神座宝の章
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そういったおはなしでは説明頁の設置や特記事項がありますので、ご参考までにどうぞ。
当森メインの夢創作を楽しめますよう、先ずは是非、井宿さんにお名前を教えていって下さいませ
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張宿の身体を前にして、箕宿が放つ蛇に相似た魔物の使いとの真向からの対戦が躊躇われている状況の中。
井宿が結界を張る事でとりあえずの応戦が叶っていたが、不意に巫女の足先が掬われ、華音と近くなった空間に捕らえられる。
「美朱!」
「巫女様…っ」
張宿の身体に加え、巫女の存在をも盾とする箕宿は、一層笑みを深くする。
鬼宿の悲痛な叫びが上がる一方で、婁宿の傍に身を置いていた白虎の二星士が目配せをし合い、動きを見せた。
箕宿が朱雀の者らに意識を集中している隙に、奎宿の気を纏う“それ”は目にも留まらぬ速さで戦いの最前線まで駆け抜けて、朱雀の巫女を鬼宿の元へと取り返す。
驚きに目を見張る鬼宿に、奎宿が若い青年の姿で笑ってみせる。
奎宿の傍らに寄り添った昴宿の気を纏う若い女人もまた、巫女へと近づき喉元へと指先を触れた。
「何処までも邪魔を…。だが、唯様の邪魔だけは決してさせぬぞ…!!」
箕宿のその声に従うかの如く、地鳴りに似た音が響き始める。
「……強大な邪気…!」
「――っ…、華音さんっ…」
井宿が口にした言葉と、それを耳にした巫女がハッとした様子でこちらを窺う動きと。
その二つが示すものへ呼応してみせるかのように、結界の向こうで揺らめく闇の気配に負けじと、華音を包み込む光の膜が眩いほどの輝きを放つ。
「…その術者の力でこの仲間の身体と戦うか?」
「――ッ!!」
…もしかしたら。
華音の胸の内で燻り続けていた何かがあったのかもしれない。
張宿の唇であるはずのそこから漏れ出た言葉をきっかけにして、感情が堰き止められずに溢れ出す。
ゆら…ゆら。
華音の身体から白色の気が立ち上った。
「あんたっ。これ、まずいんじゃないかいっ?あの子が本気出してた時と一緒だよっ!」
「っ時空の巫女…!落ち着け、お前が暴走しちまったらなるようにもならないだろうよ…!!」
「……井宿様の御厚意を毎度〔まいたび〕無下にしてしまう私を…どうかお許し下さいませ…」
――ネラルーヴァイナラキトニヒサタウ アラキトヌカズシヒシラウーアノシーネラウ〔我に備わりし朱雀の力 私の力に破られん〕――
――…華音さん…僕も…あなたや柳宿さんのようにちゃんと立ち向かいたい…――
――あんたには…きっと分かってるはず…。…これは華音の使命じゃなくて…“柳宿”の使命だって事――
「…僕は…字がなくっても…朱雀七星士の張宿…っ。それは誰にも譲れない、僕だけの使命なんだ―――…!!」
「…開破―――…!!」
様々に浮かぶ想い。
想いのカケラを言の葉へ落とす声。
それぞれの想いは力となって、それぞれを突き動かしゆく―――…。
真っ白な世界が、その場に居る皆の視界を覆った。
《…巫女…の…女…っ、わ…し、に……何…を…し、たっ》
「…私が使命にいくら翻弄されようと構いません…。ですが、井宿様や巫女様…人の思いや生命をも無闇に苦しめる事は許し難い事です。そうと思っていたはずなのに…私はあなたの御魂を苦しめる為に私の力を使う選択を致しました…。
張宿様の痛みと苦しみは、あなたの魔荷車に伝わせる張宿様の気をあなたの御魂へとより多く流す事で請け負って頂きましょう…」
「…華音、さん…痛みを和らげてくれて…ありがとう、ございます…」
消失していく光の中、華音は、胸元を箕宿の魔荷車で貫き血に染まる張宿の身体を腕に抱いたまま、膝を折って床に座り込む。
感情に倣い、頬や顎を伝って零れ落ちる涙は、柳宿の身体を支えていた時と同じく張宿の血潮と混じりあった。
「…張宿っ、華音さん…っ」
「これくらいの事しか出来ず…申し訳ございません…」
駆け寄り来る巫女と朱雀七星士らの下〔もと〕へと、張宿の身体を預ける。
「奎宿様、昴宿様。ご心配下さいましてありがとうございました。私にはまだ為すべき事があります故、身を滅ぼすような事は致しません…大丈夫です」
「…華音」
「…井宿、様…」
青龍七星士が敵といえども、これまで失われる生命には光を手向けてきた。
華音を育んでくれた寺院の教えに沿い、どのような悪でも個々の魂が迷わぬように光で在るべきところへ導くこと…それを従順に為してきたのだ。
ただ、箕宿は…。
張宿の身体を使い、対峙する者たちを愚弄し翻弄した。
それが許せず、華音の力を以ってして闇の世に取り残されるであろう所業を施した。
井宿が与えてくれた、華音を護る為の力を破壊してまで、だ。
「井宿様の結界を引き換えにしてまで…私は…御仏の教えに背く事、を……っ」
他者から何かを奪う事の恐怖や漠然とした不安を生まれてこの方、華音は初めて知る。
同時に、朱雀の巫女の友人であり青龍の巫女の彼女の事が頭を過ぎり、はっとした。
「…行かなくては……。巫女様――美朱様が行かれるまで、青龍の巫女様の足止めをしなければ…っっ」
これ以上、彼女に奪う側の思いを積み重ねさせてしまいたくない。
「華音っ、待つのだ!その身で行けば君は…っ」
…あぁ、また跳ね除けてしまう…その優しき彼の手を…。
「張宿様の事を宜しくお願い致します…。――エサミガヌト ティムクヨニヒサタウ〔私の行く道 繋ぎませ〕」
「…時空の巫女!使命は絶対だよっ!それを忘れんじゃないよっ?!」
白い光に包まれる向こう側に垣間見えた、心配げな顔と不安を抱く顔。
それら二つと張宿の周りを囲む者たちをその場所に残し、華音だけが一人先駆けて、青龍の巫女の元へと向かった。
**§**
「っお前…。言ったはずだ、唯様に変な事吹き込んだらただじゃおかねぇって…!唯様から離れろ!!」
後方から青龍七星士の角宿の荒い声が飛んでくる事に構わず、目の前に存在している彼女を背中から抱きしめる。
「青龍の巫女様…!もうこれ以上、あなた様の御心をご自身で踏みにじる事は御止め下さいませ!今の内ならばまだ間に合います…!どうか…どうか、ご自身の叫びにお気づき下さいまし!!」
「またあんたか…。そんなに美朱と一緒にあたしの邪魔したいわけ?いい加減にしてよ」
「…っ唯様、準備は整っています!このまま呪文を…っ」
「奪う事の苦しみは、御自分を戒める枷ともなりましょう…っ。枷を増やしてもあなた様が真に望むものは手に入れられませぬ…!」
「…奪う?あたしが?分かってないね…あたしは美朱から奪われてる方だ。…心宿があんたは毒にしかならないって言ってたけど、ほんとその通り」
彼女の両の掌が合掌の形を成す。
「巫女様っ…――唯様っっ」
ほんの一瞬、華音が紡ぎ出す名に青龍の巫女の身体が小さく震えた。
彼女自身、それさえも気のせいだと思いたい気持ちがあるのか、何もかもを振り切るかの如く、唇に言の葉を乗せていく。
「――四宮の天と四方の地…」
「…唯様…っ…――ッ!!」
少しずつ少しずつ。
青龍の力が高まり始める。
巫女の声に呼応し、玄武と白虎の神座宝が光を放ち、更に力が備わろうとしていた。
「……御止め…下さいましっ…」
抱きしめる手を強めようとも、彼女は続ける。
「…お願い致します…っ…どうか…っ」
力が高まりゆくに伴い、華音の肌に刺激を与えるその力。
元より、鬼宿と一戦を交えた時に負っていた肩の怪我がいよいよ悲鳴を上げて、赤い筋が一筋、右腕を伝い流れ落ちる。
「そのまま身の破滅を見届けても良いが…いかんせん唯様の邪魔になる。退け、高貴な巫女」
冷淡な重低音が響き、華音の意思なく宙に浮く身体が青龍の巫女から引き剥がされる。
「…唯、様……ッ…」
伸ばそうとする手は彼女の存在から遠ざかるばかりで、華音の身体は重力に抗う事なく、寺院の建物の周りを囲む奈落の闇の中に引きずり込まれるようだった。
「唯ちゃん!華音さんっ!」
「心宿っ、あいつ…!」
「華音!!」
不意にクッ…と身体が引き上げられる力が加えられる。
風に運ばれるように少しの間だけ宙を漂った後、幾度も感じた事のある温もりに包まれた。
「青龍側に入り込むなど…無茶なのだ」
「…井宿様の御手を煩わせてばかりで…申し訳ございません…。私には…やはり見届ける事しか…出来ないのですね…」
八の字に眉を歪ませる面顔〔めんがお〕へ、そっと手で触れる。
「……少し…眠ります……。力を…蓄えなければ……。…次に目覚めた時には………」
「華音さんっ?」
「おいっ、華音!?」
雲に覆い尽くされる空。
途切れる青龍の巫女の声。
空を見上げる、朱雀の巫女、鬼宿、井宿の姿。
響く音を耳で捉えながら…。
空に舞い現れた青い龍を目にしながら…。
華音が次に為すべき事をする為―――…。
一時の間の深い眠りにつく。
瞳を閉じて瞼の裏に白い光を感じれば、鈴の音が鳴った。
――リイィン―――…。
清らかに奏でられる鈴の音は…。
紅南国上に広がる、雲さえも邪魔しない何処までも青く澄み渡った空の世界を華音に見せた。
~To Be Continued~