修羅系乙女の鬼殺隊活動記録
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棋怒川有永は、鬼が出たと言う現場に急行していた。既に隊士達に死者が出ているらしい。
月明かりが眩しいくらいにあたりを照らす夜だ。有永は、風を切りながら山道を駆け抜ける。
漸く辿り着くと、一人の隊士が応戦している所だった。だが、手負いのようで、足元が覚束ない。鬼の鋭い爪が隊士の頭に迫っている。
「あらゝ、ご機嫌よう。月が綺麗な夜ですね」
すぱん。と鬼の腕を斬り飛ばし、間に割って入る。鬼は何が起こったか理解できなかったようで、突然消えた腕を凝視していた。だが、すぐに我にかえり、残った腕で有永に迫るが、有永はたおやかに笑って、ドスを振るった。
「貴方、よく頑張りましたね。この鬼は私が引き受けますわ。なので、お引きを」
「クソアマぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「あらゝ……元気がよろしいようで、何よりです。うふふ、お覚悟、どうぞ」
鬼の身体がぼろぼろと崩れ落ち始めるのを確認し、満身創痍の隊士を見る。首に勾玉飾りをつけた少年だ。気が立っているようで、訝しげに有永を見つめている。
「お疲れ様でした。他の隊士は何処にいますか? 伺った話では、あと4人ほど居たはずですね?」
「2人は、向こうで死んでいます……1人は、敵前逃亡し消えました。もう1人は、あそこで気を失っています。大した怪我はないようです」
「そうですか。もう直ぐ隠が到着します。貴方の方が重症かしら。傷を見せていただいても?……まぁ、こんな怪我でよく持ち堪えましたね。素晴らしいことです。お師匠はどなた?」
「……元鳴柱の桑島慈悟郎です」
「まぁ! 私、桑島様と昔お会いしたことがありますわ! 鬼殺隊に入って直ぐの頃だったかしら。祖父のお知り合いでしたの。うふふ、懐かしいわ。あの方はとても素敵な方でしたね。今もご健勝かしら……はい、応急手当は終わりました。他に痛いところは?」
テキパキと応急手当を施しながら、にこやかに笑う有永に、少年は気が抜けたようだ。先程までのピリピリとした雰囲気は鳴りを潜めている。
「貴女は?」
「私、義柱の棋怒川有永と申します」
「……柱、」
「ええ、まだ未熟者ですが。貴方のお名前は? 将来有望な隊士の名前は、是非とも覚えておきたいのです」
「将来有望、ですか」
「ええ、あれだけの傷を負っても逃げずに戦っていたのですから。見処があるというものでしょう? それに桑島様のお弟子さんなのだもの」
「……獪岳と、申します。あの、義柱様」
「はい。どうしました? 獪岳さん」
「俺を……継子にしていただけませんか」
「あらゝ、」
「それで? 継子にしたのか」
「いえ。ですが、お試し期間と言った感じでして」
水柱になった錆兎は、不機嫌そうに眉を寄せて言った。有永は、気にせずお茶の入った湯呑みを獪岳から受け取る。
獪岳に継子にしてほしいと頼まれた有永は、最初は渋っていたが、獪岳のあまりの剣幕に負け、お試し期間と称して任務を共に行ったり、手合わせをしたりと世話を焼いている。
「それで家に置いてるのか」
「そうですね。まあ、一人で住むには、広すぎる家でしたし、ちょうど良いかと」
「ふーん……」
「私は、柱としては未熟です。人に教えるのも苦手ですし。それに獪岳さんとは、呼吸も違います。なので、獪岳さんが強くなるのに、私が師として相応しいのか、見極めていただく必要があるでしょう」
「は? 有永が見極められる側なのか?」
「はい」
錆兎は、思わず獪岳に視線をやる。獪岳は、真顔だが、どこか呆れたような雰囲気でため息をついていた。
獪岳は、あの夜、共に任務についた4人のあまりの使え無さに憤っていた。慢心して勝手に突っ込んで行った2人は、一撃で殺され、それを見た後輩の隊士は何を思ったか泣き叫びながら逃亡。最後の一人は、まだ懸命に戦っていたが、足を滑らせて頭を打ち、一人で気絶した。
一人残った獪岳は、ずっと応援が来るまで戦っていたのだ。
「どいつもこいつも、使えねぇクソばっかりだ!!」
50人は食べていて、厄介な血鬼術を使う鬼だった。なんとか致命傷を避けて応戦してはいたが、着実に追い詰められていた。
鬼の爪が頭に迫ってきた。景色がやたらとゆっくりに見えた。ぎらぎらと月明かりに照らされた爪が、段々と近付いてくる。
(畜生ッ!! まだ鬼殺隊になったばかりだって言うのに!! 使えねぇ奴等と組まされたばっかりに!!!!)
「あらゝ、ご機嫌よう。月が綺麗な夜ですね」
暢気な女の声が聞こえてきたと思ったら、自分に伸びていた鬼の腕が、遠くに飛ばされていた。
(、は?)
見ると、たおやかに微笑む女が、鬼と獪岳の間に立っていた。
「貴方、よく頑張りましたね。この鬼は私が引き受けますわ。なので、お引きを」
鈴のような声が、言葉を紡いでいく。手に持っているのは、獪岳と同じような刀ではなく、鍔のない、『惡鬼滅殺』の文字が彫り入れられた刃である。木製の鞘と柄には、綺麗な模様が描かれている。
袴と、布の良い羽織が夜風に靡く。その下に白い『滅』の文字。
底の厚いブーツが、地面を固く踏み締め、苛烈な輝きの瞳で、鬼を見つめている。
鬼の怒号が響き渡る。だが、女は顔色一つ変えずに、刃を構え直した。
「___お覚悟、どうぞ」
女はあっという間に、鬼の頸をはねてしまった。轟々と荒々しい刃を、あの細腕で振るっていたとは、にわかに信じ難い。
慣れた手つきで手当をされる最中、師匠の名を問われ、答えると花が咲くように笑った。師を褒められるのは、嬉しいものだったし、『将来有望』と言われ、自分の名を問われたのが、なによりも嬉しかった。
ああ。この女は、なかなかわかっているな。
獪岳は、今よりも強くなって、名声を手に入れられるように、柱の継子になりたいと常々思っていた。しかし、今現在、現役の鳴柱は居ない。また、師匠が別の雷の呼吸の使い手共は、どいつもこいつも獪岳のことを「基礎の壱ノ型も使えない出来損ない」だと見下していた。
しかし、師匠の知り合いで、俺のことを「将来有望」と称したこの柱の継子になら、なってやっても良い。
そう思って、申し出たが、帰ってきたのは、困ったような声だった。
「桑島様のお弟子さんってことは、雷の呼吸の遣い手でしょう? 私の怒の呼吸とは、少し相性が芳しくないと思うのですけれど……水の呼吸と正反対の炎の呼吸を納めた私が言うことでは無いと思うのですが……」
「俺は、義柱様の戦いに感銘を受けました。是非とも、貴女の指導を受けたいのです」
「そうですか……お気持ちは嬉しいのですが……」
「俺は強くなりたいのです!!」
「……私は、貴女の理想の師では無いかもしれませんよ。教わるのは得意でしたが、人に教えたことは、ほぼありませんし……」
ぐだぐだとしてないで、さっさと継子にすると言えよ。
獪岳は、そう苛立ちながらも、なんとか食い下がった。すると、ついに有永は折れた。だが、正式に継子にするのでは無く、『お試し期間』と称して、獪岳をそばに置くことにしたらしい。
「辞めたくなったら、いつでも言ってくださいな」
そんなことも言われたが、獪岳には、未だ辞める気はない。
確かに教え方は獪岳の師匠に比べれば拙い気がする。だが、丁寧に教えようとしていることがわかるし、まるっきりど下手というわけでもない。最初はそう思っていた。最初だけは。
まずは、全集中、常中の呼吸というのを会得しろと言われ、その為の肺活量を鍛え始めた。
有永の実家の持ち物だという、標高の高い山に何度も登らされた。
大量の罠が張られた山道を走って、頂上まで行って麓に戻る。
初めは、半日かけて登り、また半日かけて降りてきていたが、数をこなすうちに、段々と速くなっていった。
日中は、それを繰り返し、夜になれば鬼退治。
柱の任務に着いていくのは、なかなか骨が折れた。やはり手強い鬼ばかりだったし、有永は、共闘が苦手な為、巻き添えを喰らわないようにするだけでも精一杯だった。
山登りを続けていくと、身体に変化があることに気がついた。始める前よりも、全集中の呼吸が楽に出来るようになったのだ。
標高の高い、酸素の薄い山を毎日駆け登り、肺活量が増えたのだ。それに、罠を避けるのに反射速度も格段に上がった。
反射速度が上がったことにより、有永との任務もしやすくなった。鬼の攻撃や、有永の斬撃の隙間を縫って、鬼を討ち取ることができた。有永との共闘も苦にならない。
確実に強くなっているのを感じていた。
常中の呼吸を会得すると、日中の鍛錬に有永との手合わせが加わった。
有永は、初めは手加減をしていたが、全く歯が立たなかった。本気の一撃である筈なのに、軽々といなし、吹き飛ばされる。
「今、5回は死にましたよ」
軽く木刀を振りながら、告げられる言葉に、獪岳は目を見開いた。
「本気で掛かってきてくださいな。何を恐れているのです? 貴方は真剣、私は木刀です。利は貴方にあるでしょう? 死にたくなければ、先手必勝を心掛けなさい。殺される前に殺しなさい。後手に回るのなら、それ相応の策を練りなさい」
ずいぶんと簡単に言ってくれる。
有永は、微笑みながら木刀を振るい、何度も獪岳をぶちのめした。骨を折られ、いくら手加減されているとはいえ、力の差をありありと見せつけられた。
獪岳は、その時、有永が言っていた『人に教えるのは苦手』という意味が理解できた。
つまり、有永は、鍛錬の方法は示せても、他人に直接指導を行うときの加減がよくわかっていないのである。
有永本人は飲み込みがとても早く、これまで様々なことを瞬く間に吸収してきた。
しかし、それは、有永が天賦の才を持っていたからである。
常人なら何年もかかるようなことを1日で覚えてしまう有永は、無意識のうちに「私でも出来るのなら、皆も出来る」と思い込んでいた。
それが顕著に現れてきたのである。
「獪岳さん。もうお終いですか? まだ半刻も経っていませんよ。休んでる暇があったら、私に一太刀浴びせてみてください」
休んでるのではなく、有永に吹き飛ばされて、立ち上がれなかったのだが。
「うおあああああああ!!!!」
「雑ですね。えいっ、」
「ぐあッ!」
赤子の手をひねるかのように、いとも容易く床に転がされる。もう何十回こうしたかわからない。
獪岳は、心が折れそうになっていた。
だが、逃げ出すのは、癪に障る。出来損ないの弟弟子を思い出すからだ。いつもぴーぴー泣き喚いて、師匠の手を煩わせていた、雑魚。
それを思いで出して、苛ついてしまう。
「獪岳さん。切っ先が振れています。それでは、斬れ味も落ちますよ」
有永は、ひたすらに容赦なく、獪岳の鍛錬を続けていった。
「正直な話。すぐに辞めると思ったんだがな」
様子を見に訪れた水柱は、そう言って眉を下げた。
錆兎は、有永の弟弟子で、水の呼吸の遣い手であり、つい最近水柱に就任した一人である。
今代の水柱は、異例の二人体制である。もう一人は、冨岡義勇という同じく有永の弟弟子だ。二人で任務に趣き、十二鬼月を打ち倒したのだ。最初はどちらがなるかとお館様に問われたが、お互いがお互いを推薦しあい、論議が終わらず日が暮れ、見兼ねた有永の「もう二人で柱にお成りなさいな」の鶴の一声で鬼殺隊始まって以来初の二人同時就任と相成った。
余談だが、妹弟子の真菰は、二人の継子である。
そんな水柱の錆兎は、なかなか面倒見が良く、こうして有永に与えられた屋敷に何度も足を運んでいた。有永が獪岳を連れていけないような任務に行ってしまい、不在の時に訪れて、獪岳の鍛錬を手伝ってくれたりもした。
確かに厳しくはあるが、有永のように無意識に心を折ったりしないあたり、まだ優しいのだろう。
「まだ継子になっていないのか?」
「ええ、まだ」
「だが、お前が見極める側なんだろう? こうしてまだ出ていかない所を見ると、気が変わったわけじゃないんだろ?」
「……」
軽く手合わせをしながら、錆兎が問うたが、獪岳はただ沈黙した。
「あー……、アレか。お前、心が折れかけてるな?」
「……はい」
「はは、まぁ、有永は天才だからなぁ。わからんでもない。……うちの師匠は、最終選別に行かせる前にデカい岩を斬らせる試練を出すんだが、有永は半日で達成したんだ。……俺と義勇は、一年以上も掛かったってのにな」
「……」
「俺と義勇は、なかなか斬れなくて、何度も心が折れかけた。姉弟子の天才性を完全に理解したのも、そこだな。師匠の家の横に、有永が斬った岩がそのまま残ってて、それを見るたびに胸が締め付けられた。俺達が斬ろうとしてる岩よりも硬くて遥かに大きい岩だった。後から知ったんだが、師匠は、有永を最終選別に行かせる気は無かったらしい」
「行かせる気が、無かった?」
錆兎は、そこで振るっていた木刀を降ろした。
「ああ。なんでも、有永以前の兄弟弟子達は、皆、最終選別を突破出来ずに誰一人として帰って来なかったらしい」
「……それは、」
「だから、師匠は、……鱗滝さんは、他の育手にアイツはロクに弟子も育てられないと陰口を叩かれていことも後で知った。……俺と義勇でそんなことを言った奴らは黙らせたがな。……鱗滝さんは、元水柱で、立派な育手だ。なら、どうして有永しか帰ってこれなかったのか……俺は有永にこっそりきいたんだ」
「……」
「有永は、暫く黙り込んで、いつもお守りとして持っている、鱗滝さんが掘った厄除けの面を取り出して眺めていたよ。そして、顔に被って、『この面を付けた子供を狙って食べ続けていた鬼がいた』と感情の読めない声で言った。面のせいで表情も見えなかった。そして、『鱗滝さんや義勇達には言ってはいけない』と続けた」
錆兎は、そう言って自分の厄除けの面を取り出して頭につけた。心なしか手が震えているような気がする。
獪岳は、何も言わずに錆兎の話を聞いていた。
「有永は、天才だ。巷では修羅なんて呼ばれている。確かに苛烈で人間とは思えないほどの強さを持っている。……だが、あの時の有永を思い出すと、違うんじゃないかって思えてくる。……有永は、」
そこで、錆兎は、ハッとしたような顔になって、獪岳を見た。そして、バツの悪いような表情で頬を掻く。
「すまん。喋りすぎた」
「、は?」
「そろそろ有永も帰ってくるんじゃないか? 風呂でも沸かしておいてやろう」
そそくさと、木刀を片して屋敷に上がっていってしまい、庭に一人残された獪岳は、ぽかんとしてしまう。
一体何だったんだ。
「有永は確かに人より強過ぎて、アレな所はあるが、一度懐に入れた人間は、絶対に見捨てないし、見ていてくれるぞ」
最後、家を出る前に錆兎が言った言葉は、静かに獪岳の胸に残った。
俺は、果たして懐に入れているのだろうか。