屋敷にて
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ファレスターは、なんだかんだと言われながら、屋敷の一番上の階へと案内された。
そこに辿り着くまでに、何人かとすれ違いはしたが、マリオもピーチも、途中で会ったフレイとレスト、イライという人物も、ファレスターのことを「救世主」と紹介したので、かなりの注目を浴びた。
その注目の視線は、おおよそは歓迎であったが、中には厳しい目付きや疑いの目を向ける人もいて、ファレスターはとてつもない重圧に押しつぶされそうになった。
「ここが、マスターハンド様方の執務室ですわ」
ファレスターの不安とは正反対な様子のピーチが、にこりと微笑んだ。
「私、救世主じゃないかもしれないのに……」
と未だファレスターがそう言うと、そうかもしれないけど、とマリオがこう言葉を続けた。
「救世主じゃなくても、元の世界には戻りたいんだろう? 仲間として、君と一緒に戦って、それぞれの元の世界に戻りたいんだよ」
そして、マリオはファレスターに手を差し伸ばした。
ファレスターは、でも、とためらった。
「僕たちも、そんな感じだったな。ね、フレイ」
と急に話し始めたのはレストである。
「うんうん。記憶喪失のまんま、国を治めてくれとか畑をやってくれーとか言われてさ〜」
とフレイは言うものの、どこか楽しそうだった。
「その時、二人はどうしたんですか……?」
ファレスターは、おそるおそる二人に訊ねた。
フレイとレストはお互いの顔を見合ったのち、まずはレストが答えた。
「最初はびっくりしたけど、少しでも力になれるなら、と思って、出来ることを少しずつやっていたんだ」
次にはフレイが話し出す。
「そしたらすーっかり、国のお姫様と王子様になっちゃってて。あ、お姫様って、頼まれたらなるんじゃなくて、気付いたらなってるものなんだなって思ったよ」
「出来ることを、少しずつ……」
ファレスターは、レストの言葉を反芻しながら、フレイの言葉を頭の中で繰り返した。高い地位に上がろうとしてなったものではなく、気付いたら得ていた地位……。
「救世主なんて、大それた言い方をしましたが」そこに、イライが言葉を紡いだ。「貴方は貴方です。ここに来てくれたことだけでも、私たちは感謝しているのです。全ての出会いに、意味があるように」
イライは、見えない眼差しでじっとファレスターをみつめた。それは、嘘偽りのない言葉だと強く思えるものだった。
ファレスターの中にある何かが、大きく変わった。
「……分かりました。私は、救世主じゃないかもしれないけど、みなさんいい人ですし、元の世界には戻りたいので……出来ることがあるなら、頑張りますね」
とファレスターが決意すると、みんなは嬉しそうに顔をほころばせた。
「それじゃあファレスター様、まずは、マスターハンド様方にご挨拶よ。ここの屋敷の主なんですの。ここに住まわせてもらって、一緒にケーキを食べましょ!」
とピーチは楽しそうに話しながら、大きな扉の前でファレスターを振り向いた。
一緒にケーキを食べるかどうかは置いといても、今のこの自分の状況から考えるに、とりあえずはこの屋敷を頼るしか方法がなかった。ファレスターは頷いた。
「……はい」
ごくりと息を飲み、ファレスターはマスターハンドたちの執務室とやらに入って行った……。
トントン。
「どうぞ〜」
やたらと大きな扉をノックすると、中から声が返ってくる。
ファレスターは緊張気味にマリオたちを振り向けば、大丈夫、と背中を押すように大きく頷いてくれた。
ファレスターはゆっくりと、扉を押し開けた。扉がなかなか重いというのもあるのだけれど。
「ほらな、来ただろ?」
扉を開けて早々、そんな子どもっぽい声が飛んだ。
見ると、十歳くらいの男の子がそこに立っていた。こんな子どももいるのか、とファレスターが少年をみつめていると、よう、と気さくに挨拶をしてきた。
「おばさんがここに来るってことはみんな知ってたのに、こいつら本当、意地悪だよな」
「おば……」
初対面の人に、まさかおばさん呼びをされるとは思わなかったファレスターは言葉を詰まらせた。しかも、こんな小さな子どもに。
「僕は雨宮響也。おばさんは?」
おばさん呼びに慣れていないファレスターの様子に気付くこともなく、少年は話を始める。どうやら、自己紹介をするしかなさそうだ。
「私は、ファレスターだけど……」
直後、奥から影が見えてファレスターは顔を上げた。
「わぁ?!!?」
ファレスターは悲鳴を上げて尻もちをついた。大きくて白い手だけの存在が二つ、響也という少年の目の前でふよふよと浮いていたからだ。
そして、あることを急速に思い出していた。この世界に来る前に見ていた、不思議な夢のことを……。
「も、もしかして、夢に出てた人?!」
ファレスターは叫んだ。
この、白くて大きな右手と左手。忘れられるはずがなかった。
「覚えていてくれて嬉しいよ、ファレスターさん」
白くて大きな右手が、ゆっくりと指を振りながらそう言ったが、一体全体、手だけの存在に口がどこにあるのか、ファレスターはひどく混乱した。
「まぁ、とりあえず、ここに座って、救世主さん」
と右手は言いながら、硬直したままのファレスターを優しく抱き上げ、ソファに座らせた。手つきがとても丁寧でファレスターはあっけに取られたが、右手とほとんど同じ姿をしている左手が、こちらを怪訝そうに見ていると嫌でも気付いていた。
「あの、私……」
「大丈夫大丈夫。……ああ、ヒビヤ君も茶菓子を食べるかい?」
ファレスターを喋らせないためなのか、右手はやや早口気味に茶菓子の用意をし始めた。
「いい。僕帰るから」
と響也は冷ややかに言って執務室を出て行った。
「美味しいのに……あ、ファレスターさんは、お茶かい? それともコーヒー?」
「え、どっちでも……」
何かすごいことを言われるんじゃないかと身構えていたので、ファレスターは思わぬ質問に戸惑いを隠せないでいた。
「それじゃあコーヒーで」
と言いながら、右手にしては小さ過ぎるコーヒーポットを持ち上げ、とぽとぽとカップにコーヒーを注いだ。
「ありがとうございます。でも私……」
ファレスターには色々と話したり聞きたいことがあった。自分をここに住まわせてもらえるのかとか、自分は救世主ではない、とか。そして、自分はどうしてここにいて、ここがどういうところなのか。
その時、右手が急に動きを変え、微動だにせず宙に浮いていた左手を指さした。
「ちょっと、クレイジーハンド。お客さんなんだから、茶菓子くらい出してよね」
どうやら左手に右手が文句をつけているようだったが、左手はふんっと、ない鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「俺には関係のないことだネ」
そんな右手と左手のやり取りを聞いていたファレスターは、徐々に記憶がはっきりと蘇ってきた。この謎の右手と左手の名前を……。
「もしかして、マスターハンドさんとクレイジーハンドさん……?」
ファレスターは、両手を交互に目配せした。
ここに来る前に夢の中で会っていた謎の両手。そこで名前も聞いていたはずなのに、どうして忘れていたのだろう。ファレスターは不思議に思った。
「ファレスターさん、名前も覚えていてくれたんだね!」
一方の右手……マスターハンドは、嬉しそうに宙をゆらゆらと舞った。
「まぁ……」
とファレスターは返事しつつも、目の前のマスターハンドとクレイジーハンドの姿をしげしげとみつめた。
この手だけの存在は一体、どんな体の仕組みをしているのか。ファレスターの目の前のテーブルにコーヒーを置いたマスターハンドは、ソファに座って足を組む男性のように、二本の指を組んでソファにもたれかかった。
「そんなにジロジロ見て、照れるじゃないか、ファレスターさん〜」
「あ、すみません……」
とファレスターは謝ったが、そんなにおかしいことだろうか、と内心で首を傾げた。普通なら、手だけしかない人が、喋ったり宙を浮いたりしないはずなのだが……。
「それで? 俺たちに何か用があるのかヨ?」
と話を切り出したのは、蚊帳の外にいたはずのクレイジーハンドだった。クレイジーハンドは、声からして……彼、と思うのだが、動きや話し方からして、少々乱暴なところがあるかも、とファレスターは思った。
「あ、えっと……私、ここにお世話になることは出来ますか……?」
ファレスターは、ここに来るまでに思っていたことをマスターハンドとクレイジーハンドに言った。
ファレスターは、自分がこの世界の救世主かどうかはさっぱり分からなかった。だが、自分は、いきなりここにやって来て、行く場所がない。外は森ばかりだったのをファレスターはよく見ていた。
見ると、顔すらないマスターハンドから表情を読み取るのは難しかったが、ファレスターの思わぬ発言からか、驚いたようにじっと体を硬直させている。ファレスターは慌てて言葉を紡いだ。
「あ、あの……! 私の出来ることならなんでもしますから……! 掃除でも洗濯でも!」
料理は、そんなに上手くはないかもしれないけれど、とファレスターは付け足して。
しかし、マスターハンドの反応は、ファレスターの予想とは違い、ゆっくりと、こちらへ手を広げた。
「元々、そういうつもりだったんだよ。君が、そちらとこちらの世界の狭間に引き込まれて、存在が消えそうになっていたところを、助けた時から」
「え……?」
ファレスターはマスターハンドを見上げた。
マスターハンドは、握手をするように、ファレスターを見下ろしている。
どういうことなのか、ファレスターは夢を思い返していた。確か、彼らは世界の狭間とかなんとかって話をしていた。
「ということは、ここがどんな世界なのか、誰も知らないんですか……?」
ファレスターは訊ねながら、夢の中の出来事をゆっくりと思い出す。
てっきり、マスターハンドたちの不思議な力か何かで、この世界に無理矢理私を引き込んだのだと思い込んでいた。
「そういうことだヨ。この世界のことは、誰も知らねぇ」
とクレイジーハンドは答えた。ファレスターが思わず肩を落とすと、マスターハンドが話し出した。
「途中でどこかに落としてしまったのは、申し訳なかったと思ってるよ」マスターハンドは、うつむいているような仕草をした。「本当は、一緒に屋敷に来るつもりだったんだけど、邪魔が入ってね」
「邪魔……?」
ファレスターは、なにぶん、世界の狭間からここに来るまでの記憶はなかったので、邪魔者がいたことすら知らなかった。
マスターハンドは言葉を続けた。
「人形だよ」
そこに辿り着くまでに、何人かとすれ違いはしたが、マリオもピーチも、途中で会ったフレイとレスト、イライという人物も、ファレスターのことを「救世主」と紹介したので、かなりの注目を浴びた。
その注目の視線は、おおよそは歓迎であったが、中には厳しい目付きや疑いの目を向ける人もいて、ファレスターはとてつもない重圧に押しつぶされそうになった。
「ここが、マスターハンド様方の執務室ですわ」
ファレスターの不安とは正反対な様子のピーチが、にこりと微笑んだ。
「私、救世主じゃないかもしれないのに……」
と未だファレスターがそう言うと、そうかもしれないけど、とマリオがこう言葉を続けた。
「救世主じゃなくても、元の世界には戻りたいんだろう? 仲間として、君と一緒に戦って、それぞれの元の世界に戻りたいんだよ」
そして、マリオはファレスターに手を差し伸ばした。
ファレスターは、でも、とためらった。
「僕たちも、そんな感じだったな。ね、フレイ」
と急に話し始めたのはレストである。
「うんうん。記憶喪失のまんま、国を治めてくれとか畑をやってくれーとか言われてさ〜」
とフレイは言うものの、どこか楽しそうだった。
「その時、二人はどうしたんですか……?」
ファレスターは、おそるおそる二人に訊ねた。
フレイとレストはお互いの顔を見合ったのち、まずはレストが答えた。
「最初はびっくりしたけど、少しでも力になれるなら、と思って、出来ることを少しずつやっていたんだ」
次にはフレイが話し出す。
「そしたらすーっかり、国のお姫様と王子様になっちゃってて。あ、お姫様って、頼まれたらなるんじゃなくて、気付いたらなってるものなんだなって思ったよ」
「出来ることを、少しずつ……」
ファレスターは、レストの言葉を反芻しながら、フレイの言葉を頭の中で繰り返した。高い地位に上がろうとしてなったものではなく、気付いたら得ていた地位……。
「救世主なんて、大それた言い方をしましたが」そこに、イライが言葉を紡いだ。「貴方は貴方です。ここに来てくれたことだけでも、私たちは感謝しているのです。全ての出会いに、意味があるように」
イライは、見えない眼差しでじっとファレスターをみつめた。それは、嘘偽りのない言葉だと強く思えるものだった。
ファレスターの中にある何かが、大きく変わった。
「……分かりました。私は、救世主じゃないかもしれないけど、みなさんいい人ですし、元の世界には戻りたいので……出来ることがあるなら、頑張りますね」
とファレスターが決意すると、みんなは嬉しそうに顔をほころばせた。
「それじゃあファレスター様、まずは、マスターハンド様方にご挨拶よ。ここの屋敷の主なんですの。ここに住まわせてもらって、一緒にケーキを食べましょ!」
とピーチは楽しそうに話しながら、大きな扉の前でファレスターを振り向いた。
一緒にケーキを食べるかどうかは置いといても、今のこの自分の状況から考えるに、とりあえずはこの屋敷を頼るしか方法がなかった。ファレスターは頷いた。
「……はい」
ごくりと息を飲み、ファレスターはマスターハンドたちの執務室とやらに入って行った……。
トントン。
「どうぞ〜」
やたらと大きな扉をノックすると、中から声が返ってくる。
ファレスターは緊張気味にマリオたちを振り向けば、大丈夫、と背中を押すように大きく頷いてくれた。
ファレスターはゆっくりと、扉を押し開けた。扉がなかなか重いというのもあるのだけれど。
「ほらな、来ただろ?」
扉を開けて早々、そんな子どもっぽい声が飛んだ。
見ると、十歳くらいの男の子がそこに立っていた。こんな子どももいるのか、とファレスターが少年をみつめていると、よう、と気さくに挨拶をしてきた。
「おばさんがここに来るってことはみんな知ってたのに、こいつら本当、意地悪だよな」
「おば……」
初対面の人に、まさかおばさん呼びをされるとは思わなかったファレスターは言葉を詰まらせた。しかも、こんな小さな子どもに。
「僕は雨宮響也。おばさんは?」
おばさん呼びに慣れていないファレスターの様子に気付くこともなく、少年は話を始める。どうやら、自己紹介をするしかなさそうだ。
「私は、ファレスターだけど……」
直後、奥から影が見えてファレスターは顔を上げた。
「わぁ?!!?」
ファレスターは悲鳴を上げて尻もちをついた。大きくて白い手だけの存在が二つ、響也という少年の目の前でふよふよと浮いていたからだ。
そして、あることを急速に思い出していた。この世界に来る前に見ていた、不思議な夢のことを……。
「も、もしかして、夢に出てた人?!」
ファレスターは叫んだ。
この、白くて大きな右手と左手。忘れられるはずがなかった。
「覚えていてくれて嬉しいよ、ファレスターさん」
白くて大きな右手が、ゆっくりと指を振りながらそう言ったが、一体全体、手だけの存在に口がどこにあるのか、ファレスターはひどく混乱した。
「まぁ、とりあえず、ここに座って、救世主さん」
と右手は言いながら、硬直したままのファレスターを優しく抱き上げ、ソファに座らせた。手つきがとても丁寧でファレスターはあっけに取られたが、右手とほとんど同じ姿をしている左手が、こちらを怪訝そうに見ていると嫌でも気付いていた。
「あの、私……」
「大丈夫大丈夫。……ああ、ヒビヤ君も茶菓子を食べるかい?」
ファレスターを喋らせないためなのか、右手はやや早口気味に茶菓子の用意をし始めた。
「いい。僕帰るから」
と響也は冷ややかに言って執務室を出て行った。
「美味しいのに……あ、ファレスターさんは、お茶かい? それともコーヒー?」
「え、どっちでも……」
何かすごいことを言われるんじゃないかと身構えていたので、ファレスターは思わぬ質問に戸惑いを隠せないでいた。
「それじゃあコーヒーで」
と言いながら、右手にしては小さ過ぎるコーヒーポットを持ち上げ、とぽとぽとカップにコーヒーを注いだ。
「ありがとうございます。でも私……」
ファレスターには色々と話したり聞きたいことがあった。自分をここに住まわせてもらえるのかとか、自分は救世主ではない、とか。そして、自分はどうしてここにいて、ここがどういうところなのか。
その時、右手が急に動きを変え、微動だにせず宙に浮いていた左手を指さした。
「ちょっと、クレイジーハンド。お客さんなんだから、茶菓子くらい出してよね」
どうやら左手に右手が文句をつけているようだったが、左手はふんっと、ない鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「俺には関係のないことだネ」
そんな右手と左手のやり取りを聞いていたファレスターは、徐々に記憶がはっきりと蘇ってきた。この謎の右手と左手の名前を……。
「もしかして、マスターハンドさんとクレイジーハンドさん……?」
ファレスターは、両手を交互に目配せした。
ここに来る前に夢の中で会っていた謎の両手。そこで名前も聞いていたはずなのに、どうして忘れていたのだろう。ファレスターは不思議に思った。
「ファレスターさん、名前も覚えていてくれたんだね!」
一方の右手……マスターハンドは、嬉しそうに宙をゆらゆらと舞った。
「まぁ……」
とファレスターは返事しつつも、目の前のマスターハンドとクレイジーハンドの姿をしげしげとみつめた。
この手だけの存在は一体、どんな体の仕組みをしているのか。ファレスターの目の前のテーブルにコーヒーを置いたマスターハンドは、ソファに座って足を組む男性のように、二本の指を組んでソファにもたれかかった。
「そんなにジロジロ見て、照れるじゃないか、ファレスターさん〜」
「あ、すみません……」
とファレスターは謝ったが、そんなにおかしいことだろうか、と内心で首を傾げた。普通なら、手だけしかない人が、喋ったり宙を浮いたりしないはずなのだが……。
「それで? 俺たちに何か用があるのかヨ?」
と話を切り出したのは、蚊帳の外にいたはずのクレイジーハンドだった。クレイジーハンドは、声からして……彼、と思うのだが、動きや話し方からして、少々乱暴なところがあるかも、とファレスターは思った。
「あ、えっと……私、ここにお世話になることは出来ますか……?」
ファレスターは、ここに来るまでに思っていたことをマスターハンドとクレイジーハンドに言った。
ファレスターは、自分がこの世界の救世主かどうかはさっぱり分からなかった。だが、自分は、いきなりここにやって来て、行く場所がない。外は森ばかりだったのをファレスターはよく見ていた。
見ると、顔すらないマスターハンドから表情を読み取るのは難しかったが、ファレスターの思わぬ発言からか、驚いたようにじっと体を硬直させている。ファレスターは慌てて言葉を紡いだ。
「あ、あの……! 私の出来ることならなんでもしますから……! 掃除でも洗濯でも!」
料理は、そんなに上手くはないかもしれないけれど、とファレスターは付け足して。
しかし、マスターハンドの反応は、ファレスターの予想とは違い、ゆっくりと、こちらへ手を広げた。
「元々、そういうつもりだったんだよ。君が、そちらとこちらの世界の狭間に引き込まれて、存在が消えそうになっていたところを、助けた時から」
「え……?」
ファレスターはマスターハンドを見上げた。
マスターハンドは、握手をするように、ファレスターを見下ろしている。
どういうことなのか、ファレスターは夢を思い返していた。確か、彼らは世界の狭間とかなんとかって話をしていた。
「ということは、ここがどんな世界なのか、誰も知らないんですか……?」
ファレスターは訊ねながら、夢の中の出来事をゆっくりと思い出す。
てっきり、マスターハンドたちの不思議な力か何かで、この世界に無理矢理私を引き込んだのだと思い込んでいた。
「そういうことだヨ。この世界のことは、誰も知らねぇ」
とクレイジーハンドは答えた。ファレスターが思わず肩を落とすと、マスターハンドが話し出した。
「途中でどこかに落としてしまったのは、申し訳なかったと思ってるよ」マスターハンドは、うつむいているような仕草をした。「本当は、一緒に屋敷に来るつもりだったんだけど、邪魔が入ってね」
「邪魔……?」
ファレスターは、なにぶん、世界の狭間からここに来るまでの記憶はなかったので、邪魔者がいたことすら知らなかった。
マスターハンドは言葉を続けた。
「人形だよ」