出逢い編・中篇
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初めて彼女――一条茉莉奈と出会ったのは、華音、十二歳、中学一年の春だった。
私立の学校へと進学したために、小学校まで仲良くしていた子とは離れてしまい、不安でいっぱいだった入学式。
そんな華音に声を掛けてきたのが、彼女だった―――…。
彼女とは、何処か家庭環境が重なる部分などもあり、意気投合して親しい仲となっていった。
二人で他愛無い会話をして笑い合ったり、放課後に寄り道をして帰ったり…茉莉奈と過ごす時間はとても楽しかった。
だが、いつからか…二人の歯車は少しずつ狂い始めていったのだ。
中学に上がってから、華音が初めて体調を崩した日。
心配してわざわざお見舞いに来てくれた茉莉奈。
自分を心配してくれた事…その事が華音は素直に嬉しく思えた。
幼い頃から身体が弱かった事もあって、茉莉奈と過ごす日々が一日…そしてまた一日と増えていくほど、自分の弱い部分を晒してしまう場面も増えていった。
そんなある日。
何度目になる事だったか…――また体調を崩し、数日ぶりに学校へと登校した日の事だったと思う。
自分のクラスである教室に足を踏み入れた時、教室の雰囲気がおかしい事を感じ取った。
華音を哀れむ様に見るクラスメイトもいれば、こちらを見てひそひそと内緒話を始めるクラスメイトもいた。
何だろう?と疑問に思いながらも、華音は自分の席まで行こうとして、そして気がついてしまった。
自分の机の上に置かれた、白い百合の花が生けてある花瓶。
最初は何かの冗談かと思った。
でも、それが冗談の域を超えたものであるという事を理解したのは、一人のクラスメイトが放った言葉からだった。
「あら、華音?身体はもう大丈夫なの?まだ長引くかと思って、今朝せっかくお見舞いの花を用意したのに…。無駄になっちゃったかしら、残念ね」
――茉莉奈だった。
「茉莉奈さん、華音さんとは仲が良いんだから、直接持って行ってあげれば良かったのに…」
茉莉奈の隣でニヤニヤとしながらそう言葉を紡ぐのは、時折、茉莉奈と話している姿を見掛けた、立花有里〔たちばなゆり〕というクラスメイト。
「嫌だわ、有里ったら。“茉莉奈さん”じゃなくて茉莉奈って呼んでって言ったのに。私たち親友でしょう?」
「あっ、つい、さん付けで呼んじゃった。ごめんね~茉莉奈」
くすくすくす…二人の笑い声が耳に纏わりつく。
華音は、その場に居続ける事が出来ずに教室を去った。
廊下を走り抜けてトイレへと駆け込む。
「どう…して…?どうしてよっ…茉莉奈…っ…」
茉莉奈は気の強い所がある。
クラスの中でもリーダー的な存在で、華音以外とも親しくしているクラスメイトは何人かいた。
茉莉奈が誰と親しくしようとそれは構わない。
むしろ、積極的に物事に取り組んだり、多くのクラスメイトと自ら関わろうとしたりと、自分とは全く対照的な彼女には尊敬の念を抱いていたくらいだ。
それなのに―――…。
自分ともあんなに仲良くしてくれていたというのに、まるで手の平を返すかの如く、冷たい態度を取られてしまった。
何だかもの凄く裏切られたように感じて、悲しくなった。
一緒にいて楽しかったのは、自分だけだったのだろうか…。
いくら問いかけても、答えは返ってくるはずなどなくて。
悔しくて…悲しくて、華音は一人涙を流した。
**§**
もしかしたら一時だけの事かもしれない…とも思い直し、その後もいつも通りに学校へ行った。
だが、状況は何も変わらなかった。
華音は茉莉奈と話をしてみようと決める。
出来る事ならば、茉莉奈との関係を取り戻したかったから…。
「こんな所に呼び出して…話って何かしら?」
あまり人気のない場所まで来て、華音が足を止めると茉莉奈の方から口を開いた。
話をしたいから一緒に来て欲しい、と、茉莉奈が一人の時を見計らって声をかけた。
来てくれない可能性も充分に考えられたが、不機嫌そうにしながらも一緒に来てくれた事は有り難かった。
「私…茉莉奈に何かしたなら謝る。…出来る事なら、茉莉奈と元のように戻りたいの」
華音は素直な気持ちをそのまま口にした。
すると、茉莉奈はふっと口の端を上げて笑う。
「何かした…ですって?あなたといる事で、私がどんな気持ちでいたか分かる!?華音――あんたは良いわよね、身体が弱いってだけで皆にちやほやされて。担任も担任よ。
私とあんたが仲良いからって、あんたが体調崩して学校休む度にプリント持ってってやれだの何だのって、毎回職員室に呼び出して!」
ダンッ!と、茉莉奈が我慢ならないと言うように、華音の身体を囲うようにして己の両の掌を校舎の壁に叩きつけた。
「もうあんたのお守りはうんざりなのよ!――これで分かったかしら?私にはあんたとは友達に戻る気がないって事」
「…ごめんなさ…い……ごめん…なさい…」
自分が身体が弱いという事で、茉莉奈に大きな負担をかけていた。
それを知って、華音にはただただ謝る事しか出来なかった。
ゆっくりと茉莉奈が華音から離れて歩き出す。
数歩歩いた所で足を止め、華音に背を向けたまま、茉莉奈は言葉を紡いだ。
「…悔しいから、本当は言うつもりはなかったけれど。私、彼氏がいたの。彼にあんたの事も日常の出来事の話題として話していたわ。どんな子か見てみたいって言うから、プリクラも見せたのよ。
そうしたら、彼、何て言ったと思う?“茉莉奈とは全然雰囲気が違う綺麗な子だね”ですって。別に深い意味はないって彼は言っていたけれど。私の気持ちの方が一気に冷めてしまったから、自分から別れを告げてその彼とは別れたの」
そこまで言って、彼女は一度言葉を切り、ぎゅっと拳を握ったように華音には見えた。
茉莉奈は再び口を開く。
「…あんたがいなければ。あんたさえいなければ、彼との関係は平穏に続いていたかもしれないのに…っ。あんたが何もかもを壊したのよ!もうこれ以上、私の日常を掻き乱さないで!私があんたに費やした時間を返してよ…っ…!!」
華音はずるり…と、力無く座り込む。
走り去っていく茉莉奈の背中を、涙で霞む視界の先でただ見つめていた―――…。
**§**
華音に対する茉莉奈の態度は、日に日に耐え難いものとなっていった。
クラスの中での完全な孤立状態。
茉莉奈と数人のクラスメイトたちに、華音が担当する区分以外の掃除も任される事もあれば…。
華音の使っている机が、教室の中ではなく、廊下に置かれている事がある時もあった。
それでも、両親に余分な心配はかけたくないという思いから、何とか学校には通い続けた。
けれど、必死の思いで張り詰めていた気持ちもそう長くは続かなかった。
「ねぇ、華音。私、言ったわよね?“あんたさえいなければ”って。もしかして…実は華音のご両親も本心では同じように思っていたりして?身体の弱い娘を持つと大変でしょうね、気苦労が絶えなくて」
茉莉奈と茉莉奈を囲うクラスメイトの笑い声。
茉莉奈から放たれたその言葉は、鋭い刃となって、華音の心を深く切り刻んでいく。
ガタンっ!
教室内に大きな音が響き渡る事に構わず、華音は椅子から立ち上がると、机の横にかけてあった鞄を手早く掴んで足早に学校を後にした。
ずっとずっと…心の何処かで思っていた。
身体が弱い自分の存在を、両親も姉も本当は迷惑に思っているのではないだろうか、と。
いつも心配ばかりかけていて、果たして自分が存在する意味はあるのだろうか、と。
公園や住宅街を駆け抜けて真っ直ぐに自分の家へと向かう。
「はぁっ……はっ…っ…」
玄関に飛び込んで、そこで初めて上がった息を整える事に集中した。
「…華音、なの?」
不意に名前を呼ばれ、ビクンっと身体が強張る。
母親が、玄関のドアが開く音に気づいて様子を見に来たようだ。
「どうしたの?こんな早い時間に帰って来るなんて…。また体調でも――」
「…い…やっ!触ら…ない、で…!!」
華音の額に触れようと伸ばしてきた母親の手を、反射的に払い除ける。
「華音…?」
呆然と立ち竦む母。
何が起こったか分からない、というような表情で華音を見つめていた。
「…ねぇ、お母さん…」
これを言ってはいけない…。
頭ではそう思う反面で、もうどうなってもいい…――そんな思いがあるのも確かだった。
「…何の為に…私は生まれてきたの…?お父さんとお母さんとお姉ちゃん…皆に迷惑をかける為?迷惑かけてばかりの私の存在って…何?もう、分からないよ…ッ…!」
「華音!?待ちなさい、華音…!」
母親の制止を振り切り、今度は自室へと駆け込む。
部屋の扉に鍵をかけてから、勉強机がある方へ足を向けた。
引き出しの中に探していたものを見つけて、ゆっくりと手に取る。
――あんたさえいなければ――
“私さえいなければ”。
父も母も姉も茉莉奈も…。
私に振り回される事なく日々を過ごしていける―――…?
そうであるならば。
いっそうの事…。
ぎゅっと唇を噛み締め、右手に握ったカッターナイフの刃先を自分の左手首へと宛がおうとした。
「華音っ!!」
手首に痛みを感じるよりも早く、頬に鈍い痛みが走る。
反動で、床に敷かれた絨毯の上に、華音の手から音もなくカッターナイフが滑り落ちていった。
「何をしてるんだ、お前は!」
「…お…父さ…ん…」
すかさず、華音の足元近くに落ちたカッターナイフを父親が拾い上げ、それを後方にいる母親へと手渡した。
「…私なんて…いない方が皆、楽でしょ?だって、一年にも満たない時間の中で茉莉奈が私の存在を重荷に感じるくらいだものっ!生まれてからずっと家族として一緒にいるお父さんとお母さんなんて、
もっともっと迷惑してるよね?!お姉ちゃんだってきっとそんな風に思ってる…っ!」
「華音!」
グッと父に腕を力強く掴まれる。
離して、と言わんばかりに、必死に父の手から逃れようとするも叶わない。
華音の抵抗に構わず、更に父の手に力が込められた時には、華音の身体は父の腕の中に収まっていた。
「自分の子供を心配して何が悪い?お前の身体が弱い事は関係ない。子を心配する事…それが親の一生の務めでもあるんだ。お前が熱を出して寝込む姿を見ると、確かに心配でどうしようもなく胸が苦しくもなる。
だが、華音のまた元気になった姿を見る事が出来れば…それだけで私達は充分なんだよ。他の人よりも身体が弱くたって良いじゃないか。それを含めての華音なんだから。
父さんも母さんも、勿論愛羅も、華音の事を迷惑だなんて思った事は今まで一度だってない。お前が生きていてくれるだけで有り難い、とても幸せな事なんだ。
――すまない、華音。お前が苦しんでいた事に気がついてやれなくて。本当にすまなかった」
「…お父さ…っ…――ぁぁああああぁ―――…!!」
華音は父にしがみ付いて、声を上げて泣いた。
そんな華音を強く強く抱きしめてくれる温もり。
母の優しい手の温もりも、静かに華音の背中に添えられる。
それが家族との初めての衝突であり…。
そして何より、家族との絆を感じられた時。
その後に、家族間で話し合い、華音たちは生まれ育った町を離れた。