修羅系乙女の鬼殺隊活動記録
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義柱の有永と、最近階級が丙になったばかりの錆兎は、とある任務で小さな町に訪れていた。そこは小さいながらもなかなか活気付いたところだ。
町の中心には立派な寄席があった。人気の演目は、この町に住んでいる春雷亭一門の落語である。だが、この寄席に出向いた女性が次々と消えているらしい。
「そう聞いていたから、きっと、みんな気味悪がって客足なんか遠退いているだろうと思っていたんだが」
「ええ、なかなか繁盛してますねぇ」
ひとまずは、情報収集のため件の寄席に足を運んだのだが、二人の想像以上に客が多く、寄席の中には入ることが出来なかった。時折、どっ、と地響きのような大勢の人の笑い声が聞こえてくるため、大盛況ぶりがよく伺えた。
外には、有永達と同じように寄席に入りきれなかった人達が、名残惜しそうに中の様子が何とか見えないだろうかと入り口を覗きこんだり、建物の壁に耳をつけたりしている。
「なあ、有永。寄席ってこんなに人が集まるもんなのか?」
「どうだったかしら……昔、祖父に連れられてここに来た時は、閑古鳥が鳴いていたぐらいでしたけど」
「ここに来たことがあるのか?」
「ええ、ここは」
「お嬢!! お嬢じゃねぇですかい!!」
その時、有永の背後から、ヤケに嬉しそうな野太い声が響いた。錆兎は振り返り、思わずギョッとした。そこにいたのは、怖い顔をした禿頭の大男だった。明らかに一般人ではない。着崩した着物からちらちら見える肩には、鮮やかな青い刺青が入っている。
「お嬢! いらしていたんなら、ウチの店に寄って行ってくだせぇ! 生憎、アニキは留守にしてやすが、皆お嬢に会いたがってましたぜ!」
「あらゝ。久しぶりね。ゲン」
「し、知り合いか?」
「ええ、家の者です」
有永の顔を見てにこにこしている大男に、有永は駆け寄り、花のように微笑んだ。大男は、錆兎に気が付くとぺこりと愛想よくお辞儀をした。見かけによらず気さくな性格らしい。
「オレはゲンといいやす。有永お嬢がまだみっつの時にオジキに拾われまして、今はアニキ……有永お嬢のあにさまが面倒みてる賭場で、用心棒をしているモンです」
「ゲン。この子は錆兎よ。私の弟弟子なの」
「へぇ! なら、ご一緒にどーぞ! 本当なら、ガキは入れねぇんですが、お嬢の弟分なら!!」
ゲンについていくと、そこは厳つい男達が大勢出入りしている賭場だった。その男達は有永を見るなり顔を綻ばせて、きゃっきゃっと楽しそうに駆け寄ってきた。
けして、可愛くはない。しかし飼い主に走り寄る犬のように見えてくる。皆口々に、お嬢! お嬢! と嬉しそうにしていて、なんだか微笑ましい情景のようにすら思えてきた。
有永も有永で強面の大男達の中心でにこにことしていて、ひとりひとりの名前を呼び、嬉しそうにしている。
「なんだこのガキ」
「ああ、お嬢の弟分だそうだ」
「へぇ!」
「ほれ、金平糖やろう」
「飴は好きか?」
「腹減ってんだろ? うなぎ食わせてやるよ!」
錆兎に気付いた男達は、錆兎も可愛がりはじめ、あれよあれよと賭場の中に連れて行かれた。
入ると、紫煙をくゆらせている客たちが、じろりと二人を見た。賭場に似つかわしくない、女と子供が入り込んできたため、訝しげな顔をするが、強面の従業員達の反応を見て、色々と察し、大半はさっと顔を背けた。
「お嬢! 久しぶりに花札でもしやしょうよ!」
「いやいや! お嬢! チンチロで遊びやしょう!」
「お嬢! 美味しい大福がありやすよ!」
「あらゝ……ごめんなさい。今日は任務でこの町に来たのよ」
有永が、この度の任務について訪ねると、男達は、口々に寄席にいる、ある男の話をし始めた。
「春雷亭に侘助っていう新しいヤツが入りやしてね、そいつが何というかまぁ、美丈夫ってやつでして。その上、噺が上手いのなんの。あっという間に人気が出て、今じゃあ大スタァってやつなんでさぁ、」
「今まで閑古鳥が鳴いて、貧乏神が大はしゃぎしてたってのに、ソイツのお陰であの賑わいよう!」
「町の女が行方不明になったのもその頃からだ」
「最初は、角の蕎麦屋の娘だったな」
「あそこの店は一月前にオヤジが山で獣に襲われて死んじまったばっかりだったっていうのに……俺ァ、不憫でならねぇ……泣けてくらァ……」
「その次は、確か……そう、うちの常連のカミさんだ」
「あの旦那はロクデナシだったが、愛妻家でなぁ……見てらんねぇくらい酒に溺れて、家から出てこなくなっちまった……可哀想になぁ……」
「俺達も、この町に賭場を開いて長いからな、町の連中の困りごとはだいたい相談されやす」
「町の隅から隅まで。川底や井戸の中、山のてっぺんから足元まで、ぜぇんぶ総出で探しやしたが、なんの手掛かりもありやせんでした」
「そうこうしているうちに、次々と女が消えていきまして……」
「やっぱり、あの新人噺家が怪しいよ」
「だいぶ女癖が悪いらしくてねぇ」
「そういえば、消えた女達は、全員大層な別嬪揃いでいやしたね」
「一番の別嬪は有永お嬢ですが!!」
やいのやいの。
段々と、消えた女の話から有永が、いかに別嬪で可愛いのかという話に移行していき、小さい頃はやれどうだっただの、生まれたばかりの時、産声をなかなか挙げずひやひやしただの、おしめを取り替えたのは俺だのと楽しそうに話しだした。
錆兎は、なんだか新鮮な気持ちでその話を聞いていると、有永が一つ大きな音で手を叩き、場を黙らせた。
「……私の話は、いいじゃないですか……」
恥じらうように袖で口元を隠し、視線を下げる。ほのかに頬が赤く染まってるようだ。錆兎は、普段は修羅のような姉弟子がこんなにしおらしくしているのを始めて見た。
(ン゙っ)
ぎゅん。
薄暗くなった頃、賭場を後にした有永と錆兎は、手を降って二人を見送るむさ苦しい集団を横目に歩き出した。
「じゃあ、件の噺家さんに会いに行きましょうか」
「でも、寄席は満席では入れそうにないが」
「春雷亭のお師匠様は祖父の古い友人なのです。頼めば会うくらいならできるでしょう」
寄席の控室に行くと、有永は、小柄なお爺さんに恭しく頭を下げて挨拶した。
「ああ! 有永ちゃん、大きくなりましたなぁ!! 別嬪さんになったねえ。爺様はお元気ですか」
「はい。お陰様で。お師匠様に会いたがっていましたよ」
「そうか、じゃあ忘年会辺りに呼んでくださいな。ウチの若手も挨拶させたいしなぁ。今日はどうしてここに?」
「いえ、今話題の侘助さんという方を一目見たくて」
「あはは! 良いですよ、アタシはこの後に用事があるので、御暇いたしますが、侘助は置いていきますね!」
そうして、お爺さんは、弟子をぞろぞろと連れて、控室を出ていった。
「アタシが春雷亭侘助です」
なるほど、確かに美丈夫だ。整った目鼻立ちの青年が、その美声を響かせている。
「棋怒川有永と申します」
「棋怒川? じゃあアンタ、あの賭場の親分の」
「妹ですわ」
たおやかに微笑む。だが、眼光だけは鋭くその侘助と名乗ったその男を見ている。
「それで、棋怒川一門のおひぃさんが、アタシになんの用です?」
「いえ、最近寄席で人気の大スタァに逢いに来ただけですわ」
「アンタみたいな別嬪さんに逢いに来て貰えるなんて光栄だね」
と有永の手を軽く握り、その甲にそっと口づけを落とした。
「お前っ、!」
錆兎は、ぎょっとして思わず声を上げる。なんだコイツ!!
だが相手はどこ吹く風で飄々と笑っている。
「美しいお嬢さん、アタシと二人で美味しいものでも食べに行きましょうよ」
「……あらゝ。じゃあその代わり、質問に答えてもらってよろしいですか? “はい”か“いいえ”で良いのです」
「いいでしょう。お安い御用だ。なんなりとお聞きなさいな」
「貴方はこの町の女達が消えていくのに関与していて?」
「……どういう、意味ですかぃ?」
侘助のその綺麗な笑みがようやく消えた。訝しげな顔で、じっと有永の苛烈な瞳の光を凝視している。有永は、ふんわりと年相応に笑うと、諭すように口を開いた。
「あらゝ。“はい”か“いいえ”で答えてくださいな。それ以外の返事は、いらないのです」
「……」
「うふふ」
錆兎は、侘助の表情を見て、すっと目を細めた。冷や汗などは、かいていないようだったが、先程までの飄々とした態度はどこにも無い。目に見えて狼狽している。暫く黙り込んでいたが、漸く重々しく口を開いた。
「……“はい”」
「あらゝ。お答え頂き、ありがとうございます」
「あの消えた子たちは、皆、よくアタシの寄席に来てくれていた。いつだって熱心にアタシを支えてくれていた子らだ。無関係だなんてそんなことは言えないよ」
「そうですよね、ええ。ありがとうございます。ふふ、」
「何がおかしいんだい」
「嘘は、ついていませんね」
「……あたりまえだろぅ」
「うふふ、用は済みました。今日のところは御暇いたします。ご機嫌よう」
ひらり、と身を翻すと、羽織がふんわりと揺れた。そして、軽やかな足取りで賭場の方向に歩いていこうとする。
「まってくれ」
「はい?」
「アタシは質問に答えたんだ。アタシと逢瀬しようよ」
「あらゝ。よろしいので?」
「アタシが先に誘ったんだ。アンタみたいな美人、逃したとなりゃ春雷亭侘助の名が廃るってもんだ。