出逢い編・中篇
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そういったおはなしでは説明頁の設置や特記事項がありますので、ご参考までにどうぞ。
当森メインの夢創作を楽しめますよう、先ずは是非、井宿さんにお名前を教えていって下さいませ
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事が起こったのは、華音の意識が戻ってから翌日の事だった。
「…お願いですっ、華音ちゃんに会わせて下さい。少しだけ話をさせて下さい、お願いします」
病室の外から聞こえてくる切実な程の声。
「申し訳ないけれど、意識は戻っていても華音は今、面会出来ないのよ…」
“少し一人で考えたい”という華音の意思を尊重して、表向きは面会謝絶という形を取って貰っている中での訪問客。
声には聞き覚えがあった。
間違えようもない、それは夕城美朱のものだった。
母が必死に対応してくれているものの、彼女が引き下がる様子はない。
「井宿…――芳幸さんの身に危険が迫ってるんです。彼女の事を知っているのは、華音ちゃんしか居ないから…お願いします。何かしらの情報が欲しい状況なんです」
「…何かあったみたいだけど。どうするの、華音」
只ならぬ様子の美朱のその言葉に、愛羅が華音に返答を求める。
一瞬だけ迷ったものの、事態は決して穏やかではないと理解して、愛羅に頷いて答えた。
それを肯定の意味として汲み取った愛羅は、扉の方まで歩んでいき、外に居るであろう美朱に声を掛ける。
「どうぞ、お入りになって」
愛羅に誘われて、美朱が病室へと入ってくる。
その後に続いて唯の姿もあった。
華音が横になるベットの傍らまで来た二人は、少しほっとしたように安堵の息を小さく漏らし、美朱から口を開く。
「会ってくれてありがとう、華音ちゃん。お願い、茉莉奈さんの事教えて。…こんな事考えたくないけど、最悪、井宿の命に関わる事かもしれないの」
「…どういう事?」
美朱に代わり、今度は唯が今起こっている状況を簡潔に纏めて説明してくれる。
「華音の事もあって、茉莉奈さんの事を一人で探っていた芳幸さんから、一時間前くらいに一度事務所に連絡があったんだけど。それっきり連絡がつかないのよ。
芳幸さんからの電話を取った花娟さんは、明らかに様子がおかしかったって言っているし。でも、あたしたち、茉莉奈さんに関しては依頼者としての情報しか分からないから、
華音に聞いてみようって話になって、あたしと美朱が来たんだ。他の皆は、今もあらゆる方法で茉莉奈さんの足取りを掴もうとして必死になってる」
「茉莉奈さんが行きそうな場所分かったりしない…かな?」
「…お姉ちゃん、先生呼んで来て」
「華音?あなたまさか…」
「私も行く」
二人の話を聞く中で、華音の意志は固まっていた。
身体に力を込めて上半身を起こす。
倒れそうになる身体を必死に支えた。
「華音、先生に絶対安静だって言われたでしょう?」
「お姉ちゃん…お願い」
愛羅の瞳を射るように見つめると、言葉なく病室を出て行く愛羅。
愛羅が戻ってくるまでの間に、ベットから下りる事を試みる。
途中、母にも止められたが、それに構う事無く華音は床に足を付けて立つ。
そこまでするのに大分時間を要した為に、美朱と唯の傍らに立つまでには、担当医が部屋まで入ってきていた。
「…先生、外出許可を下さい…」
華音の前で歩みを止めた担当医を見上げて、願いを口にする。
「今、無茶をすれば悪化するのは目に見えている。医者として許可出来るわけがない」
「私が行かなくちゃ…大切な人なの。お願いします」
「駄目だ。どのみち、そんな身体の状態じゃ何もできないだろ?ただ体調を悪化させに行くようなものじゃないか」
「私は身体を理由に逃げたくないのっ…私の想いは自分で守るんだから…っ」
「…私からもお願いします。行かせてあげて下さいませんか?妹のその後の体調のフォローは私がしますので」
愛羅も華音の隣で頭を下げる。
担当医は眉間に皺を寄せ、そこに指を当てながらしばし思考を巡らせている様だった。
はぁ、と一つ深い溜め息を漏らした後、渋々ながら言葉を紡いだ。
「…一時間半だ。それ以上は何が何でも連れ戻して貰うぞ。あとは…。君が此処に運ばれてきた時に付いていた、医療の知識を持ち合わせているあの青年が必ず一緒に居る事が条件だ」
「…ありがとうございます…」
「いいか、くれぐれも身体は冷やすなよ」
「…はい」
す…と、担当医に頷いてみせる華音に差し出される着替えの一式。
「これが一番暖かく出来る服装よ」
「ありがとう…お母さん」
母からそれらを受け取り、担当医が病室から出て行くのを確認してから、姉にも手伝ってもらい着替えを済ませた。
「この後、あたしたちは合流するつもりでいたから、もう五分くらいしたら、哲也さんが皆と一緒に病院に来てくれる事になってるんだ」
唯が時計を確認して段取りを華音に話す。
リミットは一時間半。
少しの時間も無駄には出来ない。
この五分の間で、茉莉奈が行きそうな場所に目星をつけておかなければ…。
華音は、数年間ずっと胸の奥に仕舞ってきた、茉莉奈と過ごした記憶を懸命に呼び起こした。
**§**
「…ゴホッ……ケホン…っ…」
車の最奥部座席に身を横たわらせて、華音は先程から気を抜けば薄れそうになる意識を繋ぎ止める事に集中していた。
思っていた以上に、今の身体の状態で車で移動する事はつらく感じていた。
だが、担当医の反対を押し切り、説得してまでついてくる事に決めたのだから、弱音など吐いてはいられない。
「熱が上がってきたな…」
「…お手数かけて…すみません…」
華音が頭を置くすぐ横で座する寿一が、華音の額に手をやりつつ眉を顰めるのが見えた。
「俺の事は気にするな。けど、華音…お前は相当つらいだろ。寒くないか?」
「…少しだけ…」
そう答えた華音にかけられる、大判のひざ掛け。
やはり、ついてくるべきではなかったのだろうか。
病院を出てきてから30分程車に乗ってはいるが、早くもこんな状態で…。
結局、誰かに迷惑をかけなければ、自分の芳幸への想いを守る事さえも満足に出来ない。
何処までも体の弱い自分が情けなくて、唇を噛み締める。
「……皆さんに…ご迷惑しかかけられなくて…すみません…」
「…――井宿が、な。華音と付き合い始めてから、良く俺の所に来るんだ」
どうにも居た堪れなくなり、謝罪の言葉を途切れ途切れに紡ぐと、寿一が静かに話し始める。
「華音の苦しさを分かってやる事は出来ないから、せめて、華音の身体に起こりうる可能性がある症状と対処法を分かる限りで教えてくれって」
寿一の言葉に、思わず顔を上げる。
そんな華音には、寿一は優しい微笑を浮かべて言葉を続けた。
「身体が弱い事なんて理由にならないくらい、井宿にとって華音は大切な存在なんだ。井宿だけじゃない。俺も…俺たち皆、華音という人間が好きだから、華音との関わりを持っていたいと思うんだ」
「華音が一緒に行くって言った時、あたし感心したくらいなんだから」
「そうそう!誰にでも出来る事じゃないよ、こんな事」
寿一に続いて、唯と美朱もこちらに顔を向けて言葉を紡ぐ。
「健気でつい応援したくなってしまうんじゃ」
「柳宿さんがいたら、健気という言葉が翼宿さんから聞けるなんて…とか何とか言っていそうですね」
「張宿…お前も言うようになったやないか。柳宿は星宿様と留守番やからなぁ」
「バイトも熱心だし。華音が掃除してくれたとこってすぐ分かるよな、ピッカピカでさっ」
「…ちょっと、魏?それって、あたしの掃除は雑だって言いたいの?」
「い、いや、そういう意味じゃあ…」
「美朱まで…やめなさいったら」
唯や美朱だけに留まらず、皆の言葉に…広がってゆく会話に、涙が零れる。
「…あんまり泣くと、余計に身体がつらくなるぞ。程ほどにしておけ」
華音の頭に寿一の左手が添えられると、不思議なもので、自然と心が落ち着いていった。
「――華音ちゃん、良くやった!ビンゴだっ。風景に似合わず、いかにも怪しい車発ー見っ!」
「ほんと!?哲也さんっ」
不意に運転席から声が上がり、皆が一斉に身を乗り出すようにして窓から車の外を見る。
華音も深呼吸を三度ほど繰り返してから、身体を起こした。
一瞬、視界が揺らいで前のめりになり掛けた身体を、寿一に支えられる。
「…大丈夫か?」
「少し眩暈を感じただけ…もう大丈夫です」
茉莉奈と過ごした記憶の中で、思い当たる場所が一つだけあった。
茉莉奈が自由に出入り出来て、人気は少ない場所。
そして、そう遠くはない距離で、尚且つ車で移動できる範囲内の場所。
『華音は夏休みになったら何処かに出かけるの?私はね、市外から離れた田舎にある別荘まで毎年行く事が恒例なの』
『茉莉奈が田舎って…上手く想像できない…』
『あら、そう?私、これでも街中よりも田舎の方が好きだったりするのよ?そう言う華音はどうなのかしら?』
『私もどちらかといえば、田舎の方が好きかも』
『まぁ、偶然ね』
彼女とは、他愛無い会話で笑い合った日々も確かに存在していた。
――…こんな事考えたくないけど、最悪、井宿の命に関わる事かもしれないの――
病室で聞いた美朱の言葉が思い出される。
いくら何でも、彼女はそこまでするような人間ではないと、そう信じたい。
「田舎の別荘なら、そう数がある訳じゃないからな。そこんとこは救いだった」
車をその場所から近からず遠からずの程よい位置に停めた運転手――梶原哲也が、ふぃーと息を吐くと共に再び口を開いた。
素煇などは早速手際よく計画を立てていく。
「なるべく少人数の方が良いと思うので、僕は美朱さん唯さんと待機という形で残ります。華音さん、軫宿さん、翼宿さん、鬼宿さんの四人でお願い出来ますか?」
「おぅ、任せぃ!いっちょやったるわ!」
「最近、出番が少なかったから久し振りに腕がなるぜ」
「張り切るのは構いませんが、今回、鬼宿さんたちはサポート役なので、派手な活躍は控えて下さいね」
「分かってるって」
ふふんっと笑い、素煇に向かってVサインを送っている魏の姿が見える。
「建物の見取り図とかがないので、行き当たりばったりで行くしかありませんが…。くれぐれも気をつけて行ってきて下さい」
「…華音。井宿を見つけるまでは歩かずに体力温存しておけ。それで良いな?」
こればかりは譲らないぞ、と言わんばかりの寿一の視線に、華音は首を縦に振って答えた。
~あとがき~
只管にシリアス展開で繰り広げられました、中篇。
大丈夫、苦しい事の後には幸せが待っているはず…。
頑張って乗り切るのだ、娘(主人公の事を指しています)よ!(笑)
何故こうも、うちの娘っこさんは倒れてばかりなのか。
物語って不思議ですね。
執筆していると、いつの間にか、自分自身の願望が本当に反映されてしまって…。
管理人、リアルでは嬉しくも悲しくも、どういうわけかタフな方なのです。
タフとは言っても、頭痛もちだったり、お腹が妙に弱かったり、貧血なんかも多少なりともあったりしますが。
いずれにしても、一時の事で、寝込むまでではないのですよ。
風邪も熱がほとんど出ないタイプでして、まぁ、その分、喉の痛みなどの症状は地味ーに長引きますが、一年に二度、引くか引かないかなので。
いえ、ね。
比較的健康体なのは、とても有難い事だと分かってはいるんです。
それでも、やっぱりたまにはか弱く倒れたりしてみたいなぁ、という思いが何処かであるわけです。
しかも!
井宿さんに色々と介抱して貰えたらっ…素敵過ぎるじゃないですかっ。
これ以上は暴走しかねないので、多くは語りませんが…。
そんな訳もあり、夢小説の主人公である娘っこさんに、管理人の密かな願いを託していたりします。
気分害された方がいらっしゃいましたら申し訳ありません。
余談をだらだらと書いてしまいましたが、引き続き、後篇もお付き合い頂ければ幸いです。
※物語で取り上げている症状や対処法などは、実際とは異なる部分があります。ご了承下さい。
―管理人*響夜月 華音―