決戦の章
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そういったおはなしでは説明頁の設置や特記事項がありますので、ご参考までにどうぞ。
当森メインの夢創作を楽しめますよう、先ずは是非、井宿さんにお名前を教えていって下さいませ
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ドタッ。
禁忌を犯した者とそうでないものの線引きが為されるかの如く、天帝である太一君に仕える真白は、華音を取り込む闇の世界より弾かれ、大極山の地に身体を転がされた。
「…娘娘!?」
先に戻っていた朱雀七星士らが、何事かと声を上げる中、真白はすっくと立ちあがり自分が出てきた方向を見据える。
「何をする気じゃ、娘娘…いや、真白」
「大極山から追放されてもいいある…時空の狭間に囚われた華音を助けるね!」
天帝にも今からの事は何も言わせないと言わんばかりに、空間を破る為の呪文を口に乗せる。
「――…開破!!」
真白の目の前、大極山の一角で時空の入り口となろうものが微かに生まれた。
それを両の手で力強く掴み、糸くらいの細い入り口を穴を広げるようにしてこじ開ける。
「華音、華音!真白の声が聞こえてたら返事をするね!」
空間の入り口は、力を伴わなければすぐにでも閉ざされようとしていた。
**§**
冷たく、暗い…。
白虎の物語を見届けた時空の巫女――“紆耶”は、こんな場所にずっと孤独にいたのだろうか。
永い終わりのない時間を、ずっと独りで―――…。
――………、…華音……華音…!――
自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
聞こえてきた声は周りに反響し、何処から響いてくるのか分からない。
――…真白の声が聞こえてたら…返事をするね!――
「…真白…?」
聞こえる声に応えようとする華音の声もまた、闇の中で反響した。
自身がこの空間にどう在るのか…それさえも認識出来ずにいる中、米粒大程の光の点が微かにちらつくのが見えた。
「……真白……?」
もう一度その名を呼ぶと、光が見える場所から再び声が響く。
――光が差し込む方に向かって走って…!――
――走る?
自分は光を“見上げている”感覚にも思う。
だが、その感覚も“錯覚”しているのかもしれない。
「…走る…」
何処が手で何処が足なのか…。
本当に“見上げている”のか否か。
どれが正しい認識なのか分からないならば。
とにかくやってみようと思った。
闇に浮かぶ一点の光を見据えながら、走る感覚を頭の中で描く。
そうしている内に、少しずつだが光に近付いているような気がした。
――…娘娘…っ、反対側はあたしが…!――
「…柳宿様…?」
光の大きさがぐっと広がった。
――華音!手を伸ばして!井宿が引き上げてくれる…っ!!――
「…井宿様?」
――華音…っ――
光の中心を突き抜け、半透明の手が差し出される。
それに自分の手を重ねる感覚を思い描いた瞬間…。
ドンッと、軽く何かにぶつかる衝撃を感じた。
“恐る恐る瞼を開く”と、そこはもう闇の世界ではなく、光に満ちた世界が広がっていた。
「…ここは天帝が居る大極山!闇の存在が許される場所ではない…時空の巫女を置いて戻るね!」
ゴオオォォォッ!!
一度取り込んだものを手放すまいとするかのように、華音の背中の方から暴風が吹き荒れる。
あまりにも凄まじい風力に攫われそうになる華音の身体を、しっかりと抱きしめる腕。
華音も必死にその腕にしがみつく。
「…烈火神焔!!」
「ハ、ァッ―――…!」
神気を含んだ炎と剣から薙ぎ放たれた神気そのものが、風の流れに刃向かい、華音の傍らを通り過ぎていった。
暴風はみるみる内に力を失い、それでも最後の執念としてか闇色の手先を華音の肩へと伸ばす。
それを振り払うように、華音は後方を振り返り、手を動かした。
「…エサミヒサゾトウナクウク〔空間を閉ざしませ〕」
物語を終わらせるようにして、触れ合わせた親指と人差し指を宙で真横に滑らせる。
闇の空間がぴたりと閉ざされ、華音が見届ける“物語”もこれで終わりを遂げた。
――本来、辿るべき道を大きく逸脱した上で。
「…どうするつもりか、華音」
井宿の腕の中、問い質してくる声にびくりと肩を震わせる。
「お主は、白虎の巫女・七星士らと時を共にした時空の巫女がしたように、鬼宿を美朱の世界に留まらせる為、最後の最後で“使命を放棄”した。その代償からも逃れ、“お前の意思”で“井宿の手を取り”、ここに戻ってきた。代償に代わる更なる代償はそんなに簡単なものではないぞ」
「太一君に背いたのは真白ね!罰でもなんでも真白が全部受ける!」
「お前だけでは事足りず、世界の理に反する事になる。真白、華音に続き、柳宿、井宿、翼宿、星宿も手を貸したこの事実をどうするか」
「……朱雀の皆様は、朱雀神を象徴する、正しく“愛”に満ち溢れた方々にございます。目の前で起こる事に身体が伴うのは理に適っております故…使命を放棄し、代償を逃れた私自身が、与えられるべきものをこの身に刻みます」
「よかろう」
「太一君!」
「事の発端となる華音と華音に仕えた娘娘――真白の意志じゃ、この二つしか聞き入れぬ」
名を呼ぶ柳宿を遮り、太一君の手が真白と華音の頭上に翳された。
二つの身体は白い光に包まれ、先に、光の消失と共に姿を現した真っ白な毛並みの猫が井宿の傍らにちょこんと寄り添う。
程なくして華音の身体を纏う光も収まりを見せ、白衣と緋袴の巫女衣装の代わりに何処でも共通しそうな村民の成りをした華音が現れた。
長く自然に任せて流れさせていた茶色の髪は、肩の上辺りで一つに纏め結わえられており、見た目は変われども、ずっと井宿の腕の中に在ったその存在はそろりと動きを見せる。
華音は井宿の頬へ両手を伸ばし、包み込んだ。
「…私、井宿様の事が好き。井宿様が護ってきてくれた“高貴な”私はもう居ないけれど…これからも私と一緒に居てくれませんか?」
目の前に在る華音の姿と、華音が言葉にしたものの意味を少しずつ理解させているのか、しばらくの間見つめ合った後、彼は頬をほんのりと赤らめて微笑み、口を開いた。
「君は…君なのだ。オイラもずっと言いたかった、伝えたかった。どんな君でもその気持ちは変わらないから…愛してる、華音。これからも華音のことを一人の男として護っていきたい」
返ってきた答えに、込み上がる嬉しさ。
その気持ちを自分の中で留めておく事がどうにも出来なくて、もう一度言葉にする。
「大好きっ、井宿様」
「あぁ。無事に戻ってきてくれてありがとう。おかえり、華音」
頬から首元に手を移して自ら縋りついた温もりの主は、華音を優しく温かく抱きしめ返してくれた。
想いを伝え合い、幸せそうに寄り添う二人の姿に、他の七星士たちもそっと微笑む。
安堵も含めた五つの微笑みが在る一方で、大極山の主はやれやれとでも言いたげに、深く長いため息を一つ零した。