攻め主
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「……チッ、またか……」
ズキと右腕が痛み、とっさに左手で抑える。
義手に変わってから、幻肢痛が時々襲ってくるのにはとても参っていた。
「(主様にはバレねぇようにしねえとな…)」
主様は優しい。
もしも腕が痛むのがバレたら、とても心配するだろう。まるで自分が痛いかのように眉を下げて心配する主様は見たくねぇ。
心配だけは、絶対にかけたくない。
そんなことを思っていると、痛みがより酷くなる。あまりの激痛だったものだから、その場にしゃがみこんでしまった。
「……クソっ…」
アモンによって綺麗に整えられた髪を掻きむしる。ああ、ぐしゃぐしゃになっちまうななんて頭の隅でぼんやりと考えながら。
義手になって、いい事なんてひとつもなかった。
執事の仕事は録にできねぇし、よくぶつかる。
戦いだって義手じゃ厳しい時がある。
この手になってから俺は弱くなってしまった。
ここにあるのが義手じゃなくて俺の手だったら、と何度思ったことか。
こんなんじゃすぐ主様に飽きられてしまう。
……ああ、痛みってのは本当に厄介だ。
思考がどんどん嫌な方に行っている。
そう客観的にもう1人の俺が俯瞰しているものの、悪化していく思考を止める術はなく、さらに深く深く落ちていく。
「……あれ、ボスキ?こんなところでどうしたの?」
聞きなれた、大切な人の声に思わず顔を上げれば、主が曲がり角から顔を出してこちらを見ていた。
……最悪だ。
いつもだったら主様が帰ってきてくれたことに喜べるが、今はそうじゃない。
腕を抑えてしゃがんでいるところなんて見られたら、体調が悪いことを誤魔化しようがない。
よりにもよって1番痛い時に来るなんて、なんというか、主様らしい。
「っ、別に、なんでもねぇよ……ちょっと転んだだけだ。」
「………の、割には義手を抑えてるけど…?」
「…ぶつけちまったんだよ。」
「…義手の部分は痛くならないぞ?」
「……………。」
いつもだったらもっと上手い言い訳を言えるのに痛みで気が散ってうまく話せない。
ああ、本当に嫌になる。
惨めな気持ちになって、なんだか心の方までじくじくと傷んできた気までして来た。
なんで、義手なんかに。
「……はぁ。」
主様が溜息をつく。
それに体が反射的にびくっと反応する。
主様の反応が見れず、俯く。嫌われしまっただろうか。涙が出てしまいそうで下唇を噛んだ。
おれは、なんで怯えてるんだ。
「…ボスキ、ちょっと失礼するよ。」
とても長いように感じた一瞬の後に発された声はいつもの主様の声だった。
言葉をゆっくりと咀嚼して、えっ、と思った時にはふわりと浮遊感がして俺の体は宙に浮いていた。
自分の置かれている状況を理解しようと下に目を落とせば、俺は所謂お姫様抱っこというものをされていることに気づいた。
…お 姫 様 抱 っ こ ?
何をされているか確認して理解した俺は、ぶわわわっと体の底から熱が込み上げてくるのを感じた。
ぐりんという音がつきそうな勢いで主様の方を見れば、呑気に「暴れるなよ~」と声をかけて来る。
なんで、どうして。っていうか重くねぇのか!?
言いたいことは山ほどあったのに、口ははくはくと開閉するだけで何も言ってはくれない。
動こうとしたが右腕に痛みが走り、思わず押さえつけた。
「ごめんな、もう少し我慢してくれよ。」
俺の方を見てふんわりと微笑む主様。
その優しい表情になんとも言えない感情に襲われた俺はシャツをぎゅっと握りしめる。
主様が近くて変な気を起こしてしまいそうで目を閉じて考えることに集中することにした。
どれくらい時間が立ったんだろうか。
歩いていた主様がゆっくりと動きを止めた。目を開けて顔だけを動かし、視線の方向を見やる。
よく見なれた扉。そこは、主様の定位置。
「主様の、部屋……?」
ゆっくりと俺を下ろし主は中に入るように言った。…ちょっと、残念だ。
……いや、何が残念なんだよ。
自分が抱いた感情がよく分からなくて、まあいいかと頭の隅に追いやった。
何をするんだろうか。俺は右腕を押さえながら中に入る。
「おいで?」
主様はソファーに座り、とんとんと自分の膝を叩いてに座るように促してきた。
そんなことするわけにはいかない、と断ろうとしたが、主様が有無を言わさぬ瞳で見つめてきたので、諦めて座ることにした。
こういう時の主様はとてつもなく頑固だ、絶対に譲らない。早めに諦めるのが吉だ。
……それに今の俺じゃ長く持ちそうにない。
体重が乗らないように、気を使いながらゆっくりと座る。
すると、主様の手で視界を覆われた。
「っ、主様…!?」
「大丈夫だから、俺の声を聞いて?」
耳元で優しく囁かれて、体が大きく跳ねた。人は視覚を奪われると、他が敏感になる、らしい。
「…ほらボスキ、息を吸って……」
「っ、すー………」
何も考えず、主様が指示するままに大きく息を吸う。
「ゆっくり息を吐いて………」
「っ、はー…………」
火照った体を落ち着けるように、
気を抜けば主様に邪な考えを抱いてしまいそうな頭を鎮めるように息を吐く。
耳に吐息がかかってこそばゆく感じる。
そうしたら、こんなにも近くにいることを今更認識してしまって、収まりかけてた熱がまた出てきた。
「…こら、ちゃんと息しなさい。」
「っ、わ、悪い。」
どうやら俺は少しの間息を止めてたらしい。
ぽんぽんと優しく肩を叩かれ、思考がぼんやりと戻ってくる。
「大丈夫、だいじょうぶだよ、ボスキ。」
とろりと甘い蜜を煮詰めたような胸焼けしそうなほど甘ったるい声で大丈夫、大丈夫だと囁かれて、頭がくらくらする。
俺を安心させるために、俺のためだけに、主様が俺に言葉をくれる。
その事実がどうしようもなく嬉しくて、勝手に口角が上がるのが分かった。
もう右腕の痛みになんか頭が回らなくなって、それでも必死で心配させるまいと呼吸をした。
するとはい、終わりだよ、と言われ覆っていた手を外されて、入ってきた光の眩しさに目を細める。
「……右腕の調子はどうかな、ボスキ。」
「………痛く、な、い…?」
先程まで一切考える余裕が無かった右腕の痛みは、綺麗さっぱり消え去っていた。まるで魔法みたいだ。
「そっか、じゃあ良かった。」
痛かったら、また言うんだよ。と頭を撫でながら言われる。
「…いや、遠慮するぜ。」
「え、なんで?」
毎回こんなことされては俺の気が持たない。
冷めたと思った熱は、またぶり返していた。
3/3ページ