朱雀召喚の儀の章
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巫女たちの七星士を探す旅にはついて行かず、自分が宮殿に残った理由が漸く分かった。
大尼君の最期を看取り、此処へ戻ってきた後で、思いに駆られるように儀式を行う場所であるという朱雀廟を始めとした宮殿内をあちこち見て回ったその理由も。
全ては、異質なものが紛れ込む前の空間というものを、自らの肌で感じ取り覚える為だったのだ。
朱雀の巫女、井宿、翼宿が欠ける空間に落ち着かない雰囲気が漂う中で、華音は張宿の傍に身を置く。
この時だけではない。
“張宿”と名乗った彼と顔を合わせた時からずっと、だ。
昼間、彼に握手を求められた際、鈴が鳴り響いた。
まるで警告音のように鳴った鈴の音は、彼の正体を華音に告げた。
張宿の字の面影は微塵もなく、“青龍”“亢”とはっきりと見えた二つの単語。
――どうするべきか。
朱雀七星士が全員揃っていないというこの事実を。
鬼宿の事もまだ、今まさに巫女たちが倶東の国まで迎えに行っている最中〔さなか〕であるわけだが、鬼宿が帰ってくれば朱雀召喚の儀式の準備もとんとん拍子で進んでいく事だろう。
だがしかし、これはきっと太一君が言う“必然”にあたる事に違いない。
そうともなれば、この必然を覆す事は華音には出来ない。
ただ黙って見ているのか?
それとも我武者羅に抗ってみるのか?
選択肢が浮かんでは消えていく。
どれも違う、と、そう思った。
『あなたらしく輝ける方法がきっとあるはず…。それを見つけなさい』
『華音なら華音自身の物語を紡いでいけるって、真白はそう信じてる!』
目を閉じ、胸に刻まれている大尼君と真白の言葉を思い出す。
――私のやり方…。
見届けるという使命に背かず、力を最大限に使い自分の物語を紡いでいく。
それが私の―――…。
瞳を開けて、周囲には気付かれぬよう、張宿の存在を探るように見据えた。
「三人が行ってから大分経ちますわよねっ!?大丈夫かしら…」
華音は一歩を踏み出す。
張宿と柳宿の間を通り、誰よりも前に立った。
「巫女様たちの様子を窺いますか?」
「…華音、そんな事が出来るの?」
はらはらとした面持ちでいた柳宿が動きを止めて、華音の事を見つめてくる。
それには微笑んで答える。
「井宿様のように皆様を違う空間へと誘う事は叶いませんが、空間を開く事は可能です。声は届きません。姿を追うだけですが…それでも宜しければ」
「状況が分かればそれで十分だ。やってくれるか、華音」
「ご所望であれば、力を尽くさせて頂きます。…私の前に広がる床の空間をご覧下さいませ」
跪いた床へ手を置き、今までに一度でも口にした事がある呪文を頭の中で繋ぎ合わせていく。
「エサミカリヒ ヲナクウクテラサゾト エサミカリヒ」
――開きませ 閉ざされた空間を開きませ――
スゥー―――…。
華音の言葉に呼応し、大理石で設えられた床に映し出される場面。
「…美朱と…この者っ…倶東の将軍…!?青龍七星士か…!」
「ちょっとちょっとぉ!いきなりまずい場面じゃないのっ!」
まず最初に華音の力が見せたものは、巫女と彼女の手を引いて歩く心宿の姿だった
星宿、柳宿、軫宿、張宿らが固唾を呑んで見守る中で、映像は次へ次へと移り変わっていく。
会話をする声は聞こえない形でも、その場の様子は十分に伝わりくる。
「…っ?な、何だ、井宿じゃない…――これ、見てるこっちも心臓に悪いわ」
ほっと一同から安堵の息が漏れたのも束の間、再び緊張が走った。
翼宿が巫女の左腕へ触れる様子があり、痛々しそうな悲鳴が聞こえてくる事が誰でも予想できそうな映像が流れる。
「怪我を…しているのか、美朱は」
「…これは…相当な怪我だ…」
「あっ?…ちょっと翼宿何やってんのよ!あいつ、ほんとにしょうがないやつねっ、もう!」
井宿が翼宿と巫女から離れていった後で、巫女に気を逸らされて柱に括り付けられる翼宿の姿。
その隙に翼宿から離れた巫女は、急いで何処かへ向かっているようだった。
おそらくは、鬼宿と落ち合うと決めていた場所であろうか。
不意に場面が切り替わり、身丈が小さい心宿が一目散に駆けて行く様子と、その様をじっと見つめる心宿の姿が映し出される。
映像は華音の意思で切り替えているわけではないが…青龍側の領域という事もあり、華音の力が心宿に引き寄せられでもしたのか。
すっと目を細めた心宿の瞳と華音の瞳が空間越しに交わった。
「……っ!」
瞬時に力を解いたが、ほんの僅かな差で空間を超えて華音に向かいくる一陣の風。
「…エサミヒサゾトウナクウク…!〔空間を閉ざしませ〕」
咄嗟に口をついて出た呪文によって、心宿から放たれた力は華音の目前で阻まれる。
一筋縄ではいかない暴れ回る力の一欠片が、華音が作り出す空間を突き抜けてピっ…と、華音の頬に一筋の傷を作った。
つ…と、紅の雫が伝い落ちる。
「華音!」
「…っ…――此処は我の空間なり。異質の力、失せよ」
突き出していた掌を空中で移動させ、両側面から覆うようにして風の力を包み込む。
華音の掌の中で急速に心宿の力は消失していった。
「華音さん、大丈夫…ですか?女性なのにお顔に傷が…」
詰めていた息を吐き出すに伴い、床に座り込む華音の肩へと触れてくる、張宿の手。
華音が彼の方に顔を振り返らせると、我に返ったように張宿は手を引っ込めた。
「…すみません…思わず触れてしまいました」
「何ともございませんでしたか?」
「はい、大丈夫です」
「大事無くて良かったです。心配して頂きありがとうございます」
顔に笑みを浮かべれば、返ってくる微笑。
巫女たちの様子を窺う事を提案したのは、柳宿たちに力添えをしたい気持ちを抱いた半面で、張宿という人間の深層を探る為でもあった。
だが、彼の優しさは紛うことなきもの。
完全なる悪ではない、真の優しさを持つ青龍七星士―――…。
これならば、自身の“気”が犠牲になる事は諌めないが、己の身を滅ぼす事だけは免れる事が出来る。
そう確信を得て、青龍七星士である彼の存在と向き合う為、華音は一つの志を心に固めた。
**§**
サアアァァ―――…。
キンッ……キンッ…ザッ…。
雨音、金属同士がぶつかり合う音…そして地を蹴る音。
鬼宿と星宿が剣を交える様子を瞳に収めながら、少しはなれた建物の陰からそれらの音を聞く。
「……っは……はぁ…っ――」
身体の内が変化を遂げていく苦しさに、気を抜けば唇から漏れてしまう荒い息遣いを、唇を噛み締める事で押さえ込んだ。
意識を断てば、身体を流れる“気”も途絶える。
彼――井宿に気付かれない為にも、朱雀召喚の儀式が行われるまでは、それだけは何としてでも避けなければならない事。
それでも、自身の気の流れを保ってさえいれば、少しでも身体を休める事は叶うか…。
そう考えて、華音は壁に身体を預けながら地に腰を下ろした。
「…青龍の“気”は……容赦なく私の気を変えていく…。…井宿様が危惧していた通り…ですね」
ふ…と自嘲気味に独り言葉を落として笑む。
張宿に扮した青龍七星士の亢宿である彼と向き合おうと決めた瞬間から、彼の笛の音から発せられる彼自身の“気”をずっと取り込み続けている。
出来る限り彼の傍に身を置き、朱雀の巫女と七星士にかかるはずの負担を自分が請け負う。
それが華音が貫こうとしている志しだった。
皆の前では普段どおりを装わなければならない。
故に、一人で自室として宛がわれている部屋へ戻ったならば、休息を欲して即座に眠りにつく…ここ数日はその繰り返しだった。
「鬼宿ぇーっ!」
華音が居る建物の影とは反対側から巫女が飛び出していく姿が見える。
傷を負った鬼宿に駆け寄り、その身体を掻き抱く巫女。
華音の中に鳴り響く鈴の音。
一度は闇に消えかけていた鬼の字が、輝きを取り戻した事を表すかのようにはっきりと浮かび上がった。
それは鬼宿が朱雀の星の下へと戻ってきた証拠。
「…儀式が…始まるのですね…」
雨が止み、太陽の光が雲間から差し込み始めた空を見上げる。
儀式が始まろうとも…物語を止める事は誰にも出来ない―――…。
**§**
「…昼間は何処へ行っていたのだ、華音」
鬼宿が戻ってきた事により、朱雀召喚の儀式を明日に控える前夜。
巫女と鬼宿の二人を欠いて祝いの酒盛りが始まる中で、井宿が華音にだけ聞こえるように話を切り出す。
「何処へも行っていません。皆様のお傍で事の成り行きを見守っておりました」
「確かに…気は近くに在ったのだ。だが、見守っているだけならば、何故、オイラたちと一緒にいなかった?」
面は施していても、声音から想像出来る面の下の顔。
きっと厳しい視線で華音の事を見ているに違いない。
「…少し気分が悪かったので…私事で心配をかけてはいけないと少々離れた場所におりました」
「ここ数日、顔色が悪いようなのだ?無理はせずに休んだ方が…」
「井宿様の気のせいでは?私は普段どおりにございます」
自分へと伸ばされかけた手を振り切る為に、わざと声量を上げて二人だけの会話を終わらせる。
「…それなら良いのだが…」
華音がそこまでしては、それ以上の会話を続ける事は躊躇われたようで、井宿の手は華音に触れることなく離れていき、視線も外された。
ちくり…と、彼の気遣いを拒んでしまった事に胸の奥が痛んだが、顔には彼の面の様に無理にでも笑みを張り付かせた。
「…何か…お吹きしましょうか?」
場の空気が重苦しいものへ変わりそうになった事を察したのか、張宿が笛を構えて皆に尋ねる。
華音は静かに席から立ち上がり、張宿の元へと歩み寄った。
「張宿様の楽を是非、お傍でお聴きしたいのですが宜しいですか?」
「えぇ、僕は構いませんよ」
「ありがとうございます」
華音に一度微笑んでから、笛のしらべが部屋に流れる。
自然と井宿に背を向ける形となったが、これで良かったと思う。
顔を少し俯かせれば、多少表情が崩れても誰も気付かないだろう。
彼から流れ出る気を取り零すまいと、奏でられる笛の音に意識を集中させた。