よう実
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南雲雅に転生したと気づいたのは、いつのことだっただろうか。最初は夢だとばかり思っていた。だが、目覚めても続く違和感、そして鏡に映る自分の顔が原作でしか見たことのない「南雲雅」だったとき、俺は理解した。これは紛れもなく現実なのだと。
原作の南雲は決して好ましいキャラクターではなかった。能力は確かに高いはずだ。やっている事だって、決して他の人が出来たことではないのだと思う。それなのに…やはり。綾小路清隆という化け物と比べると、どうも小物に見えてしまう…という、なんとも残念なキャラだ。
だから俺は、原作知識を頼りに「ほどほどに」頑張ることを決めた。頂点には立たない、かといって凡庸でもない。目立ちすぎず、沈みすぎず。そう、常に真ん中を泳ぎ続けるのが俺の生存戦略だ。
この世界には俺が元いた世界や、「よう実」にはなかった概念がある。第2性――α、β、Ωという分類だ。
βが最も多く、特に特徴がない。
αは身体能力や頭脳に優れ、リーダー気質を持つ者が多い。
Ωはその逆であり、昔は劣等種とされ虐げられてきた。
今では法の下で平等とされ、差別的な発言は忌避されるが……それでも、この学校では上に立つ者の多くがαであり、Ωはどこか生きづらそうに見える。俺自身もαで、確かに体格や運動能力は高いが、優秀という実感はあまりない。だからこの分類にそこまで思い入れはなかった。
その日、俺は人気のない廊下を歩いていた。……ふと視界の隅に、人影が壁にもたれ掛かるようにして座り込んでいるのが見えて思わず近づいてしまう。
「……どうした、大丈夫か?」
声をかけながら近づいた俺は、次の瞬間、息を呑んだ。そこにいたのは――綾小路清隆だった。
原作の主人公。俺が最も避けてきた存在だ。
この世界の運命を左右する化物。迂闊に関われば、南雲雅としての未来が破滅することは分かりきっている。だから決して関わらないと誓っていたのに、よりによってこんな形で出会うとは……しかし。今更ここで逃げる訳にもいかない。
「……大丈夫、です」
綾小路らしくない、弱々しい声でそう答えたが、その顔色は見ても分かるほど明らかに悪かった。
「そうは言ってもな……随分と体調が悪そうだが」
さらに近寄り、手を差し伸べようとして……俺はふと、動きを止めた。微かに鼻をくすぐる、甘く熱い匂い。発信元はもちろん綾小路だ。
理解した瞬間、背筋がぞくりとした。これはΩ特有の──ヒート。
……まさか、綾小路がΩだというのか?
俺が知る限り、綾小路清隆ほど優秀な人間はいないはずだ。ホワイトルームが凡人を天才に仕立て上げるためにΩを選抜していた……ということなのだろうか?理由は分からないが……確かなのは、彼が今この場で無防備なΩとしてヒートに襲われているという事実だった。
「……立てるか? 保健室に……」
「やめて、ください」
震える声で、彼は必死に首を横に振る。
「どうしてだ? それはヒートだろ。早く対処しないと
「βと申告しているんです……」
嘘の申告か……いや、学校としてはαやΩの情報はセンシティブだ。本人が望まない限り、公開されることはない。しかし、学校からの対応が変わるため、勘のいい人は察してしまうかもしれない。それを恐れているのか。
「まさか抑制剤も飲んでないのか?」
「……今までは平気だったんですが……」
αが多く存在するこの学校で、そして綾小路が接触する相手は主にリーダー格──つまりαばかりだ。彼らに充てられてヒートが起きてもなんら不思議ではない。どうするべきか。
「……分かった。保健室には連れていかない。ただ……だからといってこのまま見過ごすわけにもいかない。一体いつ、どこのαに襲われるか分かったもんじゃないからな」俺は即座にそう判断を下した。
「場所を移そう。俺以外行けないところがある」
綾小路は一瞬、警戒するように俺を見た。しかし、すぐに力なく目を伏せ、抗う気力もない様子を見せた。
俺は自分のブレザーを彼の肩に掛け、匂いを遮るようにして抱き上げる。
「よっ……」
筋肉質な体。鍛え上げられていることがよく分かる。少し重いが…抱えられないほどではないな。すると、強張っていた綾小路の体が緩む。ちらりと見やると、綾小路はどこかぼうっとした表情をしていた。……気を張っていたのが、緩んだのだろう。
向かった先は校舎のある一室。
全く使われて居なかった、鍵付きの備品倉庫の所有権をプライベートポイントで買い取ったものだ。……すこーし値は張ったが。俺以外入ることが出来ないようにしたため、秘密のお話をしたい時や業務を行う時など様々な用途で使わせてもらっている。そこなら、しばらくは安全だろう。
中に置いてあるソファに座らせると、綾小路は安堵したように目を閉じた。まだヒートは完全には収まっていないようだが、ここなら少しは落ち着けるはずだ。
「……水、持ってきた。飲めるか?」
差し出すと、綾小路はわずかに頷き、震える手でペットボトルを受け取る。彼が水を飲んでいる間に棚を漁り、Ω用の抑制剤を探す。俺が使うことはないが、もしものときのために備えていたものだ。まさか役に立つとはな。
「……お、あったあった」
期限も問題ない。
「ほら、抑制剤だ」
手渡すと、綾小路はしばらく躊躇った後、静かに飲み下した。
「……ありがとうございます」
「ん。ほら、これでも羽織っとけ」
愛用のブランケットを膝にかけてやる。
俺は鍵を手に取り、扉の方へ視線を向けた。
「ここに俺以外が来ることはないから、抑制剤が効くまで休め。効いたら帰るんだぞ。じゃあ、俺は行く」
「え……行くんですか?」
不安そうな声。弱々しく俺の袖を掴む指先に、思わず動きを止めた。
「……あー……気づいてないのか? 俺、一応αなんだが」
「……え? でも、匂いも、ラット状態にもなってないのに……」
「俺はちょっと特殊らしいんだよ」
そう言いながら、内心で苦く笑う。
俺は特殊らしく、ラット状態になりにくい体質を持っている。というのも、もともとΩかどうかを見分ける器官がかなり鈍感らしく、ヒートにもあまり充てられないらしい。
これは偶然なのか、転生の影響なのかは分からない。ただ、この特性があるおかげで、こうして綾小路を安全に運ぶことができた。
綾小路はしばらく俺を見つめ、それから小さく息を吐いた。
「……すみません、迷惑をかけて……」
「気にするな。俺だって放っておけるわけがない」
流石に危険人物であろうが、見て見ぬ振りをするのは寝覚めが悪い。
抑制剤が効き始めたら、綾小路はまた普段通りに戻るだろう。だが俺はもう知ってしまった。彼がΩであるという秘密を。そして、秘密を知る者は常に、物語の歯車の一部となる。
この出会いが吉と出るか凶と出るか――それはまだ、今の俺には分からなかった。
原作の南雲は決して好ましいキャラクターではなかった。能力は確かに高いはずだ。やっている事だって、決して他の人が出来たことではないのだと思う。それなのに…やはり。綾小路清隆という化け物と比べると、どうも小物に見えてしまう…という、なんとも残念なキャラだ。
だから俺は、原作知識を頼りに「ほどほどに」頑張ることを決めた。頂点には立たない、かといって凡庸でもない。目立ちすぎず、沈みすぎず。そう、常に真ん中を泳ぎ続けるのが俺の生存戦略だ。
この世界には俺が元いた世界や、「よう実」にはなかった概念がある。第2性――α、β、Ωという分類だ。
βが最も多く、特に特徴がない。
αは身体能力や頭脳に優れ、リーダー気質を持つ者が多い。
Ωはその逆であり、昔は劣等種とされ虐げられてきた。
今では法の下で平等とされ、差別的な発言は忌避されるが……それでも、この学校では上に立つ者の多くがαであり、Ωはどこか生きづらそうに見える。俺自身もαで、確かに体格や運動能力は高いが、優秀という実感はあまりない。だからこの分類にそこまで思い入れはなかった。
その日、俺は人気のない廊下を歩いていた。……ふと視界の隅に、人影が壁にもたれ掛かるようにして座り込んでいるのが見えて思わず近づいてしまう。
「……どうした、大丈夫か?」
声をかけながら近づいた俺は、次の瞬間、息を呑んだ。そこにいたのは――綾小路清隆だった。
原作の主人公。俺が最も避けてきた存在だ。
この世界の運命を左右する化物。迂闊に関われば、南雲雅としての未来が破滅することは分かりきっている。だから決して関わらないと誓っていたのに、よりによってこんな形で出会うとは……しかし。今更ここで逃げる訳にもいかない。
「……大丈夫、です」
綾小路らしくない、弱々しい声でそう答えたが、その顔色は見ても分かるほど明らかに悪かった。
「そうは言ってもな……随分と体調が悪そうだが」
さらに近寄り、手を差し伸べようとして……俺はふと、動きを止めた。微かに鼻をくすぐる、甘く熱い匂い。発信元はもちろん綾小路だ。
理解した瞬間、背筋がぞくりとした。これはΩ特有の──ヒート。
……まさか、綾小路がΩだというのか?
俺が知る限り、綾小路清隆ほど優秀な人間はいないはずだ。ホワイトルームが凡人を天才に仕立て上げるためにΩを選抜していた……ということなのだろうか?理由は分からないが……確かなのは、彼が今この場で無防備なΩとしてヒートに襲われているという事実だった。
「……立てるか? 保健室に……」
「やめて、ください」
震える声で、彼は必死に首を横に振る。
「どうしてだ? それはヒートだろ。早く対処しないと
「βと申告しているんです……」
嘘の申告か……いや、学校としてはαやΩの情報はセンシティブだ。本人が望まない限り、公開されることはない。しかし、学校からの対応が変わるため、勘のいい人は察してしまうかもしれない。それを恐れているのか。
「まさか抑制剤も飲んでないのか?」
「……今までは平気だったんですが……」
αが多く存在するこの学校で、そして綾小路が接触する相手は主にリーダー格──つまりαばかりだ。彼らに充てられてヒートが起きてもなんら不思議ではない。どうするべきか。
「……分かった。保健室には連れていかない。ただ……だからといってこのまま見過ごすわけにもいかない。一体いつ、どこのαに襲われるか分かったもんじゃないからな」俺は即座にそう判断を下した。
「場所を移そう。俺以外行けないところがある」
綾小路は一瞬、警戒するように俺を見た。しかし、すぐに力なく目を伏せ、抗う気力もない様子を見せた。
俺は自分のブレザーを彼の肩に掛け、匂いを遮るようにして抱き上げる。
「よっ……」
筋肉質な体。鍛え上げられていることがよく分かる。少し重いが…抱えられないほどではないな。すると、強張っていた綾小路の体が緩む。ちらりと見やると、綾小路はどこかぼうっとした表情をしていた。……気を張っていたのが、緩んだのだろう。
向かった先は校舎のある一室。
全く使われて居なかった、鍵付きの備品倉庫の所有権をプライベートポイントで買い取ったものだ。……すこーし値は張ったが。俺以外入ることが出来ないようにしたため、秘密のお話をしたい時や業務を行う時など様々な用途で使わせてもらっている。そこなら、しばらくは安全だろう。
中に置いてあるソファに座らせると、綾小路は安堵したように目を閉じた。まだヒートは完全には収まっていないようだが、ここなら少しは落ち着けるはずだ。
「……水、持ってきた。飲めるか?」
差し出すと、綾小路はわずかに頷き、震える手でペットボトルを受け取る。彼が水を飲んでいる間に棚を漁り、Ω用の抑制剤を探す。俺が使うことはないが、もしものときのために備えていたものだ。まさか役に立つとはな。
「……お、あったあった」
期限も問題ない。
「ほら、抑制剤だ」
手渡すと、綾小路はしばらく躊躇った後、静かに飲み下した。
「……ありがとうございます」
「ん。ほら、これでも羽織っとけ」
愛用のブランケットを膝にかけてやる。
俺は鍵を手に取り、扉の方へ視線を向けた。
「ここに俺以外が来ることはないから、抑制剤が効くまで休め。効いたら帰るんだぞ。じゃあ、俺は行く」
「え……行くんですか?」
不安そうな声。弱々しく俺の袖を掴む指先に、思わず動きを止めた。
「……あー……気づいてないのか? 俺、一応αなんだが」
「……え? でも、匂いも、ラット状態にもなってないのに……」
「俺はちょっと特殊らしいんだよ」
そう言いながら、内心で苦く笑う。
俺は特殊らしく、ラット状態になりにくい体質を持っている。というのも、もともとΩかどうかを見分ける器官がかなり鈍感らしく、ヒートにもあまり充てられないらしい。
これは偶然なのか、転生の影響なのかは分からない。ただ、この特性があるおかげで、こうして綾小路を安全に運ぶことができた。
綾小路はしばらく俺を見つめ、それから小さく息を吐いた。
「……すみません、迷惑をかけて……」
「気にするな。俺だって放っておけるわけがない」
流石に危険人物であろうが、見て見ぬ振りをするのは寝覚めが悪い。
抑制剤が効き始めたら、綾小路はまた普段通りに戻るだろう。だが俺はもう知ってしまった。彼がΩであるという秘密を。そして、秘密を知る者は常に、物語の歯車の一部となる。
この出会いが吉と出るか凶と出るか――それはまだ、今の俺には分からなかった。