よう実
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
俺の腕の中で再び眠りについた綾小路を見下ろし、思わずため息をもらした。
「ええ……」
どういう状況だよ、これは。
本当に信じられない。さっきまであんなにも苦しそうにしていたのに、今はまるで赤子のように安らかな寝顔をしている。
その原因は──俺の匂い。
「いい匂い」とぽつりと呟いた後、鼻先を寄せて何度も呼吸を重ね、満足したように目を閉じて眠ってしまったのだ。
いや……いやいやいや、何故だ??
俺は別に香水なんてつけていない。洗剤や柔軟剤も一般的なものだし、特別なケアをしているわけでもない。
それなのに、どうしてこいつは安心したように、俺の匂いを嗅いで眠れるんだ。
──しかも、ただ眠っているだけじゃない。俺の胸に頬を寄せ、息を吸い込むたびにわずかに唇が動いている。まるで、俺という存在そのものを求めて呼吸しているみたいに。
正直、たまったもんじゃない。
いくら俺が「特殊なα」だと言っても、この距離でΩのヒート中の匂いを浴び続けるのはキツい。
甘い。甘すぎる。
空気の中に溶け込むように漂うその匂いは、砂糖菓子を煮詰めてさらに濃縮したような濃密さを持っている。ひと呼吸すれば肺の奥までじんわりと染み込み、頭の芯を痺れさせる。
それはただの甘さじゃない。
果実の熟れたような芳醇さがあり、かすかに熱を帯びた体臭が溶け合い、どこか人を堕とす媚薬のような効果を放っていた。吸い込むたびに理性が削られ、本能が奥底から顔を覗かせる。
普通のαなら、とっくに理性を失っているはずだ。
ラット状態に陥り、押し倒して抗う余地を与えず、ただ欲望に従ってしまう──それが自然な反応だ。
……だが、俺は違う。いや、違うはずだ。
理性を武器にしてここまで生きてきたんだ。だからこうして耐えられている。自分で自分を褒めたいぐらいだ。こんな状況でよく堪えていると思う。
だから、感謝してほしい。ほんとに。
もし俺が普通のαだったら、今ごろ綾小路は間違いなく──。
……いや、やめろ。想像するな。
弱っているΩ相手にそんなことをするのは、俺の矜持に反する。……それに、仮に理性を飛ばして襲いかかったところで、この男は弱っていても容赦なく反撃してくるに違いない。気づいたら逆に叩きのめされて、俺の方が床に転がされている未来が見える。
俺は匂いに鈍い体質だ。だから普段は、少し離れればΩの甘い匂いなんてほとんど気づかない。
だからこそ距離をとって見守っていたのに……。
今は違う。
腕の中に眠る綾小路から、ダイレクトに溢れてくる匂いが俺を包んでいる。
その甘さに、胸の奥が焦げつくような衝動が広がって──。
「……やめろっての、ほんとに……」
小さく呟き、額に手を当てる。辛かろうが耐えるしかない。ぐっと唇を噛み締める。俺は「南雲雅」だ。理性でここまで積み上げてきた人間だ。
だが──こうして安らかな寝顔を見ていると。
無防備に俺の胸に頬を寄せ、俺の匂いに安らぎを覚えている姿を見ていると。理性と本能の境界線が、ひどく曖昧になっていくのを感じてしまう。
「……ん?」
ふと、彼の気配の変化に気づいたのは、ほんの微かな呼吸の乱れだった。俺の腕の中で眠っていた綾小路の息遣いが、一瞬だけ乱れた。
規則正しい眠りのリズムが外れたその瞬間、俺はゆっくりと視線を落とした。
やはり。
睫毛がかすかに揺れ、薄く持ち上がった瞼の奥から、淡い琥珀のような瞳が覗く。ぼんやりとしたその目は、まだ夢の中と現実の狭間に揺れている。
だが確かに、意識はこちらへと向けられていた。
「……起きたか」
声を落として囁けば、その瞳がわずかに揺れる。
自身の状況を思い出したのか、綾小路の身体が小さく震え、身じろぎを見せた。だが、それ以上動こうとはしなかった。逃れる気配もない。
むしろ──身を預けるように、静かに呼吸を整えた。
「……ん、……すみません」
掠れた声。熱に溶かされ、眠気の残る声。
それでも先ほどの苦しげな様子とは明らかに違う。
薬が効いてきたんだろう。少しずつ、彼の輪郭が落ち着きを取り戻している。
「どうだ、体調は」
問いかけると、綾小路はまぶたをゆっくりと下ろし、数秒後、小さく頷いた。
「……大丈夫、です。さっきより……かなり」
その声に嘘はなかった。
顔色こそまだ赤みを帯びているが、苦痛の色は薄れ、息も穏やかだ。何より──その顔が安らかだ。
「そうか、それは良かった」
口をついて出たのは、心からの本音だった。
手のひらでそっと彼の背を撫でる。
すると、綾小路の身体がふわりと弛緩した。
力を抜いて、俺の体温を感じ取るように身を寄せるその様子は、まるで安心しきった猫のようだった。
……ほんと、勘弁してくれよ。
Ωのヒートってのは、もっとこう──暴走するか、理性を飛ばして発情するとか、そういうものだと思っていた。だが綾小路は、まるで逆だ。全身から甘い匂いを振りまきながら、俺に対して警戒心を見せるどころか、こうして堂々と腕の中で眠っている。
これが無防備でなくてなんだ。
しかもその甘い匂いが──また厄介なんだ。
息を吸うたび、肺の奥をくすぐるように広がる香り。
まるで湯気を立てる温かい菓子のように、しっとりとした甘さと、かすかな果実の酸味を含んだような柔らかい香気。湿度を帯びたその香りは、肌に張りつき、脳の深部へと直接染み込んでくる。
それはただの「いい匂い」じゃない。
身体の奥がじんわりと熱を持ち、理性の輪郭が緩やかに溶けていくような──淫靡で、なのに安心感さえも抱かせる、不思議な匂いだった。
……これが、Ωのヒートか。
本当に、噂以上だ。
「南雲、先輩……」
名を呼ばれて、意識を戻す。
見下ろすと、綾小路がわずかに潤んだ目でこちらを見上げていた。真っ直ぐで、濁りのない視線。その中に恐れも疑念もなく、ただ信頼だけが宿っていることに、またしても胸がざわつく。
「……本当に、ありがとうございます」
その言葉が、胸の奥をじんわりと温めた。
今の綾小路は、間違いなく俺を信じて、身を預けている。
この状況で、俺というαを、信じる選択をした。
「……礼を言うなら、もう少し自分を大事にしろ」
つい、口調が硬くなってしまう。それは、ただの誤魔化しだった。本当は、俺の方が危うい状況だった。この無防備すぎるΩに、心が揺さぶられているのは、他ならぬ俺自身。
綾小路は何も言わず、俺の胸元に額を寄せた。鼻先が、ちょうど俺の首筋に触れる。温かく、柔らかな吐息が、肌を撫でるようにかかって俺は身体を強ばらせた。
そして──
「……やっぱり、いい匂い……」
囁かれたその言葉に、俺は完全に固まった。
こいつ……。
ああ、もう駄目だ。このままでは本当に理性が吹き飛ぶ。Ωがαに無防備に匂いを嗅がせ、そんなことを言っていい状況じゃない。これは教えないといけない。きつく、はっきりと──。
俺はそっと、彼の首筋へと手を伸ばす。指先で触れるのは、項。Ωにとって最も敏感な、そして最も守るべき場所。ここを噛まれれば、強制的に番になる。
通常なら、Ωはチョーカーなどで隠しておくものだが──。綾小路の場合はβと偽っているから、当然そんなものはしていない。
そっと項をなぞるように撫でる。
ほんの軽く、摩るだけ。
「ひぁ…っ!?」
即座に跳ねる身体。
綾小路は目を見開き、息を呑む。
驚きと混乱が入り混じった顔が、こちらを見返してくる。
俺はその耳元へと顔を寄せ、低く囁く。
「…俺がαだってこと、忘れてるんじゃないのか? その気になれば、こっちはいつでも番になれてしまうんだぞ。……もう少し警戒心、持て」
「ひ、ぅ……」
綾小路の身体がぶるりと震える。
その表情には怯えよりも、むしろ──熱と戸惑いが滲んでいた。
理性がギリギリの縁に立つ音が、今にも崩れ落ちそうなほどに耳の奥で響いていた。
「ええ……」
どういう状況だよ、これは。
本当に信じられない。さっきまであんなにも苦しそうにしていたのに、今はまるで赤子のように安らかな寝顔をしている。
その原因は──俺の匂い。
「いい匂い」とぽつりと呟いた後、鼻先を寄せて何度も呼吸を重ね、満足したように目を閉じて眠ってしまったのだ。
いや……いやいやいや、何故だ??
俺は別に香水なんてつけていない。洗剤や柔軟剤も一般的なものだし、特別なケアをしているわけでもない。
それなのに、どうしてこいつは安心したように、俺の匂いを嗅いで眠れるんだ。
──しかも、ただ眠っているだけじゃない。俺の胸に頬を寄せ、息を吸い込むたびにわずかに唇が動いている。まるで、俺という存在そのものを求めて呼吸しているみたいに。
正直、たまったもんじゃない。
いくら俺が「特殊なα」だと言っても、この距離でΩのヒート中の匂いを浴び続けるのはキツい。
甘い。甘すぎる。
空気の中に溶け込むように漂うその匂いは、砂糖菓子を煮詰めてさらに濃縮したような濃密さを持っている。ひと呼吸すれば肺の奥までじんわりと染み込み、頭の芯を痺れさせる。
それはただの甘さじゃない。
果実の熟れたような芳醇さがあり、かすかに熱を帯びた体臭が溶け合い、どこか人を堕とす媚薬のような効果を放っていた。吸い込むたびに理性が削られ、本能が奥底から顔を覗かせる。
普通のαなら、とっくに理性を失っているはずだ。
ラット状態に陥り、押し倒して抗う余地を与えず、ただ欲望に従ってしまう──それが自然な反応だ。
……だが、俺は違う。いや、違うはずだ。
理性を武器にしてここまで生きてきたんだ。だからこうして耐えられている。自分で自分を褒めたいぐらいだ。こんな状況でよく堪えていると思う。
だから、感謝してほしい。ほんとに。
もし俺が普通のαだったら、今ごろ綾小路は間違いなく──。
……いや、やめろ。想像するな。
弱っているΩ相手にそんなことをするのは、俺の矜持に反する。……それに、仮に理性を飛ばして襲いかかったところで、この男は弱っていても容赦なく反撃してくるに違いない。気づいたら逆に叩きのめされて、俺の方が床に転がされている未来が見える。
俺は匂いに鈍い体質だ。だから普段は、少し離れればΩの甘い匂いなんてほとんど気づかない。
だからこそ距離をとって見守っていたのに……。
今は違う。
腕の中に眠る綾小路から、ダイレクトに溢れてくる匂いが俺を包んでいる。
その甘さに、胸の奥が焦げつくような衝動が広がって──。
「……やめろっての、ほんとに……」
小さく呟き、額に手を当てる。辛かろうが耐えるしかない。ぐっと唇を噛み締める。俺は「南雲雅」だ。理性でここまで積み上げてきた人間だ。
だが──こうして安らかな寝顔を見ていると。
無防備に俺の胸に頬を寄せ、俺の匂いに安らぎを覚えている姿を見ていると。理性と本能の境界線が、ひどく曖昧になっていくのを感じてしまう。
「……ん?」
ふと、彼の気配の変化に気づいたのは、ほんの微かな呼吸の乱れだった。俺の腕の中で眠っていた綾小路の息遣いが、一瞬だけ乱れた。
規則正しい眠りのリズムが外れたその瞬間、俺はゆっくりと視線を落とした。
やはり。
睫毛がかすかに揺れ、薄く持ち上がった瞼の奥から、淡い琥珀のような瞳が覗く。ぼんやりとしたその目は、まだ夢の中と現実の狭間に揺れている。
だが確かに、意識はこちらへと向けられていた。
「……起きたか」
声を落として囁けば、その瞳がわずかに揺れる。
自身の状況を思い出したのか、綾小路の身体が小さく震え、身じろぎを見せた。だが、それ以上動こうとはしなかった。逃れる気配もない。
むしろ──身を預けるように、静かに呼吸を整えた。
「……ん、……すみません」
掠れた声。熱に溶かされ、眠気の残る声。
それでも先ほどの苦しげな様子とは明らかに違う。
薬が効いてきたんだろう。少しずつ、彼の輪郭が落ち着きを取り戻している。
「どうだ、体調は」
問いかけると、綾小路はまぶたをゆっくりと下ろし、数秒後、小さく頷いた。
「……大丈夫、です。さっきより……かなり」
その声に嘘はなかった。
顔色こそまだ赤みを帯びているが、苦痛の色は薄れ、息も穏やかだ。何より──その顔が安らかだ。
「そうか、それは良かった」
口をついて出たのは、心からの本音だった。
手のひらでそっと彼の背を撫でる。
すると、綾小路の身体がふわりと弛緩した。
力を抜いて、俺の体温を感じ取るように身を寄せるその様子は、まるで安心しきった猫のようだった。
……ほんと、勘弁してくれよ。
Ωのヒートってのは、もっとこう──暴走するか、理性を飛ばして発情するとか、そういうものだと思っていた。だが綾小路は、まるで逆だ。全身から甘い匂いを振りまきながら、俺に対して警戒心を見せるどころか、こうして堂々と腕の中で眠っている。
これが無防備でなくてなんだ。
しかもその甘い匂いが──また厄介なんだ。
息を吸うたび、肺の奥をくすぐるように広がる香り。
まるで湯気を立てる温かい菓子のように、しっとりとした甘さと、かすかな果実の酸味を含んだような柔らかい香気。湿度を帯びたその香りは、肌に張りつき、脳の深部へと直接染み込んでくる。
それはただの「いい匂い」じゃない。
身体の奥がじんわりと熱を持ち、理性の輪郭が緩やかに溶けていくような──淫靡で、なのに安心感さえも抱かせる、不思議な匂いだった。
……これが、Ωのヒートか。
本当に、噂以上だ。
「南雲、先輩……」
名を呼ばれて、意識を戻す。
見下ろすと、綾小路がわずかに潤んだ目でこちらを見上げていた。真っ直ぐで、濁りのない視線。その中に恐れも疑念もなく、ただ信頼だけが宿っていることに、またしても胸がざわつく。
「……本当に、ありがとうございます」
その言葉が、胸の奥をじんわりと温めた。
今の綾小路は、間違いなく俺を信じて、身を預けている。
この状況で、俺というαを、信じる選択をした。
「……礼を言うなら、もう少し自分を大事にしろ」
つい、口調が硬くなってしまう。それは、ただの誤魔化しだった。本当は、俺の方が危うい状況だった。この無防備すぎるΩに、心が揺さぶられているのは、他ならぬ俺自身。
綾小路は何も言わず、俺の胸元に額を寄せた。鼻先が、ちょうど俺の首筋に触れる。温かく、柔らかな吐息が、肌を撫でるようにかかって俺は身体を強ばらせた。
そして──
「……やっぱり、いい匂い……」
囁かれたその言葉に、俺は完全に固まった。
こいつ……。
ああ、もう駄目だ。このままでは本当に理性が吹き飛ぶ。Ωがαに無防備に匂いを嗅がせ、そんなことを言っていい状況じゃない。これは教えないといけない。きつく、はっきりと──。
俺はそっと、彼の首筋へと手を伸ばす。指先で触れるのは、項。Ωにとって最も敏感な、そして最も守るべき場所。ここを噛まれれば、強制的に番になる。
通常なら、Ωはチョーカーなどで隠しておくものだが──。綾小路の場合はβと偽っているから、当然そんなものはしていない。
そっと項をなぞるように撫でる。
ほんの軽く、摩るだけ。
「ひぁ…っ!?」
即座に跳ねる身体。
綾小路は目を見開き、息を呑む。
驚きと混乱が入り混じった顔が、こちらを見返してくる。
俺はその耳元へと顔を寄せ、低く囁く。
「…俺がαだってこと、忘れてるんじゃないのか? その気になれば、こっちはいつでも番になれてしまうんだぞ。……もう少し警戒心、持て」
「ひ、ぅ……」
綾小路の身体がぶるりと震える。
その表情には怯えよりも、むしろ──熱と戸惑いが滲んでいた。
理性がギリギリの縁に立つ音が、今にも崩れ落ちそうなほどに耳の奥で響いていた。