事件編【File1~10】
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おはなし箱内全共通のお名前変換「夢語ノ森」では基本、おはなしの中で主人公の娘っこの性格や年齢を書き綴っていく形にしていますが、特別設定がある場合もございます。
そういったおはなしでは説明頁の設置や特記事項がありますので、ご参考までにどうぞ。
当森メインの夢創作を楽しめますよう、先ずは是非、井宿さんにお名前を教えていって下さいませ
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――AM10:00。芹沢家前。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい。…沢井さん、いつもお世話になってばかりでごめんなさいね。普段から必要以上の外出はあまりしない娘なので、どうぞ華音の事を宜しくお願いします」
「…お母さん、大げさよ。芳幸さんのマンションに行くだけなのに…」
「無理はさせませんので」
玄関先で母に見送られて、芳幸と二人で歩き出す。
「…少し寄り道をしながらマンションまで行くのだ?」
「あ、はい。それも良いですね」
学校が夏季休暇に入った七月末日。
今までは、どちらかといえば苦手な夏の暑さを乗り切る為に、休みに入って早々に家族で避暑地にある別荘へ四日ほど行くのが恒例であったが、今年はこれまでとは違う夏休みになりそうだ。
そのスタートを切るのが好きな人との初デートという事もあり、華音の心はいつになく弾んでいた。
「今日はまた雰囲気が違うのだね?」
芳幸の視線が髪型や服装に注がれる。
それを嬉しい気持ちで受け、芳幸よりも前に出て歩きながらくるりと回転してみる。
「分かります?…芳幸さんって観察力ありますよね。クラスの中でお付き合いしている人が居る子は、“ちょっと髪型変えてみても全っ然気づいてくれない”とか、悲しんでいる話をよく聞きます」
「…クラスの子、か。これが本当の“華音”なのだね」
「…芳幸さん?」
ぽつり…と小さな声で呟きが聞こえたような気がして名を紡いでみたが、芳幸は首を横に振った。
「何でもないのだ」
華音の隣に並び、芳幸が肘を差し出してくる。
「華音は手を繋ぐよりも腕を組む形の方が好きなのだ?」
芳幸と二人、並んで歩く事もそこまで頻繁にあるわけではない。
一度、自ら腕を組む形を望み、叶えてもらった事はあったものの、それが一番好きな形であるのかどうかは正直なところ、自分でもよく分からない。
試しに腕の先に伸びる彼の手を取り、自分の手と重ねてみる。
伝わる温もりは勿論、彼のもの。
だが、どうもしっくりこなくて腕の方へと手を添えなおした。
「…やっぱりこっちの方が良いです」
こちらの方がより安心感がある。
答えを得て、芳幸を見上げると彼も承知と言わんばかりに微笑んだ。
**§**
――AM10:30。ショッピングモール西口。
「賁絽所長」
見る目麗しい女性が、こちらもまた見る目麗しい男性へと声を掛ける。
「…花娟。休日に所用に付き合わせてすまぬな」
「いいえー、賁絽様♪あたくしは賁絽様と休日が過ごせるなら、どんな事にでもお付き合い致しますわぁ♪」
「名に様は付けなくて良い。呼び捨てで構わないのだが」
「呼び捨てだなんて…そういう関係になれたその時に呼ばせて頂く事にしますわ」
「………」
「…星宿様?もしかして照れていらっしゃいます?」
「……七星士名になっているぞ、花娟」
一つ咳払いをし、スタスタと歩き出した男性の後を女性が鼻歌が飛び出しそうな程に機嫌よくついていく。
二人が歩く姿にショッピングセンターを訪れている人々の視線が注がれても、当人らはまるでそれが当然とでも言うように颯爽とフロアーを歩く。
どれだけの人込みに紛れようとも、その姿は一瞬で人目を引くほどに目立つ存在であった。
**§**
――AM11:00。都内にある公園。
「素煇、もうちょい頑張り。あと三周で終わりにしよか~」
「…さ、三周…っ?無理です、翼さん…せめてあと一周に――あ」
髪を無造作に遊ばせた洒落っ気のある青年ときちっと一つに纏めた髪を高い位置で結わえた真面目そうな少年。
余裕のある表情を浮かべる青年に比べ、弾んだ息で答えていた少年の視線がふとある光景を捉える。
「…翼さん、すみません、少し休憩させて下さい。休憩したらもう一周頑張りますから…」
「何処行くんや、素煇」
体力づくりの為にジョギングをしていたコースから外れて、少年は休憩する良い機会を見つけた、と、公園の片隅に在る姿に歩み寄った。
「寿一さん」
「…素煇か」
「寿一やんけ。こんな所で何しよるん?」
少年を追ってきた青年も見知った存在に気がつき、ベンチの前で屈む者の手元を二人で覗き込む。
「ミャァ」
一つの小さな命が可愛らしく鳴き声を上げた。
「…腹が空いてるようだったからミルクをやってたんだ」
「お前は猫とよう縁があるなぁ」
「そういえば、華音さんが猫になってしまった事もありましたね」
「あれはほんま驚いたわ――あー、俺も腹減ったなぁ……よっしゃ、三人で飯食いに行こやっ!美味い担々麺がある店見つけたんじゃッ」
がしっと、片手に少年の肩、そしてもう片手に長身の青年の肩をそれぞれ掴み、八重歯を剥き出しにして笑う青年が二人を促す。
「…ジョギングは良いんですか?」
「まずは腹ごしらえが先や。続きは飯食った後でいくらでも出来るさかい」
「…俺も行くのか…」
「せっかく会うたんやし付き合うてくれてもええやろ?ほれ、早う行くでっ」
少年と青年を急かすように連れ立って、彼らは公園から去って行った。
**§**
――AM11:50。
何処かで昼食を取ろうかと、芳幸と話をしながらバス停のある通りをずっと歩いていた矢先だった。
「…芳幸さん…」
「うん?」
「私の見間違い…ですか?」
「おそらく見間違いなどではないと思うのだ」
華音と芳幸の視線の先に見知った顔が在る。
バス停がある通りとはいえ、昼食時という時間帯もあってか、人通りはほとんどなかった。
故に、その存在は目立った。
ちょうどバス停の後方辺りで一人の青年と一人の少女が見つめ合い、いかにもという雰囲気を漂わせている。
「…魏さんと美朱ちゃんが二人きりで居るところ…初めて見ました」
「オイラたちもやるのだ?」
冗談めいた芳幸の問い掛けには、ふるふると首を横に振って答える。
そんな華音の反応を見た芳幸にリードされ、二人から距離を取りつつ静かにその場を通り過ぎようとしたのだが…。
「…あっ、華音ちゃーん、井宿ー!」
どうやら気づかれてしまったようで、美朱が大きく手を振りこちらへ駆けてくる。
彼女の後ろからは、意気消沈した様子の魏がとぼとぼと歩いてくる様子が見えた。
「…お邪魔してしまったんでしょうか…」
「場所も弁えずにキスをしようとするからこうなるのだ」
「…え?」
ついと不安になり口にした言葉に、何処か呆れた様な反応が返ってきて芳幸の方を思い切り向いてしまった。
年の功…とまで言ってしまっては失礼か、事務所の中では最も年の大きい彼の観察力には本当に感服する思いだ。
「華音ちゃんと井宿もデート?」
「…あ、う、うん」
華音たちの元に辿り着いた美朱から紡がれるデートという言葉に、こそばゆさを感じて芳幸の腕に少しだけ隠れるようにして半歩ほど身を引く。
「華音ちゃんがお洒落した姿、可愛いなぁ…」
「…ありがとう…」
褒められて勿論悪い気はしない。
微笑みを浮かべて礼を言うと、美朱も笑顔を浮かべたが、それもすぐに崩れてぐるるきゅるる…という音を発した腹部に手をあてつつ言葉を落とした。
「そろそろお腹空いちゃったな…」
「時間も時間だしな。飯食いに行こうぜ。華音たちも一緒に行くか?」
「芳幸さんが良ければ私は――」
――構いません、と、紡ごうとした華音の言葉を遮る様に、華音の手元から離れた芳幸の腕が肩に触れた。
「悪いのだが…今日は華音と二人の時間と決めたのだ。それはまたの機会にでもするのだ」
そのまま方向転換させられて、芳幸に誘導されるがままに華音の足も動く。
芳幸と魏との間で二言三言のやり取りが交わされ、美朱たちと別れた後、芳幸を見上げる。
「良かったんですか?」
「二人きりではない方が良かったのだ?」
「いえ…とても、嬉しいです…」
皆と過ごすのも楽しい時間。
だが、やはり芳幸と二人だけの時間というのもまた貴重であって何よりも嬉しい時間。
二人で過ごす時を優先してくれた芳幸の思いが嬉しくて、華音は一度離れた手を再び芳幸の腕に絡めた。
**§**
――AM12:50。喫茶店内。
「そっか残念だな、じゃあな――なーんて、別れられっかよ。二人がどういうデートするか気になるじゃんか」
「…あんたたち、他人〔ひと〕のデートのウォッチングなんてしてないで、自分たちのデートを楽しんだらどうなのよ」
「そう言う花娟と賁絽所長はどうなんだよ。俺らよりも先に二人の後つけてたんだろ?」
「あたしたちはいいのよ。美朱、あんたもこんなで良いわけ?」
「…ほはんたへはがらふはりのようふほみれへ、ひっへひにひょうへしょ?〔ご飯食べながら二人の様子も見れて、一石二鳥でしょ?〕」
「…美朱、水を飲みなさい…」
「ん。…っはぁー、星宿ありがとっ」
一組のカップルと、カップルかどうかは曖昧な男女のペア。
大量の料理が置かれるテーブルを囲む四人の話題にあがるのは、衝立を隔てて少し離れた場所の席で食事をそろそろ終える頃の様子がある華音と芳幸のカップル。
「それよりー…ここ、ちょっと高めだよね。魏、大丈夫?」
「心配してくれんのかっ?美朱。そうだなぁ、そろそろ食べ収めてくれると――」
「…あ。すみませーん!抹茶パフェとレアチーズタルトと…あと、バニラアイスクリームも追加でお願いしまーすっ」
「は、はい」
席から身を乗り出し、店員に声を張り上げる少女に対して、少女の隣に座する青年は肩を落とすばかりであった。
「…芳幸さん?」
「…あぁ、すまないのだ。少し気になる光景が…」
「何ですか?」
「華音は気づかない方が幸せなのだ」
「……?」
店内の一点を見つめていた芳幸の瞳が華音へと戻ってきて、笑みを浮かべると共に細められた。
「華音は…オイラの事だけを考えていてくれればいい」
水の入ったグラスに添えていた華音の手に、芳幸の手が重なる。
こういう時…彼は自分よりもずっと大人の男性〔ひと〕なんだと感じる。
向かい合う凛々しい顔立ちが少しずつ近づいてきて、胸の鼓動はたちまちに騒がしくなった。
「…芳ゆ――」
きゅっと目を瞑った華音の頬に軽く触れて離れていく唇と思われる感触。
「…あ、え…?」
華音が予想していた事とは異なる状況に、瞳を開けて彼の事をついと見やってしまった。
「物足りなさそうな顔をしているのだね?」
極上とも言えそうな微笑を顔に浮かべて小首を傾げる芳幸からそんな言葉が紡がれ、数秒の間を空けた後で、真っ赤に染まったであろう顔を逸らす。
「ッ…反則です…」
「これでも一応、華音に配慮したつもりなのだが」
「…あっ…ぅ、…あ、ありがとう…ございます…」
芳幸の言葉に今居る場所が何処であるのかを再認識した事で、余計に芳幸の顔を見られなくなった。
「さて…そろそろ行くのだ?華音と本当に二人きりの時間が無くなってしまっては惜しい事なのだ」
先に席から立ち上がった芳幸が華音へと手を差し出してくる。
まだ火照っている顔を片手で抑えながら、もう片方の手は芳幸に預けて華音も椅子から立ち上がった。
喫茶店を出てから一キロメートルにも満たない距離を歩き、マンションの前まで辿り着いた所で芳幸の足は止まった。
「…華音?」
芳幸の行動に倣い、華音の足も止まるが先程からずっと顔を俯かせたままでいる彼女の名を呼ぶ。
その声に反応を示すかのように、ちら…と周囲を窺う様子があってから華音は芳幸を見上げてくる。
「…芳幸…さん」
「…だ?」
――疲れさせてしまったか?
頬を紅潮させ、身体の動きが少ない華音の様子を見て、ふとそんな心配が過ぎった。
「華音、大丈――」
ふわりと香る彼女の甘い匂い。
少し背伸びをし、手には芳幸の服を握り締めて、紡ぎ掛けた芳幸の言葉を遮るように重ねられる唇。
すぐさま離れていった華音の顔は、耳まで真っ赤に染め上げられ、芳幸から逸らされる。
「…すまないのだ、華音。今日は少し…調子に乗り過ぎたかもしれないのだ」
華音の身体を腕の中にしっかり抱き込むと、芳幸は目を細めて右方向へと視線を流す。
芳幸の視線を受けた場所に在る気配たちがビクリと揺れたように感じられた。
途中から感じていた、自分たちを追う存在。
最初は二つだけであったのが、四つ…そして今では七つまでに増えていた。
仲間たちの目が在る事に華音が気づいてしまえば、彼女の事だ、彼女としても恥じらいで二人の時間を楽しむ余裕が無くなってしまう。
それだけは何としてでも避けようと、華音の気を逸らす為に人目がある喫茶店でわざわざ頬に口付ける行為をしたわけだが…仲間の存在を隠す事が叶っても、彼女の想いを燻らせてしまう事になってしまったか。
ほんの少し罪悪感を抱いて、華音の肩を抱いたまま方向転換する。
その際、僅かに顔を振り返らせて口をゆっくりと開いた。
「…なぁ…芳幸…何や言うとらんか?」
芳幸が部屋を借りるマンションから少し離れた塀の影。
喫茶店を出た華音と芳幸を追っていた美朱、魏、花娟、賁絽の四人に加え、更に途中より通りすがりで合流した三人の内の一人、翼があれ、と二人が居る方を指で示す。
「えっとー…」
「邪 魔」
「を」
「し な」
「い で」
「欲し い」
「の」
「だ…?」
塀から覗かせていた顔を引っ込めて、彼・彼女らは互いに顔を見合わせた。
「…だから言ったんだ…」
「芳幸さんにバレないはずがないでしょう…」
「…私もこうなる予感はしていたのだ」
「気づいていながら見せ付けるのもどうかと思うわよ」
「華音ちゃんも、実は案外積極的なとこもあるよね」
「それだけ芳幸の事が好きって事でしょ。それにしてもー、せっかくの休みなのに何だかんだで皆集まっちゃったわねぇ」
「華音ちゃんと井宿に引き寄せられちゃった、ね」
美朱の言葉に一瞬の間があった後、誰からともなく各々の顔にそれぞれの笑みを浮かべる。
華音たちに惹かれるかの如く顔を揃えた彼・彼女らは、華音と芳幸の姿がマンションへと消えていくのを見届けると、また思い思いに散っていった。
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それぞれの休日を過ごしていたはずなのに、気づけば皆集まっていて…というような話が書きたくて、デートのお話のはずなのにこうなりました(笑)
美朱は、“主人公と井宿に引き寄せられた”と言っていますが、引力源の大半は主人公です♪
さて、「朱雀探偵事務所へようこそ!」のシリーズも、ぼちぼちラストスパートをかけたいと思います。
残りのあと数話を今週から連続で更新するつもりです。
是非、最後までお付き合い頂ければと思います。