朱雀召喚の儀の章
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当森メインの夢創作を楽しめますよう、先ずは是非、井宿さんにお名前を教えていって下さいませ
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もう間もなく朱雀召喚の儀式が執り行われる。
七星士は既に朱雀廟へと集まり、身を清めた巫女も最後に祭壇上へ上がった。
祭壇が設えられている場所から少し距離を取った朱雀廟の片隅に、華音は静かに座する。
いよいよ…だ。
華音にとっても、これは一つの大きな節目。
儀式の終了と共に自分の口で重要な事を告げなければならない。
この時まで隠し通していた事実を…。
緊張の面持ちで皆が祈りを捧げる中、井宿の声に巫女の声が続く。
高鳴る鼓動を抑えるように、深呼吸をして祝詞が紡がれゆくのを聞いていた。
祝詞が唱え終えられると、巫女の手によって巻物の四神天地書が炎の中にくべられる。
訪れる静寂。
――時は満ちた。
「…満足なさいましたか?張宿様…――いえ、青龍七星士、亢宿様」
彼が動きを見せるよりも早く、静寂を自ら破り口を開いた。
こちらを振り返った彼の視線と華音の視線が宙で交わる。
「…青龍…七星士…!?」
朱雀の巫女や七星士から驚きの声が上がっても、彼は動じるどころかふっと口元を緩めて名乗りを上げた。
「ばれていたんですか。そう、俺は青龍七星士が一人、亢宿」
「これ以上の事は無駄にございます。笛をお収め下さいませ」
華音の言葉に探るような視線を向けた後、亢宿ははっと何かに気付いたように、構えようとしていた笛を握り締めて言葉を放った。
「あなた、まさか聞かせていた笛の音から俺の“気”を取り込んでいたんですか…?」
「私にはこのくらいの事しかお力になれませんので」
「どうりで、あなたは俺の近くにずっと居たわけだ。…でも、ちょうど良い」
口角を上げた唇が笛を奏で始める。
それと同時に、身体の内側から穢れていく自身の気。
今までは何とか留められていた気も、瞬く間に彼の気に食われていくかのようだった。
「何、なん…っ?」
「笛を聴いてたらいきなり気分がっ…」
巫女を始めとする皆がその場で膝を折る姿を横目に、ただ独り悠々と歩き、笛の奏者は華音の前で歩みを止めた。
「朱雀の奴らには大した効果はなくても、あんた自身は相当堪えるはず。あんたの存在が一番厄介だって聞いてるんで、悪く思わないで下さい」
「……っ…」
最早座る姿勢を保つ事さえも儘ならず、身体を折りながらも彼に視線を向ける事だけはやめなかった。
「何か最後に言いたい事でも?」
「…あなた様に…私を殺める事など出来ません…。その理由は…あなた様が良くお分かりでございましょう…?」
「…残念ですが。情けはかけません。これで終わりだ」
「――破!」
「…烈火神焔!」
井宿の気と翼宿の炎が亢宿に向けて放たれたが、彼は笛を奏でる事で易々と攻撃を交わし、華音たちの身体に影響を与え続ける。
次第に意識が朦朧としてきた事を感じ始めたその時、不意に身体を流れる気に微かに華音自身の気が戻ったように思い、遠くの方から聞こえてくる亢宿の笛の音とは異なる響きに耳を傾けた。
それでも、日に日に身体の内に吸収し続けていた異質な気は容易に消えてくれる事はなく、重力に抗う事が叶わない身体は床へ重く沈みこんでいった。
**§**
「…っ誰だ…?俺の術の邪魔をするのは…っ」
身体に感じていた負担がなくなり、鬼宿と翼宿が逸早く、張宿ではなく“亢宿”と名乗った青龍七星士に向かっていく。
二人の後を追うような形で、床に倒れ込んだ彼女の元へと駆け寄る井宿の足元を、軫宿の猫が我先にと走り抜ける。
形勢が一変し分が悪いとでも考えたのか、朱雀廟を一目散に去っていく亢宿。
視界の端に鬼宿と翼宿の二人も亢宿を追って行った様子が映り込んだ。
「…井宿!ごめんっ、三人を追いかけたいからあたしと一緒に行って!お願い…っ」
「彼女の事は診ておく」
「…ニャーゴ…」
後方から掛かった声に、ぎゅっと拳を握り締める。
多大なまでだった彼女の気が、今は弱弱しくしか発せられていない事に気付きはしたが、井宿は華音へ触れようとしていた己の手を引いて
朱雀の巫女である美朱の方へ足を向けた。
亢宿を追った井宿たちだったが、事は悪くも、彼の存在ごと河の中へと呑まれていく事となってしまった次第を報告する為、宮廷まですぐに引き返してきた。
「…華音は命を削る覚悟をしてまで、我々を護っていたというのか…」
「……こうなるまでオイラも気付きませんでしたのだ。気の流れに変化は感じられなかった…」
表情に影を落とす星宿から紡がれる言葉に対して、井宿は己の思うところを口にする。
「今まで誰にも悟られないように、無理にでも気を留めてたって事?そんな事出来るわけ…?」
「…相当の無理をしてでも、強い心持ちがあれば出来ない事もないのだ」
「……どうすれば良いの?このままじゃ華音さんが…!」
ちら…と、軫宿の腕の中で今にも消え入りそうな気を発している存在に視線をやる。
数日前から抱いていた彼女の仕草への違和感は、こういう事だったのかと漸く納得がいった。
七星士探しの旅から戻ってきた美朱たちを出迎えたあの瞬間から、張宿の存在は青龍七星士だと気付いていたのだ、彼女は。
不安もあっただろうに、おそらくは無理をしてでも作っていた微笑み。
体調が悪そうに見えたのも、決して自分の思い過ごしなどではなかった。
亢宿の事もあった上に、彼女もこの様な状態で…誰もが気持ちを沈ませずにはいられなかった。
「気を回復する事さえ出来れば、その方は大丈夫ですよ。あの笛の音色は完全な悪意に満ちたものではありませんでしたから」
聞き慣れぬ高らかな声が響き渡り、視線を向けた先には一人の少年の姿があった。
ピー…と、その者が手にしていた草笛で奏でられた音に、あの亢宿の術を破ったものである事に気がつく。
井宿だけではなく、皆も同じ答えに辿り着いたようだ。
少年に歩み寄っていった美朱からあっ…と声が上がる。
「ちょっと待って…足の字“張”って、まさか…!」
「僕は七星士名では張宿と言います」
少年の口から語られる言葉に、美朱が朱雀廟を振り返る。
「気を回復させられればって言ったよね?!炎はまだ消えてないっ…もう一度やってみようよ…!朱雀を呼び出せれば華音さんの事も助けられるかもしれないっ」
彼女の意見に異論を唱える者はいなかった。
本物の張宿が現れた事によって、今度こそは間違いなく揃ったであろう朱雀七星士。
巫女と七星士とで、今一度祈りを捧げた炎から現れたのは…。
朱雀神ではなく、太一君だった―――…。
**§**
「…華音」
彼女にあてがわれている宮殿内の一室を訪れた井宿は、顔から仮面を外した。
弱弱しい呼吸を繰り返し、蒼白い顔で寝台に横たわっている彼女の頬をそっと撫でる。
輝かしい気を纏っている彼女は何処へ行ってしまったのだろう。
井宿の目の前で存在する今の彼女が、まるで別人のように思えてくる。
今は夜の静寂が世界を包む中で、朱雀召喚の儀式を行った直後の事が頭を過ぎっていく。
四神天地書をくべた炎の中より現れた太一君が井宿たちに示した、新たな道。
朱雀召喚の儀が失敗に終わった以上、玄武の国である北甲国へ赴き、神座宝と呼ばれる物を手に入れなければならない事。
そして新たな旅には、華音の持つ力が大いに役に立つとも太一君は言っていた。
だが、井宿は、その事よりも更にその後で太一君から紡がれた言葉が気にかかっていた。
『華音の存在は、最後の最後まで…朱雀神の召喚が実現するまで生かしておかねばならぬ。それがその者の使命。七星士の生命が容易く果てぬのと同じ様に、彼女もまた、巫女と七星士らと共に在る者。華音の気を高めよ』
――気を回復する事さえ出来れば、その方は大丈夫ですよ――
――華音の気を高めよ――
張宿が言っていた言葉と太一君から聞いた言葉とが、井宿の頭の中を繰り返し駆け巡る。
気を回復させる。
気を高める。
それらの言葉から、彼女の気を最も元の状態まで戻す事が叶う一つの方法を、井宿は導き出していた。
しかし、これは己の意思だけで決められるものではない―――…。
能力を増大させる為…と、太一君が強化してくれた数珠を右手で握り締め、華音へ視線を落とす。
しばしの間、部屋内には華音から漏れる静かな呼吸音だけが息づいた。
シャラン…。
数珠から手を離す音が静寂を破るのを合図に、身体を動かす。
この時はまだ、華音に向けた背に存在していた躊躇い。
翌日の夕刻時になっていよいよ、井宿は固い意志を胸に抱いて星宿の部屋を訪ねた。
「星宿様…。折り入ってお話が…」
「…華音の事か?」
素顔を晒して話を切り出す井宿に、星宿も真剣な眼差しで問うてくる。
「はい。今晩から明日の昼頃にかけて…彼女の部屋に誰一人として近づけないで頂きたいのですが」
「……そなたも一緒か…?」
「万が一緊急を要する場合には、陛下、が、扉越しに一度声を掛けて頂ければ、と」
“陛下”という部分を強調して言葉を紡ぐ。
「分かった。華音の事はそなたに任せる。誤ってでも近づかぬよう、厳重に呼びかけておこう」
「ありがとうございます」
深く一礼をした後で早々に部屋を立ち去る。
宮殿の回廊に夜の帳が下りる刻を待ち、彼女の部屋へと向かった。
**§**
――…華音…。
瞳を開ききる事は難しく、自身の名を呼ぶ声に瞼を僅かに持ち上げる事で応える。
「…井…宿様…?」
「華音。大事な話をしても良いのだ?」
肯定の意を示す為に視線を声の方に向けると、真剣な眼差しで華音を見つめてくる彼の素顔が在った。
「華音の気を最も確実に回復させる方法が…一つある」
「……交わり…でしょうか…?」
「…こんな状態にあっても…理解しているのか…」
君の力は本当に凄い…そんな呟きが耳に届いて、ふ…と、口元を綻ばせる。
「…“交”と……気を生かすの“生”…二つの文字が…ずっと…頭に浮かんでおりました」
そこまで言って一度言葉を切り、息を小さく吐いてから再び言葉を紡ぐ。
「…私は…覚悟しておりました。…身を滅ぼす事までには…至らないという確信はあったので、太一君の元で気を高めて頂こうと……」
「それも一つの方法だが、それでは“華音の気”は戻らない…。華音の気としてではなく、新たな気として受け入れる必要があるのだ」
華音に代わり、答えを口にしてくれた井宿に頷いた。
「……覚悟…していたつもりでしたのに…太極山に自力で行こうとしても…気持ちが追いつかずに…残りの力で行く事が叶わないのです…。何て情けない事でしょう…」
「…俺が来た意味が分かるか…?」
涙を拭う事さえも自身で叶わずにいた華音に、伸ばされる指先。
井宿にその雫を掬って貰いながら、もう一度頷く。
「……オイラは…華音の気が戻って欲しいと…そう望む。自分が術者で良かったとこれ程に感謝した事はないのだ。…後は華音の気持ち次第だ…」
「…私の気と近しいあなた様のご厚意とあらば…有り難く受け取らせて頂きます…」
「本当に良いのだ?」
「…時間がない事も確かですので…。ですが…何よりも…あなた様なら…」
確認し合うだけの会話が続いたが、それでも華音は頷きで返した。
彼になら身を委ねても良いと…そう思えるが故に…。
「華音…」
頬を撫でていく手。
それが始まりの合図だった。
愛し合うという意味合いを持っての行為ではないはずなのに…。
触れてくる温もりは、とても優しく…何処までも温かかった。
身体を重ね、大きな温もりに抱かれて…。
華音はいつしか深い眠りに落ちていった。
~To Be Continued~
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~朱雀召喚の儀の章~はこれにて終了です。
次回は完全に裏行きの第7.5話の物語と「愛紡ぎ~外伝~」を更新予定。
次章~神座宝~の更新開始までは、少し間が空くかもしれません。
というのも…
ちょっと執筆が思うように進まなくてですね(汗)
後半~ラスト辺りまでは書きたい事が浮かんでいるものの、繋ぎをどうしようか迷い中です。
中編・短編の更新をちょこちょこ挟んでいこうと思います。
お付き合い頂ければ幸いですm(_)m