事件編【File1~10】
おはなしを読むためのお名前変換はこちらから
おはなし箱内全共通のお名前変換「夢語ノ森」では基本、おはなしの中で主人公の娘っこの性格や年齢を書き綴っていく形にしていますが、特別設定がある場合もございます。
そういったおはなしでは説明頁の設置や特記事項がありますので、ご参考までにどうぞ。
当森メインの夢創作を楽しめますよう、先ずは是非、井宿さんにお名前を教えていって下さいませ
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
その物語は。
たとえ、芳幸が望まなくとも…。
突然に始まり。
そして…。
突然に終わりを遂げる―――…。
**§**
「…沢井さん…!」
朱雀探偵事務所に一人の女性が駆け込んでくる。
普段から上品な立ち居振る舞いをする彼女であるが、今この時は酷く取り乱していた。
「大変な事になって……妹…華音が…っ…」
途中で言葉を途切れさせて、スーツのジャケットのポケットから、綺麗に折り畳まれた紙を取り出し、差し出してくる。
「先程、会社のFAXにこれが届きました…」
差し出される用紙を受け取り、印刷された文字を目で追って息を呑んだ。
(これは…!)
「まさかと思って、学校まで行こうとしましたけれど、途中、華音がいつも使っているポーチが落ちているのを見つけて…」
ドクン…ドクン…と、胸の鼓動が身体の内側を大きく叩く。
「…何故…私ではなくてあの子なの?どうしましょう…あの子に何かあったら私…っ!」
「状況を整理しながら…少し気持ちを落ち着かせましょう?」
「…っ…はい…」
彼女は柳宿の言葉に頷き、項垂れた。
**§**
ふと、気がつけば芹沢家のリビングに居た。
隣には張宿の姿もある。
何度か足を運んだ事のある場所。
父親と母親と姉と。
三人が息を潜めて一つの事に集中していた。
「…望む事は何だ。金が目的か?それとも、私に恨みでも?とにかく娘は関係ないだろう。身体が弱いんだ。すぐに返してくれ」
威圧的であり、それでいて切実でもある父親の声が耳に響く。
「――…明日、プルミエルホテルの地下駐車場に午後一時だな?良いだろう」
父親の手元が微かに動く。
「芳幸君…聞いていた通りだ。私が明日、一人で華音を迎えに行ってくる」
背中を向けたまま、ぽつり、と、言葉が落とされた。
**§**
「…華音…っ…」
闇に溶け込んでいく名。
ベットの上、青年の口から漏れていくのは、苦しげな吐息でしかない。
闇が見せる物語はまだ終わらない。
悪戯に…そして、残酷に。
青年に物語の続きを見せる。
**§**
芳幸は走っていた。
時間の感覚は分からない。
それでも、時は迫っているのだと不思議と確信出来た。
「…っ…!」
走る事が出来ているのか、いないのか。
もどかしい感覚ばかりが身体に纏わりつく中、懸命に足を動かす。
短いようにも長いようにも感じられた道。
太陽が届かない、人工的な光だけが灯る場所に辿り着いて、漸く足を止めた。
人の姿を求め、視線を彷徨わせる。
「そこに金が入ったケースを置いて下がれ…――もっとだ」
声が聞こえてきて、導かれるように歩んだ。
コンクリートの柱の影に身を潜める。
「先に娘を放してもらおうか」
「…ふん。――行け」
タッ…と、地面を蹴る音がした。
「…華音?」
疑問そうに名を紡ぐ声にハッとする。
「芳幸さん…っ…」
近くで声がした。
父親が立つ場所よりも幾分か手前。
自分の存在に気付いていたのか、駆けてくる足音。
「華音…!」
「芳幸さん!」
伸ばされる手。
その肩越しに見えたものに気付いて、自分もまた地を蹴った。
「華音っ、伏――!」
一際大きく響いていいはずの音が一切聞こえなかった。
だから…。
目の前で起きている事をすぐに理解する事ができなかった。
「華音!」
腕の中に崩れ落ちてくる身体。
「…華音っ…華音!」
「…よ…し…ゆ………」
閉じられる瞳。
傷口は存在していても、それに伴う出血は極微々たるものだった。
現実的で非現実的。
曖昧な時空の狭間で、声を上げる。
「華音―――…!」
**§**
カッ…と目を見開いて、夢から覚める。
鼓動は小刻みに、激しく脈打っていた。
「…っ……」
芳幸は、ゆっくりと上半身を起こす。
サイドテーブルに置かれたデジタル時計を見やると、AM2:42の文字が映し出されていた。
「……冗談が過ぎるのだ…」
はぁ―――…と、深く息を吐く。
華音の存在を失いたくない、という、心の片隅に潜在でもしている意識が具現化しこの様な夢を見させたのか。
それとも、闇の世界が悪戯に誘って見せた夢なのか…。
どちらにせよ、ありえない…と一笑してしまえる夢ではない。
そっくりそのままに…とまではいかなくとも、現実に起こりそうな可能性を秘めている夢であったが故に、後味が悪くて仕方がない。
もう一度デジタル時計へと視線をやり、今日の日付と曜日を確認する。
金曜日…。
今日一日が過ぎ去ってしまえば、土日にはバイトに来る華音と顔を合わせる事が叶うわけだが。
「華音…」
彼女に無性に会いたいという気持ちが、大きく募る。
この気持ちをどうしたものか…。
少しの間思考を巡らせた後で、時計のアラームを5時きっかりにセットし、再び布団の中に身を潜り込ませた。
寝室のデジタル時計が6:00に切り替わる頃には、マンションの部屋に芳幸の姿はなかった。
**§**
「星宿様。すみませんが、少し出てきても宜しいですのだ?今日分の仕事はだいたいは片付いているので…。残っている分は戻ってきてから片付けますのだ」
事務所の時計が午後の三時五十分を指した頃合いで、芳幸は賁絽にそう切り出した。
「問題ないが?」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせて頂きますのだ」
夕方に移り変わっていく時間帯だ。
簡単な羽織り物を片手に、事務所を後にした。
「…あいつ、何かあったんか?」
「朝も大分早くから来てたみたいだしぃ?」
「今日は一日中浮かない顔をしていましたね」
「華音絡み…じゃないよなぁ?」
「たぶん…華音に会いに行く為に、仕事を切り詰めてたんだろうからな」
「…もうすぐ…水の災害が増える時季がやって来る―――…」
芳幸が去った後の事務所で、賁絽から紡がれたその言葉に、他の仲間たちは静かに自分の仕事へと戻った。
「…芳幸さん」
待っていたその人の声に気付き、そちらへ身体を向ける。
「どうされたんですか?お仕事は…?」
「少し時間を貰って抜けてきたのだ。しばらくしたらまた戻――」
「行きましょう」
芳幸の言葉を最後まで聞かずに、華音は芳幸の手を取り歩き出した。
華音が通っている高等学校から離れ、人通りがほとんどない場所まで来ると、彼女の方から口を開く。
「何かありました?…とてもつらそうな顔をしてます」
華音の方から話を切り出させてしまう程の表情をしているのか…。
今、笑顔の仮面を心の底から望んでいる自分に、自嘲するように笑む。
「芳幸さん…?」
「…夢を…見たのだ…」
「夢?恐い夢…ですか?」
「……華音を…失う夢…」
「…え?」
華音の身体をぎゅっと掻き抱く。
その存在を確かめる様に、強く強く…。
「オイラが…護り通してみせる」
二度も、此の手から大切な存在を擦り抜けさせてなるものか。
何があろうとも離しはしない。
今度こそ絶対に…。
お互いに言葉なく、ただ静かに華音と抱き合う時間だけが過ぎていった。
**§****§****§**
夢落ちなので、前半の書き方は曖昧な感じにしてみました。
芳幸が夢を見ているシーンなので、仲間の名前表記も七星士名にしているのは、わざとです。
最後の方で賁絽所長がおいしいところを持っていっていますが…
でも、あれ…?
もしかして星宿様って、井宿さんの過去の詳細を知らなかったりします…?
第二部でも張宿を迎えに行ってていなかった?
……し、知っているという事でっ…!(逃)
何気に次話もこんな雰囲気で突入します。
井宿さんの病み期へのカウントダウン的お話でした。