修羅系乙女の鬼殺隊活動記録
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有永は、一糸まとわぬ姿で温泉の縁に立っていた。手の先には手拭いを垂らしている。
じっ、と温泉に浸かるわけでもなく、水面を見つめていると、入り口の暖簾を潜り、一人の仲居が入ってきた。
「お客様、お背中をお流し……ヒッ!!!」
歳若い仲居は、有永の身体を見て戦慄する。鬼殺隊として活動しているうちについた、多くの傷と、背中に掘り入れられた藤の花と日輪の見事な入墨が、彼女の白い肌を妖しく飾り立てていたからだ。そして、苛烈な瞳がじっと、仲居を見つめている。
有永は、無表情のまま尻もちをついた仲居に近づいて行き、感情の乗らない声色で語り掛ける。
「貴女の店の帳簿。拝見いたしました。ウチの隊士3名は、こちらに泊まっていたのですね?」
「し、知らな、知らないわ!!!」
「背中に大きく、『滅』と書かれた黒い隊服を着た人たちです。覚えはありませんか」
「な、無いわ!!」
「……そうですか」
にっこり、と微笑む。
「嘘はいけませんよ」
すらり、と手拭いの下に隠していたドスを抜く。仲居は怯え上がり、泣き始めた。
「私、師匠までではありませんが、嘘をついてるのは何となく匂いでわかるのです。……嘘をついているか、だけですけど。
古い帳簿に、私の知り合いの名前も見つけました。“柄本久次朗””柄本悦子”、ウチの組の者です。
新婚で旅行に行くと行ったきり、消息が途絶えました。ご存知、無いですか? 顔に大きな傷がある男性と、左目の下と唇の左下に黒子がある女性です。駆け落ちをするような理由なんて無かったのです」
「……し、知らない」
「……」
「あ゛っ、!?」
どすり、とその人の脚の間に刃が突き立てられる。仲居は、爛々と苛烈に光るその瞳から目が離せなくなった。
「嘘をつかないでくださいまし」
「……ひ、」
「そんなに怯えた顔なさらないでくださいな。まるで、私が悪いことをしているみたいじゃあないですか」
「、し、知らない!!!! 知らないわ!!! 私は何も知らない!!!! 生贄の奴らのことなんてッッッ!!!!」
「あらゝ……」
仲居は、帯の後ろに隠していた包丁を、有永の首元に向かって薙いだ。有永は軽く上体を仰け反らせ、それを避けると、ドスを地面から抜いて、いとも容易く包丁を弾き飛ばす。
す、と立ち上がると。思わずため息が出そうなほどに美しく妖艶に笑った。
「生贄、やはりそうなのですね! 情報提供、ありがとうございます!! ふふ、そう。なら、その生贄は、どこの誰に捧げられるのですか? どうか、教えてくださいな」
「い、嫌よ!! そんな、そんなことしたら!!!」
その時、温泉のなかから、何かが飛び出してきた。
有永はとっさに横にそれて回避するが、仲居は、ソレに脚を捕まれ、温泉の方へと引きずられて行く。見ると、温泉の中に何かがいたのではなく、お湯が人の手のような形になって、がっちりと捕まえている。
なるほど、温泉自体が鬼だったか。
仲居の腕を掴むも、物凄い力で引かれ、有永自身もずりずりと温泉の方に連れられていく。
「いやっ!! 嫌っ!!! お願いします!!! 神様!!! 私、ちゃんと殺そうとしたのッ!! ちゃんと生贄に捧げようとしたのッッ!!!! だから、だからお願いします!! 助け、」
「助かりたいなら、まず自分で踏ん張りなさいな!」
ドスを振りかぶり、お湯を断つ。どうやら実体があるようで、切ることができた。切られた先は、ただのお湯に戻った。しかし、すぐに再生し再度こちらに手を伸ばしてくる。
有永は、仲居の襟首を掴むと脱衣所の方へ駆け出した。後ろから追い掛けて来る気配がする。脱衣所の方へ仲居を投げ飛ばすとそれに続いて上がり、扉をぴしゃりと締めた。
ソレが、ばしゃん、と音がして扉にぶつかる。
有永は、それ以上追い掛けて来ないのを確認すると、手早く服着た。
放心している仲居を引きずりながら、部屋に戻ると杏寿郎がいなくなっていた。どうやら一人で出かけたらしい。
「さて、聞きたいことがあります」
「な、なによ」
「貴女達が神様と呼ぶアレのことです」
「言えない……」
「あら、どうしてです?」
「だって、言ったら殺されてしまう……」
「……あらゝ。もう、遅いのでは? 先程、既に貴女を襲ったではありませんか。選んでくださいな。今ここで、私に全てを語って、生かされるのと。全てを秘匿にして、あの神様とやらに嬲り殺されるの。どちらがお好みかしら?」
優しく微笑んで聞く、仲居は、怯えた顔で頭を抱えた。
そして、ぽつりぽつりと、話し始める。
曰く、あの神様とやら、昔からこの村に住んでいて、温泉を伝って村を渡り歩いている。
源泉は山ではなく、神社の地下にあり、宿はそこから湯を引いているそうだ。源泉に、それは住んでいるため、居場所が部外者に漏れないよう、普段は立入禁止の山中に源泉があると、偽っている。
生贄は、少人数で旅行中の者を狙い、食事に毒を混ぜたり、怪我を負わせるなりして弱らせてから、温泉に投げ入れると神様の手が、その人達を連れて行く。
そして、村人全員で口裏を合わせ、証拠も隠滅し、外部に漏れないようにする。少人数の旅行者だけ消えれば、他の旅行者も「帰ったんだな」となるし、探しに来た人にも「そんな人は来ませんでした」と隠匿できる。
そうして、江戸の初期頃からずっとそうやって村を発展させてきたのだ。
「ありがとうございました。お陰様で悪鬼を殺せます」
「神様を、殺す気?」
「ええ。殺します」
「やめて……お願い、殺さないで……」
「どうしてです?」
「神様が死んでしまったら、温泉が枯れてしまうの……そうなったら、私達、どうやって生きていけばいいの?」
有永は、また、にっこりと笑った。
「鬼に縋らなきゃ生きていけないのなら、潔く死になさいな」
一方その頃、煉獄杏寿郎は、危機に陥っていた。
有永が出ていったあと、押し入ってきた村人の手によって捕らえられてしまっていた。相手は一般人であるため、未だ未熟な杏寿郎は、戸惑ってしまい、そのスキを突かれた。
わざわざ、敵の本拠地の神社へ引き立てられ、硬い床に転がされる。両手を固く縛り上げられ、身動きが取れない。
神主は、恐ろしい顔で杏寿郎を見下ろし、ガツンとその身体を蹴りつけた。鍛えている杏寿郎には、あまり効いていなかったが、何度も何度も同じところを蹴られると痛みが蓄積していく気がした。
「貴様、貴様ァ……、神に逆らう不届き者がぁ……」
今度は頭を蹴られた。流石にぐわんと目が回る。額が少し切れて、血が出始める。
「私は、この村を、豊かなこの村を護る……護らねばならぬのだ……それなのにコソコソ嗅ぎ回りよって……溝鼠どもがァ……」
「……」
「あの女も、今頃ぶっ殺されてるだろうなァ。ああ、イイ女だったのに勿体無えかもな……」
「棋怒川さんは、そんな軟な人ではないぞ」
「うるさいッ!!!」
ガツン、顔を蹴られる。歯が口内にあたり、じんわりと血の味がした。それをペッと吐き出す。
「確かに、あの人は美しいが、それ以上に苛烈だ。君のような下衆な輩に好きに出来るほど、安い女性でもない」
「うるさい、黙れ黙れ黙れ……一刻も早く、神に捧げてやる」
数人の村の男たちが、また杏寿郎を引き摺っていく。そうして、神社の地下奥底にたどり着いた。そこは、硫黄の匂いと熱気で溢れている洞窟だった。ここが源泉らしい。中央から滾々とお湯が湧き出している。
小さな湖のようなそこに向かって、神主が躍り出る。
「生贄を、連れてまいりました」
ごぽり、ごぽりとお湯が沸き立ち、なにかの形が形成されていく。鬼だ。目の部分だけがお湯の中に浮かんでいる。
その片方には‘下陸’と書かれている。十二鬼月だ。
「よもや……」
ごぽりとと音を立てて、それが手の様なものをこちらに差し出してくる。腕の縄が抜けない。このままでは、
「え、」
何故か隣りに居た、神主が湯に飲み込まれた。神主はもがいてもがいた後、底に沈んでいった。
区別が、ついていないのか? それとも本当は村人など、どうでも良いのか。だが、もう一度こちらに手を伸ばしてくる。
よもや、これまでか
「なにを諦めているのですか。……錆兎ではありませんが。男なら最後まで諦めないでくださいな」
怒の呼気 弐ノ型 龍天の逆鱗
豪ッ、と音を立てて荒々しい太刀筋が杏寿郎に伸びていた鬼の手を切り落とした。
そして、杏寿郎の腕の縄を断ち切ると素早く立たせる。そして、杏寿郎の刀を渡して、ドスを構えた。
「棋怒川さん!! よくぞご無事で!!」
「あらゝ。後にしてくださいな」
湯の手に捕まらぬように、立ち回りながら、首に当たる部分を何度も断ち切るが、直ぐにお湯に戻っては再生し、埒が明かない。
「村人は、今ごろ消火活動で忙しいでしょうし、邪魔は入りませんよね」
「消火活動?」
「ええ、神社に火を放ちました」
「なんてことを!」
村人が邪魔をしてくるので、足止めをしたまでですが? とこともなげに言う。
その間も、鬼は、襲い掛かってきた。
「まぁ、細工はしました。あとは朝まで持たせるだけ。できますか? 杏寿郎さん」
「……はいッ!!!」
「ええ。とてもいい返事ですね。では、お覚悟、どうぞ」
それから、何刻も戦った。有永は、何故か天井を巻き込むように攻撃を繰り出し続けた。
その意味は、直ぐに理解できた。
「杏寿郎さん!!!昇り炎天を!!」
有永は、天井の中心部分を指差して、叫んだ。杏寿郎は、呼吸を整える。
炎の呼吸 弐ノ型 昇り炎天
杏寿郎のするどい斬撃が、天井にあたる。すると、ガラガラと音を立てて、天井が崩れ落ちた。
先程まで、洞窟の上には神社が立っていたが、それは有永の手で燃やし尽くされ、すっきりとしている。
日の光が、洞窟内に差し込み、鬼の体に当たっていく。
じゅう、と蒸発していき、最後は小さな鬼本体の身体が見えた。鬼は影に逃げようとするが、杏寿郎が直ぐにその背に回り込んだ。
炎の呼吸 壱ノ型 不知火
ぼとり、と鬼の首が落ち、灰になって消えていった。
下弦の陸の鬼を、倒した。
見上げた朝日は、どこまでも美しく、勝者達を照らしている。
熱気にまみれ、汗だくの二人は、直ぐに洞窟を出た。村人達が呆然とした表情で二人を見ている。
「貴方方は、鬼に組みして、沢山の人を殺してきました。人を殺して、今まで生きてきたのです。鬼は死にました。神などもういません。貴方達を仕切っていた、神主も死にました。貴方達は、どうしますか?」
「……あ、あぁ……あああ……」
「洞窟の下に、数え切れない程の骸が転がっています。全て拾い集めて、自らの罪を知りなさいな」
すぐに駆けつけた隠達によって、現場は処理された。骸のなかから、数本の日輪刀が出てきたことから、行方知れずになっていた鬼殺隊士達の死亡も確認された。
そして、有永の知り合い夫婦の遺品も見つかり、それを実家に送り届けた。
「それにしても、汗が酷いですね」
「温泉にでも入りますか」
「……あ、」
鬼の能力で作られた温泉は当然の如くすべて消え失せて、結局ふたりは、近くの冷たい川で身を清めるハメになった。