神座宝の章
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そういったおはなしでは説明頁の設置や特記事項がありますので、ご参考までにどうぞ。
当森メインの夢創作を楽しめますよう、先ずは是非、井宿さんにお名前を教えていって下さいませ
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亢宿に助けて貰い穏やかな時を磨汗村で過ごす中、巫女の身体も心の傷も少しずつではあるが落ち着きを見せ始めていた。
だが、そんな時はあくまでほんの一時にしかすぎず、村に来てから数日経った日の早朝…華音は頭に鳴り響く鈴の音で目を覚ました。
「…嘘…でしょう…っ?」
速さを伴う鼓動が感じられる胸を抑えながら、小さく言葉を落とす。
靄の中で今にも消え入りそうな朱雀七星の文字。
一つのみならず、鬼、翼、軫、張、そして井の字にもその兆候は現れる。
柳宿の時にも在った感覚…多少なりとも違いはあるが、嫌な感覚だけは酷似していた。
身体を起こしてまだ眠っている巫女が居る寝台の傍らに立ち、静かに口を開いた。
「…巫女様…あなたが得てきたものをこれ以上失わせる訳にはいきません。私が必ず…御守り致します」
彼女の髪を一撫でし、その場を離れる。
「華音さん…?」
巫女と世話になっている家から出て行こうとした華音の名を呼ぶ声。
「…亢宿様。巫女様の事をどうか宜しくお願い致します。今のあなた様になら…お任せ出来ます故に」
足だけを止めて背を向けたままに彼へ巫女の存在を託して…。
「華音さん!」
背中越しに追って来る彼の声を振り切るように、その家を後にした。
**§**
巫女と離れてからは懸命に井宿へと念を送ろうとしていた華音だったが、数時間経てども一度も彼が呼応してくる気配はなかった。
「…ッ…空間ごと閉ざされてでもいるというのっ?そのような事誰が…」
――自分以外にも空間を操れる者が居るのか。
迫る危機は嫌という程にも身体で感じ取っているというのに、なかなか根源が掴む事が出来ず、華音の気持ちは急くばかりだった。
それでも、無意識の内にも“気”は大きな力の源に引き寄せられていたのか、傍まで来ることは既に叶っていたようで、不意に流れ込んできた異様な気質を感じて、華音の足は自然とそちらへと向いた。
――……ィィン……リィ…ン………リイイィィィンッ!
鋭い程に何かを知らせようと鳴る鈴の音。
一際甲高く鳴り響いたその音が導く先には、一人の男の元で身体の自由を奪われている朱雀七星士、鬼宿の姿があった。
「…鬼…宿、様っ!!」
「っ――…華音…っ?」
「おや。あなたは…そうですか、あなたが心宿が言っていた“高貴な巫女”ですか。なるほど…これは確かに興味をそそられますねぇ。ふふふ。あなたにも良い夢を見せて差し上げましょうか?」
「何を…なさったのです。鬼宿様だけではなく、他の七星士の皆様にも何をなさいました…!」
「何と言われましても。私はただ、あの者たちが行くべき場所へと導いて差し上げただけなのですが…」
派手な化粧を施した顔に、さも愉快だと言わんばかりの笑みを浮かべて男は言葉を紡いでいく。
「巫女様が手にしてきたものをこれ以上に奪う事は私が許しません。巫女様方に手を御出しになるのなら、私を倒してからにして頂きます!」
「ククッ…面白いではないですか。そちらから持ち掛けた勝負…後悔する事になっても知りませんよ」
男の手が華音に向けられると同時に華音の身体を覆う朱色の膜。
「…何!?」
「青龍七星士様の誰であろうと…私には指一本たりとも触れる事は叶いませぬ」
華音が一歩を男の方へ踏み出すと、男は顔を歪ませてたじろぐ様子を見せた。
「…あなたに触れられないというならば…他の者に手を出せば良いだけです」
しかし、男の口元は再び笑みの形に歪み、華音から視線が外される。
「鬼宿っ…!」
「華音さん!氐宿、鬼宿さんを離せっ」
その場所に響いた二つの声。
…気づかなかった。
二人の気配が傍に在る事に気づく事が出来なかった。
「……っ…」
今度は華音が踏み出した一歩を下げる事となった。
亢宿が氐宿と呼んだ男が纏う、これ程までのとてつもなく大きな“気”を少しでも感じ取れないはずがないというのに、自分の感覚が鈍っているかのように…そう、まるで、何かに狂わされているかの如く、近くに足を運ぶまで氐宿の気配を感じ取る事が叶わなかったのだ。
自分だけならば何ら問題はないが、巫女が駆けつけたとなれば、慎重に事を運ばなければならない。
華音は相手の動きを探るように氐宿に視線を向けた。
「そんなに怖い顔で睨まないで下さい。さぁ、あなたの力とやらを見せて頂きましょうか。私は心宿が気にしているあなたの事に興味があるので、
もう手ぬるい事はそろそろ終わりにしましょう」
「…ぐ、あッ――!」
「鬼宿ぇっっ!!」
鬼宿の身体に纏わりついていただけだった氐宿の頭の飾りから伸びる穂先のようなものが、鬼宿の背を貫く。
その衝撃で鬼宿の身体が大きく傾ぎ、氐宿と鬼宿の二人の後方に広がる崖の向こうへと投げ出された。
「鬼宿っ…鬼宿っ?」
「美朱さんっ、駄目だ!気をしっかり保ってないと氐宿の術に…っ」
「巫女様…!」
華音が巫女に手を伸ばす先で、巫女に触れる事は叶わずその姿は一瞬にして掻き消える。
「…巫女、様?」
「氐宿の術です。氐宿が手にしている貝で気を取り込んで、幻覚を見せるんです」
「これで邪魔者はいなくなりました。亢宿、あなたも手を出すというのなら容赦はしませんよ。どうするのです?まさか、朱雀側につくなどという戯言を言う気ではありませんよねぇ?そこの高貴な巫女とやらを捕えなさい。あなたなら出来るでしょう?」
「俺には…そんな事…」
くっと唇を噛み締めた亢宿は、氐宿からも華音からも視線を逃れるように顔を背けた。
その様子を視界の端に収めながら、華音は氐宿の方へと今一度向き直る。
「…氐宿様。私の力をご覧になりたいと…そう御望みなのですよね?」
「えぇ、是非。私のこの貝にあなたの力を取り込んで、心宿に捧げたいものですねぇ」
北甲国の黒山で柳宿の身に危機が迫った時。
華音の存在を尾宿から護るように働いた井宿の結界は、そのまま見守れと言わんばかりに彼らの戦いが終えるその瞬間〔とき〕まで絶えず華音の身体を包み込んでいた。
だが、今はどうだろう。
氐宿の攻撃を阻む先程の一瞬で華音を覆う朱の光は消えた。
これにはどういう意味があるのか―――…。
一瞬の後にその意味を理解した華音は、ふっと口元を綻ばせる。
「…華音さん?」
「……私に全力を尽くす事が許されるのなら…それこそが私の本望にございます。巫女様と七星士様方はお返し頂きます」
両の掌を天に掲げ、頭に浮かぶ言葉を唇で紡ぐ。
「ナキヒチメホトモネラウ オノミセラレアローティヌアウネグ〔幻惑に捕えられし者 我の元へ導かん〕」
華音の手元から白く眩い光が解き放たれ、それは一筋の光となって天を駆け抜けていく。
「私の気の一部が巫女様の御心へ寄り添えば、すぐにでも巫女様はお戻りになりますでしょう。次は七星士様方です。井宿様方を何処へ御隠しになさいました?」
「クククッ……カカカカカッ!所詮、あなたの力とやらも彼女たちが私の幻惑に打ち勝てなければ意味のないものとなりますね。私が見せる幻惑は、蜜蜂が求める花の蜜のように甘いもの。与えられる甘い蜜をどう拒もうというんですかねぇ」
相手が術で操る空間の場所をそう容易に答える事はないだろう事は、十分な想定範囲内。
極力、時空を操る力を最低限に抑えたいが故の問い掛けだったが、こうなればこちらとて何もせずにいられるはずなどない。
「私が探し出してみせます。――ウルスヲイサメダラキヒコニサタウ ナクウキセラウクティーニラウチ〔偽りに創られし空間 私の力で抹消する〕」
天に向けて再び伸びゆく光は、今度は空を這うようにして朝焼けに染まり始めていた色合いを白く染めていく。
「…す…ごい…。ここまで強大な気…氐宿でも無理だ…」
「ふん。力が在る事は認めますが…これでは体力が持ちません。無駄な事を」
「……ッ…」
確かに氐宿の言う通りだった。
何処に居るかも分からない朱雀の七星士らを探すのには、果てない程の力がなければ叶うものではない。
井宿との念を繋げる事さえ出来れば、おそらく氐宿の術を破る事も可能に違いないのだが…。
「ニャアッ」
力を放出させる中、何処から現れたのか、不意に華音の足元に心配げな視線を投げかけて一匹の猫が擦り寄ってくる。
「あなた…軫宿様の猫…」
「ニャアー」
猫を見下ろしていた華音は、ふと、以前、鬼宿が人質として倶東国に捕えられた時に井宿がこの猫の力を借りて倶東の地に張られていた結界を打ち破っていた事を思い出す。
「…主様を救う為です。協力して下さいますか?」
「ニャッ?」
何をされるのか不思議そうに首を傾げる猫を抱き上げた後に、ポンっと宙にその存在を放って片手を翳した。
それと同時に、空を覆っていく光の速度も上げる。
(…井宿様…私の気を感じて下さったならば、お応え下さい…)
空を覆う光は面積をどんどん広げていくが、やはり華音の声に応える声はなかった。
上がりそうになる息を喉の奥で押し留めて力を放出し続ける華音の耳に、笛の音色が入り込んでくる。
「…華音さんの気を奪う為ではなく…華音さんに力を貸す為に僕は笛を奏でます。朱雀七星士の方々に少しでも早く気づいて頂けるように」
「亢宿、様…っ――?これ、は…!」
華音の身体に青龍の気を取り込むまいとして働き始めた朱色の力に、亢宿の青龍としての力――青色が加わる。
結界の力越しに混じり合う二つの力は紫色を発して華音へと注がれた。
そう…北甲国に辿り着く為の旅路で船を動かす原動力として、翼宿の力を貸して貰った時の感覚と同じだった。
「井宿様…井宿様!どうかお応え下さいっ。私の力が持つ間に…っ」
(……華音……)
微かに…だが、確かに届いた彼の声。
「エサミカリヒヲナクウク〔空間を開きませ〕…――開破!」
紫の光をも呑み込み、辺りを埋め尽くす程に白色の光が迸った。
「華音のお陰で助かったのだ」
程なくして、光が消え去る地に降り立った四人の者。
その内の一人は華音の傍らへと立ち、一人は、力を失い宙から地面へと見事に着地を決めて駆け寄る猫を抱き上げる。
「美朱さんも無事のようです」
井宿と軫宿の傍ら、地面に横たわる巫女の姿も現れて張宿と翼宿が安堵の息を漏らす姿も在った。
「巫女様と七星士様方は取り戻させて頂きました。どうされますか?氐宿様」
「…っく…こんな女ごときに私の力が及ばないなどとそんなはずは…っ…」
バッと二本の穂先が華音に向かって伸びてくるも、朱色の光が侵入を拒む。
「触れられぬと申しましたはずですが…井宿様の御力をあまり甘く見ない方が宜しいかと」
「…井宿の力…?」
華音の言葉に氐宿は驚きの表情を見せた後、すぐさま声を立てて笑い出す。
「なるほど、そういう事でしたか。亢宿。あなたのせいですよ」
「…え?」
「朱雀召喚の儀式を邪魔する為に、あなたが止めを刺さずに中途半端に彼女の気を狂わせたせいで、彼女は気を取り戻す為にそこの術を扱う朱雀七星の彼と交わる羽目になったのです。彼が彼女の力にでも惹かれましたかねぇ…これは面白い事を聞きました」
亢宿の困惑に揺れる瞳が華音を捉える。
それにはすかさず口を開いた。
「違います!亢宿様のせいではございません。儀式までの事は私が自分の意志で行った事…それに、井宿様とは私も納得した上で――っ」
紡ぎかけてすぐに口を噤む。
翼宿には華音が自ら井宿に助けを乞うたと告げた手前、その言葉を更に覆すような事を言えば、疑念は深くなるばかり。
それ以上は何も言えずに亢宿から視線を逸らした。
「…気を得る為の方法は他にもあった。だが、オイラも彼女も合意の上で決めた事なのだ。君のせいではない。これが“華音の気”が戻った嘘偽りのない事実なのだ」
静かに語られた言葉に、亢宿と井宿以外の七星士らが息を呑む。
「残念でしたねぇ…フフフ。存在を取り戻してもこれではあなた方が大事にする“絆”とやらも崩れる一方ではないですか。亢宿共に消し去って差し上げますよ」
「――氐、宿ーッ!兄貴に手を出すなっ!」
「っ!?すぼっ…ぐ、はッ――!」
唐突に乱入者があったかと思えば、華音たちの前で倒れ伏す氐宿の身体。
亢宿の元へ瓜二つの顔をした少年が駆け寄った。
一度だけ…一瞬ではあったが彼の姿を見かけた事がある。
そう、玄武の神座宝の情報を得る為に、鬼宿と共に行動したあの時…。
「…兄貴!」
「角宿…」
「兄貴、行こう」
「角宿っ…?」
亢宿の手を取り、角宿と呼ばれた少年は早々にこの場から立ち去ろうと亢宿を促す。
「…お前…唯様に変な事吹き込んだらたたじゃおかないからな」
通り抜け様に華音へ言葉を放ち、とてもよく似通った顔立ちの二人の少年は、一人は手を引きもう一人は手を引かれて駆け出した。
**§****§****§**
娘娘が原作で使っていた“開破”という言葉を使用させて頂きました。
それにしても…氐宿って結構な力を持っていると思うんです。
「辰」を使って時空(?)を操るわけですから、主人公の力に似ているのかなぁと。
そんな考えがあるので、“西廊国”に入ってからは特に
主人公の力が翻弄されるような形になっています。
でも“本気”を出す事が叶えば、主人公の力の方が遥かに上をいっています。
もどかしい状況がまた続くと思いますが、お付き合い頂ければと思います。