事件編【File1~10】
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「ねー、皆で海行こうよーっ」
「よっしゃ、俺はもちろん行くでっ!」
「僕も行きたいです」
お盆を来週に控えた週末。
美朱からそんな提案が上がった。
「華音も行くのだ?」
まさか自分にも話題が振られるとは思ってもいなかった華音は、芳幸の問いに戸惑いがちに答える。
「…私、ですか?私は…」
「答えは行きたいか行きたくないか、どちらかの二択なのだ」
それ以外は聞き入れないと言わんばかりに、微笑んで華音の答えを待つ芳幸。
二択しかないと言われてしまえば、答えは決まっているようなもの。
「…行きたい、です」
夏休みの思い出が、また一つ増える―――…。
**§**
「うわーっ、人結構いるね~」
「夏休みだしねぇ?」
「まずは場所取りからですね」
事務所の休日でもある祝日を利用し、足を運んだ海。
唯は別の予定が入っているとかで今日は来れないようであったのは少し残念だ。
浜辺には花娟の言う様に、夏休みという事もあってか、家族連れが多く見られる。
なるべく人気の少ないスペースを確保した後は、海へ泳ぎに行く組と砂浜に広げられたシート上に残る組とで二手に分かれる中、賁絽が華音へと声を掛けてきた。
「華音」
「はい?」
「…あぁ、いや、その…だな…」
賁絽にしては珍しく、歯切れ悪く言葉が紡がれる。
言葉を待っていると、コホンという咳払いの後で口が開かれた。
「華音が使うそれは…効き目が良さそうだと思って、な」
それ、と、華音が肌に塗っている日焼け止めを指差しながら賁絽は言う。
「そうですね、私はこれしか使った事がないですけど…試してみますか?」
一通り日焼け止めを施し終え、賁絽に差し出すと、申し訳なさそうにしつつも何処となく瞳を輝かせてその日焼け止めを受け取っていた。
あまりにもその表情が喜んでいるようにも見えたので、ついと口から漏れていく言葉。
「使いかけでも良ければ、どうぞ使って下さい。差し上げます」
「それでは華音の分がなくなってしまうであろう。さすがにそこまでは――」
してもらう訳にはいかない、と言う賁絽に、バッグから全く同じ物を数個取り出して見せる。
「私、すぐに赤くなってしまう体質なので、夏の間は日焼け止めが手放せなくてストックを持ち歩いているんです。…あ、すみません、新品のものをお渡しした方が良かったですね」
「いや、これで十分だよ。ありがとう、華音。これで私の透明感のあるこの美白がよりいっそう護られる。あぁ、何と素晴らしき事か」
「……賁絽さんて…美容にはとても気を使っていらっしゃるんですね…」
うっとりと自身の肌を見つめ、早速日焼け止めを塗り込んでいる賁絽のそういった様子は初めて見る。
華音の口からポツリ、と漏れた呟きに、芳幸と寿一から苦笑が返ってきた。
「芳幸さんも使いますか?」
「華音が塗ってくれるのだ?」
「…え、わ、私…っ?」
「自分で手が届く範囲では塗ってきたつもりなのだが…肩の辺りはちゃんと塗れているかどうか心配なのだ」
そう言って困ったような微笑みを向けられてしまっては、拒む事も出来ずに頷いた。
芳幸の背中側へと回り、立膝をした体勢を取る。
こんなに間近で芳幸の背中を見る事は、普段、あまりない。
自分よりも大きくて広い背中。
その背に流れる後ろ髪をそっと手で掬い上げて、肩の前方へと流す。
日焼け止めを手に取り、彼の項辺りから肩口へと向かってそれを伸ばしていく。
最後に再び、後ろ髪を戻してきて終わりなのだが…。
「…芳幸さんの髪…三つ編みにしてみたかったの…」
「…だっ…?」
ささっと一度手櫛で芳幸の髪を整えてから三つ編みをし、バッグに常備しているゴムで髪先を結んで完成させる。
「可愛いぞ、芳幸」
「似合っているではないか」
満足して芳幸の隣に戻ると、指先で頬を掻いている芳幸が居た。
「…解きましょうか?」
「だー、自分では見えないから良いのだ、しばらくこのままでも」
「ふふっ」
「…おおーい!ビーチバレーやるで~。参加する奴は集合じゃあッ!」
不意にそんな声が響いた。
海から上がった様子の翼が、彼の姿にあまり似つかわしくない浮き輪を片手に、少し離れた場所から大きく手を振っているのが見える。
芳幸が立ち上がった。
「華音に日焼け止めも塗ってもらったし、準備は万端なのだ」
「俺も行くか」
芳幸に続いて寿一も立ち上がる。
二人の背中を見送ってから、華音は視線を賁絽の方へ向けた。
「賁絽さんは行かれないんですか?」
「私は良い。日陰だけが私の味方だ。華音も行くのであれば行っておいで」
「私は…波打ち際まで行ってきます」
帽子を被り、華音もまた、賁絽に見送られて砂浜の上を歩く。
芳幸たちがビーチバレーをしている近くの波打ち際まで行き、ワンピースの裾を濡らさないように持ち上げてしゃがむ。
伸ばした手を海水に浸すと、夏の気温のせいか水はほんの少しだけ生暖かいようにも感じられた。
「芳幸さんの髪型は、華音さんの試みですか?」
傍らで響いた声にそちらを向くと、パーカーを羽織った素煇が笑顔で佇んでいた。
「一度でいいからやってみたくて」
「皆さんにも好評でしたよ」
「本当?良かった」
素煇と微笑み合う。
「素煇くんはビーチバレーに参加しないの?」
「少し休憩したくて、華音さんの所に来ちゃいました」
可愛らしい、と言っては失礼だろうか…素煇の心和むその笑顔に華音の笑みも深くなる。
海水に浸していた手を引き、立ち上がりかけた時だった。
「華音っ…素煇、危ない…!」
花娟から声が上がった事に気づくと同時に、ヒュンッと微かな音が華音の耳に届いて思わず身体が動いた。
自分と素煇の方に向かってくるそれを、護身術の時の要領で肘で空へと打ち上げる。
宙高く舞ったそれ――ビーチボールは、華音の手元に落ちてきて、トスで再び宙へ上げる。
大きな弧を描き、ビーチボールが収まった先は芳幸の腕の中だった。
「さすが華音ちゃん…っ」
「反射神経が半端ないわね、あの子。あんたたちが華音の事を騒ぐのも分かる気がするわ…」
「華音に一本取られたのだ」
「嬢ちゃん、やるなぁ」
「ナイストス」
芳幸たちだけではなく、周囲に居た人たちの数人からも囃し立てる声や拍手が起こり、かあぁぁっと赤くなったであろう顔を、目深に被った帽子で隠した。
「華音さん、ありがとうございます」
素煇が華音の手を引き、さり気なくギャラリーの中心から連れ出してくれる。
芳幸たちの所まで来ると、素煇の手は離れていった。
「華音もやる?」
「…私は見ているだけで良いです」
素煇の隣に寄り添うように身を置き、見学に徹する事を示す。
それを見届けた芳幸の手が動く。
華音から手渡ったビーチボールが、芳幸の手によって華音の時よりもスピードを伴って空へ舞い上がった。
「…カッコイイ…」
遊びとは言えども、真剣な表情が垣間見える彼の横顔に見惚れて、口から言葉が零れ落ちていく。
くすくす…という笑い声が隣から漏れている事も気にならないほどに、華音の瞳はしばらくの間、芳幸の動きを懸命に追いかけていた。
**§**
自惚れる訳でもないが…。
しかし、明らかに自分たちも含めて注目の的になっている。
嬉しいとも嬉しくないとも取れるその視線たちに、帰りの電車に乗った時から気付いていた花娟は、はぁ…と知らず知らずの内に溜め息を漏らした。
「どうした、花娟。疲れたならお前も座るか?」
もう一つ空いてるぞ、と、寿一が翼の目の前に空いている座席を指差し、言う。
それには更に深い溜め息を吐いてから、口を開いた。
「寿一だったら…其処に座る勇気ある?疲れてるわけじゃないし、あたしは良いわ。素煇でも座ったら?」
「…いえ、僕も大丈夫です。美朱さん、座りますか?」
「あたしもー、遠慮しとこっかな」
「なら、俺が座ってもええ?」
「翼が今、このタイミングで座ったらややこしい事になるからー、あんたは座っちゃあ駄ー目。よしなさいな」
「…冗談やんか…」
花娟たちの会話を聞きながら、賁絽と魏は苦笑していた。
一つの席が此処まで敬遠されている理由…それは―――…。
「あそこに居る人たち、すっごく美男美女揃いだよっ」
「…皆凄いけど、特にあの人たち…恋人同士だよねっ。ああいうの良いな、憧れるっ」
「女の子はあたしたちと同じくらいかな?羨ましいなぁ」
「凄いもの見れて私たちラッキー?」
小さいながらも筒抜けに聞こえてくる、学生同士と思われる女の子たちの会話。
ちら…、と、空席のままのすぐ隣へと花娟は視線をやった。
華音を座らせる事までは、特に何の問題もなかった。
一日外出をして疲れでもしたのだろう、途中から華音が眠たそうにしていた事も仕方のない事だったと思う。
華音の様子に気がついた芳幸が、ちょうど席が空いていた事も相まって華音の隣へと座った…これが間違いだったのではないだろうか。
「…華音は分かるとして、芳幸までこうも熟睡してるっていうのは…どうなのよ?」
「華音ちゃんにつられちゃったんじゃない?すっごく幸せそうな寝顔だし…あたしもほんとはちょっと羨ましいなぁなんてー…」
「お前とたまとじゃあ、ギャグにしかならへんもんなぁ?」
「たーすーきー?」
「せやから冗談やって!本気で怒んなや、美朱っ」
「…これだけ騒がしくても起きぬとは、珍しい事もあるものだな」
「人込みで疲れたんじゃないですかー?」
華音が安心したように、芳幸の肩へ頭を預けて眠ってしまった後、しばらくして芳幸も華音に誘われるように眠りへ落ちていったのだ。
そう、花娟たちの前には、お互いの頭を預け合って眠る華音と芳幸の姿があるのである。
本日一番の注目を浴びている本人たちは、すっかり夢の中というわけだ。
「あと二つ程で降りる駅ですね」
「二人はこのまま放っておいて降りましょうか」
「…それは困るのだ」
むくり…と、頭を起こした芳幸が唐突に花娟たちの会話に割って入ってくる。
「…狸寝入りしてたってわけ?」
「華音に寄りかかり過ぎないように熟睡はしていなかったのだ」
「……ん…」
「あら、お姫様もお目覚めかしら」
芳幸が動いた事でそれが刺激にでもなったのか、華音の瞳も時間を空けずに開く。
ゆっくり顔を上げ、彼女は何処か寝ぼけ眼で芳幸を見つめていた。
「…だ?」
「夢を…見ていました。…とても幻想的な夢…」
ぐるりと、芳幸から外された視線が、花娟たち一人ひとりを眺めていき、そしてまた芳幸の所へ戻っていく。
「…私は真紅の衣装を着て、芳幸さんの隣で笑っていました。芳幸さんも美朱ちゃんも皆さんも素敵な民族衣装を着ていて…。
朱い羽根が舞っているんです」
華音の口から語られる夢の話に、芳幸も花娟たちも思わず華音へと視線を注いだ。
それもそうだろう…この子は何も知らないはずなのだから。
だが、ただ一人――美朱は嬉しそうな笑みを浮かべて、華音に夢の意味を告げる。
「華音ちゃん、それ結婚式の夢だよ」
「…結婚…し……えっ?…嘘っ…私…何て大それた夢をっ…」
もう十分に見慣れてしまっている赤色に染まりゆく彼女の顔は、自然と笑みを誘った。
それは芳幸も同じだったようで、今は傷痕も残っていない顔にこの上なく幸福そうな笑みを湛えて、彼は彼女に言う。
「真紅の衣装…は叶わないかもしれないが、純白の衣装で…いつか正夢にするのだ?」
彼女が、自分たちの此処ではない世界の事を知るのは、そんなに遠くはない未来なのかもしれない。
赤みを帯びた顔ながらも、上品に笑む華音を見やりながら、花娟はふと、そんな事を思った。
**§****§****§**
あぁっ、すみませんっ(←いきなり何事?)
ついに柳宿…花娟さん視点までやってしまいました。
いやほら、だんだん話の締めくくり方も苦しくなってきまして…(←引き出しがないだけ)
同じような感じでも、人が違えば新鮮味も多少はあるかなっと。
芳幸と主人公のラブラブっぷり?を花娟に実況してもらいました。
前回よりもこっちの方が何気に甘めだったりして…。
夏季のお話はとりあえず終了。
皆との出逢いから一年後が近づきつつあります。
これはまた何か、一波乱ありそうですねぇ…