神座宝の章
おはなしを読むためのお名前変換はこちらから
おはなし箱内全共通のお名前変換「夢語ノ森」では基本、おはなしの中で主人公の娘っこの性格や年齢を書き綴っていく形にしていますが、特別設定がある場合もございます。
そういったおはなしでは説明頁の設置や特記事項がありますので、ご参考までにどうぞ。
当森メインの夢創作を楽しめますよう、先ずは是非、井宿さんにお名前を教えていって下さいませ
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「張宿様。巫女様たちと合流できた後に、北甲国への道案内をお願いしても宜しいでしょうか」
「はい。それは構いませんが…」
「華音…北甲国まで船を動かすつもりなのだ?」
「あの雲を消失させる事が出来れば一番良いのですが、残念ながらそれは無理かと思われます。出来る限り…私に任せては頂けませんか?」
じっと思いを伝えるように彼を見つめる。
井宿もまた、華音の事を見つめ返してきていたが、やがてふぅ…と短い息を吐いた。
「分かったのだ」
ただ一言だけ、了承の返答をし井宿は頷いた。
「ありがとうございます」
華音の身体を通して船へ気を循環させているが故に、今の体勢からあまり身体を動かす事は出来なかったが、会釈程度に頭を下げる。
ふわり…。
そんな華音の肩に、井宿がいつも身に着けている袈裟が掛けられた。
「オイラの気が込もってる…少しは雨避けにもなるのだ?」
「…はい…十分にございます」
温もりを得るように袈裟に片手を添える。
「軫宿、翼宿…オイラも手伝うのだ」
井宿が離れて行った事により、張宿と二人の空間となる。
船に乗ってからは特に、彼と居る時間が多いように思えた。
願ってもない事だ。
顔を合わせたばかりの彼と少しでも多くの時間を共有出来る事は、華音としても嬉しい。
「…張宿様。先程のお話をもう少し詳しくしても宜しいですか?」
「あ、はい」
「地図は頭に入っていらっしゃいますか?」
「はい。予想しながら…ですけど、此処ら辺りからの道も何とか北甲国に繋がりそうです。華音さんのお蔭で船も下手に流されずに済みましたから」
張宿の笑みにつられて、華音からも自然と笑みが零れていく。
「少しでもお役に立てているのなら光栄にございます。張宿様には頭に地図を思い浮かべて頂ければ、後は私が道順に沿って船を動かします」
「…お身体は大丈夫ですか?」
きっと井宿も聞きたかったであろう問いを張宿に投げかけられ、ゆったりと流れ行く景色へ視線を向けながら素直に答える。
「……そこが重要ですね。私の力で何処まで行けますでしょうか…」
そこまで言葉を紡ぎ、一度言葉を切った。
「船を止めます。この先は張宿様のお力添えを宜しくお願い致します」
張宿への答えはうやむやのまま、華音の試みが本格的に始まりを見せた。
**§**
巫女、鬼宿、柳宿の三人も無事に船上へ戻ってきてから、大分距離は稼いだように思う。
それでも、張宿から伝わり来る情報によると、北甲国への道のりはまだまだ残っているようだ。
「…左…45度…」
息が上がる。
雨に混じり、汗も肌に滴り落ちていく。
張宿に傍らに居てもらいながら皆にも見守られる中で、どうにかして最後まで乗り切る方法はないかと思考を巡らせる。
船上をゆっくりと見渡し、ふと、あるものに視線が止まった。
「…翼宿様…」
「…何や?」
「私一人の力では、さすがにこの船を動かし続ける事は難しくなってきました。あなた様の炎を船の原動力として注ぎ込んで下さいませんか?」
「…難しい事はよぅ分からん…どうすればええん?」
「……船にではなく、出来る事ならば私に炎を向けて頂きたいのですが…そうですね。七星士様のお力を受けても、私が自身の身を護りきれる程の気を纏う事は今の状態では難しい事かもしれません」
提案をしかけて行き詰った答えに瞳を伏せる。
「…翼宿の炎を吸収出来るように、オイラも華音に結界を施しながら力を注ぐのだ。それならば問題はないのだ?」
「ですが…それでは井宿様への負担が…」
「それは華音も同じ事なのだ。異論は認めない」
仮面を取り払った上でそこまで言われてしまっては、何も言う事は出来なかった。
「あと、オイラだけじゃなく、張宿と翼宿以外の皆の気も送り込む。その方がきっと早いのだ。朱雀の者の気だし、オイラの気を通せば華音の気を乱す事もないはず」
「…分かりました。受け止める全ての力を船を動かす為のエネルギーに変えます」
強い意志を抱いて頷く。
シャンッ―――…。
井宿が手にする錫杖が、音を響かせて甲板上に垂直に立てられる。
「鬼宿、柳宿、軫宿。それに美朱も。オイラに気を」
井宿の後方、名を呼ばれた四人が頷き目を閉じた。
程なくして華音の身体を包む朱色の光。
集結された大きな力を感じ取り、翼宿に向けて言葉を放つ。
「張宿様は私から少し離れていて下さい。翼宿様、私に向けて炎を御放ち下さいませ。炎は絶やさぬようお願い致します」
「ほんまにええんやな?」
「はい、大丈夫です」
「ほならいくよって!烈火神焔!」
七星士の力はとても偉大だ。
たちまちに漲るエネルギーに、華音はその事を実感した。
身体から伝わらせていく気を少し船に流し込むだけで、風を感じる程に船は押し進む。
「この速さで船を進めます。張宿様、北甲国までの時間も計算出来ますか?場合によっては、短縮させる事も考えます」
「…今の船の速さであれば、一時間もかからないと思います」
「…小一時間、ですか…」
華音は張宿の言葉に耳を傾けつつ、巫女と七星士たちに視線を向ける。
雷雨という天候も相まって、体力の消耗は激しいはず…。
自分とて、朱雀召喚の儀式の時がそうだったように、最後に倒れるわけにはいかない。
可能な限り、体力を削る事は避けたいところだった。
「……皆様。少々手荒になりますが、どうか少しの間ご辛抱を」
船へ流す気の量を増やし、船の速度を上げる。
「華音さん…これなら、半分ほどまでに時間を抑えられるかと…」
速度が変化したが故に、改めて時間を割り出してくれた張宿に頷いてみせた。
それから数十分。
漸く目前に港が見えて来た頃には、船の上空を覆っていた雷雲は次第に消失していった。
船に気を送る必要がなくなったと判断して、自身の身体だけに気を集中させる。
パンッ!と小気味良い音を響かせ、華音の身体を纏っていた朱色の光も炎も一瞬にして空気中に散っていった。
「…美朱と七星士五人分の力を一瞬にして跳ね除けた…」
「……井宿…様…」
華音自身も意識していない所で、呟きを漏らした声の主の名が口から滑り出ていった。
名を呼んだだけで華音が求めている事を察したのか、華音の元まで歩み寄ってきて座っていた場所から抱き下ろされる身体。
「気が…まだ定まっていないのだ?」
彼に凭れかかる形で身を預けながら、耳元で紡がれた言葉に答える。
「…井宿様の気も…大きなものなので、いつものようにはいきませんでした…。申し訳…ございません…」
華音の中に存在している二つの気。
いずれは華音の気へ馴染んでいくのだろうが、今はまだ大小ながらもそれぞれの気が主張しあうように在り、力を解いた瞬間に疲労感に支配された。
「港に入るまでの間だけでも休むのだ」
井宿から身体を離し、皆に向き直る。
「皆様のお力添えがあったお蔭で、身体を酷使せずに済みました。ありがとうございました」
「華音を少し休ませてくるのだ」
身体を支えるように肩を抱かれて、井宿と二人で甲板を歩いていく。
「…あの二人の関係ってどうなってるんだろ。想い合ってる…わけでもないのかな…」
「親密な様で、でもなーんかよそよそしいわよねぇ」
「大人な関係って感じだよな…?二人にしか分からない何かがあるってゆーかよ」
「…え?は、はい。そう…ですね」
「鬼宿。張宿に振ってどうするんだ…」
「ニャア…」
「……なぁ、俺、ずっと気になっとんねん…。華音はどうやって回復しよったん?…皇帝はんが、華音が居る部屋に近づいたらあかんゆーてた日…あの時に何かあったんやろか……」
「…翼宿。あんた、絶ーっ対にあの二人の前でその話は出すんじゃないわよ?禁句よ、禁句っ」
「………」
柳宿から返ってくる言葉に耳を傾ける翼宿の視線は、二人の姿が甲板上から消えても猶、その空間に注がれ続けていた。
華音と井宿が居ない所で二人の関係が囁かれていた事…それは、華音はおろか、井宿でさえも一生知り得ない事であった。
**§**
完全に港へと入ってはしまわずに、入港口から少し外れた場所で船をつけ北甲の大地へ降り立った。
「今日はこの近くで宿を取った方が良いと思うのだ」
井宿から上がった今後の予定については皆が賛成の意を示す。
共に乗船していた紅南国の兵士や女官たちが帰路についた様子を見送った後、港の傍を通り、街の方に向かい始めた途中で巫女の足がピタリと止まった。
「…どうした?美朱」
巫女の隣で鬼宿が首を傾げる。
「…何か…動物の遠吠えみたいなの聞こえなかった?」
「そうか?俺は何も聞こえなかったけど…」
「…華音さんは…?」
「私も特には――」
不安の入り混じる表情で自分にも問い掛けてくる巫女に答えかけてはっとする。
――……リ…ィ…ン…。
巫女が感じている事を華音も感じ取るかのように…だが、意識しなければ聞き逃してしまいそうな程の微かな音で鈴が鳴った。
「…華音さん?」
頭の中に浮かび上がるのではなく、白い靄に消えていく“柳”の文字。
それに伴い、ゆら…と巫女の傍に在る彼の姿が蜃気楼のように揺らめいたような気がした。
「…柳…宿様っ…」
咄嗟に彼の腕へ手を触れてその存在を掴む。
「なぁにー?華音まで。おかしな娘〔こ〕たちね。女子組は疲れてんじゃなーい?って、いっけなーい、あたしも心は乙女だったわぁ」
彼へと触れている側だったのが、一瞬にして抱きしめられる側となった。
彼は確かに此処に存在している。
初めてこれ程にも近くで触れ合い、仕草や見た目は女性のそれであっても身体には逞しさも備わっているのだという事に気付いた。
「やだ、華音の身体冷えてるじゃない。確かに此処に来てから冷えるわよねぇ。井宿にでも温めてもらいなさいな」
あたしじゃ役不足ね…と華音から離れていく柳宿。
「美朱もー、ぎゅっとしてあげましょうか~?」
「…え、い、いいよっ、子供じゃないし…!」
「たまちゃんがいるからって遠慮しなくていいのよぉ?女同士の抱擁って事にしとけば問題ないじゃない?」
「オカマは潮時なんじゃなかったのっ?」
柳宿と巫女のやり取りが始まったのを微動だにもせずに見ていた華音に、一度は持ち主へと戻った袈裟が再びかけられる。
「…大丈夫なのだ?」
「……本当に…疲れているだけなのかもしれません」
柳宿とのやり取りをする内に巫女の気持ちも和らいだのか、その顔には普段どおりの表情が戻っていた。
華音も初めて抱く感覚ばかりな故に、疲労があるだけなのかもしれない、と、そう思う事にした。
**§****§****§**
読んでの通り、お話の進行の都合上、原作より大幅に場面をカットして北甲国へと入りました。
皆様、お話の展開についてきて下さっておりますでしょうか?
更新をする度に心配になっている小心者の管理人です(笑)
さて。以下は張宿との会話を盛り込んでみます。
主人公がどうやって船を動かしているのか…種明かしです(手品かっ!)
興味がある方はどうぞ↓
「華音さんっ!あんなに大きな船をどうやって動かしているんでしょう!?すごく気になりますっ…教えて下さい!」
「単純なからくりです。私の気を船に流す事で船だけを一つの空間とし取り込み、その空間ごと力で操っています」
「なるほど。だから華音さんは、なるべく多くの面積で船に触れていたんですね」
「ご名答です、張宿様」