神座宝の章
おはなしを読むためのお名前変換はこちらから
おはなし箱内全共通のお名前変換「夢語ノ森」では基本、おはなしの中で主人公の娘っこの性格や年齢を書き綴っていく形にしていますが、特別設定がある場合もございます。
そういったおはなしでは説明頁の設置や特記事項がありますので、ご参考までにどうぞ。
当森メインの夢創作を楽しめますよう、先ずは是非、井宿さんにお名前を教えていって下さいませ
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
扉の前に立ち塞がっていた巨大な岩を退かし、力尽きたように崩れ落ちる彼の身体を自分の腕に抱きとめながら、華音も共に倒れこむようにして雪原の上に座り込んだ。
華音よりも身長が高いが故に、その分身体の重みはしっかりとあるというのに…。
彼の生命の灯は風前の灯の如く儚く消え入ろうとしていた。
「…ごめんねぇ…華音に酷な役目を負わせちゃってさ…。ついでにぃ…美朱への伝言、頼まれてくれる…?」
華音の瞳から零れ落ちる涙が、彼の命の血潮と混じり合い、彼の頬を伝っていく。
その様子を見つめながら、華音は必死に彼から紡がれる言葉に耳を傾けた。
「――一言たりとも違える事なく…必ず巫女様にお伝え致します…」
「ありがとう、華音…。あんたもねぇ…怖がらずに井宿と向き合いなさいな…。“想い”があれば…人は強くなれんのよ…」
「…柳…宿様…」
「………美…朱ー……私…あんたの事―――…」
固く閉ざされる瞳。
紡ぎかけた言葉が最後まで語られる事はなかった。
「…柳宿様…」
亡骸となった彼の身体を抱きしめ、遮るものがなくなり堂々とその姿を見せる荘厳な扉を涙でかすむ視界で見つめる。
この扉を開く為には、一つの尊い命が犠牲になる事が“必然”だったというのだろうか。
青龍の巫女に華音が見た真実を伝えようとした時に、華音へとかけられた太一君の力。
そして、尾宿から華音の身を護る為に働いた井宿の結界の力。
――これは華音の使命じゃない…“柳宿”の使命だって事。
神座宝へ繋がる道を切り開く事が柳宿の使命だったというのならば、その物語を見届ける事は“華音の使命”。
巫女や七星士たちが駆けつけてからは涙など見せられない。
自分の悲しみよりも、彼と深い絆を築いてきた巫女と七星士らの悲しみの方がもっともっと深いはず。
一昨日の夜に涙を流す程までに感情が昂った理由…それは此処に繋がっているような気がした。
それでも尽きない悲しみを押し込めるように、華音は手の甲で涙を拭い去る。
「…華音さん…柳宿…?」
涙が治まりをみせてから程なくして、六つの足音を聞いた華音はゆっくりと立ち上がった。
「柳宿様は…青龍七星士の方と…相打ちに…。巫女様に…遺言です。あんたはあんたらしく突っ走りなさい。あんたは誰が何と言おうと朱雀の巫女なんだから、と」
「……遺言…?何それ…嘘、だよね?」
華音の隣まで歩み寄ってきた巫女が自分と地に横たわる柳宿とを交互に見やる。
華音が巫女に何も答えずにいると、巫女は柳宿の身体に縋り付く様に膝を折った。
「…柳宿?ねぇ…華音さんと二人であたしたちを驚かそうとしてるんでしよ?もう十分驚いたよ?だから…嘘に決まってんじゃないって笑って言ってよっ…!ねぇ、柳宿…柳宿っ!!」
「……お、前…っ」
不意にザクザクと荒々しく雪を踏みしめる音がし、一瞬の後にはぐっと肩を掴まれて身体の向きを変えさえられ、更には胸倉を掴まれる。
どんっと華音の背にゴツゴツとした岩肌が触れた。
「翼宿…っ!」
「じゃかわしぃ!井宿、おのれは黙っとれ!」
華音を見つめる鋭い瞳。
彼の瞳に宿るのは、悲しみを上回るほどの激しい怒りの感情。
「…こうなる事分かっとったんやろ?女に手荒な真似するんは嫌やねんけど、もうどうにも我慢ならんのじゃッ…っ。華音…お前、柳宿の傍に居る言うたよな。傍に居って見殺しにしたんかっ?
お前には俺の炎も七星士〔みんな〕の力も跳ね除けるくらいの力があるやろ!?何で助けられんかったん?なぁ、答えろや、華音!」
「柳宿の前だ、やめろ翼宿!」
制しようとする井宿を振り切る勢いで、彼は顔だけをそちらに振り返らせる。
「井宿、お前も華音に誑かされとんのとちゃうか!?華音はどうやってあの時――っ……、…っくそ…」
翼宿は吐き出しかけた言葉を呑み込むようにして、ギリッ…と唇を噛んだ。
華音の胸倉を掴んでいた手からは力が抜け、下に降ろされる。
「私には未来を確実に予知する力まではございません。ですが、翼宿様の仰るとおり私はただ見ているだけでした。…翼宿様が正しいのです。当然の感情にございます。
青龍七星士、亢宿様の存在を隠していた際も、本来なら責められて然るべき事を…それだけの事を私は致しました。ですので、私をどれだけ恨もうと…私にどれだけ激しい怒りをぶつけようと何をして頂いて構いません。私はそれを全て受け入れます」
華音は己の意思を少しでも伝えようと、翼宿から視線を逸らさず、真っ直ぐに見つめる。
「私を疑えども、井宿様の事は信じる…それで宜しいのです。翼宿様は何処までも正しい。何一つ間違っておりませぬ」
「…っ」
息を呑み、先に華音から視線を逸らしたのは翼宿だった。
「…あの時。私の気が戻るほどの気を分けて欲しいと、私が自ら井宿様に助けを乞いました。井宿様は必死に縋りつく私に情けをかけて下さっただけにございます」
「華音…?何を――」
「井宿様はお優しい方ですから。その井宿様の優しさに付け込んだのは私の方です」
自分の事で仲間の絆に綻びを生じさせてはいけない。
仲間の間で小さな疑念さえも抱かぬよう、放った言葉。
柳宿の事もあり、笑う場ではないはずなのに、何故か笑みが零れた。
自分を嘲笑う為のものか…それとも、泣く事ができないのならば笑うしかないといった感情の表れからくるものなのか、それは華音にも分からなかった。
巫女と七星士から一人離れて、青龍七星士の尾宿の姿を視界の隅に置ける場所に佇む。
今ではそうする事が癖になってしまっているかのように、華音の心持ちとは裏腹に青く澄み切った空を仰いだ。
――私は……朱雀の星の傍らで…あなたの傍で…ずっとあなたの事を見守りましょう…――
――華音と離れても、真白はいつでも華音の事を思ってるね――
「…大尼様……真白…」
小さな声で紡いだ二つの名は、冷気と静寂が息づく空気の中に吸い込まれていった。
**§**
“生命在ったものの死”。
柳宿と共に命を散らしたその存在を、完全に無視してしまう事もどうしても出来ず…。
巫女と七星士らが柳宿を弔い、前に進む為にも神座宝を求めて扉の先へと消えていった様子があった後、しばらくの刻が経ってから、華音は静かに青龍七星士の彼の元へ歩み寄った。
彼が柳宿の身体を貫いた手先の方は、さすがに嫌悪する気持ちも込み上げてきて、やや視線を背け気味に尾宿の頭上辺りに向けて掌を翳す。
だが、屈ませかけていた身体はすぐさま起こす事となった。
ふっ…と、付近の大気が微かに揺れたように感じ、咄嗟に見下ろしていた存在から距離を取る。
「…っ!」
雪原に倒れ伏していた尾宿の姿が変化を遂げる。
一匹の狼の姿となったそれは、ゆらりと四本の足で立ち上がった。
華音の瞳と獣の瞳とが宙で交わったが、狼は華音には興味がないといったように扉がある方へと歩む。
何処か覚束ない足取りでもある狼の後を華音も追いかけた。
柳宿の星の字が消え行くのと入れ替わるように浮かんでいた“狼”の文字。
華音の中で狼と神座宝が繋がり、華音は開かれている扉の前へ立ちはだかった。
「…グルルルルー…」
牙を剥き、華音を威嚇する狼。
「…華音…さん…?」
後方から自分の名を呼ぶ声がした。
「ガウッ…!」
狼が地を蹴る。
華音は一つの賭けに出た。
その場で両腕を広げて微動だにする事なく、事が為されるままに身を任せる。
姿は違えども、“尾宿”も華音に向かいくるのはこれで二度目。
真正面から来るのではなく、狼は華音の頭上すれすれの位置を飛んだ。
「…あっ…?…え…?」
一瞬、何が起こったのか分からないという声が巫女の唇から漏れる。
華音の傍らに降り立った狼の口には、上品な造りの首飾りが銜えられていた。
「神…座、宝…っ!」
華音の脇を通り抜けて駆け出す巫女。
「美朱…!」
巫女を追っていく鬼宿。
「…今のは一体…」
「あの一瞬で…井宿さんが華音さんに結界を張ったんですか…?」
腕を下ろし、ぎゅっと掌を握り締める。
――思った通りだ。
尾宿が頭上を通り過ぎる瞬間に華音の身体は朱色の光に護られた。
それがなければ、きっと尾宿の爪の切っ先が華音を掠めていた事だろう。
「…私…は……お二方を追います…」
柳宿の存在を護る事も叶わなければ、巫女が手に入れた神座宝も護れず…。
自分に疑念を抱いている翼宿とも距離を置くべきか。
物語を見届けるという使命が与えられている華音には、選択する道はきっと一つしかない。
一歩…二歩―――…。
三歩目に雪の積もる大地を踏みしめた時には、華音の足は駆け出していた。
「…華音…!」
雑木林に入りかけた所で引き止められる。
引かれた手は相手に預けたままで搾り出すように言葉を紡いだ。
「私に…何をなさいましたか、井宿様…。離れていても危機を察知して力が働くほどの結界です。よほどの力を私に注ぎ込まなければそれも叶わぬでしょう。此の地に辿り着くまでの船の上でも…私に結界は張らずに皆様の気だけを送り込んでいたのですか?」
「余計な事かとも思いはしたのだが…。その方がより確実に華音の事を護れると思ったのだ」
「あなた様の負担が大き過ぎます…井宿様が御護りしなければならないのは巫女様でございましょう?私の事など――」
「華音っ」
翼宿の時のように…けれど、翼宿とはまるで異なる彼の行動。
腕を手荒く掴まれ、すぐ傍らに立っていた木と彼の身体とに身体を囲われた。
華音を見つめてくる一つしか存在しないその瞳には熱い感情が揺らめく。
「勿論、七星士としての役目はしっかりと果たす。だが、それ以上に…俺は……俺はっ――」
顔を逸らし伏せられる瞳。
彼の手の力が緩んだタイミングを見計らい、華音は口早に一つの言葉を唱える。
「エサミヒサゾトウナクウク〔空間を閉ざしませ〕」
「…華音!」
「…井宿様は巫女様とお仲間の方の事だけをお考え下さいませ」
「華音!」
自ら井宿と自分との間を隔てた空間。
名を呼ぶ声にも振り返らない。
巫女と鬼宿が消えていった方向だけを目指し、再び駆け出した。
**§**
彼女が作り出した見えない壁は、彼女との力の差を井宿に突きつける。
「…華音…っ」
翼宿に微笑〔びしょう〕を向けていた彼女。
還らぬ人となった柳宿の魂を送る間、一人空を見上げていた彼女。
自分たちの前では涙を見せずとも、どちらの彼女もきっと心では泣いていた。
宿屋で独り涙を流していたあの時のように。
「……華音…俺は…一人の男として君を…護りたいのだ……」
先程彼女に紡ぎかけていた言葉を小さくなる背中に向けて放つ。
朱雀の仲間との絆は少しずつ築けても…。
彼女との心の距離は、近づいたように思えて容易に離れていってしまう。
「…心を寄せた者は…何故俺から離れていく…?教えてくれ…飛皋…香蘭……」
華音が生み出した膜に支えられるようにして背を預け、ずるりと座り込む。
雪の冷たさが身体を伝わり、井宿の心を凍てつかせた。
もしかしたら…。
自分に答えをくれたかもしれない仲間の彼も…もうこの世からいなくなってしまった。
答えのない問いは、井宿の中で何度も何度も駆け巡り続けた―――…。
**§****§****§**
翼宿ファンの方…申し訳ありません!(土下座)
女性に手荒な事するのは彼じゃないっ
…なんて、石は投げないでやって下さいませ。
これは、主人公を含めた皆がいつか突き当たる“壁”です。
主人公の存在について。
井宿は皆よりも知っている部分が多いので、
最初から主人公の事を受け入れていますが…。
他の皆は主人公の使命というものを知りません。
なので、主人公の行動には少なからず疑念を抱くのではないかと。
素直な感情のままに動く翼宿に、その重大な役を担って貰いました。
そして重要な事がもう一つ。
元より在る“力”と、井宿に授けられた“結界”で主人公は最強となりましたね。
間違いなく、うちの娘っこたちの中では一番かと(笑)
次回は、別行動にてお話が進んでいきます。