神座宝の章
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そういったおはなしでは説明頁の設置や特記事項がありますので、ご参考までにどうぞ。
当森メインの夢創作を楽しめますよう、先ずは是非、井宿さんにお名前を教えていって下さいませ
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高く聳え立つ大きな寺院を前にし、白虎の二星士や井宿、翼宿、軫宿、張宿らと共にその建物を見上げる。
「美朱と鬼宿の気もあるのだ」
井宿が言葉を発する隣で、華音は微かな血が滲む包帯で応急処置が施されている肩を抱き込んで大きく後退した。
「…華音?」
「氐宿様の力が働いていた時と同じ…力の感覚が…鈍っています」
「時空の巫女の力が狂わされるなんて、どれだけ力持ってんだ。新しい法王が入ったって話を聞いた時から何だか変だとは思ってたんだが…こういう事だったってぇわけか」
ざわざわざわ…。
ざわつく心が生み出すのは、暗い暗い闇ばかり。
その中で微かに何かが浮かんだような気がしたが、はっきりと捉える事は叶わなかった。
「…待って…いるのだ?」
それが許されない事は彼も理解している事だろう。
その上でかけてくれる自分を気遣ってくれる優しさは、華音を動かす力となる。
「…いえ、行きます。柳宿様が使命に立ち向かっていったように、私も使命から目を背ける事は致しません」
「……華音さん……」
自らを奮い立たせて寺院を見据える華音の後ろで、小さく自分の名を紡ぐ声があった事には気付かなかった。
毅然と立つ華音の背中が、一人の少年の瞳に鮮やかに焼き付いていたという事も―――…。
**§**
寺院を進むにつれて、溢れかえらんばかりに押し寄せてくる敵の存在に、華音たちは少人数での行動を余儀なくされた。
「あかんっ、限ないで…っ!」
各々が追い詰められるかの如く三手程に分かれる事となってから、向かいくるもの全てと戦っていては限がないと判断し、敵から上手く逃れる事に徹しているものの、それでも敵の数は絶えない。
「……華音さん…あの…僕、ずっと華音さんと皆さんに謝りたかったんです…」
途中、七星士の証となる字が消えてしまい、翼宿の背におぶわれてたどたどしく言葉を紡ぎ始める張宿の存在に目を向ける。
「華音さんはお礼を言ってくれましたけど…でも、僕がもっと早く行動に移していれば…そもそも華音さんの気が尽きてしまいそうになる事もなかったし…
井宿さんと華音さんのお二人の間の事で、華音さんが皆さんの輪から外れる事もなかったんじゃないかって…」
「張宿のせいとちゃうやろ。あれは俺が一人で華音の事を疑うてただけやしな…」
「…でも…。七星士としての僕が華音さんの気持ちや言葉をちゃんと受け取っていても、字が消えた僕は…全部を受け入れられなくて…考えが追いつかなくて…迷ってばかりで申し訳ないなって…」
「それで良いのではないでしょうか」
静かに話しに耳を傾けていた華音は、翼宿と並行して走りながらもそこで初めて口を開く。
「井宿様が…私に与えられた使命を、共に初めて大極山で聞いた後で仰って下さいました。七星士とて完璧ではないのだと。それぞれが出来る事で補い合って護るものを護っていけば良い、と。
七星士様としての張宿様は…知識が完璧に近いお方、と言えましょうか。ですが…井宿様の御言葉をお借りして言うのであれば、いつも完璧でいられるとは限らないと思うのです。
今の張宿様は、きっと心が休みたい時なのではないでしょうか?七星士様として力を発揮する時のご自身を護る為に、羽を休める存在が今のあなた様であると、私はそう感じます」
「…華音も…やっぱ迷うんか…?」
「迷ってなどいられないという部分もありますが…自分を理解できていない事も多く在ります」
「……華音…お前は…」
翼宿が神妙な面持ちで口を開きかけたその時だった。
…ドオオォォォン―――…!
そう遠くはない場所から耳を劈くのではないかと思われる程の轟音が聞こえてきた。
「――行くで。張宿、しっかりつかまっとれよ!」
「…わっ?」
それはまるで疾風の如く。
今までは華音に合わせてくれていたのだろう…断然違いに駆け出す翼宿。
華音も全力を注いで翼宿を追いかけた先。
「…婁宿…!」
白虎七星の二人と他の朱雀七星士たち…そして、朱雀の巫女や鬼宿の姿も見られる中、黒褐色の肌色をした一人の男性が植物にその身を囚われている姿が華音の瞳に飛び込んできた。
男性の背後では満足そうに笑みを浮かべている子ども姿の法師。
更には、壁から姿を現した青龍七星士の心宿が、朱雀の巫女の友人であるあの少女を連れて壁へと吸い込まれていく様子もあり、ただ事ではないその状況たちに、華音は思わず唇をくっと噛み締めた。
「華音!翼宿、張宿!辿り着けて良かった――華音…?」
最後に合流する形となった華音たちに、すかさず声を掛けてきた井宿が途中で言葉を切り、名を呼んでくる。
だが、その声は急速に遠のいていく。
「………婁宿を……今すぐに婁宿を離して―――…!」
一瞬の間に身体に何かが入り込んだ僅かな感覚があった。
自分から漏れる声は自分のもののはずなのに、華音の意識とは関係なく紡がれる言葉。
――リン…リン…リィンリン…リリィィン―――…!
二つの鈴の音がこだまし合うように…これまで感じた事のないけたたましさで華音の中で甲高い音が鳴り響いていた。
(……り…さ、ま…っ…井、宿様っ…!)
身体の感覚さえ感じ取る事もままならない。
自分の事をどうにも出来ないもどかしさと、この状況をどうにかしなければという警告がひしめき合い、辛うじて念を彼へと飛ばした。
(私のっ…力を止めて下さいませ!このままでは暴走しかねませんっ…)
懇願にも近い願い。
それが井宿に届いたのだと実感できたのは、華音の気と同通するものが身体の中に流れ込んでくる感覚を捉える事が叶った故であった。
「離、せっ…私の邪魔をしないでっっ…!」
「身体の持ち主と相違した意識を貫ぬけば、不必要な力を招く事になる。それを理解の上でこの者の身体を借りるのだ?」
「…っ…!」
「離!」
身体へ強い衝撃が走ったのを感じ取り切る間もなく、身体のバランスが崩れ、冷たい床に座り込む。
「大丈夫なのだ?」
「…はい、ありがとうございました…」
「……あん、た…っ」
「お前が何でここに…!」
乱れた息遣いを整えながら井宿へと視線を移した先で、昴宿と奎宿の二人が信じられないものでも見るかの表情をしていた。
その視線の先を更に追えば、華音たちから少し距離が離れた場所で、透けた身体で佇む一人の女人の姿があった。
《久し振りね…奎宿、昴宿…それに婁宿》
「…君、は……紆耶〔まや〕…?」
《…私の力不足で…ごめんね?婁宿。…私にはなんにも出来なくて…ごめんね…》
悲しげに視線を彷徨わせ、謝罪の言葉を重ねる“紆耶”と呼ばれる彼女。
彼女は、透き通る足元を動かし、華音の前でその足の動きを止めると、唇を開く。
《私…ずっと一人で暗い場所に居たの。でも、いきなり鈴の音が鳴って、気が付いたらここに居た。あなたが私を救い出してくれた。あなたは私と同じ“巫女”だから。勝手に身体を借りようとしてごめんなさい》
す…と、周囲の景色が溶け込む手が華音の頬へと伸ばされる。
《あなたに会えてよかった。ありがとう…私よりもうんと高い神気を持つ巫女様》
キラキラ―――…。
光の粒子を空に舞わせ、彼女の姿は掻き消える。
「……――ッ!!」
「なッ?!ぐ、ふ…!!」
「紆耶、の…光が…僕に……最期の力を…くれた…」
植物に絡めとられていた身体の持ち主と同様に、勝気そうな笑みを浮かべていた青龍七星士の一人のその身体にも植物の茎が巻き付き、鋭く尖った茎の一部が法師の身体を突く。
「婁宿…!」
力を操っていた源が失われた事により、床へと落ちる二つの身体の内、“婁宿”と呼ばれる白虎の仲間であろう者の元へ、奎宿と昴宿がすかさず駆け寄っていく。
婁宿は静かな声音で言葉を放ち、眠るように瞳を閉じてそのまま息を引き取った。
白虎七星の二人が婁宿の名を何度か呼ぶ背面で、静寂が訪れているかのように思えた。
――リィン…っ!!!――
だが、その時を制するように華音の頭に響く鈴の音。
ぽっ…と浮かんではすぐに消えゆこうとする一つの文字が浮かび上がり、華音は自分でも何を思ったのか分からぬままに身体を突き動かす。
「張宿様っ!」
「…華音さん…?…――っ?!」
《邪魔をするな!!》
ッパアァァン―――…!
相容れぬ力の反発か否か。
張宿の身体へ触れかけたその瞬間に、まだ魂のみで生き長らえていた青龍七星士の“箕宿”が華音の身体との衝突を起こし、邪なものは寄せ付けぬと言わんばかりに、結界の力が発動する。
「…っ、…ぅ…」
「さぞかしよい眺めだろう。そこから事の顛末を傍観しているがよい。くくっ」
張宿の愛らしい顔が悪に満ちた表情に歪むのを、華音は今しがたの衝撃で天井に近き空間上まで放られた朱色の光の球の中で見下ろしていた。
「張宿様の御身で人を愚弄するような御言葉を口になさるのは御止め下さいませ、箕宿様」
箕宿が華音の状況を真の意味で理解しているのかまでは分かり兼ねるが、だが、箕宿の言う通りに事が運ぶのは避けられようもない事実だ。
胸の鼓動音と同じ間隔で疼く痛みを肩口の傷から感じながら、何度か味わってきた歯がゆさを誤魔化すように、肩口をぎゅっと抑え込む。
「……これでは…柳宿様の時と同じ………」
思わず、そんな言葉を落としてしまった。
「………華音っ…お前ッ…柳宿ん時も“ただ見てた”んやないっ、“見てる事しか出来ひんかった”んか…!?」
自分にぶつけられる感情を伴った言葉にハッとしてそちらを見やると、ギリリと唇を噛み締めて込みあがる何かを堪えているかのような翼宿の視線とぶつかった。
その彼の隣で、井宿も何処か困惑した表情を浮かべていた。
華音の呟きが耳にした者の心を掻き乱している…。
何故、華音自身の胸の内で留められなかったのか、と、後悔の念に駆られる。
「…私は…」
行き過ぎた華音の意思を貫けば、力ごと目の前の状況から弾き出されてしまう。
それは、ここまでの歩みの中で華音に幾度も突き付けられてきた現実。
抗おうと飛び込んでも、今の華音に与えられているこの現実が、そら見た事かと物語っている。
「さて。大いに遊ばせてもらおう」
まるで箕宿から上がる笑い声が華音の心をも嘲笑うかのように響いた。