キドが連れ出してくれたのは、昨日も行ったあの｢おしゃれなお店｣だった。
　しかし、まだ朝早いのか、店の前には｢CLOSE｣という看板がぶら下がっていた。ファレスターは申し訳ない気持ちになった。
｢あの、服はまた別の時でも……｣
　とファレスターが言いかけた時、背後から声が掛かった。
｢アーラ、アナタ！　朝早いじゃない｣
　この特徴的な声と話し方……よく見なくても分かった。おしゃれコウベだ。
　おしゃれコウベは、片手に紙袋を持ったままそこに立っていた。
｢おはよう、おしゃれコウベ｣臆することなく、キドが話し始めた。｢新人の着替えを買おうと思ってな｣
｢えっ｣
　買うなんて一言も言っていなかったことにファレスターは驚き、キドの横顔をみつめる。キドは別段表情を変えずに、なんだと見つめ返してきた。
｢私、お金なくて……｣
｢気にするな。俺が出す｣
　ここの住民は、こんな感じで面倒見のいい人ばかりなのだろうか、とファレスターは思案した。そんなファレスターを見透かしたか否か、キドはさらに言葉を続けた。
｢俺の服を貸してもいいが、こんな感じなのしかなくてな｣とキドはボーイッシュな緑のパーカーを見せるように両腕を広げた。｢それに、下着とかは買った方がいいだろ｣
｢あら、そんなことだったのね。アタシが用意しない訳ないじゃなーい｣
　とオシャレコウベは紙袋をファレスターに差し出した。
｢これは……？｣
　ファレスターが戸惑いながら受け取ると、表情の読みにくいおしゃれコウベの骸骨の顔がにこりと笑ったような気がした。
｢タオルや下着よ。洗濯機は洗濯室にあるから、洗濯は自分でやることね｣
｢……！　ありがとうございます……！｣
　ファレスターはおしゃれコウベに深々と頭を下げた。
　昨日は、ファレスターを置いてどんどんと話を進めるこの骸骨人間にちょっと戸惑いはあったが、根は優しい人なのかもしれない、とファレスターは思った。
｢よかったな、ファレスター｣
　傍らで、終始会話を聞いていたキドがわずかに微笑んだ。
｢はいっ。早速、着替えてきます！｣
｢あれ、ファレスターさん？｣
　せめて中だけでも着替えようと踵を返した時、その声は飛んだ。
｢クロエさん！｣
　振り向くと、赤髪の青年がこちらに向かって駆けてくるのが見えた。
｢俺のことは、クロエでいいよ？｣とクロエは人懐っこそうに紫の瞳を細めた。｢ファレスターさんの服、いくつか出来たんだ。着てもらってもいいかな？｣
｢ありがとうございます！　えっと、お代は……｣
　昨日も同じ話をしたファレスター。やはり、お金がないということが、ファレスターの中で引っ掛かっていた。
｢大丈夫！　お代はいいから｣
　それでも、クロエは好青年のような笑みを浮かべ、どこからか裁縫箱を取り出すと、ぱかっと開けた。
　すると、ファレスターの頭上からいきなり見たことのない洋服が現れて、ファレスターはあっけに取られた。
｢相変わらず、お前の魔法はすごいな……｣
　と呟くようにキドが言った。
　これも魔法なのだろうか、とファレスターがクロエへ目を向けた。クロエははにかみなが言った。
｢そんな、大したことないよ。……もしファレスターさんが気に入ったなら、着て欲しいなって思って｣
　ファレスターはもう一度、頭上の服を見上げた。
　動きやすそうな服とジーンズのようやズボンに、細かい刺繍糸や装飾が控えめに施されていた。
｢ありがとうございます！　とても素敵です！｣
　キラキラと輝いているかのように見える服なのに、普段着に問題ないそれに、ファレスターは一目で気に入った。
　ファレスターは頭上に浮かぶ服を受け取り、店の試着室を借りて新しい服に着替えた。
　試着室の姿見鏡には、こちら側の世界になった自分の姿が映った。まるで、一人暮らしを始めたばかりのあの感覚によく似ていた。
｢ここで、暮らすんだ……｣
　ファレスターは、新しい服に見取れながら一人呟いた。
　ファレスターの中で少しずつ、この異世界を受け入れようと、心が動き始めていた……。