事件編【File1~10】
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「……ない…ないっ…俺の100円玉ーっ…!」
西日が差し込む朱雀探偵事務所の窓際に程近いデスクの一つで。
あちこちに視線を彷徨わせながら、宿南魏は声高らかに叫んだ。
**§**
「…で。何故、オイラがこんな事をしなければいけないのだ。魏が自分でやれば良いのでは?」
こつ、こつ、と、ボールペンの芯でデスク上に用意されたまっさらな一枚の紙を叩きながら、芳幸は納得がいかないと言わんばかりに呟く。
「井宿、情報収集担当だろ?皆から話を聞くには適任じゃないか」
「……まぁ、良いのだ。手短に終わらせれば済む話なのだ」
早く通常の仕事に戻りたい一心で腹をくくり、魏が希望する通り、行方不明になった100円玉に関する情報を一人ひとりに聞いていく事となった。
――事情聴取一人目:芹沢華音――
「……。論外なのだ。華音はもうバイトを終える時間なのだから、こんな茶番じみた事には付き合わずに帰った方が良いのだ」
とりあえずは順番に話を聞いていこうとして、真っ先に視界に入った彼女に向けて帰宅を促す。
だが、彼女は首を横に振った。
「大丈夫です、このまま残ります」
この状況の中で一人帰るというのも気が引けるのか…それも分からなくはない芳幸は、それ以上は何も言わずに次の者へと視線を移す。
――事情聴取二人目:本郷唯――
「唯ちゃんも…特に気にかかる事がなければ、スルーで良いのだ?」
困ったように微笑んで答える姿を、肯定の意として捉え、隣の美朱へと視線を投げかける。
――事情聴取三人目:夕城美朱――
「…まさか…」
「食べてないからねっ。食べれないものは食べないよっ!」
しばし思考を巡らせて口を開きかけた芳幸へ、問う前に答えが返ってくる。
「だ、すまないのだ…可能性としては考えられなくもなかったからつい…」
鋭い視線から逃れるように彷徨わせた芳幸の視線が、花娟のものと交わった。
――事情聴取四人目:一柳花娟――
「一日一回は、貯金箱に貯めてるお金を数えてるわよね?たまちゃん。その時に落としでもしたんじゃないの?」
さすが、仲間の事を把握している花娟。
真相へと近づきそうな意見に耳を傾ける。
「今日は二回数えた。昼食後には確かにあったんだ。なのに…一枚だけ足りねぇんだよ」
「ちなみに、いくら貯まっているのだ…」
「100枚貯まるやつ二つと、新調した三つ目と――」
得意げに説明をし出す魏の言葉を遮り、芳幸は思わず口を開いた。
「それを一日一回数えている時間があったら、この時ばかりは、翼宿を見習って身体でも鍛えたらどうなのだ?」
「…そこ、わざとらしく強調すんなやっ」
「井宿、これは俺の生き甲斐なんだよっ!あ、そうだ、何なら15分300円で華音と護身術の練習しても良いけど」
「本当ですか…?」
「止すのだ、華音。実践に取り組んでこれなかった君が、いざという時にあれだけ動けるのだから本当に大したものなのだ。わざわざ練習しなくても十分すぎる…」
良い事を思いついた、と手を打つ魏に、期待を示す華音。
そんな彼女の向上心を削いでしまわないよう、やんわりと制止する。
ここの所、華音の隠された才能なるものを垣間見る機会が多い気がしてならない。
護身術にしろ、ピアノにしろ、身体の限界がなければ、その才能を思う存分究める事も出来るだろうに、非常に惜しい事だ、と思う。
――尤も。
今のままでも、どれをとってもそれこそ十分すぎる程度である事には間違いないが。
「あたしまだ見た事ないのよねぇ、戦闘モードの華音を。そんなに凄いわけ?」
「カラオケの帰りに三人も相手にしてたのは、ほんと凄かったよ」
「カッターを持った相手に静かに向かっていくのも…あれはあれで恐かったぞ」
「大した度胸やで」
「……芳幸さんに怒られてしまうので、しばらくは大人しくしています…」
決して怒るつもりはない。
まぁ、色々と心配するが故に、細かく口を挟んでしまっている事は確かだ。
そう捉えられてしまっても仕方がない事だろうか。
「無理さえしないように気をつけてくれれば、それで良いのだ」
…さて、大分話が逸れてしまった。
華音を出来るだけ早く帰宅させる為にも、本題に戻らなくては。
芳幸は翼へと視線を移した。
芳幸の視線を受けて、彼は口を開く。
――事情聴取五人目:侯野翼――
「俺は知らんで。そもそも、一々たまの行動なんぞ見とるわけないやろ」
「翼宿の言うとおりなのだ」
――事情聴取六人目:張間素煇――
「すみません…僕も分かりません」
「当然なのだ。次――」
――事情聴取七人目:軫寿一――
「俺も知らないぞ」
「…だろうな」
あと残るは―――…。
賁絽だが、もう答えは分かりきっている。
それでも、ここまで進めてきたのだから、と、最早形式的なものとして尋ねてみる事とする。
「星宿様もご存知ありませんのだ?」
「残念ながら、私にも分かりかねる」
「――と、いう事なのだが、これで気が済んだのだ?魏」
「そういう井宿はどうなんだよ」
「…オイラもそろそろ怒って良いのだ…?」
「あ、あのっ」
さすがに心穏やかではいられず、魏に有無を言わせずに仕事へ戻ろうとした時だった。
華音から声が上がる。
「華音、もうこれで終わったから、帰り支度をしてくるのだ」
「違うんです…思い出した…の…」
芳幸を始め、魏や皆の視線が華音に集まる中、少し躊躇するような仕草をした後に、華音の口から重要な言葉が紡がれる。
「花娟さんが席を外していた時に、午後一でお客様が一人見えましたよね。ちょうど近くに居た魏さんに取り次いだら、慌てて何かをズボンのポケットに仕舞っていた様な気がするんですが、私の記憶違いでしょうか…」
「どうなのだ、魏」
芳幸と華音の言葉に、魏がズボンのポケットを手で弄る。
「――あ、あった~!あったよっ、華音、ありがとな!!……って…あれ?」
「「た~ま~ほ~め~ぇ」」
ポケットから取り出された一枚の100円玉を見て、花娟と翼の見事に揃った声に劣らず、芳幸はガタンッと派手な音を立てて椅子から立ち上がる。
「星宿様。華音を送ってきますのだ」
「あ、あぁ…構わぬが…」
「その間に、今日中に仕上げなければならない書類の内の何枚かは、勿論、魏がやっておいてくれるのだ?」
「……タダ働きで…だよな…」
言葉なく微笑みだけで答えると、魏の表情が引きつる。
青い顔をした彼には構わず、颯爽と前を通って華音の元へと辿り着いた。
「…私がもっと早く思い出していれば、芳幸さんに余分な手間はかからなかったのに…ごめんなさい…」
心底申し訳なさそうな表情を浮かべる華音の肩に、自分の薄手のコートを羽織らせてから、彼女の手を取り、事務所の出入り口へと向かう。
「唯ちゃん、すまないのだが、華音の荷物を取ってきて貰っても良いのだ?」
「分かりました」
「――おいで、華音」
振り向き様に唯へ頼み事をした後、華音を誘って外まで足を運んだ。
入り口から僅かに距離を取った所で足を止める。
「華音が謝る事ではないのだ?」
「でも…」
まだ何かを言いたそうに開きかけた唇に、己の人差し指をあてがう。
「オイラにかかった手間は、華音との時間で帳消しになるから良いのだ」
耳元に唇を寄せてそう言葉を紡げば、華音は頬を赤く染めた。
程なくして、唯が華音の荷物を持って事務所から出てくるのが見えた。
「鞄とコートで全部だよね?…彼も申し訳なさそうにしてたから、華音もあんまり気にしないようにね」
「…うん。荷物ありがとう」
「どう致しまして。バイトお疲れ様。また来週ね」
唯が手を振って事務所へ戻ってゆき、再び華音と二人きりになると、華音が芳幸のコートを差し出してくる。
「コート、ありがとうございます」
「だ。荷物持つのだ」
「…ありがとうございます」
自分のコートと共に華音から荷物を預かり、彼女がコートを羽織り終えた事を確認してから歩き出す。
「芳幸さん…腕を…組んでも良いですか?」
「もちろん?」
控えめに掛けられた声に、どうぞ、と腕を絡めやすいように肘を持ち上げると、嬉しそうに華音の腕が触れてきた。
少しずつ暗くなり始めた道を、芳幸と華音は急ぐ事なく、二人の時間を噛み締めるように、ゆっくりと、芹沢家までの道のりを二人で歩んだ。
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あとがき…何だかしばらくは、
この形が主流になりそうです…(笑)
井宿さんが尋問する様子を書きたかったので、
今回のお話はコミカルタッチ風に。
余談ですが…。
最後の方で主人公を送っていくシーン…
芳幸のコートはベージュのトレンチコート希望です。
最近、このシリーズの影響か、
芳幸の私服姿を想像するのが
楽しくなってきた管理人であります←