雪花の負け犬
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冬坂聖は、転生者である。平成の終わる頃、平々凡々な男子高校生だった彼は、不慮の事故で、生涯を閉じたはずだった。次に気が付くと、大正時代の名家の三男坊として生を受けていた。
最近流行りの異世界転生ってやつじゃあないのか? 水面に写る、自分の新たな顔を眺めながら、そう結論づけた。
鴉の濡れ羽のような髪に白磁の肌。瞳は翡翠色と、絵に描いたような美少年である。前世では、クラスの人達とうまく行かず、空気のように過ごしていた聖だが、この容姿なら勝組だと大いに喜んだ。しかも名家の生まれ。裕福な家の三男坊! 継ぐとかそういうのとは無縁のお気楽な立ち位置だ。将来的にも、良い家のお嬢さんをお嫁に貰って、何不自由の無い暮らしを約束されている。
前世に未練が無いわけではないが、次の世の幸運を祝わずにはいられない。幸せな第二の人生だ。
その筈だった。
そんな人生甘くないと、すぐに思い知らされた。
10歳になるころ。仲の良かった町の娘に「一緒になれないなら心中してやる」と殺されかけた。憧れていた近所のお姉さんに「貴方の苦しんでる顔が素敵」と首を締められた。長い髪の入った恋文が送られてきた。最終的には暴漢に襲われかけた。
どれもこれも、聖の顔に良さに、気が狂ったのである。当人にそんな気が無くても、何故だが知らないが勝手に恋恋慕を抱かれ、何もしてないのに袖にされただのと迫ってきたり、謎の性癖を目覚めさせたりと、散々だった。
両親は、段々とそんな三男坊のことを庇いきれなくなり、信用の置ける用心棒と、人里離れた別宅に移り住ませることにした。
別宅と言っても、祖父母が生前に隠居していた広い家である。不自由はない。用心棒に連れてきた男は、長兄の幼馴染だ。無類の女好きらしい。だから間違っても聖を性的な目で見ることはないだろうとのことだ。
「坊。護身術おせーてやろうか」
用心棒、健彦が暮らしに慣れてきた頃、そう言った。
「なんの娯楽もねぇからなあ。暇つぶし程度にやってみねえか」
少し悩んだと、こくりと頷くと健彦は嬉しそうに笑った。そして、木を削って聖の手に合う木刀を作ってくれた。
「俺の親父はなぁ、鬼退治を生業にしてたんだ」
「鬼退治?」
「ああ、悪ぅい人食い鬼を成敗すんのさ」
「ふぅん……またいつもの法螺話でしょう?」
「ちげぇって、坊! んで、親父は、自分の身は自分で守れと、鬼狩の技を伝授してくれたんだ
……まぁ、俺ぁ型だけしか会得できなかったんだがな」
「型だけって? ほかに何かあるの?」
「ああ、全集中の呼吸ってやつを会得しないといけなかった」
「呼吸?」
聖は首を傾げた。
全集中の呼吸……?どこかで聞いたことがあるような。
「親父は、『雪の呼吸』つってたかなあ。まぁ、俺には才能がなかった。だからできるのは見様見真似の剣技だけ。人間相手にはそれで十分だがな。鬼には勝てねぇだろうなあ……」
「……じゃあ、鬼が来たらどうするの?」
「なんだ、坊。怖いのか」
にまり、と意地の悪い顔で笑って、健彦は、むくれる聖の頭を撫でた。ゴツゴツとした手だ。力いっぱいに撫でるものだから、髪の毛がぐちゃぐちゃになってしまう。
「親父さんって、いまどうしてるの?」
「……親父はなぁ……いまどこにいんだろうなぁ……もう何年もあっちゃいねぇ。母が死んで、俺をお前んちの奉公に出してから、とんと連絡が付かなくなった」
寂しそうな目で山の遠くを見つめる。悪いことを聞いてしまった。そう眉を寄せると、健彦は急ににかっと笑って、聖を抱き上げた。
「坊の家にゃあ感謝してんだ。お前の兄ちゃんも良いやつだしな! あはははっ! 坊! なんでいその顔は! お前の兄ちゃんが、嫌ぇな物食っちまったときと同じ顔だなあ!」
「いいから剣術教えてよ!」
「おー、おー。じゃあまずはなぁ……………
ぱちりと目を覚ます。
随分と懐しい夢を見ていたようだが、詳しい内容が思い出せない。
あの人は誰だったか。
「冬坂さん、居眠りですか?」
「……ああ、胡蝶さん。すみませんついウトウトと……」
「貴方はもう柱なのですから、しっかりとしたらどうです?」
「あはは……そうですね……」
「というか、その顔布、休んでるときも取らないんですねぇ……」
そういって胡蝶さんは、僕の顔を隠す布を指差した。学生帽の鍔の下から垂れた白い布が、僕の顔を顎まで覆い隠している。
「……顔を出すと碌な事がありませんからねぇ……」
「隊の中で、噂になってますよ。新しく雪柱になった冬坂聖は、めちゃくちゃな醜男なのでは? とか。見せられないほどの傷があるのでは? とか。そもそも顔がないのでは? とか」
「そんな噂が……」
「まあ、良いです。冬坂さんが呑気してる間に、こっちは終わりましたから。貴方もそれにトドメを刺してください」
「そうですね」
そういって、僕は先程まで寝床にしていた大きな毛玉から飛び降り、それの中腹にある、角が生えた獣のような鬼と対面する
「畜生………なんで手足が動かねぇ……寒い……寒いよぅ……」
「雪の呼吸 参の型雲雀殺 」
「さむいよぉ……おかあちゃ」
音もなく頸を切ると、鬼はぽろぽろと涙を流しながら消えていった。
「なんでわざわざそんな鬼の上で寝ていたんですか?」
「ふわふわで心地よさそうだったので……」
「……結構天然ですよね、冬坂さんって。……雪の呼吸って、あまり詳しくは知らないんですけど、動きを止めたりできるんですか?」
「ああ、斬られたことに気が付かない速度で筋繊維とかを切断してるんですよ」
「へぇ」
じゃあ、宿まで帰りましょうか。
もう真っ暗な山道を二人で並んで歩く。胡蝶さんは、ひらりひらりと舞うような足取りで。僕は、足音一つ無く。
静かな山だ。先程まで、鬼が暴れていたため獣は全て逃げ出し、息を潜めているようで、鼠一匹いない。
「あ、灯りが見えますね。確か藤の紋の家がありましたから、今晩はそちらに泊まりましょう」
「え」
「どうかしましたか?」
「いや。あー……」
「?」
なんだかんだ言っているうちに、藤の紋の家の前まで来てしまった。胡蝶さんが門を叩くと、家の方がいそいそと出てくる。
「まぁ! 鬼狩様! どうぞ、どうぞ!!」
「はいありがとうございます。冬坂さん、……冬坂さん?」
僕は、きょろきょろとあたりを見回す胡蝶さんを、森の中からそっと伺う。あそこの家は、駄目だ。僕は泊まれない。マジで駄目だ。あそこの家の女将に顔を見られたことがあるから。
「カー君。胡蝶さんには、僕は別の任務に向かったって言っておいてくれ……」
「リョウカイィィ!!」
鎹鴉のカー君が飛びたっていき、僕は遠回りをして町を離れていく。はぁあ、この顔さえ普通なら……僕の顔が呪われていなかったら、なんの不自由もなく鬼狩に専念できていたのに。顔布に触れる。特別製の布で織られた布は、視界を遮ることはなく、通気性もいい。お館様から直接頂いた、大切な布である。
「はぁ、」
風で布がめくれ上がる。布の下は、醜男でも、大きな傷があるわけでも、のっぺらぼうでもない。だが、他人に見せるわけにはいかない。この顔は呪われているのだから。
一人音もなく道を行く。どうか誰にも会いませんように。
最近流行りの異世界転生ってやつじゃあないのか? 水面に写る、自分の新たな顔を眺めながら、そう結論づけた。
鴉の濡れ羽のような髪に白磁の肌。瞳は翡翠色と、絵に描いたような美少年である。前世では、クラスの人達とうまく行かず、空気のように過ごしていた聖だが、この容姿なら勝組だと大いに喜んだ。しかも名家の生まれ。裕福な家の三男坊! 継ぐとかそういうのとは無縁のお気楽な立ち位置だ。将来的にも、良い家のお嬢さんをお嫁に貰って、何不自由の無い暮らしを約束されている。
前世に未練が無いわけではないが、次の世の幸運を祝わずにはいられない。幸せな第二の人生だ。
その筈だった。
そんな人生甘くないと、すぐに思い知らされた。
10歳になるころ。仲の良かった町の娘に「一緒になれないなら心中してやる」と殺されかけた。憧れていた近所のお姉さんに「貴方の苦しんでる顔が素敵」と首を締められた。長い髪の入った恋文が送られてきた。最終的には暴漢に襲われかけた。
どれもこれも、聖の顔に良さに、気が狂ったのである。当人にそんな気が無くても、何故だが知らないが勝手に恋恋慕を抱かれ、何もしてないのに袖にされただのと迫ってきたり、謎の性癖を目覚めさせたりと、散々だった。
両親は、段々とそんな三男坊のことを庇いきれなくなり、信用の置ける用心棒と、人里離れた別宅に移り住ませることにした。
別宅と言っても、祖父母が生前に隠居していた広い家である。不自由はない。用心棒に連れてきた男は、長兄の幼馴染だ。無類の女好きらしい。だから間違っても聖を性的な目で見ることはないだろうとのことだ。
「坊。護身術おせーてやろうか」
用心棒、健彦が暮らしに慣れてきた頃、そう言った。
「なんの娯楽もねぇからなあ。暇つぶし程度にやってみねえか」
少し悩んだと、こくりと頷くと健彦は嬉しそうに笑った。そして、木を削って聖の手に合う木刀を作ってくれた。
「俺の親父はなぁ、鬼退治を生業にしてたんだ」
「鬼退治?」
「ああ、悪ぅい人食い鬼を成敗すんのさ」
「ふぅん……またいつもの法螺話でしょう?」
「ちげぇって、坊! んで、親父は、自分の身は自分で守れと、鬼狩の技を伝授してくれたんだ
……まぁ、俺ぁ型だけしか会得できなかったんだがな」
「型だけって? ほかに何かあるの?」
「ああ、全集中の呼吸ってやつを会得しないといけなかった」
「呼吸?」
聖は首を傾げた。
全集中の呼吸……?どこかで聞いたことがあるような。
「親父は、『雪の呼吸』つってたかなあ。まぁ、俺には才能がなかった。だからできるのは見様見真似の剣技だけ。人間相手にはそれで十分だがな。鬼には勝てねぇだろうなあ……」
「……じゃあ、鬼が来たらどうするの?」
「なんだ、坊。怖いのか」
にまり、と意地の悪い顔で笑って、健彦は、むくれる聖の頭を撫でた。ゴツゴツとした手だ。力いっぱいに撫でるものだから、髪の毛がぐちゃぐちゃになってしまう。
「親父さんって、いまどうしてるの?」
「……親父はなぁ……いまどこにいんだろうなぁ……もう何年もあっちゃいねぇ。母が死んで、俺をお前んちの奉公に出してから、とんと連絡が付かなくなった」
寂しそうな目で山の遠くを見つめる。悪いことを聞いてしまった。そう眉を寄せると、健彦は急ににかっと笑って、聖を抱き上げた。
「坊の家にゃあ感謝してんだ。お前の兄ちゃんも良いやつだしな! あはははっ! 坊! なんでいその顔は! お前の兄ちゃんが、嫌ぇな物食っちまったときと同じ顔だなあ!」
「いいから剣術教えてよ!」
「おー、おー。じゃあまずはなぁ……………
ぱちりと目を覚ます。
随分と懐しい夢を見ていたようだが、詳しい内容が思い出せない。
あの人は誰だったか。
「冬坂さん、居眠りですか?」
「……ああ、胡蝶さん。すみませんついウトウトと……」
「貴方はもう柱なのですから、しっかりとしたらどうです?」
「あはは……そうですね……」
「というか、その顔布、休んでるときも取らないんですねぇ……」
そういって胡蝶さんは、僕の顔を隠す布を指差した。学生帽の鍔の下から垂れた白い布が、僕の顔を顎まで覆い隠している。
「……顔を出すと碌な事がありませんからねぇ……」
「隊の中で、噂になってますよ。新しく雪柱になった冬坂聖は、めちゃくちゃな醜男なのでは? とか。見せられないほどの傷があるのでは? とか。そもそも顔がないのでは? とか」
「そんな噂が……」
「まあ、良いです。冬坂さんが呑気してる間に、こっちは終わりましたから。貴方もそれにトドメを刺してください」
「そうですね」
そういって、僕は先程まで寝床にしていた大きな毛玉から飛び降り、それの中腹にある、角が生えた獣のような鬼と対面する
「畜生………なんで手足が動かねぇ……寒い……寒いよぅ……」
「雪の呼吸 参の型
「さむいよぉ……おかあちゃ」
音もなく頸を切ると、鬼はぽろぽろと涙を流しながら消えていった。
「なんでわざわざそんな鬼の上で寝ていたんですか?」
「ふわふわで心地よさそうだったので……」
「……結構天然ですよね、冬坂さんって。……雪の呼吸って、あまり詳しくは知らないんですけど、動きを止めたりできるんですか?」
「ああ、斬られたことに気が付かない速度で筋繊維とかを切断してるんですよ」
「へぇ」
じゃあ、宿まで帰りましょうか。
もう真っ暗な山道を二人で並んで歩く。胡蝶さんは、ひらりひらりと舞うような足取りで。僕は、足音一つ無く。
静かな山だ。先程まで、鬼が暴れていたため獣は全て逃げ出し、息を潜めているようで、鼠一匹いない。
「あ、灯りが見えますね。確か藤の紋の家がありましたから、今晩はそちらに泊まりましょう」
「え」
「どうかしましたか?」
「いや。あー……」
「?」
なんだかんだ言っているうちに、藤の紋の家の前まで来てしまった。胡蝶さんが門を叩くと、家の方がいそいそと出てくる。
「まぁ! 鬼狩様! どうぞ、どうぞ!!」
「はいありがとうございます。冬坂さん、……冬坂さん?」
僕は、きょろきょろとあたりを見回す胡蝶さんを、森の中からそっと伺う。あそこの家は、駄目だ。僕は泊まれない。マジで駄目だ。あそこの家の女将に顔を見られたことがあるから。
「カー君。胡蝶さんには、僕は別の任務に向かったって言っておいてくれ……」
「リョウカイィィ!!」
鎹鴉のカー君が飛びたっていき、僕は遠回りをして町を離れていく。はぁあ、この顔さえ普通なら……僕の顔が呪われていなかったら、なんの不自由もなく鬼狩に専念できていたのに。顔布に触れる。特別製の布で織られた布は、視界を遮ることはなく、通気性もいい。お館様から直接頂いた、大切な布である。
「はぁ、」
風で布がめくれ上がる。布の下は、醜男でも、大きな傷があるわけでも、のっぺらぼうでもない。だが、他人に見せるわけにはいかない。この顔は呪われているのだから。
一人音もなく道を行く。どうか誰にも会いませんように。
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