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夢見る海王星

 休日、研究機関へ赴いたワシリーは、マチルダに挨拶した。

「海王星へ、こちらからメッセージを送る事は出来ますか?」

「そうね……霊能者が声を聞く事が出来たのだから、恐らく彼女に頼めば出来るかもしれないわね」

「是非メッセージを送りたいのですが」

「分かったわ」

マチルダは例の霊能者を再び呼び出した。


「惑星にメッセージですか?」

ナミが訊ねる。

「はい。こちらから向こうにメッセージを送る事は出来ないかと思って」

「やってみましょう。どんなメッセージです?」

「僕が皆の代わりに衛星に乗って永遠に海王星の周りを回って愛を送るから、これ以上人間を引き寄せないで欲しい、と」

「分かったわ。マチルダさん、海王星と同じ周波数を発生させる事は出来ますか?」

「ええ、出来るわ」

マチルダは周波数発生装置を持ってきた。二百十一・九四ヘルツに合わせる。
ナミは、周波数の波長に意識を乗せて、海王星へ向けてワシリーのメッセージを送った。しばらくすると、海王星から返事が来た。


『アンドロイドに愛など分かるわけがない。私は人間の愛が欲しいんだ』


ワシリーはそれを聞くと、

「アンドロイドにも愛はあります。皆の代わりに犠牲になる、というのも愛です。それに、私ならずっと死ぬこともなく、貴女に寄り添えるのですよ」

と答えた。しばしの沈黙の後、また返事が来た。


『分かった。ではそうしてくれ。私に永遠に愛を注いでくれ』


「分かりました。マチルダさん、人工衛星を作れますか?」

「それなら、調査用のが既にあるわ」

「それに私を乗せて下さい」

「……本当に良いのかしら?」

「ええ」

「すぐ用意するわ」

マチルダはそう言うと、部下に人工衛星の準備を命じた。

「一週間後にまた来て頂戴」

「分かりました」


 ワシリーはプラントへ戻り、キリーに会うと、人工衛星へ乗る事を告げた。

「それで良いのか? 永遠にだぞ?」

キリーは真剣な顔をしてワシリーの顔を覗き込んだ。

「良いんですよ。私は人間と結婚したりは出来ませんからね。海王星と結婚するんです。それに、宇宙に独りぼっちでいる惑星というのは、何だか気の毒じゃ無いですか」

「そりゃ、まあ、そうかも知れんがな。だがそうしたらお前と会えなくなるんだな」

「通信は出来ますよ」

「そうか……それで、いつ行くんだ?」

「一週間後です」

「なら、送別会をしなきゃな」

キリーはそう言うと、仲間にこの事を伝えに言った。


 ワシリーは部家へ戻ると、海王星を眺めた。青い孤独……。この孤独を癒してあげる事が出来れば――それが出来ればその時、ワシリーにも魂を獲得出来るような気がした。そう思うと嬉しくて、ワシリーは一週間後を心待ちにした。


 一週間後の一日前、キリーと仲間達が、ワシリーの送別会を開いてくれた。一同は自分の顔写真入りキーホルダーとか、手紙とか、ささやかな贈り物をワシリーに手渡した。

「お前に会えなくなると思うとちょっと悲しいぜ」

一人がワシリーの肩を叩く。

「私も、皆さんとお別れするのは寂しいです。でも、魂を獲得する為なんです」

「また魂か」

キリーがため息をついた。

「ええ。皆さんは当たり前の様に魂を持っているから、特に気にならないでしょうが、私には重要な事なんです」

「衛星で海王星の周りを回ると魂が手に入るのか?」

「きっとそうです。私が人間の身代わりになって、惑星に愛を送る事で、私も魂を手に入れる事が出来るんです」

「そうか……。良く分からんが、まあ頑張れや」

「はい」


 ワシリーは最後の夜をワクワクした期待と共に迎えた。明日はいよいよ衛星に乗るのだ。そうだ、その前に……。
 
 
 ワシリーは何時ものバーへ入った。マリアを探す。

「マリアさん。今日でお別れです。今までありがとうございました」

「話は聞いているわ。何だか寂しくなるわね」

「私も、マリアさんとお別れするのは寂しいです。そうだ。衛星に乗っても、通信は出来ますから、時々歌を送ってくれませんか?」

「ええ。良いわ」

「ありがとう。それじゃ」


 ワシリーは部家へ戻り、ベッドへ寝転ぶと天井を見つめた。この小さな部屋ともお別れだ。そう思うと少しだけ悲しくなったが、海王星を永遠に癒し続けるというのは、素敵な夢だった。誰かを愛せるというのは、魂の働きである。これで自分も、人間と同等になれるのだ。ワシリーは幸せな気持ちでスリープモードに入った。
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