【番外編短篇集】
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そういったおはなしでは説明頁の設置や特記事項がありますので、ご参考までにどうぞ。
当森メインの夢創作を楽しめますよう、先ずは是非、井宿さんにお名前を教えていって下さいませ
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もうすぐクリスマスがやってくる事を知らせるかの如く。
都内の街並みもすっかり、様々な飾りつけが施されていた。
そして、“朱雀探偵事務所”も例外ではなく、ツリーの飾り付けが行われていた。
「でーきたっ!やっぱり~、てっぺんに星をつける時が一番嬉しくなるよねー♪…そういえば、華音ちゃんはいつまでサンタクロースの存在を信じてた?」
くるりとこちらを振り返る美朱の顔が瞬時に強張った。
そんな美朱から視線を逸らすようにして、朝からの一仕事として飾り終えたばかりのオーナメントの一つをじっと見やりながら、華音は口を開く。
「…私はクリスマスが大嫌いだった。“皆に迷惑をかけてばかりの悪い子”のところにサンタクロースが来てくれるわけがないって思っていたから。幼稚園に上がる頃には、両親がサンタクロースの役を担っているんだって知っていたわ」
「…華音ちゃん…」
「私にとってはクリスマスも…“誕生日”も、特別じゃないってだけだから、気にしないでね」
美朱の方へ視線を戻し、微笑む。
「でもご両親はプレゼントくれたんでしょ?」
「…開けた事ない。全部、開けないままクローゼットに仕舞い込んである」
「何で?ずっと開けないでいるの?今開けてみたら…何か思う事もあるかもしれないよ」
「美朱。人それぞれの事だから、それ以上突っ込んだらよくないって」
「…井宿は今の話、聞いてどう思う?」
「だ?そうなのだね…オイラは華音の気持ちもよく分かるのだよ。“自分だけが生き残った身で生まれた日を祝ってもらえる資格などない”と、一時思っていた事もあるから」
「芳幸さんもですか?」
「あぁ。けれど…美朱ちゃん目線でオイラからも言うとすれば、ご両親の気持ちを放ったままにしておくのは良くないとは思うのだ」
「…分かっています。今なら…父も母も私の成長を願ってくれてたんだなって思えますけど…。でも…過去にもらったものを今更開けて何になりますか?」
笑みを消して芳幸の事をじっと見上げる。
「散々両親の気持ちを蔑ろにしてきた私に、それこそプレゼントを開ける資格はないと思います」
何か言葉を返そうとして開きかけた様子の芳幸の口は閉ざされた。
代わりに、さら…と、伸びてきた芳幸の指先が華音の横髪を一度梳いてから、頭の上をぽんぽんと優しく撫でる。
「……?」
芳幸の態度を不思議に思い、首を傾げるも、これからの一日の始まりを告げるかの如く、芳幸は誰よりも先に一人で静かにデスクの方へと歩んでいった。
**§**
――12月24日。
今年はイブの日が土曜日だという事もあり、学校は冬休みに突入していながらも華音たちは事務所のアルバイトに赴いていた。
そこで、昼食休憩の際に、芳幸から華音へとあるものが手渡された。
「聖なる力が満ちている今夜、眠る前に願掛けをしてみるといい。何も深く考えず、ただ純粋に心から望む願いならば…それを通して強い思いが届くだろう。何処かにいる“サンタクロース”が君の願いを聞き届けてくれるかもしれない」
そう言って華音の掌上に乗せられたのは、ベルベット生地を思わせるような小さな黒い袋だった。
袋の中には何かが入っている事が一目見るだけで予想出来る。
「…中は開けてみてもいいものですか?」
「あぁ」
すんなりと肯定の頷きが返ってきて、華音は袋の口を縛って留めている細い紐を丁寧に解く。
中身を落とさぬよう、掌に向けて袋の口をゆっくりと傾けた。
「……綺麗。芳幸さんの瞳みたい…」
華音の唇から感嘆の溜息が漏れた。
姿を見せた色濃い紅色のその珠は、奥の中心までが少し見えるようでいて完全に見る事は出来ない…色が濁っているというわけでもないのだが、とても不思議な造りをしている。
「…サンタクロースは芳幸さん?」
「仮にそうであるとするならば、それは“華音だけの”なのだ」
「ありがとうございます。夜に必ず願掛けします」
「だ」
夜までの残りの時間は、あくまでもいつもの日常と何ら変わりなく…。
そうしていよいよ、芳幸が言っていた眠る前の時間を迎えると、華音は再び珠を目の前に取り出す。
「…本当に芳幸さんの存在そのものみたい…」
いつまでも飽く事なく見ていられそうだ。
だが、それでは時間をただただやり過ごしてしまうだけになるので、意識を切り替える為にも頭〔かぶり〕を振り深呼吸をした。
――何も深く考えず、ただ純粋に心から望む願いならば…それを通して強い思いが届くだろう――
自分が願う事は何であるのか。
頭を空っぽにして、ふと思い浮かんでくるものがあるのを待つ。
私の願い…それは―――…
「――…この先もずっと、芳幸さんの傍で大好きな芳幸さんの笑顔を見続けられますように」
無意識にも浮かぶ思いが唇から零れ落ちたその瞬間。
パァっと、珠が淡く光り出した。
――時を同じくして、寝室に身を置いていた芳幸の元に一つの強い思いが届いた。
――この先もずっと、芳幸さんの傍で大好きな芳幸さんの笑顔を見続けられますように――
声と共に届いたその“念”に、芳幸は思わず、ふ…と笑みを零す。
「君の純粋なその“想い”…もちろん、俺が叶えて応えよう。君が望む“俺の笑顔”は…君の笑顔の隣に在るから」
芳幸の手が自身の胸元に宛がわれると、芹沢家の華音の部屋ではパンっ!という小気味よい音を立てて珠が砕け散った。
「…壊れ、ちゃった…」
呆然とする華音を宥めるかのように、輝きはまだ失われていない欠片たちが、ふわりと宙に浮かび上がった。
珠の欠片は空中で完全な光となり、軌跡を作り出していく。
光の筋が辿り着いた先は、ベッドの向こう側の更に奥に在るクローゼット。
まさか…と、華音は光の軌跡を辿る。
次第に薄らいでいく光の先は、正しくずっと眠り続けていたクリスマスプレゼントたちの下で留まり、消えていった。
「……ッ」
家族への猜疑心は中学の途中から払拭されていたとはいえ、そこから素直になりきる事も出来ず、“意地”もあって今までもきてしまっていたかもしれない事には、華音自身も何処かでは気づいていたのだ。
それを今この時に取り払ってしまえ、と、芳幸に背中を押されているような気がした。
意を決し、プレゼントの箱をクローゼットから出してはベッド上まで運ぶ事を何度か繰り返す。
そこまで大き過ぎるサイズではない事も幸いして、それぞれが重なり合う事もなく、お行儀よく無事にベッドへ並んだ。
下から上へと重ねられていた箱の順番は崩していない。
おそらく一番下にあったものが幼稚園の頃にもらったものだろうと予測をつけ、包装紙を剥がして箱の蓋を持ち上げる。
「…白い…手袋」
細かい毛羽が生えたベルベット生地を基調とし、ちょうど手首が収まる辺りの箇所にはウサギの尻尾のようにふわふわで真っ白なまんまるいファーが二つ可愛らしく並び、
そこに更なるアクセントとして白い花の装飾が添えられている手袋が、箱の中でその存在を主張している。
続けて二つ目、三つ目…と開けていくが、中身はどれも全く同じデザインの白い手袋だった。
唯一異なる事といえば、少しずつサイズ感が大きくなっている点。
「な、んで……っ。…これじゃあ…まるで…」
まるで、父も母もプレゼントが開けられない事を知っていたかのようではないか。
「……っっ」
涙が溢れた。
たとえ開けられずにいようとも、身体の成長に合わせて数年ごとにサイズを変え、華音の為に“ひとつのもの”を両親は贈り続けてくれていた。
中学校への入学を機に最後に贈られた手袋を嵌めてみると、ほんの数センチ程丈が足りない。
それでも、そんな事は気にならいくらい手元はすごく暖かかった。
一旦手袋を外してから、残りの分や開けきった箱などを片付けた後、勉強机の上に敷いたハンカチの上にそっと手袋を置く。
その夜はそのまま電気を消して、溢れる思いと共に涙を拭いながらそっと目を閉じた。
**§**
「華音、暖かい格好でいきなさいね」
「うん」
「…あら?その手袋…」
翌朝の玄関先で、探偵事務所のバイトに行く華音を送り出してくれようとした母が、華音の手元を見て驚きに目を見張る様子を見せる。
それには、靴を履いてから身体ごと振り返り、手先を顔の前に掲げて口を開く。
「そう、これなんだけどね…。…あのね、今度の私の誕生日に、少し大きいサイズにしたこの手袋が欲しいんだけど…お願いしてもいい?」
「…っ…えぇ、もちろん用意するわ。お父さんにも伝えておきましょう」
改めて身体の向きを戻し、玄関の扉の方まで向かった。
扉の前に立ったところで今度は顔だけを振り返らせて、ドアノブに手をかけつつ、言葉を紡ぐ。
「お母さん、ありがとう。行ってきますっ」
そうやって母が手袋に気づいたように、家を出て事務所に着いたその場でも美朱が気づいてくれて、すかさず声を掛けてくれた。
「…あ、華音ちゃん、初めて見る手袋してるー!可愛いね、その手袋!華音ちゃんによく似合ってるっ。あれ?でもそれ…」
「うん、今の私にはちょっと小さいから、今度の私の誕生日に大きいサイズのが欲しいって、今朝、お母さんにお願いしてきたところなの」
「…もしかして…」
「私だけのサンタクロースが届けてくれた、最高のクリスマスプレゼント」
昨夜からずっと感じている温かな気持ちを胸に、華音は美朱たちの前で笑んでみせた。
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聖なる夜ですし、とびっきりの奇跡があってもいいでしょう♪
一応、本編の方の冬の時期に無理やりでもねじ込める話のはず…
それにしても真ん中辺りが大分シリアスになりましたが。
最後の芹沢嬢のほくほくな気持ちと、同時アップしました
「サンタクロースの仕入れ仕事」の方の芳幸のちょっとした奮闘篇
を読んでお許し頂ければ、と思います(こら)
あ…あとはあれですね、
何個も同じ手袋はもったいない!と思うかもしれませんが、
大丈夫です!
ランドセルとかみたいに、何かにリメイクする手があります。
ので、こちらもお許しを…(くどい)
何はともあれ、懲りもせずに朱雀探偵~ネタに
お付き合い下さり、ありがとうございましたm(__*)m