修羅系乙女の鬼殺隊活動記録
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「来た」
有永は、噺の途中で立ち上がり、ドスを抜いた。突然刃物を取り出した有永に、侘助はぎょっとして、噺を止める。
「どうしたんだい!! 有永ちゃん! そんなもの取り出して!」
「侘助さん、貴方に確認したいことがあります」
「へっ、」
「角の蕎麦屋の娘さんは、ご存知ですか」
「蕎麦屋の、むすめ?……いや、知らない。蕎麦を食うと体中が痒くなったり、息ができなくなるんだ、アタシは。蕎麦にはなるたけ近づかないようにしてるくらいさ」
「そうですか」
『酷いわ、酷いわ! また浮気なのね! 甲斐性がないのだから、困ったものだわ!!』
その時、異形の鬼が寄席の天井から落ちてきた。身体中を外骨格で固めた化物。女郎蜘蛛の様な姿かたちをしており、前方の上部に女の顔が埋め込まれるように覗いている。
『侘様! 私と一緒に町を出ましょう! 駆け落ちしましょう! そうすれば、誰にも邪魔されずに愛を育めるのよ!!』
「ヒッ、ば、バケモノ!!」
『その女よりも、私のほうが綺麗でしょう? 私、沢山食べたのよ!! 貴方が綺麗だって言った女を全部食べたのよ!! そうしたら、こんなに綺麗になったの!! 貴方好みでしょう? 綺麗と言ってくださいな! この町にはもういられないのだから、これからは二人で手と手を取り合って生きていくのよ!』
鬼は、有永に目を向けた。
『この女も食べれば、今よりもっと綺麗になれるわ!! 待っててね、侘様』
「あらゝ……うふふ。健気なんですねぇ」
『ええ! ええ! わかってくださる? アンタみたいな阿婆擦れでも、わかるのね? この健気さが! だからアナタを食べるわ!!』
「そう。では、お覚悟、どうぞ」
怒の呼吸 壱ノ型 怒髪天
豪、と音を立てて、鋭い袈裟斬りが鬼の足を断つ。
怒の呼吸 弐ノ型 龍天の逆鱗
下から上に突き上げるような太刀筋がもう一つ、足を落とす。
『なに、すんだ!! テメェぇぇぇ!!!!』
鬼が咆哮を上げて突進してくるが、上方に飛び上がり、その背に乗る。侘助の方をちらりと見ると、腰を抜かしたようで、動けずに震えていた。
『侘様! 侘様!!』
「うーん、頸が埋まっていて落とせないですねぇ……。困ったわ。外骨格が硬すぎて、足を斬るので精一杯」
『この阿婆擦れぇ!!! 汚い足で乗りやがってクソがぁぁぁ!!!』
「うふふ、」
どすり。大きく開いた口の中に刃を突き立てる。喉の奥に深く突き刺さり、血が溢れ出始めた。
「あら。中は柔いのですね」
刃を回すように更に奥へ刺すと、ごぽりごぽりと更に血が溢れててくる。顔が上を向いてるため、血が吐き出せずに窒息しそうになっているようで、痙攣しながら、暴れまわり始めた。
有永は、振り落とされないよう刺したままの、ドスを強くつかんでいる。
舞台の上で震えていた侘助の方向に近付いていき、あわやすり潰されそうになってしまう。
「たすけ、」
「ああ! わかってる」
間一髪で錆兎が寄席に辿り着き、侘助の首元を掴んで遠くへぶん投げて、安全な場所に避難させた。
「有永!、」
「錆兎、鬼の足を全て落としてくださいます? 私、今動けないの」
「! わかった」
水の呼吸 肆ノ型 打ち潮
流れるような太刀筋で足を全て落とすと、床に沈みこむようにその巨体が崩れ落ち、動きが止まった。
有永は、口からドスを抜くと顔の縁に沿って刃物で削ぎ落としはじめた。
「あらゝ。境目は刃が入るのですね」
『ごぽっ! ごぼ、ごぼぽッ!!!』
「そんなに悲痛そうな顔をしないでくださいな」
ごりん。顔の裏に差し込まれた切っ先が、頚椎に当たったようだ。鬼は目を見開いて、短く斬られた脚をバタつかせる。異形ではあるが、大した血鬼術は使えないらしい、錆兎の元に現れたような分体はもう出てこない。もう鬼に修羅から逃れる術は無い。
『ごぱっ、やめ、やめて! やめてちょうだい!! お願い! せめて、せめて詫様と死なせて!! 侘様と心中させて!!』
やっとの思いで、血を吐き出し、泣き始めた鬼に、有永は、眉を下げた。
「ごめんなさいね」
ぶつり。
外殻から切り離された顔が、床に落ちる。そして、硬い外骨格が灰となって崩れ始めた。
『あ、ああ……詫様……侘様……』
「……アンタは、」
ふらり、と侘助が床に落ちた鬼の顔に近付いていき、その顔を覗き込んだ。
先程までは怖くて堪らなかったが、既に首を落とされ、消えていく鬼は、ほろほろと涙を流し、ただの少女のようだった。
恐ろしい鬼ではあったが、歪んですらいたが、自分を心から好いていたのは理解できた。なら、今際の際ぐらいは。
「ああ、思い出したよ。アンタは、アタシがまだヒヨッコで、寄席も閑古鳥が鳴いていた頃に、一人でよく来てくれた子だね……アタシの最初のお客様だね……」
『わびさま、お慕いしており、ま……』
「……アンタのこと、忘れはしないよ」
鬼は、全て塵になり、消えていった。
明け方、隠部隊が寄席を調べたところ、天井裏から大量の骨の欠片や簪、女物の着物が発見された。鬼は寄席の天井裏にずっと潜んでいたらしい。
遺品は、全て消えていった女達の物と判明し、事件の幕は閉じた。
侘助は、事の顛末を知り、蕎麦屋の奥さんに会いに行った。そして、この出来事を新作落語にしたいと申し出て、それが娘の罪滅ぼしになるのならと了承した。
そして、新作落語『寄席鬼恋慕』が、後世語り継がれることとなるのは、別の話。
「私は、好きな人が出来たことが無いので、どうして、あの鬼があそこまで恋に狂ったのかが分からないのです」
「……俺は、なんとなく理解できた」
「あらゝ。錆兎は恋をしているの?」
「……どうだろうな」