決戦の章
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そういったおはなしでは説明頁の設置や特記事項がありますので、ご参考までにどうぞ。
当森メインの夢創作を楽しめますよう、先ずは是非、井宿さんにお名前を教えていって下さいませ
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紅南国皇帝星宿と対峙した心宿は、倶東国皇帝をも手にかけた後、青龍の巫女の唯にもついに真実となる部分を話し、もう一つの世界へと進出しようとしていた。
「…華音っ、まずいね、心宿が美朱たちの世界まで踏み入るつもりね!」
軫宿と星宿、消えていった二つの生命を悼む時もほんの僅かばかりで、真白の言葉に華音は祈る姿勢を解いた。
漸く涙を拭い取り、ひと呼吸置いて、紅南の地の中心となる宮廷が存在する方向へと多くの意識を注ぐ。
「井宿様、翼宿様」
((華音?))
「今から私が巫女様の世界とこちらの世界――二つの世界を繋げますので、巫女様の元へ行って下さいますか?心宿様が動いているのです」
念のようなもので届けた華音の意思を二星士が受け取った感覚を得て、意識の矛先を華音も一度は生活を構えた事のある世界へと移りゆかせる。
だが…。
――バチバチッ…!!
「……!?」
「華音…!」
華音の力が流れゆこうとしていた矛先で青い火花が散った。
最高位まで高まっている華音の力は、そう容易に相殺される事無く、あぶれた力となって自分へと向かい来る。
「…巫女時空力我力為…――溶!」
「…真、白。…青龍の…力が増していく…。井宿様と翼宿様を…巫女様の元へ導かなければならないのに…っ!」
白い光に向かい、真白が両の掌を突き出す。
すると、見る見るうちに真白の掌の中へと白い光が吸い込まれていった。
「華音。大丈夫、落ち着いて声を聞いて。世界を繋げてくれる源が…ちゃんとあるはず」
「…声?」
――翼宿ー!井宿ー!頼むっ、美朱が持ってた荷物を持ってこっちの世界に来てくれっ――
一陣の風に運ばれて届いた、切実に願い求める声。
――リィンッ!――
高らかに鳴る鈴の音と響き合い、華音の頭の中に言霊となる言の葉を生み出していく。
「…エサミヒセミヒソウーィチムガヌトウーィアケシ スヲーコタラキトネラウ ヲーィオモーノチヒ〔人の思いよ 我の力と呼応し 世界を繋ぐ道を示しませ〕」
キラッ…キラ…。
華音の力の欠片が光の軌跡となり、空の中の一か所を支点として渦巻き始める。
《翼宿ー!!井宿ー!!》
一段と大きく名を呼ぶその声。
風をも巻き込んで渦を作るそこは、風の力を借りて紅南国宮殿に在る存在を声の元へと誘う。
「…最後まで見届けるのは、あちらで…ですね。私たちも後に続きましょう、真白」
「何処へでも。真白は華音についていく」
互いに顔を見合わせてから示し合わせるかの如く、同時に力を発動した。
自分たちを包む光の膜ごと力の源へと飛び込む。
やがて、風の力が再び自然のものへと戻った時には、滞空していたはずの華音と真白の姿は既になかった。
**§**
…ピチョン……ピチョン…。
時折雫が降り落ちてくる、淡く青白に光る水面の上。
足下が沈む事なく、華音と、猫の姿になった真白は立っていた。
「…ここは…。こちらで住んでいた社…?」
太一君の計らいによって、記憶も一時的に失い何もかも真っ新な状態で住んでいた四年。
その時とはまた雰囲気が異なる空間だった。
まるで此処だけが異次元空間であるかのように、とても神秘的だ。
青の世界の中心にぽつんと立つ社は、元より決して大きくはない。
記憶が在る今、こうして色々と考えてみると、祭事で商いをしていたというわけでもなく、本当に一つの住まいとして活用していただけだ。
正面の出入り口に設えられている木製の階段を上がり、両開きの扉を開けて中へと入る。
距離が短い土間の両脇には、神棚を前に毎日祈りを捧げていた小さな一室と勝手場がそれぞれに広がっている。
勝手場の奥には湯あみ場が。
神棚が在る部屋の奥には、寝室兼、食卓を構えていた和室がある。
和室の大きな窓から取り込まれる陽の光を浴びながら、真白と日向ぼっこをよくしていた。
社の裏側には木の実などがたくさん取れる小さな森もあり、野鳥が遊びに来ることも時折あった。
「太一君は、私に外の世界を教えて下さっていたのですね…」
人との関わりこそは、ほとんどなかったけれど。
寺院で過ごす世界しか知らなかった華音に、四年とういう年月をかけて“違う世界”を教えてくれていたのだと、この時初めて理解した。
――太一君だって鬼ではない。その人に与えられた宿命や人生に影響を与えてしまわない範囲で手も貸す。巫女にも七星士にも…そして華音にも――
「…ありがとうございました」
此処で“始まりの時”を待ち、此処の世界で“物語の終わり”を迎える。
此処の空間はもう必要ない。
深く礼をした後、顔を上げ、背を向ける。
華音と真白が再び水面上へ舞い戻ると、社は霧散して消えた。
そして入れ代わるかのように現れたのは―――…
「華音」
「…柳宿…様?張宿様、軫宿様、星宿様も…何故此処に…」
「やっぱり放っとけないじゃない?美朱の所に行くなら、先ずは華音の所に行けって太一君が。あたしたちを美朱の所へ連れて行って、華音」
「……朱雀の巫女の元へ駆けつけたいと、そう願うのですか」
姿勢を正し、声音を少し低めて問えば、柳宿を初め、張宿、軫宿、星宿も一様に頷く。
「四星士の強き願いに応えましょう。真白」
「…ニャァーオー―――…」
華音が太一君に呼ばれてあちらの世界に戻った時のように、華音の傍らに居る真白が長い一声を発する。
「ネラウアナジートエホトモニヒスノネオキ シアマチヒセラヴォーィ〔呼ばれし魂 声の主の元へと誘われん〕」
次いで華音が言葉を紡いでいくと同時に、四星士の身体を白い光が包み込み、光の筋となったそれらは、華音が指し示す方向へと一目散に飛び立っていく。
飛び立った四星士の存在が此処を創り出す空間への刺激となったのか、パァ…と開けていく青の世界。
幻想的だった世界とは反対に、今度は現の世が華音の周りを取り囲んでいた。
「ニャーァ」
「物語の結末を見納め、世界の門を閉じる時が…来たのですね」
――…時空の巫女!使命は絶対だよっ!それを忘れんじゃないよっ?!――
突然にふと、白虎七星士である昴宿が華音に向けて掛けてくれた言葉が頭に浮かんだ。
「……私は…最後の選択をどう乗り切るのでしょうか…」
「ニーィ?」
ぽつりと、不安な気持ちの一部分がついと口をついて出てきた事に気が付き、小さく頭を振る。
そう、“最後の選択”が在るかどうかも分からないのだ。
“奇跡”が起こり得る可能性とて、全くないわけではない。
ぎゅっと掌を握りしめ、前方を見据える。
すると、土煙が空へ向かって立ち昇り、大きな破壊音のような音も何度も耳に届く。
「…泣こうとも笑おうとも、結末を見届ける事が私の――時空を操る巫女の使命」
自分に戒めるようにして呟き、華音は一歩を踏み出した。
**§**
建物の瓦礫が散乱し、所々では火種も存在している区域に足を踏み入れ始めても、静々と歩く。
途中、こちらの世界での真白の存在の維持はなかなかに難しいようで、違う空間で待っているからと話す真白と別れてからは、華音一人で戦いの中心部へと向かっていた。
「クオォォォン―――…!」
「グオォァァァ―――…ッ!!」
天空でいがみ合う朱雀と青龍。
だが、空に向かって放り投げられた巻物により、青龍の姿だけが掻き消えていく。
唯一の存在となった神獣の下で…。
青龍の力を失った心宿の瞳と、華音の瞳が宙で交わる。
直後、鬼宿の力で身体を貫かれた衝撃を感じてか、碧眼の瞳が歪んだ。
「…私がこの瞬間〔とき〕を待ち、現れた意図を、あなた様に理解できますでしょうか?」
「…負けた我を…嘲笑いに来た、のか…」
「いいえ。青龍の巫女様が深い苦しみに囚われ過ぎぬよう、あなた様の御魂を送り出します」
「…その為に…わざわざ…我々に関わってくるとは…煩わしい女だ……」
「私の気質もあり、朱雀の星の下に身を置く事しか出来なかった、せめてもの贖罪です。ご協力下さいますよう、お願い致します」
「……好きに…しろ……」
最期に鬼宿へと言葉を贈った心宿は、身体から奪われゆく力に抗う事なく、生命の終わりを迎える。
「…在るべき場所へお帰りなさい」
華音が心宿の額に掌を向けると、心宿の身体は光の粒子と花びらの片鱗となり空に散っていった。
それを見上げていた華音は、不意に何かの気配を周囲に感じてぐるりと辺りを見渡す。
朱雀の四星士が巫女の元へ霊魂で集う事を求めてきたように、六つの青い光が己の輝きを自己主張するように輝きを深めては、華音の周りを彷徨う。
その内の一つが、華音の手の甲へと触れてきた。
「……受け入れて…下さるのですか、箕宿様…。あなた様に与えた闇を…あなた様の御魂に刻む事を自ら…」
箕宿の姿をうっすらと象る光が、華音の前で深く敬礼をした。
そうした後で、今度は華音の方へと何かを差し出してくる。
「…これは…」
手に納めたそれは、とてもずしりと重みのあるものだった。
円錐状に連なる幾つもの鈴は青い光沢を放っていて、不思議な色合いをしている。
ブワっ…と、大きくうねる様な風が吹き抜け、華音の頬に伝った涙も天へと巻き上げていく。
鈴の柄を胸の前で握り抱いた華音は、地に膝をつき、天空に向かって頭を垂れる。
「私の罪は消えずとも…全身全霊で、私が聴いていた鈴の音を地上へ響かせます」
深呼吸をして、ゆっくりと立ち上がる。
胸の前から己の真正面へとぴんと真っ直ぐの一線上に構えた鈴を、一息に天空へ向けて振り上げた。
――リイイィィンッッ!!!――
けたたましい程に高らかに鳴った鈴の音は、その音の鋭さで、激しい戦いの果てに煙〔けぶ〕っていた街の風景を一瞬にして晴らした。
無駄な音は一切響かせぬよう、両手で鈴の柄を支えながら、改めて真正面に鈴を構え直す。
―――…リンッ、リンッ、リンッ、リンッ、リンッ―――…――
そのまま、自分の周りを360度の輪で囲っていくようにして、ぐっ…ぐっと力強く、左手の中で右手だけを一回一回捻り、一定のリズムで鈴を打ち鳴らす。
ピタリと鈴の音が鳴り止む頃には、崩壊していた街並みもすっかりと元通りに戻っていた。