出逢い編・中篇
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「わぁ…一雨来そうだね」
「早く帰ろっ…」
昇降口で雲行きが怪しい空を見上げていた華音の隣を、二人の女生徒が駆け抜けていく。
今週は試験期間だった事もあり、テストの最終日である今日も含め、学校は半日で終了した。
試験から解放された今日は、このままの足でバイトに向かう予定だった。
華音も雨が降らぬ内に、と足早に校門を潜る。
だが、そこには思わぬ待ち人が居て、華音の足はピタリと止まった。
「華音。あんたに話があるのだけど。時間、取ってくれるわよね?」
「…私…急ぐからっ…」
彼女の前を通り過ぎて歩き出そうとした華音の手を、ぐいっと掴まれる。
「いいのかしら?あんたにも関係する事よ」
視線で圧力をかけられては、さすがに逃れる事は出来なかった。
重い足取りで彼女に誘われるがままに行き着いたのは、人気のない裏門の前。
そこまで来て、掴んでいた華音の手を離した彼女――茉莉奈は、華音に向き直るや否や口を開いた。
「あんた、沢井さんとお付き合いしているの?」
ドクン…と、鼓動が高く跳ねる。
「…どう…して…それを…」
「一週間前くらいだったかしら、あんたと沢井さんが仲良さそうに歩いているのを見掛けたのよ。何となくピンときたわ」
「……っ…」
見られてしまっていた。
よりにもよって、一番知られたくない彼女に。
震え出しそうになる身体を、掌を握り締める事でどうにか抑える事が叶った。
「ねぇ…。私も実は沢井さんの事を好きになってしまったのよ。優しくて好い人よね?カッコいいし。私だけには何だか、少し冷たい気もするけれど。でも、そこもまた良いかな、なんて」
あれから、依頼の関係で茉莉奈が度々探偵事務所に足を運んでいた事は、華音も知っていた。
所長の賁絽が気遣って裏方に回してくれた事もあり、顔を合わせずに済んではいたが…。
まさか、芳幸に関係する事で、彼女との関わりが廻ってくる事など、思いもしなかった。
「だから、ね?譲ってくれないかしら、私に彼を」
「…譲って、って…そんな…簡単に…」
ガシャン!
茉莉奈が華音の後方にあった金網に手をかけて、華音に詰め寄ってくる。
四年前の記憶の中の彼女と、今、目の前に居る茉莉奈の姿が重なる。
「そんな口答えがあんたに出来るの?身体が弱い華音よりも、私の方が沢井さんを幸せに出来るに決まっているでしょう?」
「…っ」
――何も…言い返せなかった。
あの時も今も…茉莉奈は華音の心の奥を的確に捉える。
心の奥で不安に思っていた事をそっくりそのまま、彼女に突きつけられた。
彼が与えてくれる優しさに、結局は甘えている自分がいる。
心の何処かで、その甘えを相手は許してくれる…と少しでも安心している自分がいる。
そんな自分の考えを見透かしたかの如く、茉莉奈はふっ…と笑みを漏らしながら、言葉を続けた。
「あら嫌だ、図星?」
彼女の事をそのまま直視している事が出来なくなり、自分から視線を地面へと背ける。
「それなら話が早いわよね?私、一歩も引かないから。それを言いたかっただけ。じゃあね」
彼女が去っていく後姿を見つめながら、力が入らなくなった膝を地面に着いてその場に座り込む。
ポツポツ―――…と、とうとう雨が降り出すと同時に、雨粒に混じって華音の瞳からも雫が溢れ出し、頬を伝う。
瞬く間に雨脚が強くなっても、華音はそこから動く事が出来なかった。
**§**
降り出す雨の中。
芳幸と寿一は必死の思いで華音の事を捜していた。
試験期間で学校はとっくに終えているはずの時間帯になっても、彼女は一向にバイト先である事務所に来る気配はない。
念の為に、彼女の自宅に確認してはみたものの、帰ってきてはいないとの返答だった。
真面目にバイトに取り組んでいた華音が何の連絡もなしに、遅れるなどとは考えられない。
不安が過ぎり、華音の身体の事も把握できている寿一と共に、事務所を出て来た次第だった。
「…何処に…いるのだ」
「…芳幸、このまま雨が強くなるとまずいぞ。学校に残っているならまだしも…」
「そうか、学校…とりあえず、行くのだ」
寿一と顔を見合わせ、その場所を目指す。
正門の近くまで来ると、まだ残っている生徒たちも居たようで、ちらほらと門を潜る人影が幾つか見えた。
少しの情報でも掴みたい芳幸と寿一は、その人影に歩み寄り、声を掛ける。
「すまないのだが、二年B組の華音…いや、芹沢を知っているのだ?」
「あ、えっ?芹沢さん…なら、うちのクラスですけど…」
「学校が終わってから、どうしたか知らないのだ?」
「…え、…芹沢さん、いつもすぐ帰っちゃうから…」
「あ!私、教室の窓から偶然見かけたんですけど…少し前に、何か、この辺りで他の学校の子と話してると思ったら、裏門の方に一緒に行っちゃいましたよ?あんまり良い雰囲気そうじゃなかったかな…」
問い掛けた女生徒の横で、すぐに上がった声に更に問い掛ける。
「裏門は何処なのだ!?」
「あ、あっち…」
礼の言葉もそこそこに、指し示された方角に足を向けた。
「…何かあったのかな…芹沢さん」
「心配だね…」
二人の女生徒の間で小さく交わされた会話は、芳幸の耳に届く事はなかった。
裏門らしきものを瞳に捉えると同時に、傘も差さずに雨に身を晒し続けるその姿が飛び込んでくる。
「華音…!」
やっとの思いで見つけた彼女に駆け寄ると、虚ろな瞳が芳幸の方を見た。
雨粒と共に頬に静かに伝わらせているのは涙か…。
「…私……私…は…」
言葉を紡ぎ掛けて、ふっと意識を失った華音の身体が大きく傾ぎ、芳幸の腕の中へと倒れ込んだ。
「…華音!?凄い…熱なのだ」
抱きとめたその身体は、異様な程までに熱を帯びていた。
芳幸の隣から彼女の手を取り、脈を診ていたと思われる様子の寿一が静かに立ち上がる。
「…芳幸、救急車呼ぶぞ。近くで雨を凌いで、濡れた身体を冷やさないようにしてやれ」
「――!」
言いながら、素早く携帯電話をポケットから取り出した寿一を見て、事の深刻さを理解する。
「華音の家と皆の所にも連絡を入れる。全く…この短時間の間に何があったんだ、一体」
眉根を寄せながらも、寿一の指は携帯のボタンを押し始めていた。
芳幸もぐったりとした華音の身体を抱き上げて、寿一の指示通りに動く。
…そう。
寿一の言うとおり、事務所を出て来て華音を見つけるまでの間、大した時間はかかっていない。
それなのにも関わらず、彼女に何があったのか。
『この辺りで他の学校の子と話してると思ったら、裏門の方に一緒に行っちゃいましたよ?あんまり良い雰囲気そうじゃなかったかな…』
華音が居る場所を教えてくれた女生徒の言葉が思い出され、一つの考えに至る。
(他校の生徒…またあの娘か…?)
まだ何かしらの一騒動が起こりそうな胸騒ぎに、芳幸は顔を顰めずにはいられなかった。
**§**
少しだけ意識が浮上した自分の手を力強く握り締められる感覚に、急速に醒めていく意識。
「…華音…華音?目が覚めたの?」
「…華音!」
「華音、良かった」
華音の瞳に白の空間と共に映り込む、家族の姿。
「……お母さ…ん…お父…さん…お姉ちゃ……」
「先生呼んで来るわね」
母が目元を抑えながら、病室を出て行く。
華音はそれをゆっくりと目で追ってから、愛羅の方へと視線を移した。
華音の視線を受けて、愛羅が力なく微笑み、言葉を紡ぐ。
「沢井さんと軫さんが、バイトに来ない華音を心配して探してくれたの。電話を貰った時は本当に驚いたわ。あなた二日も眠っていたのよ。探偵事務所の方たちも心配して下さっていたから、連絡してくるわね」
「…お姉ちゃん」
立ち上がろうとした愛羅の手を掴んで、華音は自分の意思を伝える。
「私、今は誰とも会えない。少し一人で考えたいの」
「…沢井さんも良いの?」
姉の言葉に頷いて答えた。
分かったわ、と愛羅もまた頷き、席を立つ。
入れ替わりに、華音の担当医でもある若い医師を伴って母が再び病室へと戻ってきた。
「しばらくは入院はなかったのに、何かあったのか?…今回は肺炎を併発しているから、しばらくの間無理は禁物。絶対安静だぞ」
「…はい。すみません、先生」
一通り華音の経過を観察していく担当医に、謝罪の言葉を口にする。
「まぁ、でも、脈も安定しているし、症状が長引かなければ一週間くらいで退院できるだろ」
「ありがとうございます、先生」
「食欲がないようであれば仰って下さい。点滴で様子を見ますので」
華音から離れて病室の外に向かう担当医に両親が頭を下げる。
愛羅が戻ってきてからは、病室に二人きりにして貰った。
父は仕事の合間に様子を見に来てくれたようで、会社にまた戻ると言っていた。
母も一度入院の支度を整える為に家に戻る、と、病室を後にした。
「…何があったのか、説明してくれるのよね?」
愛羅に促されて、華音はゆっくりと学校を終えてからの出来事を話した。
「――そういう事だったのね。華音、ごめんね。私がアルバイトの話を持ち掛けたばかりに、嫌な思いをさせる事になってしまったわ」
「お姉ちゃんが謝る事じゃないよ。寧ろ、お姉ちゃんには感謝したいくらいだもの。沢井さんと出会えたのは、お姉ちゃんのお蔭だから」
「…華音」
華音の手を愛羅が握る。
少しの沈黙の後、愛羅は再び口を開いた。
「それで、沢井さんとの事はどうするの?あの子の言うとおり、身を引くの?」
「…どうすれば良いか…分からない…」
「どうすれば良いかではなくて、華音、あなたはどうしたいの。本当に沢井さんの事を諦められるの?」
小さく首を横に振り、否定の意を示す。
「あの子の言うとおりにするという事はね、華音。沢井さんのあなたへの気持ちも踏みにじる事になるのよ。一度応えた想いを、こんな事で終わりにしてしまって良いの?」
「…だって…身体が弱い事は事実だもの。一緒に居る時間が増えていく程、負担も大きく…――っ」
そこまで言い掛けて、ふと、芳幸の言葉を思い出した。
『一日一日華音と過ごす日が増えていく度に、色々な面も見えてきて、よりいっそう強い想いになっていく。…人は弱い部分を誰でも持ってるのだ。オイラにだってあるのだよ?
でも、それさえも包み込む想いがあれば…誰かとならば、乗り越えていけるのかもしれないのだ。オイラにとっては、それが華音なのだ』
口を噤んだまま言葉を発しない華音を見て、新たな言葉を紡ぐ愛羅。
「人を好きになるとね、ほんの少しでも強くなれると思うの。相手を想う気持ちがあるから。それはいずれ、愛する事に繋がっていくのよ。華音、今のあなたが在るように」
「…お姉ちゃん…」
きゅっと唇を引き結んでから、華音は自分の想いを言葉にする。
「私の想いは、私だけのもの。誰にも譲る権利なんてない。それで良いよね?お姉ちゃん…」
胸に手を当てながら放った華音の言葉に、愛羅は微笑んで力強く頷いてくれた。