修羅系乙女の鬼殺隊活動記録
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「私、ふと思ったのですけれど、水の呼吸は私に合っていないと思うんですよねぇ……」
異形の鬼を屠ったあと、共に任務についていた同胞に呟く。同胞は、そうですねぇと相槌を打ちながら、怪我をした一般人の手当を行っていた。
「なら、他の流派に教えを請うて見てはどうかしら?」
「胡蝶さんは、花の呼吸でしたっけ?」
「ええ。花の呼吸は、水の呼吸の派生だから、基礎は同じね」
「そうですねぇ」
「棋怒川さんは、刀身が赤いでしょう? なら、炎の呼吸やそれに連なる流派がいいんじゃないかしら」
「炎の呼吸……でも教えを請えるようなツテがないわ」
なら、私に心当たりがあるわ。そう花のように胡蝶カナエは微笑んだ。
「帰れ」
胡蝶カナエの紹介で訪れた煉獄槇寿郎の家で有永は冷たくあしらわれた。有永は、眉を下げて、頬に手を当てる。
「あらゝ……困りました。私、是非とも元柱である貴方にご教授願いたかったのですが……」
「知らん。帰れ」
「私、水の呼吸を収めたのですが、どうにもしっくり来なくて、困っているのです」
「帰れ」
「鸚鵡でももう少し違う言葉を話しますよ」
ぴしゃりと戸を閉じられ、有永はさらに困り果てる。気難しい方だとは聞いていたが、まさかここまで取り付く島もないとなると、流石に参ってしまう。
「あらゝ……どうしましょう……」
「あの、俺の家に何か御用ですか?」
「あら?」
振り返ってみると、先程有永をあしらった煉獄槇寿郎にそっくりな少年が不思議そうな顔で立っていた。血縁であることは、よく見ずとも解った。
少年、煉獄杏寿郎は、はきはきとしていて、実に話していて気持ちの良い男子だった。杏寿郎は、家から炎の呼吸の指南書を持ってきて、有永に読ませてくれた。
ここはどういうことですか? と訪ねると、杏寿郎は嬉しそうに木刀を振って見せてくれた。二人で、煉獄邸の庭で素振りをしていると、煉獄槇寿郎がやってきた。しかし、訝しげに有永を見るだけで、何も言っては来なかった。
「棋怒川さん! とても覚えが早いですね!!」
「ええ。他は冴えない私ですが、覚えの速さだけは、師匠の折り紙付きですわ。……やはり、炎の呼吸の流派は、少しだけしっくり来るような気がします。もうしばらく、杏寿郎さんにご教授願いたいのですが……」
「ええ! もちろん!! 共に励みましょう!!」
それから、有永に任務が無い日によく煉獄邸を訪れるようになった。そして、杏寿郎と有永はメキメキと頭角を現し、炎の呼吸を会得していった。
杏寿郎が鬼殺隊に入るのを見届けたあと、有永は唐突に思い立った。
「そうだ。自分の呼吸を作りましょう」
炎の呼吸は、水の呼吸よりもしっくりと来ていたが、やはりまだ足りなく感じていた。ならば、と。しかし、そんなに甘いことではなかった。
実践に実践を重ねて、実験に実験を重ねて、ああでもないこうでもないと思案し、試案し、推敲に推敲を重ねて、積み重ねて、完成に漕ぎ着けたのは、二年の月日が経った後だった。
天賦の才を持つ有永には、なかなか気が遠くなる年月だった。
有永は、この呼吸を『怒の呼吸』と名付けた。
前世で惨殺された怒りを、人々を虐げる鬼畜の輩への怒りを、この世に生を受けてからぐるぐる腹の中に渦巻いていたこの怒りを、呼吸に籠めて、刀にのせて、この世の理不尽を斬り殺す呼吸である。
「化物め……」
「あらゝ。酷いわ。化物はそちらでしょうに。うふふ、鬼さんこちら……」
その薄ら笑いの下に、体中をかけ巡る血潮に、体中を焦げ付かせる憎悪を隠して、鬼の首をひたすらに取り、討伐数は50をゆうに超えていった。
彼女は、修羅であった。
「死したあとに極楽浄土などありません。あったのであれば、私は既に招かれているはずだもの。あの時、腹を裂かれて死んだあの善良な私が、極楽浄土に行けずして、誰が行けるというのかしら」
「? よくわからないけれど、君はとても素敵な人だね」
「そういう貴方は、あまり好ましく思えませんわ。胡蝶さん。貴女はお引き下さいまし。ここは私が」
「だめよ、私も……」
「いいえ、私、共闘は苦手なの。巻き添えになってしまうわ。お引きを」
名残惜しげに駆け出した胡蝶カナエを脇目で見送り、その鬼と対峙する。にまにまと腹の立つ顔で笑っている、目に上弦、弐と記された鬼は、眉を下げた。
「嗚呼、逃げてしまった。実に残念だぜ」
「あらゝ。貴方の相手は私でしょう? 余所見をしないでくださいな」
「それもそうだね!」
怒の呼吸 壱ノ型 怒髪天
豪、と音を立ててその鬼の頚に迫る。鬼は軽くそれをいなし、鉄扇を懐から取り出した。
「可哀想に、何がそこまで君の身を焼いているんだい?」
「貴方には一生、および分からないことですわ」
「そっかー、残念」
血鬼術 蓮葉氷
蓮の花のような氷が発生し、辺りに冷気が漂う。
「なるほど、肺を潰しに来ましたか」
「! 君は頭が良いんだね」
「はぁ、困りました。自慢の呼吸が使えないわ」
うっそりと、窮地に陥っていた筈の棋怒川有永は、笑った。
「お覚悟。どうぞ」
結論から言うと、棋怒川有永は生き残った。日が出るまで上弦の鬼相手に耐え抜いた。肺にダメージは受けたが、致命傷にはならなかったようだ。
怒の呼吸により、心拍数をあげることによって体温を上昇させ、少しではあるが、肺に刺さった氷を溶かしたのだ。
「また会いに来るね!」
そう、言葉をにこやかに残して影に消えていった鬼を見送り、片膝をついた有永の元に、増援を連れて、満身創痍であるはずの胡蝶カナエが駆けつけた。
「棋怒川さん!!」
「ごめんなさい。けほ、取り逃がしてしまいました……けほっ、けほ」
ごぷりと血反吐を吐く。そのまま、有永は意識を失った。