決戦の章
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街の様子を瞳に収めた華音は、青龍の巫女の元へと歩き出す。
「…青龍の巫女様。何もお力になれず、申し訳ございませんでした。どうか…唯様の御心が苦しみの枷から解き放たれますよう、青龍七星士様方の守護の御光を唯様にお渡し致します」
「……朱雀七星士、井宿の加護を賜わった巫女…」
ぽつりと落とされる呟きは耳に留めるまでにし、青龍の巫女の頭をそっと撫でる。
同時に、ポゥと淡い光が生まれ、青龍の巫女に吸い込まれていった。
まだ名残惜しさはあったものの、青龍の巫女から離れた足で朱雀の巫女と七星士の方へ向かう。
皆を見渡せる位置に佇み、その場で手の内に在った鈴を思い切り天空へと放り上げる。
「我、三代目の時空の巫女は、天帝の下、空間を閉ざす役目を最後に残し、是までの朱雀・青龍の物語をしかと見届けたり。よって、我に携わる全てのものに告げる。我の声を聞き、我の合図を聞いたならば、我が導く門出に集い給え」
クルクル…クルっ。
リリン、リン…。
一回転、二回転…、そして三回転。
華音の手元から離れた鈴は、落下する事なく、最高所にてぱっと消えた。
――パンッ―――…!――
掌と掌が合わさる事で響く小気味よい音に導かれて、四神天地書と張宿に授けられた巻物とが、その身を宙に浮かせる。
すると、銀色と白色とが混ざりあったような色合いの中で、きらきらと時折光の粒子が煌めく神秘的な空間が創り上がっていった。
其処には、太一君と娘娘たちの姿もあった。
「美朱も七星士も、そして華音も、皆ご苦労じゃった」
太一君の労いの言葉に反応を示すようにして、空間と同化しそうになっていた華音の髪の色が茶色へと戻ってゆき、羽織布や金の冠も透明になって消えゆく。
それには、美朱が少し残念そうな声を上げた。
「華音さん、戻っちゃった…。さっきまでの姿もすごく似合ってたのに」
「ありがとうございます、美朱様。最高にまで高まった私の力はもう…必要ありませんので」
“ごらん”と、太一君が空間の一端に四正国の様子を映し出し始めた為、華音は太一君の一歩後方へと身を置いた。
和気藹々とした様子で皆が言葉を交わしている中、太一君たちと待っていた様子の真白だけは、幼女の姿で華音の傍にぴたりとついていた。
「皆といなくても良いのですか?真白」
「真白は真白だから、華音と一緒がいいね。…それに華音、緊張してるね?それも心配だから…」
真白の言葉に、ドキン…と胸の鼓動が大きく高鳴る。
今の華音は、まるで朱雀召喚の儀式を目前にしていた時のように――否、もしかすると、あの時以上に緊張しているかもしれない。
最後の最後で、華音の使命の行方が決まるその時が近づいてきているからだ。
「…華音…」
緊張感を自分の中だけでやり過ごしていれば、美朱たちの会話にも一区切りついたようだった。
時空を操る巫女の役目として、世界の門を閉じる事は華音に一任し、七星士たちを連れて先に戻る、と、太一君が告げる。
「…お待ち下さいっ」
自分でも無意識の内に、向けられる背中の一つにそう呼び止めていた。
誰の名を呼んだわけでもなく、太一君、娘娘、鬼宿を除く六星士が一様に振り返った。
「…私……私、は――」
もしもこれで別れとなるならば…。
溢れて止まない想いを伝えた方がいいのかもしれない。
“井宿様を愛しています”
だが、その言葉は華音の唇から紡がれる事はなかった。
「華音。お前の使命はまだ終えてはおらぬぞ」
胸の前で両の手を強く握り合わせ、きゅっと唇を引き結ぶ。
「…承知しております…。引き留めてしまい、失礼致しました」
心配そうな真白からの視線が在る事に気づいていながらも、巫女と鬼宿が身を置いている方へと向かう。
「…大丈夫か?」
「大丈夫です。私の都合であまり時間をかけ過ぎてもいけませんので」
頷いて答える華音の表情を目にしてか、巫女と鬼宿の二人にも緊張の表情が浮かんだ。
時は刻々と迫るばかりで…。
ついに四人きりとなった空間で、華音は重々しく口を開き促す。
「美朱様」
「…うん。――開神」
朱雀の巫女の最後の願いが叶うように。
一心に祈りを捧げる。
――二人の間を裂くかの如く―――…
一枚の扉が現れた。
扉の向こう側へは巫女の存在だけが押しやられ、鬼宿の目の前で光の残像だけを残し、パタリと閉じられた扉が消えゆく。
束の間の静寂の後、鬼宿はゆっくりと華音の方を振り返り、微笑んだ。
「……さぁ、俺らも行こうぜ、華音」
「鬼宿様…」
まだ辛うじて存在している世間の狭間の空間上を歩き始めた鬼宿の背中は。
隠しおおせない哀しみに揺れているようで…。
華音は、後ろ髪引かれる思いで扉が現れた場所をじっと見つめた。
つい今しがたまで、確かに繋がっていた巫女の世界。
――…鬼宿…っ――
一筋の隙間なく閉ざされてしまったそこの空間から、まるで巫女の悲しみを含んだ声が聞こえてくるようだった。
「…っ…鬼宿様!」
「…華音?」
「私の力がどれ程及ぶかは分かりませんが…」
鬼宿の手元を掴み、少しだけ歩いた道のり分を駆け足で引き返す。
「鬼宿様は巫女様の御傍へ行くべきです…っ。私が井宿様から離れたくないと思うように」
「華音…」
「エサミカリヒ ヨイティマテラサゾト エサミスォトノムマボヲク」
――拒むもの通しませ 閉ざされた道よ 開きませ――
「…最初に…華音に助けてもらった時みてぇだな…」
一度は閉ざされてしまったはずの道が、華音の言霊に応えて再び開き出す。
まるで無理やりに開かれる空間は悲鳴を上げているようにも見えた。
キイィィィッ!と、華音の力と空間が衝突し合い、耳に痛みを伴う程の音が生まれる。
やがて華音の力の象徴である白い光そのものが、世界を繋ぐ“扉”の形を成す。
「鬼宿様!」
「…ありがとう、華音」
鬼宿の姿が扉の向こうへ消えた瞬間。
「…華音っ!!駄目ね!!時空の狭間に閉じ込められるっ!」
華音と鬼宿のやり取りを見守っていた真白から、悲鳴にも近い鋭い叫びが上がった。
それまでは光で満ちていた時空が、上流から流れ込んでくる滝の水のように瞬く間に闇の色で塗り替えられていく。
その中へ、華音の意識も…姿さえもが容赦なく呑み込まれていった。