朱雀召喚の儀の章
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リイィィィン―――…。
頭の中に響く鈴の音。
時が来たのだと…ただ漠然とそう思った。
「…二つの世界が…繋がるのですね…」
「ニャア」
神社の本殿の一角。
申し訳程度に設えられている祭壇の前、祈りを捧げていた姿勢から直り言葉を落とせば、傍らに居る猫が返事をするかの如く鳴いた。
「…真白〔ましろ〕。明日、一緒に付き合って貰えますか?」
「ニャアー」
名前の通りに一切の穢れを寄せ付けぬかのような真っ白い毛並みの猫は、その問い掛けに、これまた勿論と言わんばかりに膝元へと顔を摺り寄せてくる。
そんな猫の頭を撫でながらそっと微笑む。
「ありがとう。真白だけが私の傍に居てくれるのですね」
「ニー…」
今度は悲しそうに鳴き声を上げ自分の事を見上げてきた為に、大丈夫よ…と言って微笑み続けた。
**§**
刻が昼の時間帯へと移り変わらぬ内に、白衣〔しらぎぬ〕と緋色の袴に身を包んだ華音は、境内に在る住居スペースを後にした。
華音が歩き出すと、傍らに居た猫も華音に倣って歩き出す。
気がつけば…猫と共にこの神社に居た。
何時からかと聞かれれば、それさえも曖昧で…。
一ヶ月前だったようにも感じるし、もう何年も経っている様にも感じる。
此の場所に足を運ぶまでの事が、まるで靄が掛かっているかのように思い出せないのだ。
しかし、そんな状態であるにも関わらず―――…。
一日に一度、御神に祈りを捧げる事だけは忘れなかった。
余分な雑念が消え、心の整理が出来る時間であるという事…それだけは身体が知っていた。
それが華音の身体に残る、唯一の感覚。
「真白。申し訳ありませんが…少しの間、我慢をして貰わなければなりません」
――都立中央図書館――
建物に大きく刻まれたその文字が見えてきた所で、一度足を止める。
猫を優しく腕の中に抱き上げてから、白衣の合わせ目部分の奥の方へとその身体を潜ませさせた。
猫もこれから為す事を理解しているのか、大人しくしてくれている様子が窺える。
その事を確認して再び歩みを始め、なるべく人が居ない道程を選び、館内に在る目的の場所へと向かった。
ギイィィ…。
重々しい扉を身体全体を使って押し開けながら、本来は入室してはいけないであろう部屋に足を踏み入れる。
鍵がかかっていても不思議ではないというのに、華音を誘っているかのように容易く入る事が出来た。
「……さぁ、どうしましょう?」
ある一冊の本を探し出す為に、この場所まで来たまでは良かったものの…。
本の数も決して少なくはないこの場所で、どうすれば一番効率良く目的の本を見つけ出す事が叶うか、思案する。
「…ニャァ!」
「真白っ、いけません…見つかってしまったら追い出されてしまいますよ?」
不意に猫が白衣から飛び出し、あくまで小声で声を掛けつつ後を追う。
相手が本棚の角を曲がった事で少し距離が開いてしまい、一瞬その姿を見失うかとも危惧したが、どうやら心配には及ばなかったようだ。
「ニャアー」
華音も同じ箇所を曲がった先で、猫は腰を落ち着けて待機してくれていた。
「なるべく手短に済ませられるようにしますから、こちらへお戻りなさい」
華音が猫の方へ手を差し出すと同時に、本棚の上部を見上げる猫。
つられて視線を向けてハッとする。
「…真白…あなた、見つけてくれたのですか?」
「ニャア♪」
得意そうに目を細める猫を横目で見やりながらも、華音の視線はすぐさまそれへと惹かれた。
“四神天地書”と書かれた本の背表紙に向かって手を伸ばす。
その本は、幸いな事にも、華音の背でも届くぎりぎりの範囲に位置していた。
無事に手に収まった本の表紙を掌で撫でる。
微かに感じる、神気のような力。
「この本で間違いありませんね」
昨日、鈴の音が頭の中で響いた時に、何かの文字もうっすらと脳裏に浮かび上がった。
文字の形は何となくは分かっても、はっきりとはせず、ある程度の時間が費やされる事を覚悟で図書館に足を運んだ次第だったのだが、猫の協力もあり案外あっさりと見つけられた事に安堵する。
「…私の力を…注ぐのですよね?」
自分自身に確かめる様に言葉を紡ぐ。
此処の図書館まで来た事も、うっすらと浮かんだ文字が本のタイトルだと瞬時に理解した事も。
そして、自身が為すべき事も…。
全て“何となく”で繋がっていく。
だがそれは、自分の中で確かに感じているもの。
身体に流れる“気”とでも言うのか、そういうものが華音に全てを告げていた。
その場で跪き、四神天地書を静かに床へ置く。
四神天地書にゆっくりと右手を翳すと、自然と心に浮かぶ言葉。
目を閉じて深呼吸を繰り返す。
ふわ…。
窓一つなく、出入り口の扉も閉められている部屋の中。
華音の髪が風に舞う。
「エアマティアナジ オワレラウ
アリボトネヒアケシ エサミカリヒ エサミカリヒ
ナラガヌステダリボトヌストチヒ アミ アイアケソヌスタウ」
――二つの世界、今、一つの扉で繋がらん
開きませ開きませ、異世界への扉
我らを誘い給え――
カアァッ―――…!
目を瞑っていても、四神天地書から光が発せられている事が分かる。
「選ばれし者来たる時、其の扉を開け放ちたり」
閉じていた瞼を持ち上げながら、光を両の掌で覆うように包み込む。
すると、光は次第に収まりを見せていった。
完全に光が消え失せたのを確認し、ふぅと息を吐き出す。
「…ニャア?」
心配そうに華音の顔を覗きこんできた姿に気がついて、笑みを返す。
「…もう少し入り口の近くまで移動させておきましょう」
「ニャっ」
華音は本を持ち上げて立ち上がった。
入り口へ向かう途中の場所で、尚且つ棚にスペースの余裕がある上方の部分へと四神天地書の本をそっと押し込んだ。
とはいえ、全部は納めずに本の背表紙が少しだけ棚の端にかかるように置いておく。
「こんな感じで如何でしょう?」
足元の猫へ返答を求めると、尻尾を振って満足そうに笑んでくれたように見えた。
本棚から離れて出入り口の扉へ足を向ける。
ギイィィ…と、“一般者閲覧禁止図書室”という札が掲げられた部屋の扉が、音を立てて閉ざされた。
**§**
図書館に赴いた同日の夜。
誰かに呼ばれる夢を見た。
――物語は始まった。こちらで全てを見届けよ――
「…っ…」
眉根を寄せる華音の隣で、猫の耳がピクリと動く。
「ニャァーオー―――…」
猫は身体を起こし、一声長く鳴いた。
「真…白…?…――っ!?」
猫の鳴き声で目を開けた華音は、息を呑む。
見慣れた部屋の内装とは全く異なる風景が、目の前に広がっていた。
服装も就寝時のものではなく、いつの間にか巫女装束の白衣と緋袴〔ひばかま〕を身に着けていた。
「…目が覚めたね?華音」
声を掛けられてそちらの方に視線を向けると、一人の少女がいた。
「…どなた…でしょう?」
今、置かれている自分の状況が今一良く呑み込めぬまま、言葉を紡ぐ。
「真白ね」
「…真白?あなたが…?」
「そうね」
真白、という名で思い浮かぶのは、白猫の姿だ。
少女と華音が知る猫との姿が結びつかなくて困惑している華音へ、また新たに掛けられる声があった。
「華音よ…まだ思い出さぬか?」
「太一君!」
「娘娘、御苦労じゃった」
“真白”だと名乗った少女は、聞こえてきた声の主の元まで宙を飛んでいく。
自然と少女の姿を追っていた瞳がその声の主の姿を捉えた瞬間。
ドクンっ―――…。
鼓動が大きく音を立てた。
…自分は知っている。
目の前に現れた老婆が誰なのかを。
夢で聞いた声と同じである老婆のこの声を…知っている。
周囲の景色にも見覚えがある。
でも、何処で?
何故、私は此の場所を…老婆の事を知っているの…?
「…っ…」
「記憶が混乱しておるか。仕方ない…さぁ、全てを思い出せ。時空を操る巫女よ」
「―――っ!?」
老婆の指先が自分の方へ向けられると同時に、記憶が頭の中に勢いよく流れ込んでくる。
次から次へと、あまりに目まぐるしく飛び込んでくる記憶たちに、激しい頭痛を覚えた。
呼吸をする事もやっとで、視界の先が霞む。
「………太一…君…!いくらあなたでも………手荒な真似が…過ぎるのでは…!?」
頭上で誰かの声がし、立つ事が出来なくなっていた身体を支えられる。
その感覚を最後に…華音の意識はぷつりと途絶えた。
**§**
ある場所から移動してきた青年は、地に足を着けるや否や、其処で繰り広げられている光景に驚き、駆け寄った。
この世界のものと少し似ているようでいて、何処か違いを見せる衣装に身を包んだ女性が、頭を抱えて苦痛の表情を浮かべていたからだ。
「…太一君!いくらあなたでも、さすがにこれは手荒な真似が過ぎるのでは…!?」
崩れ落ちる身体を抱きとめて、女性と対面していた者へ視線を投げかける。
「井宿。倶東の刺客から朱雀の巫女を護り戻ってきたか。…その者には必要な事じゃ。記憶を戻したまでの事。だが、少し刺激が強すぎたようじゃの…」
このお方の事だ。
何か意図があっての事だろうと思いはするものの、青年は眉を顰める。
「…記憶?…彼女は一体何者ですのだ?この溢れんばかりの気…少し触れてるだけでもこっちがぴりぴりしてくる程なのだ…」
「ほぉ、さすがじゃの、井宿。気質が分かるか。その者の身体に流れる気は高貴なるもの…故に歪みなく時空を操る事が可能なんじゃよ。これからその者もお前たちと行動を共にする事になる」
「…彼女も一緒に…」
腕の中に居る存在を見下ろす。
閉ざされている瞳。
茶色がかった流れるように長い髪。
そして、純白色と緋色の衣装。
何故だろう…。
何となく、彼女にはこの衣装が最も相応しいと思えた。
「その者の事はお前に任せても良いかの?娘娘、目が覚めるまではお前も一緒に付いておれ」
「もちろんねっ!」
青年にとっては見慣れている少女が、太一君の元から青年の元にやって来る。
「井宿…で良いね?ごめんね、娘娘、他の娘娘みたいにあなたの事よく知らない。華音と一緒に居たから」
「……彼女の名は…華音、というのだ?」
少女がこっくりと頷く。
「…華音…」
青年は胸に刻むようにその名をもう一度繰り返した。