修羅系乙女の鬼殺隊活動記録
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棋怒川有永は、無神論者である。前の世では、毎年、初詣に出掛けたり、気が向いたときに祖母と神棚に手を打ったりしていた。神様は絶対にいらっしゃる。とまでは行かないが、絶対にいないとも言えない。そんな心持ちであった。
しかし、通り魔に腹を裂かれた時、そんなものはいないのだと悟った。
なので、今世では、有永は神仏に祈るようなことを一度もしたことが無い。
祖父を始めとした、実家にいる大人たちは、背中に弁天や毘沙門天、荼枳尼天など様々な彫り物をしていたが、有永はわざわざ身体に神様や仏様を彫る意味がわからなかった。
だって、いざという時に助けてくれない神など、祈って何になるというのだ。
無論、口には出さない。そういうものを心の支えにしている人は沢山いるのだし、それを悪いとも思わない。現に最近知り合った、鬼殺隊の方は仏門の出であった。
ただ、棋怒川有永という人間個人が、神様を信じていない。それだけの話である。
無神論者、とはいったものの、論じるようなことはしたことが無い。
以前にあったあの上弦の弐の鬼は、極楽浄土という言葉を短い時間に何回か口に出してはいたが、別に信じてなどいないことは、見て取れた。
有永との違いといえば、信じているものを馬鹿にしているか、無関心かというところだろう。
「源泉も、神様のお屋敷、というのもあの山にはありませんでした」
隊士が4人行方知れずになった村。その村に伝わるという昔話は、どうにも現実とは合致していないようだった。
まあ、ただの御伽噺で与太話。そう思ってしまえば、それだけの話なのだが、煉獄杏寿郎と棋怒川有永は、どこか引っ掛かっていた。
「もう少し、聞込みをする必要がありそうですね。……まだお昼ですし、村の中を隅々まで見てみましょうか」
「そうですね!」
村に繰り出してみると、観光地であるだけに、土産物屋も多くあった。有永は、ふらりふらりと人好きのする笑みで、店を回り、店主や従業員にこの温泉地の歴史を聞いていった。
【温泉が出始めたのは、江戸時代ごろから】
【源泉はあの山のなか】
【あの山の神様を奉る神社の神主様がいる】
【宿の帳簿は、神社に奉納する】
【最初の温泉は、神主の先祖とそのご友人達が掘った】
【その他の温泉も、彼らが掘った】
聞けた話はこのあたりである。
やはり、村人達は、源泉はあの山にあると言う。
だが、本当は無かった。こんなことがありえるのだろうか。
最後に、それとなくこの近辺で人攫いなどは出るのかと聞いてみた。答えは否。村人がいなくなったという話は出なかった。
それから、何回か話に出てきた神主に会いに行くことにした。
村の一番隅にある神社は、とても立派であった。話によると、代々この村を収めているらしい。
何十個も鳥居が並んでいる。
ひとつ、またひとつと鳥居を潜っていく。
「まるで、源泉の場所を知られたくないような。知られたくないから、嘘の場所を教えられているような。そんな意図がありそうですね。うーん、この山に一番近いここに住んでいる神主も同じ事を言ったら……」
「言ったら?」
「軽く、ごうも……いえ。なるべく穏便にしたほうがいいかしら」
「……」
拷問っていいかけたか?
「ようこそいらっしゃいました」
神主は、目元にやさしげな笑いジワがある紳士的な男性だった。突然訪れた、有永と杏寿郎を驚きもせず丁寧に出迎えた。
「私の趣味でして、旅行先の歴史を調べてるんです」
「それはそれは。勉強熱心なお嬢さんなのですね」
「聞くところによると、この村の温泉を掘り当てたのは、神主様のご先祖様だとか」
「ええ、よく調べていらっしゃる。あの山にある源泉を私のご先祖が神様から教えていただいたそうです。そして、この村を豊かにすることができたのです」
神主は、にこにこと笑いながら、この村の御伽噺を事細かに教えてくれた。しかし、源泉の場所はあの山だと言い切った。
杏寿郎は、おや、と思いながら、有永に視線を送る。有永は変わらずに微笑みながら、言い切った。
「でも、あの山に源泉はありませんでしたね。その神様のお屋敷というのも、ありませんでした」
すると、神主は先程までのやさしげな笑みをすっと潜めて声を強張らせた。
「山に、入ったのですか」
「ええ。入りました」
「何故、」
「だめだと言われなかったので」
「立入禁止の立て札と縄が張ってあったでしょう」
「そうでしたか? 実に不思議でした。村中に漂っていた硫黄の臭いが、山に入ると全くしないのだもの。でも、村の人や神主様は、あの山に源泉があると仰っている」
「……」
「なにか、ご存知ですか?」
神主は、下から睨めつけるように有永を見た。その剣呑な雰囲気に杏寿郎は思わず嚥下する。そこに先程までの穏やかな空気は無く、ただただ険悪な空気だけが流れていた。
「……帰って、いただけますかな」
「あらゝ……わかりました。杏寿郎さん、行きましょう。それではご機嫌よう?」
追い出されるように神社の境内から出る。
神主は、恐ろしい形相で有永と杏寿郎が見えなくなるまで見送っていた。
有永は、手を頬に当ててうっそりと微笑んだ。
「ふふ、まるで疑ってくれと言わんばかりの態度でしたね」
「あの神主が、なにか知っていることは確かですね!」
「ええ。でも、もう何も教えてくれないでしょうね。困ったわ」
外はもう暗くなり始めた。
村を歩いていると、何やら視線を感じた。それは、村の土産物屋の人であったり、飲食店の給仕であったりと村中の人間だった。なにやら胡乱な顔付きで、じいっと、有永達を見つめている。
宿に戻ると、女将が無愛想な顔で出迎えた。最初にあったときの、上品な微笑みはどこにもない。
「お客様、おかえりなさいませ」
「あらゝ。只今戻りました」
まるで何かを責め立てるような形相だ。そのまま、女将は無言でまた奥へと引っ込んでいった。
部屋に戻る道中、廊下ですれ違った中居も同じような顔で有永達を見詰めていた。
「うふふ」
有永は、そんな人たちにただ笑うだけで何も言わなかった。村人ぐるみ。その言葉が杏寿郎の脳裏を掠める。
「棋怒川さん、これからどうするんですか?」
「うーん、そうねぇ」
村人に鬼の息がかかっているのだとすれば、非常に危険な状況である。本来守るべき一般人が敵に回るかもしれないのだ。
「村人ぐるみだとすると、」
「ええ。その可能性が高いですね。あら、窓を開けてくださいな」
「? わかりました」
すると、有永の鎹烏が窓から何かを咥えて入ってきた。有永は優しく撫で、それを受け取る。烏は、また、飛びたっていった。持ってきたのは、手帳のようだ。
「それは?」
「帳簿です」
こともなげにそう答える有永に、杏寿郎は首を傾げた。曰く、神社に奉納されている帳簿を鎹烏に持ってきて貰ったそうだ。
「それは……」
「なにもなかったら、お返ししますよ……あらゝ」
ペラペラと項をめくっていると、ふいに有永の動きが泊まった。
「見つけた」
杏寿郎が覗き込むと、そこには最初に行方知れずになった、三人の隊士の名前が書き連ねてあった。
おかしい。その後に来て行方知れずになった隊士の話だと、この三人はこの村に訪れていないと言われたそうだったが。
「完全に、黒。村人ぐるみで隠蔽かしら。杏寿郎さん、片時も刀を手放してはだめよ。うふふ、今夜にでも仕掛けてくるかしら……あら、」
項を捲り続けながら、楽しげに笑っていた有永が、急に止まった。そして、笑みを消して、熱心に帳簿を読んでいく。
「ふぅん。そういうことね……なるほど。杏寿郎さん。私、行ってきますね」
「行くって、何処に?」
「決まっているでしょう」
いつもたおやかな笑みを絶やさない有永が、珍しく無表情で杏寿郎を見る。
杏寿郎は、息を呑んで、その表情を見つめた。
「温泉に、入りに」
その表情と発した言葉の温度差に、肩にかけていた羽織がずり落ちてしまった。そして、有永は、杏寿郎の返事も聞かず、部屋から飛び出していってしまった。