事件編【File1~10】
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春の訪れが、少しずつ近づいてきている気配を感じ始める今日この頃。
学校生活の中で上がった話の一つに、華音は頭を悩ませていた。
最近では特に、華音と親しい関係にある理枝や麻奈美の二人を通して、他のクラスメイトたちも華音との関わりを持とうとしてくれている様子が窺える。
それは勿論、華音にとっても嬉しい事ではあったが、その反面で華音の中で消化しきれない事が増えてきているのも事実であった。
探偵事務所のバイトで昼食の休憩時間へと入ったタイミングを見計らった華音は、意を決して口を開いた。
「唯、美朱ちゃん。私とカラオケに行ってくれませんか?」
各々が食事の席へと着く前に、唯と美朱の元まで行き、開口一番で本題を切り出す。
「華音ちゃんとカラオケ?行く、勿論行くよっ」
「あたしも別に構わないけど。珍しい…っていうか、初めてじゃない?華音からカラオケのお誘いなんて」
「春休みに入ったら、クラスの女子の何人かでカラオケに行こうって話になって…。でも、私、カラオケに今まで行った事もなくて不安で…。
だから、その前に…分かる事が一つもないから、二人に教えて貰いたいの」
「まずは練習をしておきたいって事ね、了解」
快く了承の言葉が返ってきた事に、ほっと胸を撫で下ろした。
美朱に続いて、華音の言いたい事を綺麗に要約してくれた唯も頷いてくれる。
「土日は三人ともバイトだから、行くのは平日の放課後とかかな?」
「週初めの方が、華音の身体もそんなに疲れは溜まらないかな?」
「火曜日辺り?」
「うん、私は大丈夫」
「じゃあ、学校が終わったら、あたしと美朱で華音の学校まで行くから」
「火曜日に華音ちゃんの学校の校門前で待ち合わせだねっ。わーい、華音ちゃんとカラオケっ、カラオケ♪」
「…君たち三人だけで行くのだ?」
話が早々に纏まる中、華音の傍らで響いてくる声。
華音たちの話を聞いて、歩み寄ってきた芳幸が思案顔で言葉を紡いだ。
「遊びに行くのにあまり煩い事は言いたくないのだが…一つ条件をつけても良いのだ?この事務所から一番近いお店にするのだ」
「…井宿。心配なのは分からなくもないけど、過保護なのもどうかと思うわよ」
「念の為、なのだ」
万が一に備えて、と、芳幸から上げられた条件には、別段嫌な思いを抱くでもなく、唯と美朱、三人で頷いた。
しかし、そんな芳幸の心配通りに、まさかちょっとした事件が起ころうとは、華音たちもさすがに考えていなかった。
**§**
唯と美朱と約束をした火曜日。
二人に案内されるがまま、足を運んだカラオケ店。
お店に入るや否や、華音は慣れない雰囲気に尻込みをするばかりだった。
個室に入り、三人きりになった空間でようやく一息を吐く事が出来た。
「そういえば肝心な事聞いてなかったけど…華音って歌はどのくらい知ってるの?」
唯が手際よくマイクをテーブル上に用意しながら、華音に問うてくる。
「私が体調を崩すと気分転換にでもなればって、お姉ちゃんがCDを買ってきてくれたりとかしてたから…それなりには分かるはず…」
「そっか。なら、マイクで歌う事に慣れちゃえば、そんな構える事はないって。理枝ちゃんと麻奈美ちゃんもいるんでしょ?
曲を入れたりするのは手伝って貰えば良いわけだし」
「でも、華音ちゃん、よく断らなかったね?クラスの子たちとって言ってたから、大勢で行くんじゃない?」
美朱の言葉には、顔を俯かせて答える。
「断ろうとも思ったんだけど…何か、私と仲良くなる為の会みたいで…。断るに断れなかったの」
「なるほどね。嬉しいけどちょっと複雑ってわけか」
今度は唯から紡がれた言葉に頷いてみせた。
「まぁね、こういう雰囲気だって事が分かれば、いきなりよりも少しは心構えも違うでしょ。今日は三人なんだから、あんまり深く考えずに楽しも?」
「あたし、トップバッターで歌っていい?華音ちゃんの為に頑張っちゃうっ」
「あんたは歌いたいだけでしょ、美朱」
「…えへへー」
やはり思い切って二人に頼んでみた事は正解だったようだ。
自然と心は解れて笑みも零れる。
唯の言う様に、せっかくなのだから楽しみたい。
「美朱の次は華音ね。時間は一時間しか取ってないんだから、ちゃっちゃか歌うよ」
「え…私、最後で…」
「華音の練習なんだから。ほら、何歌う?」
「…えっと…」
華音が懸命に思考を巡らせている間に、早くも曲が流れ始めて美朱は既に歌い始めていた。
「曲名が…思い出せない…」
「大丈夫、そういう時は歌っている人の名前でも探せるから」
本当に色々と便利なものだ。
機械にはとことん弱い方だと、自分では思う。
故に、華音の言葉を聞いて手元の機械でてきぱきと曲を探し出していく唯には感心してしまう。
「この曲で良い?」
程なくして、華音に確認をする為に見せてくれた機械の画面には、華音が覚えている歌詞が載っていて頷く。
「歌詞も出るの…凄い」
「曲が決まったら画面のここを押せば、曲を入れられるんだ。このペンで押してみて」
促される通りに唯が指し示す所を恐る恐る押してみると、部屋の前方に設置されている大きなテレビ画面の上部に、文字が小さく現れて、またすぐに消えた。
「…華音ちゃん、結構難しそうな曲歌うんだね。映画の曲…だっけ?」
一曲を歌い終えたらしい美朱が、曲の後奏部分が流れる中で呟きを漏らす。
「映画は…分からないけど、曲がとても好きなの」
美朱が歌っていた曲が終わると、画面が切り替わる。
唯から手渡されたマイクを受け取りながら、深呼吸をする。
前奏を終えて、華音の口から紡がれていく歌に、美朱と唯は驚きの表情を見せた。
「ピアノも上手かったけど…」
「歌も凄い…」
二人から零れ落ちた言葉は、華音の歌声の中に溶け込んでいった。
**§**
お店を後にしたのは夕方の五時を回っていたが、一日の日照時間も大分延びてきた事もあり、日はまだ沈みきってはいなかった。
「付き合ってくれてありがとう」
「あたしたちも楽しかったし」
「この分なら、大丈夫そうだね。さて、と。事務所に寄ってから帰ろっか」
唯が手の中に収まるものを華音と美朱に見えるように持ち上げる。
「唯ちゃん、それ…」
「何かあった時の為にって、芳幸さんから事務所の仕事用の携帯を預かってたんだ。返しに行かないと」
美朱と顔を見合わせて、先に歩き出した唯の後を追う。
「あっれー?君たち、もう帰っちゃうの?」
「これからが楽しく遊ぶ時間なのに残念だなー」
「なぁ、俺たちと遊ぼうぜ」
唯に追いつくと同時に、華音たちに突として掛けられた声。
何時から見られていたのか、良からぬ雰囲気を感じ取った時には、既に数人の若い男たちに囲まれた後だった。
ニヤニヤと、良い印象は持てない笑みを浮かべて少しずつ距離を詰めてくる。
「ヒュ~♪ラッキー、美人揃いじゃん」
「…ん?あんたのその顔、どっかで見覚えが…」
一人の男が自分の事をまじまじと見つめてくる視線に耐えられず、華音は通学鞄で顔を半分ほど隠しながら背けた。
「思い出した。あんた、確か芹沢何とかのお嬢じゃね?」
「…お前、何でそんなに詳しいんだよ」
「知らねーのかよ。こいつ、お嬢がやたらと好みらしくて、色々調べまくってるんだとよ。馬鹿だろ?」
「お嬢様はぁ、金たんまりと持ってんだよ。いいカモじゃねぇか。まぁ、金目当てなだけじゃないけどな」
「――あー、こらこら君。賢い子は嫌いじゃないけど、こそこそとそういう事はしちゃいけないなァ」
不意に、唯の前に居た男が唯の手首を掴んだのが見えた。
唯の手元から携帯電話が滑り落ちる。
「唯ちゃんっ…!ちょっとあんた…唯を、離しなさいよぉーっ!!」
傍らに居た美朱が、唯の手を掴む男に飛び掛っていく。
他の男たちは、美朱のあまりにもの勢いに呆気に取られているようだった。
だが、それも一瞬の事で、美朱はすぐ傍に居た男の一人に抑え込まれてしまう。
「…あなたたちの目的は何ですか?」
華音は顔まで持ち上げていた鞄を降ろし、静かに目の前の相手に問い掛ける。
「…お?お嬢様は物分かり良いみてぇだな。何だ、金でもくれるのか?」
「…それが目的なら…」
「華音ちゃんっ!?駄目だよっ…!」
「お前は黙ってろ!」
美朱から上がった声には構わず、鞄に手を掛けて自分の目の前に居るその男に一歩近づく。
そうしてから、鞄を縦へと素早く持ち替え、勢い良く鞄の角を男の顎目掛けて突き上げた。
「っ!?」
そのまま間を与えずに、鳩尾へと自身の肘を打ち込む。
「せっかく手は出さないでいてやったのに、ナメた真似しやがって…!」
ドサッと倒れ込む男の隣から、違う男の手が伸びてきたのを姿勢を低く屈めて避けながら、こちらにも鳩尾に肘を打ち込んだ。
加えて、少しでも多くのダメージを与えさせておこうと、少々手荒ながらも鞄の側面で相手の顔を思い切り叩〔はた〕いておく。
「華音、後ろ!」
唯から上がった声に気がついて、後方の気配に意識を集中させ、肘鉄をやはり鳩尾に入れた後で急所にも肘を打ち込み、更に立て続けに振り上げた肘で顎を狙う。
相手が怯んでいる隙に、男の前から離れる。
「あんたも…案外スキだらけ、ね!」
「美朱様、渾身の頭突きーっ!!」
唯と美朱もそれぞれの男たちから逃れられたようだ。
「華音!」
「美朱、唯!」
「…ちっ、男が来やがった。逃げるぞ」
さすがに気を失わせる事までは出来なかったものの、時間稼ぎは出来た、といった所だろうか。
足早に立ち去っていく男たちと入れ替わるように、芳幸と魏が華音たちの方へ駆けてくる姿が見えて、ほっと安堵の溜め息を漏らす。
「…あいつら、やけに足元がふらついてなかったか?」
「華音、君はまた無茶を…息が上がってるのだ」
唯の足元に落ちてしまっていた携帯が、唯から芳幸へと手渡された。
それを受け取った芳幸は、華音の幾分か紅潮した頬を両手で包み込んでくる。
「華音ちゃん、一人で三人も蹴散らしちゃってすっごくカッコよかった」
「…今回も愛羅さんの見よう見まねでやったのだ?」
「えっ?あれって、練習して身につけた技じゃないの…?」
美朱から驚きの声が上がる。
肩でする呼吸が少しずつ落ち着き始めた所で、華音は口を開いた。
「お姉ちゃんが昔…お稽古の練習でやってた事にそっくりの状況だったから…。…少しでも時間稼ぎになればと思ってやってみたんだけど…」
「一人ならまだしも、数人相手は無茶しすぎなのだ」
頬から離れていった芳幸の手は、華音の身体をふわりと抱き上げる。
「…よ、芳幸さん…っ…?私、歩けますっ」
「事務所までは我慢するのだ。オイラの“念の為”は結構あてになるのだ?」
「……うっ…」
そう、結局は芳幸が心配していたとおりになってしまったわけだ。
これで体調でも崩そうものなら、更なる迷惑をかける事にだってなり兼ねない。
何も言い返す事が出来なくて、答えに詰まっている華音へ、落とされる言葉。
「せめて、華音の体調だけでもオイラが守りたいのだ」
華音が大好きな優しい微笑を湛えて彼はそう言ったが、すぐに苦笑のものへと変えた。
「…んー、でもこれはあまり得策ではなかったのだ?――なるべく大通りではない場所を通ってあげるから許して欲しいのだ。
華音にオーバーヒートされたら元も子もなくなってしまう」
「どう考えたって人目につくだろ、井宿」
「そだね、お姫様抱っこだし」
「周りに馴染まない光景…でもあるしね」
「……か、鞄の陰に隠れておきますっ」
「そうすると良いのだ」
皆の言わんとしている事を理解して、慌てて抱え込んでいた鞄を目元まで引き上げた。
「周りが見えていないなら、事務所まで…と言わずに、このまま自宅まで送って行っても良いのだが…」
歩き出しながら芳幸から落とされた言葉には、必死に否定の意思を伝える。
「心臓がいくつあっても足りなくなるので、事務所までで大丈夫です」
「だ、仕方ないのだ…オイラも妥協するのだ」
鞄の陰からこっそりと芳幸の表情を窺う。
すると、そこには想像していたよりも真剣な表情が在り、ドキン…と胸の鼓動が跳ねた。
「…心配かけて…ごめんなさい。ありがとう…」
芳幸にだけ聞こえるように、華音は謝罪と感謝の言葉とをそっと小さな声で紡いだ。
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今回あとがきは省きます(笑)
書く事があまりないので…。
とはいえ、少しだけおまけ話。
娘っこさんに護身術の件〔くだり〕を
もう一度やらせたかったので、
唯&美朱の巫女さんペアとの放課後話です。
ちなみに、主人公がカラオケで入れていた曲ですが。
映画「アマルフィ 女神の報酬」の主題歌「Time to say good bye」の曲という事で!
これを完璧に歌い上げられたらさぞかし気持ち良いだろうし、
カッコイイだろうなぁ、という管理人の希望を込めてますv