「なんで、」
か細く紡がれた言葉にそっと耳を傾ける。
「……なんでさ、そんなに優しいの」
彼らしくない、声音だった。怯えているような、猜疑心のような。
「…………なんで、かぁ」
別に、理由などない。私はただ、1人で苦しんでほしくないだけなのだ。打ち明ける相手が私じゃなくても良かった。
苦しい過去を背負うことになった、本当は優しくて真面目な彼に、一人ぼっちでいて欲しくないだけ。彼が背中を預けられる相手なら、誰でも良いのだ。

今はその相手が居ないから、私が聞いているだけ。
「…そうだねぇ、」
そんなことを目の前の彼に言えるはずもなく、言葉を選ぶために思案する。
「別にね、優しくしてる訳じゃないんだよ」

＿優しい、というのは酷く曖昧な言葉だと思う。人によって優しいの定義は違う。一件優しい風に見えたとしても、実際はそうでないのかもしれない。

だから、ただ私がした行為を彼が『優しい』と感じただけ。……それだけ、なのだ。きっと。

そう言えば、彼は少し目を伏せて「捻くれ者だね」だなんて悪態をつく。

「…そうだね」

捻くれ者。確かにそうだ。

必死にこの想いに蓋をして、彼に気づかれないように振る舞いながらも、どうか気づいてほしいと願っている。
その癖、いつでもあの子が現れれば消えれるように準備を整えている。

矛盾している。
捻くれている。

そんなことは分かってる。今だって、こうして考えていることだって、私がどうにか私を納得させようと必死になっている。……それでも、それでも。

(…好きなんだから、しょうがない)


……それは、私の紛れもない本心。

私の心に、は常に黒い何かが渦巻いている。その『好き』がどういうものなのか、自分でもよく分からない。でも、確かに分かるのは、この想いは恋と呼ぶのが1番近いということ。

「ねぇ」
「……なに？」
「もし私がさ、」

＿貴方のことが好きって言ったら、どうする？ そこまで言いかけ言葉を呑み込んで、私はまた笑った。……あぁ、なんて不毛なのだろう。そんな未来が来るはずもないのに。

それでも、私は貴方を想い続ける。

「ううん、やっぱり何でもない」
「…気になるんだけど？」

彼はそう言って笑う。それに釣られるようにして私も笑った。

この想いは、きっと届くことはない。それでも良いのだ。だって、これは私の自己満足で、エゴなのだから。

「……ねぇ、」
「ん？」
「……なんでもないよ」

幸せになって欲しいだけ。


『ねぇ、もし私がさ、』


言葉を呑み込んで笑う君。その姿にどこか寂しげな色が見えて、思わず彼女の名を呼んだ。


「なあに？」
「…なんでもないよ」

そんな顔をして笑うなよ、と言いたかった。でも言えなかった。……だってそれは、きっとオレのワガママだから。

彼女はいつもそうだ。何かを隠すように笑っては誤魔化す。その癖、オレが少しでも本心を見せれば途端にいなくなってしまうのだ。まるで、オレの前から消えることが本望だと言うように。

「ねぇ」
「うん？」
「もし俺がさ、」

＿もし俺が、好きだって言ったらどうする？

そんな言葉を呑み込んで、俺はただ笑うだけ。……だってそれは、きっと彼女の望みではないから。


_でも、俺は知っている。彼女が俺に向けている視線は、決して冗談なんかじゃないということを。……でも、それを知っていながらも気づかないフリをしてしまうのは何故だろうか。

（……それはきっと）

_この関係が壊れてしまうのが怖いからだ。この心地良い距離感が変わってしまうことが怖いから。だから俺はいつも笑って誤魔化して、君の本心を知ろうともしない。


（この想いは、きっと君に届かない）


笑う君の姿が酷く儚く見えて、思わず彼女の名を呼んだ。

「…今度は何？」
「なんでもないよ」
「何それ、気になるんだけど」

彼女はそう言って笑う。それに釣られるようにして俺も笑った。……この想いは君に届かないけれど、それでも良いんだ。

（だってそれは、きっと君の望みではないから）

『……好きだって言ったらどうする？』

そんな問いは、きっと君を傷つける。だから、言えない。……だってそれは、俺のエゴだから。

それでもオレは、

（この想いが君に届く日を、願い続けている）