【はぐれ噺集】
おはなしを読むためのお名前変換はこちらから
おはなし箱内全共通のお名前変換「夢語ノ森」では基本、おはなしの中で主人公の娘っこの性格や年齢を書き綴っていく形にしていますが、特別設定がある場合もございます。
そういったおはなしでは説明頁の設置や特記事項がありますので、ご参考までにどうぞ。
当森メインの夢創作を楽しめますよう、先ずは是非、井宿さんにお名前を教えていって下さいませ
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「…私たちだけに都合がいいこんな事…。もちろん、演奏家になんて頼めなくて…。探偵業だったら…代行人を見つけてくれないかなと思って相談にきました」
「……あ、あの…」
「――申し訳ありませんが、うちではご希望に添えませんのだ。そうだろう?花娟」
声を上げかけた華音を遮るようにして芳幸の声が重なった。
芳幸にそう促されるように問われた花娟は、一瞬複雑そうな表情を浮かべたが、おそらく芳幸が望んでいるだろう返答を客人に向けて紡ぎ出した。
「えぇ…そう、ね。本当に…申し訳ないけれど」
事務所を訪ねてきた、制服に身を包むその女子高校生は、唇を噛み締めた様子を見せると、お辞儀をして事務所を後にしていった。
**§**
「…お姉ちゃん、ちょっとの時間でいいからピアノの練習付き合ってくれる?」
週末のバイトの最中、事務所を訪ねてきた女子高校生の事がまだ頭に強く残っている間に、華音は、姉の愛羅に声を掛けた。
二つ返事でokしてくれた愛羅と共に、防音室へと足を運ぶ。
「一度、私の演奏を聴いて欲しいの」
楽器の準備を整え、ピアノ前の椅子に腰かける。
自分がいつも弾く曲のレパートリーの中からでも、新しい練習中の曲というわけでもなく、愛羅がよく弾いている曲を弾いた。
「…やめなさい、華音。今のはあなたの演奏じゃなくて、“私の演奏”よ。どういったつもりでこんな事をするの」
少し弾いたところで、愛羅の手がピアノを弾く華音の手を制してくる。
そんな愛羅を、演奏を止めて見上げた。
「お姉ちゃんの演奏、出来てた?他の人の演奏でも、繰り返し聴いて練習したら上手く真似出来ると思う?」
「どうしてそんな事をする必要があるの。無駄な事はやめなさい」
「…無駄じゃないよ!事務所に来た女子高生は真剣に困ってるっ。私で出来るなら頑張りたいって思うのに…どうして芳幸さんもお姉ちゃんも止めるのっ?」
「…沢井さんも止めたのね。沢井さんは華音の事をよく理解してくれているわ。私も沢井さんの判断に賛成よ。…そういう練習なら私は一切付き合わないから。あなたがやりたいようになさい」
「……っ?」
冷たく切り返されてショック…というよりも、姉が何故そのような態度を取るのか理解に至らなかった。
「…私でも出来る事なら…協力したいって思うのは…間違ってる?自己満足…?」
一人になった空間で、指先の運動を兼ねた音鳴らし程度にピアノを奏でる。
気分は晴れぬままだったが、さすがに相談せずに自分だけで事を進める事は出来ないと思った華音は、翌日の放課後、事務所に足を運んだ。
「…愛羅さんは…全力で止める事はしなかったのだね?」
「はい。私がやりたいようにしなさいって、言ってました。でも…私が協力したいと思う事は…間違っていますか…?」
「…いや。積極的に協力をしたい、と…華音が自分の得意分野で力になりたいと、そう考える事は間違っていないのだよ。華音にとってそういう気持ちを持てるのは大切な事だとオイラは思うから、決して…間違っているというわけではないのだが……」
何かを考え込むような仕草を見せた後、しばらくして芳幸は頷いた。
「分かったのだ。彼女が着ていた制服から、通う高校を調べて、こちらから依頼を引き受ける提案をしてみるのだ」
「ありがとうございます、お願いします」
その時はまだ、自分の意思が無事に通ってほっと胸を撫で下ろしたものの。
華音は、芳幸と愛羅が何を懸念していたのかを、後々身をもって知る事になる―――…。
――他校の合唱祭での代役も無事に成功を収められた翌週。
依頼人である女子高校生が通う高等学校の音楽室に、依頼人の女子高生、華音、愛羅、芳幸、花娟、賁絽、美朱、素煇という八人のメンバーで顔を揃えていた。
「皆さん、お時間を取って頂き、ありがとうございます。早速だけど、華音。あなたには最初に演奏してもらうから、ピアノの前に座りなさい」
何をするのかという話も聞いていないため、戸惑いながらも姉に促されるままに従う。
「依頼人の方」
「は、はいっ」
「本来、伴奏を務める予定だった方の演奏で、ショパンの革命か、乙女の祈りの曲を聴いた事はある?」
「え、えっと……乙女の祈り、は、確か聴いた事があったと思います」
「教えて下さってありがとう。どちらかに当てはまる演奏の参考がありそうで良かったわ。沢井さん方は…念の為に皆さん目を閉じて華音の演奏に耳を傾けていて下さい。華音、“乙女の祈り”を弾きなさい」
芳幸たちもまた、華音がそうしているように愛羅の指示に従う。
事務所メンバーそれぞれの準備が出来た様子を確認した愛羅が、華音に目配せをしてきて演奏を始める事を促された。
深呼吸をした後に「乙女の祈り」を奏でていき、最後の一音の余韻がなくなる前に、愛羅が口を開いた。
「そのまま、目を閉じたままで。華音が弾く演奏に違和感を覚えた方がいらっしゃったら、静かに手を上げて下さい。ほんのわずかな引っ掛かりでも構いません。
一度聴いた演奏と何か違ったと思う所があれば、手を上げて下さい。あるないが分からなかった場合は下ろしたままでお願いします」
芳幸と美朱の手が上がり、少し遅れて賁絽と花娟の手も上げられた。
少しの間を置いた後では、遠慮がちに素煇の手も上がった。
更なる沈黙の間を置き、再び愛羅が声を紡ぐ。
「ありがとうございました。目を開けて下さい。…分かった?たったの一度だけでもあなたの演奏を耳にした事のある方たちの評価が今のものよ」
「…う、ん?」
時間差はあれども、皆の手が上げられたという事は、あの食事会の場で演奏した時とは何処かしらに違いがあると、事務所の皆が一様に感じているということ。
だが、華音にはまだその“違い”が理解出来ていなかった。
「今度は私が弾くわ。でも私が今から弾くのは、“華音の演奏を真似た演奏”よ」
「…え?」
とにかく聴きなさい、と言わんばかりに愛羅の手が華音の身体をやんわりと立たせ、愛羅と華音の立ち位置が成り代わる。
愛羅の指先が“乙女の祈り”という同じ曲を紡ぎ出していく。
「……ッ!」
華音は、曲の流れを耳で捉えていくほど、耳を塞ぎたくなる衝動に駆られた。
「…えっ…?あっ…」
同じ“乙女の祈り”の曲に音の違いを見出したのは華音だけではなく、依頼人の彼女も一緒だったようだった。
こちらを窺うように、困惑に揺れた瞳が華音に向けられる。
「……や、めてっ…やめて!」
気付けばそう大きな声で叫んでいた。
「分かった…っ、芳幸さんとお姉ちゃんが最初に私を止めてくれた理由が分かった…から…っ…」
震える手をぎゅっと握りしめ、華音は項垂れた。
「私のはあくまでも“真似”にしかならないわ。乙女の祈りの曲なら尚更、沢井さんへの想いもあるでしょうから、華音が奏でる音の繊細さを私には完全には再現できないもの。
あなたはずっと耳で聴いて自分の中に掴んだものを音に込めてきた。だから…華音の演奏は“技術を完璧にコピーした演奏”になった」
「…代役を担う仕事としては見事な完璧さなのだ…。万人に出来るものでもなく、華音になら出来るかもしれない“特殊な依頼”だと思ったからこそ、オイラは最初の段階で依頼さえも断った。
華音の才能を過信するかもしれなくとも、華音の感性に万一の変化があった場合、その後のフォローは…オイラや事務所側では担えないと思ったから。けれど、愛羅さんは完全には止めなかった事を君の話で聞いた」
「沢井さんが私の意思表示をちゃんと汲んで下さって良かったわ。“仕事”は満足にやりきったのでしょう?華音?」
「……本番に…悔いは残らなかった……けどっ」
「本番が終わったなら、私と一からやり直せばいいじゃない」
ふわ…と、椅子に腰かけたままの愛羅が手を伸ばし、華音の両頬を包み込んで微笑む。
「完璧ではないけれど…華音の技術をそれなりに表現できるのは、きっと華音と同じ家で生まれ育ってきた姉の私だけ。私があなたの傍で聴いてきた華音の演奏技術をコピーなさい。曲への感情表現の込め方さえ掴めば、元はあなたの技術なんだし大丈夫」
「…お姉ちゃ…」
「人の演奏技術をコピー出来るのも、一種の才能よね。それもあなたらしさだという事がちゃんと分かっていて?華音」
そこまで言って愛羅が華音から離れて立ち上がる。
「自分への執着が薄い分、まっさらで吸収しやすいけれど。でも、成長材料もないと吸収も出来ない」
ゆっくりと歩み、愛羅の足は依頼人の前でぴたりと止まった。
「ありがとう、妹に成長するきっかけを下さって。やってみたいことをやりきった後に突き付けられた現実にはショックも受けたでしょうけれど、
そういう経験も妹には必要だったの。だから、ありがとう」
「いえ…こちらも私たちの我がままを叶えて頂いたようなものですし…妹さんにはとても感謝しています」
「ですって。頑張った甲斐があったわね、華音。沢井さん方も妹の為にお力添えをして頂き、ありがとうございました。さぁ、ピアノの片づけをして帰りましょうか」
颯爽とピアノの前へ戻ってきた愛羅が手を動かし始めても、華音は動けないままでいた。
「…華音ちゃ――」
華音の様子を気にかけてくれたのか、声を掛けようとしてくれた美朱の肩に芳幸の手が触れ、芳幸が華音の傍らに立つ。
「これをどうやって片付ければいいのか分からないから、教えてくれるのだ?華音」
そう言いながら、ピアノの音の響きを調整する為に開けていた屋根を遠慮がちに持ち上げる芳幸を見て、慌てて手伝う為に手を伸ばした。
屋根を支える為の突上棒を折りたたんだ後、華音も一緒に屋根に手を添え、芳幸と二人で丁寧に屋根を閉ざす。
鍵盤付近は愛羅によって既に片付け終えるところだった為、ピアノから手を退いた華音は、再び俯き加減に項垂れる。
「今此処で言うタイミングではないのかもしれないが…いずれは君に話す事であるから、話しておこう。賁絽所長に相談を受けて一緒に考えた結果、今回の依頼の報酬の一部は、今月のバイト料に上乗せする形で華音にも宛がわれるのだ」
「…っそ、そんな…!私、そういうつもりで引き受けたわけじゃ…!」
思わず勢いよく顔を上げて芳幸を見上げれば、華音の気持ちは分かっていると言わんばかりに、華音の唇へ芳幸の人差し指がやんわりと宛がわれた。
「最後までちゃんとお聞き。――言ったろう?“代役を担う仕事としては見事な完璧さ”だった、と。仕事の評価として、君には受け取る権利があるわけだが、華音はまだ学生の身なのだ。
事務所側でも管理と仲介を担う立場も事実上あるという事も踏まえて、華音には三割、事務所側では七割という割り振りにした。もちろん、“皆が納得した上”で弾き出した数字なのだよ。
華音自身が納得するかどうかは置いておいて、周りが華音に見出した評価なのだ。理解出来るのだ?」
「……それが…“お仕事”という事ですか?」
「そう。君はしっかりと責任を持って全力で仕事を務め上げた。胸を張って誇れる事なのだ」
「…そうです!個人的にお礼をしたいくらいですけど、事務所を通して依頼をしてしまった以上、会社の方針もあるんだろうなって思っていたところだったので、あなたに少しでも割り当てがあるみたいで安心しました!
金銭的なものがすべてじゃないけど…私たちクラス全員からの気持ちという事で遠慮せずに受け取ってもらいたいですっ」
「…分かり…ました。私も甘かった認識を改めて“仕事をさせて頂いた報酬”という事で有難く受け取らせて頂きます」
礼の言葉と共に皆に向けて深く一礼をする。
姿勢を直してからも、目の前に居る芳幸の顔をどうしても今一度見る事は出来なかった。
「どれだけの時間がかかろうとも、君の想いで奏でられる“乙女の祈り”がもう一度聴けるのを待っているのだ」
華音に触れてくる温もりはなかったが、贈られるその言葉に目頭が熱くなった。
決して涙は零すまいと、唇を軽く噛んで溢れ出しそうになる気持ちを必死に堪える。
「…気を張っていたでしょうし、疲れてもいるでしょう。先に車に戻って待っていなさい。私もすぐに行くから」
姉の誘いによって手渡された車のキーを掌の中に握り込んで、改めて軽く会釈をしてから、華音は誰よりも先に依頼人が通う高校の教室を後にした。
**§**
「…どうして抱きしめようとしたのを止めたの?華音ちゃん、泣きそうだったのに…」
事務所へと戻る道中、最前列を歩いていた美朱が足を止めてくるりと振り返る。
そんなふうにストレートに問い掛けられた芳幸はというと、苦笑を浮かべて口を開いた。
「しっかりと気づかれていたのか」
「……ごめん…」
「別に謝ってもらう事でもないのだ。…オイラは彼女のプライドを傷つけたくなかった…ただそれだけなのだよ」
「華音ちゃんのプライド…?」
「愛羅さんが華音の演奏を模した演奏を聴くまで、華音自身は自分の変化に気づいていなかったのは分かったろう?」
「うん、華音ちゃんの良いところだよね、それって」
「だ。計算も何もない純粋に誰かを助けたいと思う気持ち…華音には本当に一切“プライド”がなかったのだ、あの瞬間までは」
――……や、めてっ…やめて!――
本来ならば称賛を浴びるに値する演奏だというのに、悲痛な叫びを以てして遮った華音。
その瞬間からおそらく、華音の中には様々な複雑な葛藤が生まれたに違いない。
「それでなければ、いくら大好きで得意分野だとはいえ、他人に力を貸そうなどとは思わない。だからこそ、“無意識にした事”が“大切なもの”を“自分で汚した”と、自分を許せなかっただろう。
オイラに対しては…強い罪悪感を持っていたと思うのだよ。ずっと目を合わせようとしなかったから。オイラには敢えて事務的な話をする事しか出来なかった」
「…確かに…華音ちゃんならそんなふうに考える、かも」
「恋人の立場で華音を護り通すという名目で、華音が何としてでも依頼を受けないように避けさせる事も出来ただろうが…愛羅さんもオイラも、“華音の強かさ”に賭けてみたかったのだ」
「…井宿…」
「“殻を破る強さ”を華音に望んだからには、中途半端に手を差し伸べるわけにもいかない。華音が納得のいく形でオイラのところへ戻ってきてくれるまで、オイラは待っている事にしたのだ」
「きっとすぐだよ。だって華音ちゃん、井宿のことが大好きだもん」
ね?と、小首を傾げてとびっきりの笑顔を浮かべる美朱を見やりながら、ふと心に浮かんだ思いを落とす。
「…彼女もきっと…同じだった。純粋に俺を愛してくれていたのに……俺が信じきれていなかった。だから…」
途中から自然と意識が向いてしまっていた左手をぐっと握り込む。
「…たとえこの先邪魔が入ろうとも…華音への想いは揺るがない。華音の想いごと、生涯を懸けて護る」
「そーんなにかたく考えなくていいのに~」
「そうだ。“想い”があれば、身体は自然とついてくるものだろう」
「少し急いで帰りましょうかね?軫宿さんたち…首を長くして待っているかもしれませんから」
仲間が一人ずつ、芳幸に向けて言葉を掛けてから、美朱の方へと歩み寄っていく。
ふ…と、小さく笑みを零した芳幸もまた、仲間が行く方へ一歩を踏み出した。
**§****§****§**
主人公が依頼を受けるお話もあっていいよなーと思い、書き殴っていたネタです。
ほとんど書けていたのに、話の締めくくりまでいかなくてPCに眠っていました。
せっかく最後まで仕上がったので、upしておきます♪