朱雀召喚の儀の章
おはなしを読むためのお名前変換はこちらから
おはなし箱内全共通のお名前変換「夢語ノ森」では基本、おはなしの中で主人公の娘っこの性格や年齢を書き綴っていく形にしていますが、特別設定がある場合もございます。
そういったおはなしでは説明頁の設置や特記事項がありますので、ご参考までにどうぞ。
当森メインの夢創作を楽しめますよう、先ずは是非、井宿さんにお名前を教えていって下さいませ
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
大極山に戻ってきても、華音はすぐに動こうとはしなかった。
自身で身体を抱きしめつつ、くっ…と唇を噛み締める。
傷の痛みは多少はあるものの、それよりも何より、身体の奥底から湧き上がってくる感情を少しでも抑えようと必死だった。
「華音…!やはりオイラも残るべきだったのだ」
「華音…っ、大丈夫ね?」
先に戻っていた井宿と娘娘が駆け寄ってくるのが分かって、顔を俯かせながら言葉を搾り出すように紡いだ。
「これくらいであれば…少し休めば大丈夫です。…それより、太一君はどちらにいらっしゃいますか?」
「太一君なら今、鬼宿と美朱…朱雀の巫女の所だが…華音?」
彼は華音の様子に気付いたのか、問い掛けるように名を呼ぶ。
そういえば…華音の名をいつ知ったのだろう、とふと思う。
何の疑問も抱かぬ程自然と呼ばれていたが為に、その事に今更ながらに気付いた。
おそらくは、太一君か娘娘が口にした名を聞いて覚えてくれたのだろうが…。
一時、思考が別の所に逸れても、華音に静かに息づく怒りの感情は滾々と湧き上がった。
これは何かしらの答えを得なければ収拾しない…そうと理解した華音は、井宿にではなく娘娘に向けて言葉を放つ。
「…娘娘…あなたは私の事で何か聞いていますか…?」
「それは――」
「華音」
娘娘が口を開きかけた時、待ち望んでいた声が響いて顔を上げた。
身体に走る痛みにも構う事なく立ち上がり、足を動かす。
「何故です!何故、私の動きを封じたのですか…!」
「井宿の前じゃ。感情を治めよ、華音」
「怒りを感じずに居られるとお思いですか?太一君は何の為に私を寺院から此処へと連れて来られたのですか?この為ではないのですか!?」
「愚か者!気を静めよと言っておる!」
「っ!?」
ふわりと身体が舞い、太一君の元まで詰めた距離は瞬く間に娘娘と井宿の元まで引き戻される。
地に擦れた手元が痛みを生み、大した怪我でもないはずなのに、その感覚にしか意識を集中する事が出来なかった。
「「太一君!」」
「どれだけ悪者になろうとわしは構わん。華音が聞く耳を持たぬ限り話は出来んからの」
傍らで娘娘と井宿の二人から声が上がり、漸く少しずつではあるが華音の気持ちは静まり始める。
「…っ申し訳…ございませんでした…」
「お主、目先の事に囚われて自分でも気付いておらぬようじゃから教えてやろう。あの場に一人残ったのはお前自身の意思だった。華音の中の“気”が告げたわけではなかろう?」
「――!」
――太一君の言うとおりだった。
自分はあの部屋の中まで入っていく必要はなかったはず。
“鈴の音が告げた”のは、結界が張られていたのであろう扉を前にしたその時だけだった。
だが、華音には見えてしまった。
金色の髪をした男性――青龍七星士である“心宿”に護られていた、青龍の巫女となったあの少女の身に起こった事…。
それを知って黙ったままでいる事など出来るはずがなかった。
「倶東の地では不利なお前が、早まった真似をしたものよのぅ。何も出来ぬ自分が悔しかったか?焦りを覚えたか?…人の為に自身の感情を捧げる事は、万人に出来る事ではなかろう。
だが、お主の場合、感情で動けば下手をすれば己の命取りにもなるという事を分かっておるか?時として自分に刃となって返ってくる事もあるかもしれんの」
「…では…分かっていても黙って見過ごせと仰るのですか…?」
「良いか、華音。この先もお前の意思は一切必要ない。見届ける、とはそういう事じゃ。何を知ろうとも、物語の根本的なもの…“必然”はお前の力がいくらあっても変えられぬ。その事をよく覚えておおき」
「――っ…」
愕然と、した。
己の為す事を理解しているつもりでも、真意までは理解していなかったのだ。
――あなたもまた、きっと朱雀の星の下に導かれる為に生まれてきたのです。華音、あなたが何よりも惹かれていた伝説に助力出来る事が在るのですよ――
これでは何も出来ない事と同じ。
そんな自分が、朱雀の星の下に存在する意味はあるのだろうか…。
「…全てを知る為に…私に…“告げる”というのですか……私に…何が出来るというのです…」
太一君が建物の方へと消えていく姿から視線を逸らし、地の砂が手の爪に食い込む事も厭わず手を握り締める。
先程擦って出来た掌の傷から、じわりと血が滲んだ。
「…華音!」
井宿が華音の両手を捉え、手についた砂を丁寧に払い取っていく。
「気持ちは分からないでもないが…自身を傷つけては駄目なのだ…。菌でも入ってしまったら大変なのだ?」
「人の記憶まで勝手に見ておいて、何も出来ません…などとは、そのような事おかしくはないですか?人には知られたくない事の方が多いかもしれませんのに……井宿様の事も…それを知ったところで、私に何が出来るわけではないのですから」
一粒…二粒…と、華音の瞳から零れ落ちた涙が地に染みを作っていった。
「…やはり…見えていたのだ君には…。最初からこの顔も偽りのものだと分かっていたのだ?」
「申し訳ございません。…何となくでしたけれど、最初にお会いした時に隠された御顔が在るのだという事は分かりました。ですが、御顔の傷が水と関係している事なのだと結びついたのは、倶東の地で仮面の下の御顔を拝見した時です。…本当に申し訳ございません」
「…いや、君が気を悪くしていないのであればオイラは構わないのだ。そんなに自分を責めないでいい」
優しい声音が降ってきてそちらの方を見上げれば、彼は傷跡が在る顔に笑みを浮かべていた。
間近ではっきりと本当の彼の顔を見るのはこれが初めてだった。
「気を悪くするなど…その様な事は決してありません…」
「ならば、この話はもう終わりなのだ」
井宿の手の中に収まっている手を引かれ、立ち上がる。
「華音、手を出すね。傷治すっ」
井宿の手が華音のそれから離れていくのと入れ代わり、娘娘に手を包み込まれると同時に傷が癒えていった。
手の傷だけではなく、身体に所々存在していた傷も完治していた。
「…娘娘は…華音の事がとても好きなのだね。君だけなのだ?太一君からも一人離れて華音の傍に居るのは」
「華音は、娘娘に“真白”って名前をくれた。娘娘だけの名前ね。華音が此処に来た時から、娘娘はずっとずっと華音の傍に居る。傍に居たい、ね」
井宿の言葉に答えた娘娘は、白い猫の姿に変化して華音の頬に顔を摺り寄せてきた。
――…お前には味方がいるという事を忘れるでない――
太一君の言葉がふと思い浮かぶ。
「私の事を気に掛けて頂き…ありがとうございます」
「オイラたち七星士も決して完璧ではないのだ。だから、護らなければいけないものも、自分が護りたいものも…それぞれが出来る事で補い合って護れば良いのだ?オイラはそう思う」
「…井宿…様…」
真白である娘娘を胸に抱きながら、頷いてくれる彼を見上げる。
「はい」
流れていく涙を己で拭って、華音もまた頷いた。
**§**
太一君が華音の元からすぐに立ち退いたのは、朱雀の巫女との話の合間に華音の所に来てくれた為だったようで、華音は真白ではない他の娘娘に案内された部屋の前、井宿と倶東の地で会った少年――鬼宿の二人と共に話が終えるのを待っていた。
キィ。
部屋の扉が開かれ、巫女が出て来てすかさず巫女と鬼宿の元まで歩み寄り、畏まった姿勢で言葉を紡ぐ。
「あっ、あなた…」
「挨拶が申し遅れました。私、華音と申します。私が出来る事は限られますが、巫女様と鬼宿様…七星士様方にお仕えさせて頂きます。どうぞお傍に置いて下さいませ」
「一緒に来てくれるのっ?仲間は多い方が心強いし、勿論だよ!ありがとう、華音さん。あたしは美朱、よろしくねっ」
はきはきとよく通る声。
無邪気な笑顔。
“天真爛漫”という言葉は彼女の為にあるのではないかと思うほど、その言葉がピッタリと重なる印象を抱いた。
「美朱のとこに行けたのはあんたのお蔭だぜ。さっきはありがとな」
朱雀七星士の一人である鬼宿もまた、人当たりの良い笑顔を顔に浮かべて、華音にそう礼を言った。
「さて。各々が為すべき事は決まったな。行って来い」
太一君の言葉と共に周りの景色は霞みがかり、変化していく。
その中で華音に届いた娘娘の声。
――華音と離れても、真白はいつでも華音の事を思ってるね。気をつけて行って来るある――
心の内で彼女へ“ありがとう”と言葉を向けて、目を閉じる。
一変とまではいかずとも、煌びやかさが増したとでも言えば良いか…。
再び瞳を開けた先の景色がはっきりしたものとなった時には、其処は大極山ではない場所である事が認識できた。
「…美…朱……美朱か!」
「星宿…心配かけてごめんなさい」
「ほんとよぉもうっ、どれだけ心配かければ気がすむのよ、あんたって子はっ」
「柳宿もごめんなさい」
巫女の元に駆け寄る二人の七星士。
二人の内、目元に在る泣き黒子が印象的な女性がこちらの方に視線を投げかけてきた。
リィン。
その者と目が合った瞬間、“彼女”ではなく“彼”だという事実を鈴の音が告げる。
「…あら?そっちの娘(こ)も…七星士?」
「私は巫女様と七星士様に仕える者にございます。微力ながらもお力添え出来れば…と思っております。力を誇りとされている殿方様、どうぞ宜しくお願い致します」
「…あたしが男だって分かるの…」
後々に自分が事実を知ってしまった事が分かるよりも、今この時に申し出ておいた方が良いのでは…と考えて言葉を口にした次第だったが、やはり初対面では失礼に値する事だったか…。
不安になり、垂れた頭を持ち上げると、そこには楽しそうに笑う彼の顔が在った。
「ふーん、面白いじゃない?あたしは柳宿よ、宜しく」
「私は星宿だ。華音、と言ったか…そなたの後ろに居る者は?」
「そっか、井宿に会うのは星宿も初めてだっけ。四人目の七星士なの」
「…井宿、ですのだ。皇帝陛下」
華音の隣まで歩み出て来た井宿もその場に跪く。
「…あのっ、あたし先に休むねっ。ちょっとつかれちゃって…」
畏まった雰囲気を破るかの如く、巫女から声が上がる。
勿論、疲れたという彼女を引き止める者も居らず、一人華音たちの前から立ち去っていく彼女の後姿を、華音はじっと見つめる。
華音だけではなく、他の者の視線も巫女に注がれている事に気がついて、複雑な思いが絡み合っているのだとそう感じた。
――物語に急な展開が訪れたのは、その日の夜の事であった。
華音が身を置く紅南国の宮殿内で、異質の気配を感じ取るがままに足を運んだ先。
そこには既に皆も集まり始めていた。
「鬼宿を倶東へ献上せよ」
倶東の使者だった。
華音の傍らに立った井宿が、天井に向かい術か何かを施している様子を見て、華音は両の掌をパンっと重ね合わせる。
「エサミヒサゾトウナクウク〔空間を閉ざしませ〕」
天井から床の方へと移った気配が宮殿の外へと進むよりも早く、掌を部屋の扉側に向けて突き出した。
俊敏な動きで見えにくかった相手の姿は、華音が生み出した見えない膜によって阻まれ、立ち往生する様子を見せる。
「な…に!?ちっ…」
「華音…っ」
使者の手が動きを見せるのと同時に、井宿に身体を抱きかかえられ斜め後方へと飛ぶ。
床に突き刺さった小振りの短剣が見え、僅かに華音の気が乱れた隙を付いて使者は逃げていった。
「…ありがとうございます」
床に降り立ち、礼を述べる華音の身体を離す前に井宿から小さく言葉が落とされる。
「おそらく君の力の方が上だろうが、少しでも相手の“気”に触れようものなら一溜りもないのだ?倶東の者には特に用心した方が良いのだ」
「申し訳ございません…」
礼に続いて謝罪の言葉を紡いだ華音の肩に、ポン…と優しい手の温もりが触れた。
その温もりに大丈夫、と言われているようで自責の念に駆られそうになっていた心は軽くなる。
今夜はもう相手もこれ以上は何もして来ぬであろう…という星宿の言葉に、散り散りに己の各場所へと戻って行く事になった。
――数刻後、鬼宿が皆の目を忍んで宮殿から出て行く様子を、華音はただ闇に紛れながら見送っていた。