雪花の負け犬
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冬坂聖が目を覚ましてから、暫く経った頃。まだ休養中の聖の元に、いつもの通り煉獄杏寿郎が訪れた。
「実家に竃門少年と行っていたんだがな、」
どこか憑き物が落ちたような、スッキリとした顔で、家であったことを活き活きと話す煉獄を眺めつつ、聖は微笑んでいた。
「身体の具合はどうなんだ?」
「もうそれなりに回復しました。機能回復訓練も直に終わります。もう少ししたら、刀鍛冶の里へ行こうと思っています」
「そうか! 君の刀は繊細だからな! そうだ、刀といえば、俺の刀の鍔を竃門少年に譲ったのだ」
「そうなんですか、ふふ」
「?、どうかしたか?」
「いえ、杏寿郎さんが、あまりにも楽しそうに話すので、僕まで楽しくなってきてしまいまして」
目を細めて笑う聖に、煉獄も一層顔を綻ばせる。そして他愛のない話でも嬉しそうに聞いている聖を見ているだけで、煉獄の心はほわほわと暖かくなっていった。
「お熱いねぇ、お二人さん」
「天元さん!」
「宇髄!」
音柱、宇髄天元は、手土産を持って、ひょっこりと顔を出した。
いつも通りの派手な額当てにキラキラと陽光が反射している。宇髄は、聖のベッドに腰掛けると手土産を聖に差し出した。
「地味なメシばかりだと飽きるだろ? お前の好きなモン持って来てやったぜ」
「わぁ! 金平糖だ! ありがとうございます!!」
小さく可愛らしい金平糖が入った小瓶を嬉しそうに眺める聖に、宇髄は得意気に笑って、聖の頭を少し乱雑に撫でた。
「元気そうで良かったわ。本当に。早く俺の嫁達にその面見せてやれよ」
「そうですね……本当にご心配をお掛けしました……すみません」
「お前はまたそうやって地味に辛気臭ぇ顔をしやがる! 快気祝いはド派手にやるからな! それはもう派手派手に!!……どうした? 煉獄」
「……ん、いやなに。やはり二人は仲が良いなと思ってな」
「お前ソレ……」
宇髄と聖が楽しそうにしているのを見て、何故か静かになった煉獄に、宇髄は何かを察したが、面白そうなのでそのまま放置することにした。
不死川といい、煉獄いい、聖の周りは派手に面白えなぁ。と心の中で呟き、思わずにやりと笑ってしまう。
今、嫁達はとある場所に潜入し、鬼を捜索している最中だが、それが終わる頃には聖の身体も回復しているだろう。
その頃までには、煉獄ももっと聖といい感じになっているんだろうな。なるほど仲人は俺か。
「煉獄、がんばれよ」
「なんのことかわかんが、精進する!」
不死川実弥が、聖が目を覚したと聞いたのは、丁度、鬼の頸を斬り終えた後だった。
いつも通り、身体のあちこちに切り傷を作っていた為、篠崎にブチ切れられ足留めを食らったが、なんとか聖の病室まで足を運んだ。
その時、聖は安らかに眠っていた。その傍らには、愛おしげな視線で聖を見ている煉獄が座っていた。
何故か不死川は、息を潜め気配を殺して、それを部屋の外から眺めていた。
いつもなら、普通に煉獄に声を掛けるが、何故かそれができなかった。
煉獄の指先が、聖の額に掛かった柔らかな髪を撫でて退かす。聖は、形の良い唇から吐息を洩らすだけで変わらずに寝ていた。
髪を撫でた指先で、今度は唇にそっと触れる。ふにふにと触感を楽しむように、慈しむように触れている。
聖は、ころんと寝返りを打って煉獄の方に身体を向けた。そして、薄っすらと瞳を開いて、その翡翠色を覗かせる。煉獄の顔を見るとふにゃりと力無く笑って、その手に擦り寄った。寝ぼけているらしい。緩やかに煉獄の指が髪を梳くと安心したように、また瞳を閉じた。
不死川は、そんな聖から目が離せなかった。自分の前ではあの様な気の抜けた雰囲気をした事はない。あんな安らかな顔は、見たことがない。
どうしてかそれが堪らなくなって、逃げるようにその場を後にした。
その日、不死川は、夢を見た。
目の前で聖が、ベッドに横たわって安らかに眠っている。不死川は、昼間に煉獄がやっていたように、そっと額に掛かった髪を、指の腹で撫でて退かした。
そして、唇に触れてみる。本当に男の唇かと思うほど、柔い。
こちらに寝返りを打った聖が、ぼんやりとこちらを眺めている。その翡翠色の瞳から目が離せない。
「……さねみ、さん」
「冬坂、」
ゆっくりと起き上がった聖は、とろりとした瞳で、不死川を見つめ、こちらに手を伸ばしてきた。細く繊細な指先が、不死川の頬に触れる。両手で挟み込むように添えられた指先の温もりに、思わず目を細める。
「さねみさん、お慕い、しております」
少し開けた胸元が見える。白くきめ細かい肌が瑞々しく輝いていた。
不死川は、頬に添えられてる手をそっと握って引き寄せ、聖のその白い首に顔を近づけた。不死川の吐息が聖の肌を撫でる。
「ん、」
ふるりと、聖が震える。不死川は口を開いて、聖の首に________
「……夢、」
目が覚めた不死川は、むくりと起き上がって、先程までの夢の内容を鮮明に思い出した。
「なんつー、夢を……見てんだ俺はァ……」
頭を抱える。顔だけでなく、身体の中心に熱が集まっていることに気が付いて、重いため息を付いた。
「……はぁぁぁ、」
別に何とも思っていない。冬坂のことなど。ただの同僚だ。
何度も、そう自分に言い聞かせているが、昼間見た聖と、夢で見た聖が、幾度と無く脳裏に浮かんでいく。
不死川は、頭を振って、掻き消そうとするが、どうしても消えなかった。
それから、一度も不死川は、聖の見舞いには行かなかった。
「派手に面倒くせぇな。お前。なんでそんなに拗らせてんだよ」
宇髄は、思わず舌打ちをした。面白がって放置していたのは、宇髄だが、こうも拗らせているとは思わなかった。
「あ?」
不死川は、呑みに誘われたと思ったら突然つかれた悪態に、思わずこめかみを引く付かせる。
酒を呑んで、少しだけ酩酊して何かを話した気がするが、何故宇髄にそんな顔をされなければいけないのか、皆目見当がつかなかった。
「おい、不死川。お前、聖のことどう思ってんだよ。もう一回言ってみろ」
「あ? ……別にどうも思ってねェよ」
「はァァァ?」
「んだよ、」
「そんな派手に顔真っ赤にしておいてよく言うわ! 忍の目を誤魔化せると思うなよ!!」
ダンッ、と酒瓶を叩き付けるように置く。不死川は、顔を真っ赤にさせたまま、訝しげに衝撃で震えた酒瓶の中を眺めている。
宇髄は真剣な表情で静かに言う。
「……見舞いぐらい、行けばいいだろ」
「あ?」
「俺達は、いつどうなるのか、わかんねえんだから、地味に未練を残すより、派手にやりたいように生きれば良いだろうが」
「……」
「やっぱり煉獄のが勝ちそうだなァ、俺は聖が幸せになるなら、聖が選んだのなら、誰だって構わねぇんだけどよ。お前がそんな拗らせてるとなると、何やらかすかわかんねぇしなぁ……」
「ア? 煉獄がなんだよ」
「お前、このままだと噛ませ犬にも成れねぇぞ」
「だからァ、なんの話だよ」
宇髄は、ハァ、と溜め息をつき立ち上がる。
「とりあえず、聖の見舞いに行ってやれ。じゃあな、」
「だから! ……チッ、帰りやがった」
一人残された不死川も、席を立つ。
「あの、お勘定を」
「あ? 宇髄が払ったんじゃ……」
「いえ、頂いておりません……」
「……」
宇髄の分も支払った。
「不死川さん、お久しぶりです」
「……おう、」
「この通り、起き上がれるようになりました」
「そうかァ、」
「……」
「……」
沈黙。
狐面をつけた聖の表情は、不死川には見えないが、雰囲気で困惑していることがわかる。
不死川は、聖に椅子を進められたが、何故か一向に座ろうとせず、扉の前で突っ立っていた。
困惑しつつ、立ち上がって、不死川に近付く。
「し、不死川さん? どうかされましたか?」
「……」
「あの、」
「その面、」
「あ、ああ。これですか? 前の顔布は、破れてしまって、兄に処分されてしまったので……代わりのお面を冨岡さんに頂きました」
「冨岡……」
言わずもがな、不死川は、冨岡のことが割と嫌いである。
そんな男から貰ったというお面をつけていると知り、心の奥に何かが沸々と湧き上がってきた。
「外せ」
「え、」
「外してくれ」
「ですが、」
「頼む」
その剣幕に圧されて、たじろぐ。暫く考え込んだあと聖は、空き放たれたままの扉を閉めた。
不死川は、既に思い人がいて、顔を見られても呪いに当てられることはないと、聖は思い込んでいる為、不死川の前で、面を外すのは構わない。
しかし、もし他の人が部屋の前を通り掛かったり、突然入ってこられて、顔を見られるのは困る、だから、扉を閉めて、二人きりになったのだ。
だが、不死川は、扉を閉められた意味がわからず、突然二人きりになったことにどぎまぎした。
そして、無言のまま聖は、面を外して、不死川を上目気味に見る。
「不死川さん、とりあえず、座りませんか」
「……あァ、」
聖は、自分のベッドに。不死川は、その隣に備え付けられた椅子に腰掛けた。
だが、びっくりするほど会話がない。
沈黙に耐え兼ねた聖が、宇髄に貰った金平糖の小瓶を取り出して不死川に見せる。
「あの、不死川さん、甘いものは好きですか?」
「あァ、」
「よかった! じゃあ、手を出してください」
不死川が恐る恐る手を出すと、その手の下に聖の手が添えられた。
細く、繊細だが、刀を握る手だ。不死川の手と同じく、所々に肉刺ができてゴツゴツとしていた。夢で見た聖の手は柔らかかったが、その差に胸が締め付けられるような感覚を覚える。
聖は、小瓶を傾けて、不死川の手の上に星の欠片のような金平糖を転がした。
「とても美味しいですよ。お裾分けです」
ふふ、と笑う聖の顔を見るだけで、目の奥がチカチカと瞬くような錯覚がした。
手のひらに口付けて、金平糖を食べる。甘い。口中に広がる甘さは、金平糖の味だけでは無い気がした。
「冬坂は、金平糖が好きなのかァ?」
「はい、甘い物は皆好きですが、金平糖が一等好きです」
「そうかァ、……うめぇな」
「そうですね。不死川さんは、何がお好きなんですか?」
「俺は、」
お前。と一瞬頭に浮かんできて、カッと目を見開く。
いや、何考えてんだ俺。馬鹿か。冬坂のことは、何でもないって言ってんだろうが。
この間0.5秒である。
「俺は、おはぎが好きだ」
「そうなんですか! なら、僕、今度作りますね」
「作る?」
「甘味を作るのは得意なんです。ご迷惑じゃなければ、」
「食いたい」
食い気味にそう言った不死川は、思わず聖の手を掴む。
「お前の作ったおはぎが食いてェ」
「し、不死川さん? ……お好きなんですね」
「ああ、好きだ」
「聖! 来た、ぞ……不死川? 何をやっているんだ?」
「あ、杏寿郎さん」
勢い良く扉を開けて入ってきた煉獄は、不死川に手を握られている聖の姿を見て硬直した。
なんだその距離感は。
「よもや、」
不死川は、まだがっちりと聖の手を掴んだままである。
煉獄は、それが面白くない。
「不死川さんに、おはぎがお好きだと伺ったので、作りますと言ったら、とても喜んでくださって、」
「そうか。不死川、手を離せ」
「あ?」
「いつまで握ってるつもりだ?」
「杏寿郎さん、?」
剣呑な雰囲気の煉獄に、聖は息を飲む。不死川は、ハッとした顔で慌てて手を離した。
「帰る」
「は、はい。じゃあ、今度会ったときにでも、おはぎをお持ちしますね」
「……おう」
そうして、不死川が出ていったあと、煉獄は暫く扉を睨みつけるように見ていた。
聖が恐る恐る煉獄に声を掛けると、なんにもなかったかのように、パッと笑った。
「聖、」
「はい、なんでしょうか」
「あまり妬かせてくれるな」
「?」
『お好きなんですね』
どっどっど、と太鼓を打ち鳴らすような鼓動が聞こえてくる。不死川は、最初はどこからそれが聞こえきているのかわからなかったが、自分の胸からだと理解すると、胸を抑えて、重いため息を付いた。
口の中に、あの金平糖の甘さがまだ残っているような気がした。
「実家に竃門少年と行っていたんだがな、」
どこか憑き物が落ちたような、スッキリとした顔で、家であったことを活き活きと話す煉獄を眺めつつ、聖は微笑んでいた。
「身体の具合はどうなんだ?」
「もうそれなりに回復しました。機能回復訓練も直に終わります。もう少ししたら、刀鍛冶の里へ行こうと思っています」
「そうか! 君の刀は繊細だからな! そうだ、刀といえば、俺の刀の鍔を竃門少年に譲ったのだ」
「そうなんですか、ふふ」
「?、どうかしたか?」
「いえ、杏寿郎さんが、あまりにも楽しそうに話すので、僕まで楽しくなってきてしまいまして」
目を細めて笑う聖に、煉獄も一層顔を綻ばせる。そして他愛のない話でも嬉しそうに聞いている聖を見ているだけで、煉獄の心はほわほわと暖かくなっていった。
「お熱いねぇ、お二人さん」
「天元さん!」
「宇髄!」
音柱、宇髄天元は、手土産を持って、ひょっこりと顔を出した。
いつも通りの派手な額当てにキラキラと陽光が反射している。宇髄は、聖のベッドに腰掛けると手土産を聖に差し出した。
「地味なメシばかりだと飽きるだろ? お前の好きなモン持って来てやったぜ」
「わぁ! 金平糖だ! ありがとうございます!!」
小さく可愛らしい金平糖が入った小瓶を嬉しそうに眺める聖に、宇髄は得意気に笑って、聖の頭を少し乱雑に撫でた。
「元気そうで良かったわ。本当に。早く俺の嫁達にその面見せてやれよ」
「そうですね……本当にご心配をお掛けしました……すみません」
「お前はまたそうやって地味に辛気臭ぇ顔をしやがる! 快気祝いはド派手にやるからな! それはもう派手派手に!!……どうした? 煉獄」
「……ん、いやなに。やはり二人は仲が良いなと思ってな」
「お前ソレ……」
宇髄と聖が楽しそうにしているのを見て、何故か静かになった煉獄に、宇髄は何かを察したが、面白そうなのでそのまま放置することにした。
不死川といい、煉獄いい、聖の周りは派手に面白えなぁ。と心の中で呟き、思わずにやりと笑ってしまう。
今、嫁達はとある場所に潜入し、鬼を捜索している最中だが、それが終わる頃には聖の身体も回復しているだろう。
その頃までには、煉獄ももっと聖といい感じになっているんだろうな。なるほど仲人は俺か。
「煉獄、がんばれよ」
「なんのことかわかんが、精進する!」
不死川実弥が、聖が目を覚したと聞いたのは、丁度、鬼の頸を斬り終えた後だった。
いつも通り、身体のあちこちに切り傷を作っていた為、篠崎にブチ切れられ足留めを食らったが、なんとか聖の病室まで足を運んだ。
その時、聖は安らかに眠っていた。その傍らには、愛おしげな視線で聖を見ている煉獄が座っていた。
何故か不死川は、息を潜め気配を殺して、それを部屋の外から眺めていた。
いつもなら、普通に煉獄に声を掛けるが、何故かそれができなかった。
煉獄の指先が、聖の額に掛かった柔らかな髪を撫でて退かす。聖は、形の良い唇から吐息を洩らすだけで変わらずに寝ていた。
髪を撫でた指先で、今度は唇にそっと触れる。ふにふにと触感を楽しむように、慈しむように触れている。
聖は、ころんと寝返りを打って煉獄の方に身体を向けた。そして、薄っすらと瞳を開いて、その翡翠色を覗かせる。煉獄の顔を見るとふにゃりと力無く笑って、その手に擦り寄った。寝ぼけているらしい。緩やかに煉獄の指が髪を梳くと安心したように、また瞳を閉じた。
不死川は、そんな聖から目が離せなかった。自分の前ではあの様な気の抜けた雰囲気をした事はない。あんな安らかな顔は、見たことがない。
どうしてかそれが堪らなくなって、逃げるようにその場を後にした。
その日、不死川は、夢を見た。
目の前で聖が、ベッドに横たわって安らかに眠っている。不死川は、昼間に煉獄がやっていたように、そっと額に掛かった髪を、指の腹で撫でて退かした。
そして、唇に触れてみる。本当に男の唇かと思うほど、柔い。
こちらに寝返りを打った聖が、ぼんやりとこちらを眺めている。その翡翠色の瞳から目が離せない。
「……さねみ、さん」
「冬坂、」
ゆっくりと起き上がった聖は、とろりとした瞳で、不死川を見つめ、こちらに手を伸ばしてきた。細く繊細な指先が、不死川の頬に触れる。両手で挟み込むように添えられた指先の温もりに、思わず目を細める。
「さねみさん、お慕い、しております」
少し開けた胸元が見える。白くきめ細かい肌が瑞々しく輝いていた。
不死川は、頬に添えられてる手をそっと握って引き寄せ、聖のその白い首に顔を近づけた。不死川の吐息が聖の肌を撫でる。
「ん、」
ふるりと、聖が震える。不死川は口を開いて、聖の首に________
「……夢、」
目が覚めた不死川は、むくりと起き上がって、先程までの夢の内容を鮮明に思い出した。
「なんつー、夢を……見てんだ俺はァ……」
頭を抱える。顔だけでなく、身体の中心に熱が集まっていることに気が付いて、重いため息を付いた。
「……はぁぁぁ、」
別に何とも思っていない。冬坂のことなど。ただの同僚だ。
何度も、そう自分に言い聞かせているが、昼間見た聖と、夢で見た聖が、幾度と無く脳裏に浮かんでいく。
不死川は、頭を振って、掻き消そうとするが、どうしても消えなかった。
それから、一度も不死川は、聖の見舞いには行かなかった。
「派手に面倒くせぇな。お前。なんでそんなに拗らせてんだよ」
宇髄は、思わず舌打ちをした。面白がって放置していたのは、宇髄だが、こうも拗らせているとは思わなかった。
「あ?」
不死川は、呑みに誘われたと思ったら突然つかれた悪態に、思わずこめかみを引く付かせる。
酒を呑んで、少しだけ酩酊して何かを話した気がするが、何故宇髄にそんな顔をされなければいけないのか、皆目見当がつかなかった。
「おい、不死川。お前、聖のことどう思ってんだよ。もう一回言ってみろ」
「あ? ……別にどうも思ってねェよ」
「はァァァ?」
「んだよ、」
「そんな派手に顔真っ赤にしておいてよく言うわ! 忍の目を誤魔化せると思うなよ!!」
ダンッ、と酒瓶を叩き付けるように置く。不死川は、顔を真っ赤にさせたまま、訝しげに衝撃で震えた酒瓶の中を眺めている。
宇髄は真剣な表情で静かに言う。
「……見舞いぐらい、行けばいいだろ」
「あ?」
「俺達は、いつどうなるのか、わかんねえんだから、地味に未練を残すより、派手にやりたいように生きれば良いだろうが」
「……」
「やっぱり煉獄のが勝ちそうだなァ、俺は聖が幸せになるなら、聖が選んだのなら、誰だって構わねぇんだけどよ。お前がそんな拗らせてるとなると、何やらかすかわかんねぇしなぁ……」
「ア? 煉獄がなんだよ」
「お前、このままだと噛ませ犬にも成れねぇぞ」
「だからァ、なんの話だよ」
宇髄は、ハァ、と溜め息をつき立ち上がる。
「とりあえず、聖の見舞いに行ってやれ。じゃあな、」
「だから! ……チッ、帰りやがった」
一人残された不死川も、席を立つ。
「あの、お勘定を」
「あ? 宇髄が払ったんじゃ……」
「いえ、頂いておりません……」
「……」
宇髄の分も支払った。
「不死川さん、お久しぶりです」
「……おう、」
「この通り、起き上がれるようになりました」
「そうかァ、」
「……」
「……」
沈黙。
狐面をつけた聖の表情は、不死川には見えないが、雰囲気で困惑していることがわかる。
不死川は、聖に椅子を進められたが、何故か一向に座ろうとせず、扉の前で突っ立っていた。
困惑しつつ、立ち上がって、不死川に近付く。
「し、不死川さん? どうかされましたか?」
「……」
「あの、」
「その面、」
「あ、ああ。これですか? 前の顔布は、破れてしまって、兄に処分されてしまったので……代わりのお面を冨岡さんに頂きました」
「冨岡……」
言わずもがな、不死川は、冨岡のことが割と嫌いである。
そんな男から貰ったというお面をつけていると知り、心の奥に何かが沸々と湧き上がってきた。
「外せ」
「え、」
「外してくれ」
「ですが、」
「頼む」
その剣幕に圧されて、たじろぐ。暫く考え込んだあと聖は、空き放たれたままの扉を閉めた。
不死川は、既に思い人がいて、顔を見られても呪いに当てられることはないと、聖は思い込んでいる為、不死川の前で、面を外すのは構わない。
しかし、もし他の人が部屋の前を通り掛かったり、突然入ってこられて、顔を見られるのは困る、だから、扉を閉めて、二人きりになったのだ。
だが、不死川は、扉を閉められた意味がわからず、突然二人きりになったことにどぎまぎした。
そして、無言のまま聖は、面を外して、不死川を上目気味に見る。
「不死川さん、とりあえず、座りませんか」
「……あァ、」
聖は、自分のベッドに。不死川は、その隣に備え付けられた椅子に腰掛けた。
だが、びっくりするほど会話がない。
沈黙に耐え兼ねた聖が、宇髄に貰った金平糖の小瓶を取り出して不死川に見せる。
「あの、不死川さん、甘いものは好きですか?」
「あァ、」
「よかった! じゃあ、手を出してください」
不死川が恐る恐る手を出すと、その手の下に聖の手が添えられた。
細く、繊細だが、刀を握る手だ。不死川の手と同じく、所々に肉刺ができてゴツゴツとしていた。夢で見た聖の手は柔らかかったが、その差に胸が締め付けられるような感覚を覚える。
聖は、小瓶を傾けて、不死川の手の上に星の欠片のような金平糖を転がした。
「とても美味しいですよ。お裾分けです」
ふふ、と笑う聖の顔を見るだけで、目の奥がチカチカと瞬くような錯覚がした。
手のひらに口付けて、金平糖を食べる。甘い。口中に広がる甘さは、金平糖の味だけでは無い気がした。
「冬坂は、金平糖が好きなのかァ?」
「はい、甘い物は皆好きですが、金平糖が一等好きです」
「そうかァ、……うめぇな」
「そうですね。不死川さんは、何がお好きなんですか?」
「俺は、」
お前。と一瞬頭に浮かんできて、カッと目を見開く。
いや、何考えてんだ俺。馬鹿か。冬坂のことは、何でもないって言ってんだろうが。
この間0.5秒である。
「俺は、おはぎが好きだ」
「そうなんですか! なら、僕、今度作りますね」
「作る?」
「甘味を作るのは得意なんです。ご迷惑じゃなければ、」
「食いたい」
食い気味にそう言った不死川は、思わず聖の手を掴む。
「お前の作ったおはぎが食いてェ」
「し、不死川さん? ……お好きなんですね」
「ああ、好きだ」
「聖! 来た、ぞ……不死川? 何をやっているんだ?」
「あ、杏寿郎さん」
勢い良く扉を開けて入ってきた煉獄は、不死川に手を握られている聖の姿を見て硬直した。
なんだその距離感は。
「よもや、」
不死川は、まだがっちりと聖の手を掴んだままである。
煉獄は、それが面白くない。
「不死川さんに、おはぎがお好きだと伺ったので、作りますと言ったら、とても喜んでくださって、」
「そうか。不死川、手を離せ」
「あ?」
「いつまで握ってるつもりだ?」
「杏寿郎さん、?」
剣呑な雰囲気の煉獄に、聖は息を飲む。不死川は、ハッとした顔で慌てて手を離した。
「帰る」
「は、はい。じゃあ、今度会ったときにでも、おはぎをお持ちしますね」
「……おう」
そうして、不死川が出ていったあと、煉獄は暫く扉を睨みつけるように見ていた。
聖が恐る恐る煉獄に声を掛けると、なんにもなかったかのように、パッと笑った。
「聖、」
「はい、なんでしょうか」
「あまり妬かせてくれるな」
「?」
『お好きなんですね』
どっどっど、と太鼓を打ち鳴らすような鼓動が聞こえてくる。不死川は、最初はどこからそれが聞こえきているのかわからなかったが、自分の胸からだと理解すると、胸を抑えて、重いため息を付いた。
口の中に、あの金平糖の甘さがまだ残っているような気がした。
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