朱雀召喚の儀の章
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そういったおはなしでは説明頁の設置や特記事項がありますので、ご参考までにどうぞ。
当森メインの夢創作を楽しめますよう、先ずは是非、井宿さんにお名前を教えていって下さいませ
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「…行くのか、華音」
後方から若い男の声が聞こえて、寺院の入り口を出かけていた所で華音は振り返る。
「雲渓〔うんけい〕様…」
若い僧とその彼よりも少し歳のいった僧、そして華音が昨日寺院へ来た時に真っ先に声を掛けてくれた歳数の多い僧――三人の者が華音の事を見つめ静かに立っていた。
「…此処を離れている間に二十の歳を超えたか…もう“兄様”と慕ってはくれないのか?」
「いえ…兄様」
華音は産みの母親も父親も知らないが、物心つく頃にはもう、自分の事を我が子のように育ててくれた母でも祖母でもあった大尼君を始め、父親のような存在、兄や祖父のような存在がいた。
血の繋がりというものがなくとも、華音の近くには必ず誰かしらが居てくれて、寂しい思いを抱く事などない程に一身に愛を与えてくれた。
「兄様は…井宿様と似ていらっしゃいます…」
「お前にちゃんと力を貸してくれる者がいるんだな?」
「はい」
「…大尼様は…お前を送り出した事を悔いているようだった」
「…大尼様がですか?」
三人の中で主に父親の存在を担ってくれていた中年の僧の方に顔を向ける。
華音の言葉に頷いた彼は、華音が寺院を去った後の事を思い返すように話してくれた。
「戸惑っていた華音の背を少々強引に押してしまって、孤独を感じてはいやしないかと…時折、心苦しそうに話していたよ」
華音が知らぬところで流れていた四年という月日。
だが、その間も決して華音一人というわけではなかった。
「…此処を出てからの四年間…私の傍には彼女が居てくれました。この世に生を享けてからも、今も、私の周りには必ず誰かの存在があります。心の孤独を感じた事など一度も…」
言葉を紡ぎながら、肩に猫の姿で身を置く娘娘の頭をそっと撫でる。
「戻ってきた華音の姿を見て、きっと大尼様にも分かっただろう。安心したように…眠っていたな」
「…もう一度此処に戻って来る事が出来た時には…ゆっくり大尼様のお傍に居る事も叶いますでしょうか」
「華音…」
「お前がまた戻ってくるのを皆で待っている」
「…行ってきます…」
四年前は言えなかった言葉。
まだ何か言いたげな様子がある雲渓たちに見送られて、華音は真白と共に寺院から離れた。
**§**
娘娘の力で送って貰った華音は、娘娘と別れて一人、執務室までの道筋を辿っていた。
昨日よりも落ち着いた気持ちで宮殿に戻ってきてみると、寺院と此処で過ごす日々とでは全く異なるものだという事に改めて気がつき、不思議な気持ちになる。
「…陛下、華音です。只今戻りました」
「お入り」
扉越しに声を掛けるとすぐに返答があった。
扉を押し開けて部屋へと入り、後ろ手で閉める。
「…今はお一人…ですか?」
彼の側に臣下の姿はない。
扉から離れて彼の近くまで歩み寄る。
「朝の政務に一区切りついて落ち着いたところなのだ。緊急の用がない限りは、しばらくは誰も来ないと思うのだ」
「……陛――いえ、井宿様…。一つ我が侭を聞いては頂けないでしょうか…」
「オイラに出来る事なら力になるのだ」
“井宿”と言い直したからであろうか。
星宿に変身していた姿から元の姿へと戻った井宿は、華音との距離を縮めた。
「…昨日は…拒んでしまいましたが……もう一度…抱きしめて頂けませんか…?」
井宿の手が彼自身の顔に添えられて笑顔の面を取り去ったが、面の下に在るのも優しげな微笑みだった。
僅かに残っていた二人の間の距離が更に詰められ、彼の腕の中に抱きしめられる。
躊躇いながらも、華音もまた井宿の背へと手を回す。
「…不思議なのだね。君の身体に初めて触れた時は、君が纏うあまりにも多大すぎる気に肌に刺激を感じる程だったのだが…。それもすっかり馴染んでしまったようなのだ」
「も、申し訳ございません…っ」
話を聞いて慌てて離れようとした身体は、彼の手によって引き戻される。
「今はもう大丈夫なのだ。肌に感じるものは何もない」
「…左様に…ございますか…」
一度引いてしまった手をさすがにまた改めて背中の方へ回す勇気はなく、どうしたものか悩んだ末、彼の胸の前に置く事にした。
――何故…この人の胸の中はこんなにも温かく、落ち着くのだろう。
彼の人柄が現れての事か、それとも、華音が彼を信頼している故か。
または、全く別の所からくるものなのか。
どれが正解なのかは分からないが、心地よい程の感覚にいつまでも身を委ねていたくなってしまう。
「…ありがとうございました。お蔭で心が落ち着き――…井宿様?」
礼を言って今度こそは完全に離れようとした華音であったが、華音を抱きしめる腕は緩まるどころか、強さを増すばかりで首を傾げる。
「…もう少しだけこのままでいる事を…許してくれるか?」
初めて、か…此処まで彼の真剣な声音を聞く事は…。
彼から望んでくれる事をどうして拒む事が出来よう?
自らも温もりに身を寄せ、目を閉じた時だった。
――リイィィン。
瞼の裏に浮かび上がる光景。
ほの暗い一室に、朱雀の像が置かれていた。
見えた光景は一瞬の間で、すぐに消えていってしまった。
それから然程の時間は経っていなかったように思う。
華音が目を開けると同時に、井宿の腕が華音の身体から外される。
一定の距離が作られた事でお互いの瞳がぶつかり合った。
一つだけの瞳と一対の瞳。
数分の間見つめ合って、どちらからともなくお互いから離れた。
星宿の姿に変わるその瞬間を瞳に映り込ませながら、華音は静かに口を開く。
「陛下。朱雀召喚の儀式が執り行われる場所は何処でしょう?拝見させて頂く事は叶いますでしょうか」
「朱雀召喚の儀は朱雀廟にて執り行う。後程案内させるように伝えておこう」
「ありがとうございます」
二人の時間の終わりを告げるように、華音と井宿だけの空間の中でも、彼は威厳ある声音を響かせた。
扉へと足の矛先を向ける背に、彼の視線を受けている事を感じつつも執務室を後にする。
お互いの温もりを求めた時間。
それは、互いの“気”が惹かれ合い求め合っていた時間でもあったのだと、後に知る事となる―――…。
**§**
美朱、星宿、柳宿の三人が旅先で見つけた残りの七星士と共に宮殿へと戻ってきたのは、宮殿を発って十日程が経った頃の事だった。
その間…華音が取り乱した様子で宮殿を出て翌日に再び戻ってきてからは、彼女は朱雀廟へ足を運びつつ宮殿内の一箇所一箇所も見て回っている様であった。
彼女の瞳に強い意志なるものが宿り始めている事に気がついた井宿は、一先ずは安心か…と胸を撫で下ろす思いで彼女の事を見守っていたところだった。
「ただいまーっ」
「皆お帰りなのだー!――陛下もご無事で何よりですのだ」
「そなたこそ身代わり御苦労であった、井宿」
「…こっ、皇帝陛下ぁーーーーっっ!?」
星宿たちを華音と出迎えた先で、井宿と星宿が言葉を交わす傍ら、宮殿内の空間すべてを揺らすのではないかと思われるほどの大きな声が響き、思わず耳を塞いでしまった。
…若者は元気があって羨ましい。
そんな何処か達観した感想は勿論、井宿の心の内だけで囁かれる事となったわけだが。
「あなたも…巫女様…でいらっしゃいますか?僕は張宿と言います。どうぞ宜しくお願いします」
新たに加わった顔ぶれの内、いかにも好青年という印象を受ける者が、華音の方へと進み出てきて握手を求める。
「私は…――っ」
差し出された手を取ろうとした彼女が小さく息を呑んだのが、華音の隣に居た井宿には分かった。
彼に差し出しかけた手をゆっくりと降ろし、僅かに自分の方へ身を寄せるようにしてから微笑みを浮かべた彼女に違和感を覚える。
「…私は、巫女様と七星士様に仕えさせて頂いております、華音と申します。私の“気”は、時として刺激を与えてしまう程のもののようなので、私にはあまり容易に御手を触れぬ方が宜しいかと」
今まで自分の“気”について語った事はないというのに。
何故、その者にはわざわざ念を押す事までしたのか…。
多少の引っかかりはあっても、それを除けばいつも通りの華音であるが故に深く考える事まではしなかった。
――否、考える事を止めたと言うべきか。
というのも、先程から己への視線を感じているのだ。
思考を巡らせる事を中断して、視線を彷徨わせると、猫を肩に乗せた長身の青年と目が合った。
(…この者…以前に何処かで……会った、か?)
その者を纏う雰囲気を自分は知っているような気がする。
だが、その感覚はあまりにも曖昧すぎて、思い当たりそうな記憶には辿り着かなかった。
「…お前……あの時の…」
(…あの時…?)
低く呟かれた言葉。
表情の変化は読み取りにくかったが、少なくとも驚いている事は分かった。
「ニャアッ…」
猫が青年の肩から飛び降りて井宿の前を通り過ぎ、華音へと擦り寄っていた。
その様子を何気なく目で追いかけてから、再び視線を青年に戻す。
「……っ…!」
それまでは猫と共に在るという印象にとらわれていたが、漸くおぼろげに残る自分の中の記憶と青年の面影がピタリと重なる。
心の奥深い部分で暗く重く息づいている記憶が蘇りかけ、拳をぎゅっと握り締めながら彼から顔を逸らした。
「…井宿様?」
猫を腕に抱いた華音が、心配そうに自分の事を見上げてくる。
確か真白という名で猫の姿に変えた娘娘を抱いていた事もあったか…。
猫を抱く彼女の姿を見る事で心に穏やかな灯が灯り、握り締めた拳をゆるゆると解く。
「何でもないのだ」
仮面の下で微笑み、元より笑顔の面にも笑みを浮かべる。
「…俺は…軫宿」
華音と井宿に放たれた言葉の後で、軫宿と名乗った彼は、華音の腕からそっと猫の身体を抱き上げた。
**§**
七星士を無事に集める事も叶った美朱が倶東へ人質としてとられている鬼宿を迎えに行くという話に纏まり、力添えをして鬼宿との段取りが決定した後。
井宿は、辺りの闇の色を取り込んでいる宮殿の池を微動だにせずに眺めていた。
しばらくして後方に人の気配を感じてからも、池から視線は逸らさないままで居た。
「…何故…分かった…」
面を取り払い、斜め後ろに立った存在に静かな声で問い掛ける。
「…雰囲気で何となく、な。まさか同じ朱雀七星士だったとは思いもしなかったが」
「あの時の俺は、ただ生かされているだけの身だとしか思えなかった。…だが、あなたには感謝している。この傷がこの程度で済んだのもあなたのお蔭だ」
「……すまない。声を掛けようかどうか迷いはしたんだが…。…あれからどうしたのか…ずっと気になってはいたんだ。だから、会えた事が嬉しくてつい…」
「とても嬉しそうには見えなかったのだが…?」
微苦笑を浮かべて彼に視線を向ければ、きょとんとした表情を見せてから顔を逸らした。
「そこは勘弁してくれ“井宿”…」
「そうだな…“軫宿”」
井宿がふっ…と口元を綻ばせると、彼――軫宿も目元を緩めて柔らかい表情になった。
「…っあ、いけません。あなたの主様は今大事なお話をされているのですから、行ってはなりません」
不意に、少し離れた位置から慌てていながらも控えめに聞こえてきた声に、くすりと笑いが零れる。
「あいつはどうも彼女を気に入ったらしい。…あの娘は…お前の光か…?」
「…自分でもまだよく分からない。だが、そうだな…心の何処かでは、そうでいて欲しいと望んでいるのかもしれない」
「俺も…何かしらの光を見つけたいんだ。そう思って巫女に…美朱についてきた」
ゆっくりと軫宿は井宿から離れていく。
「あまり華音を困らせるな。行くぞ」
「ニャアー」
軫宿の足音が遠ざかり、入れ代わりに近づいてくるのは今ではもう耳に馴染んでしまった履物の音。
「…井宿様。申し訳ございません、お邪魔をするつもりはなかったのですが…お話の内容までは聞こえておりませんでした」
井宿に倣うように、華音も池を囲む岩の上へと腰を降ろす。
「聞かれて困るような話でもなかったのだ。…華音は、どうしたのだ?」
「……私は…お話というか……――井宿様へ触れる事をお許し下さいますか…?」
拒むつもりはなかったが、井宿が頷くよりも先に華音の手は井宿の腕に絡められた。
「…華音?」
そういえば、昼間も彼女らしくない言動を取っていた事を思い出し、口を開く。
「…張宿に何故あんな事を言った?」
「意味を持って申したわけではございません。ただ…井宿様のお言葉を聞いて、初対面の方には少し遠慮した方が良いかと…そう思っただけです」
そう言って華音は、顔を上げてにこりと微笑む。
…また、だ。
何が…とは言えないのに、抱く違和感。
「井宿様…ありがとうございます」
聞こえるか聞こえないかの小さな声で紡がれた感謝の言葉は、井宿の肩口へ落とされた。
だから、気付かなかった。
顔を肩口へと伏せたその瞳には、困惑の思いが揺れていたという事に―――…。
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管理人のぼやき。
「逢命伝」より一コマ…“芳准”と“寿安”として、実は二人は洪水直後に一度顔を合わせていたという過去を少し盛り込んでみました。
それにしても。
原作沿いってなかなかに難しいものですねorz
オリジナル設定を加えているので、出来るだけ原作からの台詞の引用は控えているのですが。どうしても、そう喋らせたくなる時があります…
実際、どうにも思い浮かばない部分は喋らせちゃってますし。
うーん、これはほんと難しい…