神座宝の章
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おはなし箱内全共通のお名前変換「夢語ノ森」では基本、おはなしの中で主人公の娘っこの性格や年齢を書き綴っていく形にしていますが、特別設定がある場合もございます。
そういったおはなしでは説明頁の設置や特記事項がありますので、ご参考までにどうぞ。
当森メインの夢創作を楽しめますよう、先ずは是非、井宿さんにお名前を教えていって下さいませ
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「おい、待てやッ!」
「…翼宿。いいよ…もうそっとしといてあげよ…。亢宿は…華音さんとあたしを助けてくれた。それに氐宿の術からも…。亢宿の笛の音、聴こえたよ。華音さんと一緒に力を合わせてくれたんだよね?」
「…美朱さん…」
身体を起こした巫女からの視線を受けた華音は、頷いて答える。
「…はい。亢宿様のお力添えがなければ…井宿様との念を繋げられる前に私の力が尽きていたかもしれません」
「…鬼宿が危険な目に合ってるかもしれないって教えてくれたのも…亢宿だったの。鬼宿…鬼、宿っ…」
「巫女様…鬼宿様の星の輝きは失われてはおりません。巫女様の元に必ずお戻り下さる事でしょう」
顔を両手で覆い、彼の名を切なげに呼ぶ巫女へ華音が手を差し出しかけた時だった。
「華音の言う通りだぜ。遅くなっちまったけどよ…美朱、お前に会う前に俺がくたばるわけにいかねぇだろ?」
不意に響いた声の持ち主は、朝の陽を背に受けながらその姿を現した。
「…鬼宿ッ!!ごめん…ごめんなさいっ」
巫女は鬼宿へと駆け寄っていく。
二人の絆が繋がり合うのを見届けて、華音は踵を返した。
皆の居る場所から離れ、華音が足を向けたのは氐宿の元。
地に横たわる身体近くで片膝をついてその場にしゃがむ。
彼の胸元辺りへ掌を翳し、言霊を手向けた。
「在るべき処へお帰りなさい」
白色の光に包まれた氐宿の身体はサラサラと光の欠片となり、輝きを放って朝の空へ昇っていった。
その様子を見届けて、前方へ歩き出そうとした華音の腕を掴む者が居た。
「何処行くん。次に行かなあかん場所でも決まっとんのか?」
「…い、え…そういうわけでは――」
華音の返答を聞くや否や、ぐいっと掴んだ腕を彼の方へと引き寄せられて、そのまま井宿の傍らへ身を戻す形となる。
「こいつに…井宿の奴に地味に沈んでられると調子狂うてかなわんのや。…柳宿の事で華音を責めたんは悪かった思うとる。せやから…俺らと一緒に来てくれんか?頼む、この通りや…」
すまん、と、華音に頭を下げてくる翼宿に戸惑いを覚える。
「…ですが…私は…」
「華音さんと井宿さんのお二人の間にどんな事情があっても、華音さんは華音さん、井宿さんは井宿さんです。それは何も変わりありません。そうでしょう?」
「華音が俺たちに力を貸してくれようとしてるのは見ていて分かる。翼宿の誤解も解けたようだし、それ以外にもまだ俺たちと来る為の理由が必要か?」
「…私は…私の力は…使う機会を選ぶものです。今までは皆様方の御傍につく方法しか分かりませんでしたが…井宿様の結界があるこの身ならば、私は一人でも――」
「“あなた様らしい御力で、何か一つでも出来る事は必ず在るはずです”。あなたが僕に言ってくれた言葉です。華音さんの言葉で気付けた僕が今、華音さんにもその言葉をお返しします」
“見えたもの”に少しでも応えたくて、彼に投げかけた言葉。
それを自分にも向ける事で気付いた自分自身の事。
寺院へ訪れた太一君に教えて貰った“時空を操る巫女”である自分の存在。
太一君の言葉を聞いてから、華音の中に在る“力”で自分は動いてきた。
それが当たり前だと…それが“自分”なのだと、そう思っていた。
言葉もなく、己の両の掌を見つめる。
今までも“自分の心”は確かに在った。
だがそれらはきっと、自分の中のほんの一部分に過ぎなかったのかもしれない。
華音の中に存在する、“時空を操る巫女”としての力に自身で囚われ過ぎていたのか…と、華音はこの時に初めてそう気付いた。
「力がなくたっていいんだよ…?」
鬼宿の元から離れた巫女が華音の元にやって来る。
「力がなくたって華音さんの存在が必要なんだから。だって、心が温かくなったのは、華音さんが“大丈夫”“信じよう”って言ってくれたからだもん」
「巫女様…」
抱きしめてくれる身体に華音もそっと手を添える。
「断る理由は…もう何もないのだ?」
「……はい。皆様がお許し下さるのなら、皆様の御傍につかせて頂きます」
巫女の肩越しに何処か切なげに微苦笑を浮かべる井宿の姿が見え、ゆっくりと頷いた。
「…――でへへへへ~。いい格好した姉ちゃんにひらひらの衣装着た姉ちゃん…っくぅ~、たまらん、最高じゃねぇか」
「…っきゃあーっ!な、何よっ、このおじさんっ!」
「うへへー、特にこの尻の形といったら――」
「お、お師匠、やめたといた方が…」
「ちょっと!華音さんに軽々しく触んないでよっ!変態エロオヤジーっっ!!」
「……言わんこっちゃない…」
鬼宿が頭を抱える中、後方に感じた気配が巫女の拳によって瞬く間に遠のいていった。
**§**
「…ごめんなさいっ。おじさんが鬼宿のお師匠さんで白虎七星士だったなんて…っ」
「いいんだよ。いい歳して女の人に目がないあの人が悪いんだからさ。ほんとに申し訳ない事をしちまったね」
「私には状況の把握が今一出来ておりませんでしたので、気にしていません」
「皆が休めるように此処でお邪魔させて貰える事にもなったし、ね」
鬼宿と共に居た様子の一人の男性に連れられるままに場所を移動し、訪れた大きな屋敷。
鬼宿が“お師匠”と呼んでいた男性と夫婦だという彼女が淹れてくれた茶を前にして、華音は巫女の言葉に頷きを返す。
しかも此の屋敷に住んでいる彼女たちは、白虎七星士の昴宿と奎宿だというではないか。
「あんたたちも休んだ方がいいんじゃないのかい?」
別室にて井宿、翼宿、軫宿、張宿の四人が休んでいる中、“昴宿”である彼女から上がった提案に、巫女は外の空気を吸ってくると言って席を立った。
その様子を見送った昴宿が華音へと視線を移してくる。
「あんた…時空の巫女かい?」
彼女から紡がれた言葉に胸が高鳴る。
同時に娘娘から聞いた話を思い出し、華音もまた口を開いた。
「…はい。…白虎の巫女様、七星士様方と時を共にした方は…どのようなお方でしたか?」
「そうだね。あんたとは正反対…だったね。巫女の事もあたしらの事も呼び捨てにしてさ。どちらかといえば、彼女――美朱ちゃんみたいな性格の娘だったよ」
「…そうですか…」
「七星士の宿命も簡単なものじゃないけど…あんたたちの使命も辛いものだね…。あたしから一つだけ言わせとくれ。使命には逆らわない事。あたしらの時の時空の巫女様はね、白虎の巫女と七星士の一人が愛し合ったその二人の為に命を落とした」
「……!」
「巫女と七星士が結ばれない運命だと知って…“見届ける”という使命に最後の最後で背いたのさ」
――良いか、華音。この先もお前の意思は一切必要ない――
「……それでも…愛し合った巫女様と七星士様が共に在る事は許されませんでしたか?」
太一君と昴宿の言葉が頭を駆け巡り、両の掌を握り締めてその問いを投げかける。
「許されなかった。時空の巫女の願いも届かず、それぞれの世界で生きていく道しか残されなかったんだよ」
昴宿の言葉に耳を傾けつつ茶器に注がれている茶の水面に視線を落とす。
其処には、戸惑いに揺れる自分の表情が映し出されていた。
昴宿の話を聞いた後、どうにも気分が晴れずに庭先を歩いていると、井宿が向かいから歩いてくるのが見えた。
「…お顔に…怪我でもされましたか?」
「だ…ちょっとした事故なのだ…。時々美朱ちゃんが一番強いのではと思えてならないのだが…」
時折顎を気にするように擦っている様子がある井宿に言葉をかければ、彼は華音から顔を逸らしてそうぽつりと呟いた。
だが、すぐに気を取り直したのか、笑顔の面の下の微笑を晒して華音へと手を伸ばしてくる。
「華音も休まなくていいのだ?」
「…少し気分転換をしてから休もうかと…」
「何かあったのだ?苦しそうな表情をしているように見えるのはオイラだけ――」
彼から紡がれる言葉を聞きながら一歩一歩井宿の方へ足を進めて、伸ばされる腕の中に自ら入っていった。
表情は隠したいという事もあり、彼の胸に額を押し当てて自分だけでは消化しきれない胸の内に在る質問を口にする。
「…巫女様と鬼宿様なら…奇跡を起こせると思いますか…?」
「華音?」
「…いえ。…申し訳ございませんでした、井宿様」
答えが返される前に話を切り替え、謝罪の言葉を述べる。
「謝って貰わなければならないような事を華音にされた覚えはないのだが」
背中に添えられる温もりを感じながら、小さく首を横に振った。
「私は身勝手に井宿様の優しさを拒んでばかりですのに…ですが、本当は―――…」
こんなにも彼の温もりを求めている。
言葉を皆まで口にする事が出来ず、やはり途中で言葉を切って最も伝えたかった事だけを口にする。
「井宿様がご無事で良かった…。柳宿様のように失ってしまうのではないかと考えれば考えるほど…怖くて仕方がありませんでした」
「華音が力を貸してくれたから無事に戻ってこられたのだ。ありがとう」
お礼を言われた事が素直に嬉しく、華音は更に井宿の温もりを感じるように、温かく受け止めてくれる胸に熱を帯びる頬を寄せた。