言葉が分かるのかなって｣
　とファレスターが白髪の男性を目で指すと、そうだけど、と彼は残念そうに肩を落としたような気がした。
｢私、ホイップクリーム作りますから、ゴリラさんと猿さんが言ってる言葉を教えてくれますか？｣
　ファレスターの後ろでは、相変わらず、ゴリラ語と猿語を話す彼ら(？)が高らかに声をあげて騒いでいた。
　白髪の男性は、赤と黄色のオッドアイをちらりと横に逸らしたあと、ため息をつきながら首を縦に振った。
｢ゴリラと猿と同じ、胸を叩けばいいんだよ｣
　白髪の男性は、とうとう答えてくれた。
｢胸を？　どうして……｣
｢いいからやってよ。そいつらを静かにさせてくれるんでしょ｣
　そんなことで静かになるんだろうか、とファレスターは半信半疑でゴリラと猿を振り返る。二匹は、確かに、両手で胸を交互に叩く仕草をしていた。
｢えーっと……こうかな……？｣
　ファレスターは見様見真似でゴリラと猿の真似をしてみた。
｢ウッホー！｣
｢ウッキー！｣
　すると、ゴリラと猿は嬉しそうに飛び跳ね、ようやく静かになった。
｢あの、ありがとうございます……えっと｣
｢オーエン｣ファレスターが言いかけて、白髪の男性が自ら名乗り出た。｢ねぇ、代償に白くてふわふわくれるんでしょ？　早くしてよね｣
　オーエンは、見た目より幼い瞳でファレスターをみつめた。不思議な雰囲気の瞳をした人だな、とファレスターは思った。
　ゴリラと猿……ドンキーコングとディディーコングは離れたところで静かにバナナを食べ始めている。二匹を静かにすることが出来たのは事実だ。
｢はい、オーエンさん。今用意しますね｣