出逢い編・後篇
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そういったおはなしでは説明頁の設置や特記事項がありますので、ご参考までにどうぞ。
当森メインの夢創作を楽しめますよう、先ずは是非、井宿さんにお名前を教えていって下さいませ
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「友達が」
「出来たー!?」
魏と翼から上がった、少々大げさとも取れるその声に、華音は俯きながら小さく頷いた。
最初は一週間の予定であったが二週間に延びてしまった入院も、無事に退院をする事が出来、一週間が経とうとしている週末。
朱雀探偵事務所のアルバイト日である今日、華音の退院祝いという事もあって、豪華な昼食メニューが並ぶ中での報告だった。
「入院中、お見舞いに来てくれたあの二人なのだ?」
隣からの問い掛けには、二度目の頷きで答える。
週の初めは、家族の意見もあり、念のために大事をとって自宅で療養をしていた。
そんなこんなで、退院後に華音が学校へ登校したのは、一昨日の木曜日の事。
「…退院後初めて学校に行った時に、沢井さんから聞いた話のお礼をしに行ったんです。そうしたら――」
『ねぇ、華音。私の事もう名前で呼んでよ』
『理枝ってさばさばしててこの通りの性格でしょ?苗字で呼ばれるのが小っ恥ずかしいんだって。私の事もね、麻奈美でいいよ』
『芹沢さんの下の名前…華音、だよね?あの人彼氏?そう呼んでたから』
『えー、なになにっ?芹沢さんって彼氏いるの!?』
『そう、すっごくカッコイイの』
『嘘…だろ、おい。俺、密かに芹沢の事狙ってたのに』
『ばーか、お前身の程弁えて言えよ』
『…あー?お前だって芹沢狙いだろ。知ってるぞ、俺』
『なっ!いつだ、いつからバレてたっ?』
理枝と麻奈美の二人を中心にして、瞬く間にクラス中に広がっていった会話を思い出して、気恥ずかしさが蘇る。
「…華音?」
話を始めようとするや否や、言葉を途切れさせてしまった為か、芳幸が顔を覗きこんできた。
「な、何でもないのっ……クラスの人たち皆で、温かく迎えてくれて…驚いたけど、凄く嬉しくて…」
「だ?」
話しながら、ちら…と芳幸に視線を送ると、芳幸は首を傾げた。
「そういえば、麻奈美がカッコイイ彼氏ね、って…。誰か知り合い紹介してくれない?って言ってました…」
「中・高校生くらいの女子ってほーんとその手の話が好きよねぇ。…井宿、あんた満更でもなさそうな顔してるけど、喜んでる場合じゃないでしょうに」
「…だ?」
「良く考えてもみなさいよ。華音がクラスに馴染め始めてるって事は、確かに喜ばしい事だけど、色恋沙汰も起こり得るって事よ?こんな可愛い子親密になればなるほど放っておくわけないでしょ」
「だ、だ…っ?」
「…えっ、あ…狙ってるって…そういう意味…?」
クラスメイトの男子が会話に入ってきていたのを、特に深く考えるでもなく聞き流していたが、あれはやはりそういう意味だったのか…。
「本当に言われたのだ?一体誰に言われたのだ…」
「…え、えっと…名前…覚えてないので…分かりません…」
「華音がこの調子なら、しばらくは大丈夫そうだな」
「ねぇねぇ!それよりそろそろご飯食べよーよっ!あたし、お腹空いちゃってこれ以上待てないッ…いただきまーす!!」
「あ、こら、美朱!あんたはまたそうやって」
「へっ?らって唯ひゃん…ほんなごひほうめっらにたべれなひ…」
「あーもう!いいわ!とりあえず乾杯しましょ!」
美朱の説得は早くも諦めた様子の花娟の言葉に、皆がコップを手に取る。
華音も例外に漏れず、皆の行動に倣った。
「では。華音の退院祝いと…友情成立祝いも兼ねて、乾杯」
「「「「「「「「「乾杯」」」」」」」」」
賁絽の言葉と共に、カシャン…と、ガラスの触れ合う音が響く中、そういえば…とふと思い出したように芳幸が口を開いた。
「いつの間にか、また苗字に戻っているのだ?確かに呼びやすい方で良いとは言ったのだが…一度は名前で呼んでくれた後だと、どうしても気になってしまうのだ」
「…皆さんの前だと、何だか恥ずかしくなってしまって…名前で呼べるように努力します…」
「なぁ、一つ聞いてもえぇか?ずっと気になってんねん」
翼が会話に入ってきて、華音はそちらへと視線を向ける。
にっ、と八重歯を覗かせて、何処か悪戯っ子のような笑みを浮かべながら、彼が言葉を続けた。
「お前ら何処までいっとるん?まさかもう最後まで――」
「翼宿…経を読んで欲しいのだ?」
「…お前、それ言うたらあかんやろ」
…最後?経?
芳幸と翼の間で飛び交う単語が今一理解できずに、華音の頭の中で疑問符が浮かんでは消える。
「華音ー♪意味知りたーい?」
背後から花娟が近付いてきて、こちらも何やら意味ありげな笑みを浮かべていた。
興味が全くないと言えば嘘になるので、素直に頷いてみる。
「まぁ、そうね。お経に関しては、井宿の副業って事にしておけば良いかしら。あとはね~…」
花娟に耳打ちをされた内容に、瞬時に顔だけが火照っていく。
何かしら声を上げようにも、言葉にならない。
顔に熱が集まりすぎて、仕舞いにはくらり…と眩暈がした。
「…華音?ちょ、ちょっとやだ…お、お嬢様にはやっぱり刺激が強すぎたかしら…おほほほほ~」
「柳宿、笑ってる場合ではないのだ!華音っ?」
「おい、大丈夫か?」
「……む、無理…で…す…」
「華音!」
「確か冷却シートあったな?」
中途半端にこの場に留まるよりは、もういっそうの事倒れてしまいたい気持ちだった。
この時ばかりは、身体が弱かった事に少しだけ感謝した。
**§**
「こんな事でも…迷惑かけてごめんなさい」
「あれは明らかに柳宿と翼宿の悪ふざけが過ぎたのだ。病み上がりなのに大丈夫なのだ?」
芳幸の膝の上に乗せた頭を小さく縦に動かし、問い掛けに頷く。
事務所奥の和室スペースで芳幸と二人。
寿一の機敏な処置のお蔭で、上昇した熱もほとんど下がってきた。
それでも、まだ少し顔は熱い。
「…あ、あのっ…芳幸…さん…」
「うん?」
この際だから、聞いてしまおうか…。
後々に自ら話題を振る事は絶対に無理だ。
それなら、今、話の流れに乗ってしまうのが一番自然だろう。
「…そ、そういう事も…やっぱり…したいと…思います…か?」
パタパタ…と、厚紙で華音へと風を送っていた芳幸の手がピタリと止まった。
「…あまり聞くものじゃないのだ、そういう事は…」
「あ、うぅっ…ご、ごめんなさいっ…」
…墓穴を掘ってしまった。
居た堪れなくなって、芳幸から顔を逸らす。
「まぁ、でも、そうなのだね。しばらくはまだ駄目なのだ。華音は学業に励まなければならないから。一通りの勉強を終えて、華音が自分の事に責任を持てるようになったら…
その時は、いずれ、出来る事なら全てにおいて華音と結ばれたいと思っているのだ――って、何を言っているのだ…オイラは」
再び芳幸の手が風を送り始めたかと思えば、すぐに動きは止まる。
不思議に思い、華音が芳幸の方へと視線を移すと、芳幸もまた華音から顔を背けていた。
その横顔には微かに赤みが差しているように華音には見えた。
くす…くすくす―――…。
思わず笑みが漏れる。
「…オイラは至って真剣なのだが…」
「ごめんなさい…可愛い一面が見れたからつい…」
「可愛いという歳でもない…せめて、意外な、で済ませて欲しい所なのだ」
芳幸は、顔を華音の方へと戻して、少し目を細めながら言う。
その表情は普段の彼に戻っていた。
「そういえば、芳幸さんっていくつなんですか?」
「27」
「…えっ?う、嘘、お姉ちゃんよりも年上っ?」
「嘘を言ってどうするのだ」
「ま、待って…え…?私と10も離れてるの?」
初めて知ったその事実に、少しばかりの自己嫌悪に陥りかける。
「オイラの事、いくつだと思っていたのだ?」
「お姉ちゃんと同じか、少し下くらいだと…」
お蔭で熱はすっかり引いた気がする。
身体をゆっくりと起こし、寿一が額に貼ってくれた冷却シートを剥がしながらそのまま肩を落とした。
そして、はたと気がついて、芳幸から離れて事務所の方に足を向ける。
「華音?何処に行くのだ、身体は…」
「もう大丈夫…」
心配して声を掛けてくれた芳幸の方には振り返らず、歩みを進めた。
そうして、目的の人の元に辿り着いた華音は、足を止める。
「…あら、華音。もう大丈夫なの?」
「はい。…あの、花娟さんっていくつですか?不躾ですみません…」
華音から見た感覚であれば…彼女は23歳くらいだろうか。
そう、姉や芳幸とだいたい同じくらいの年齢だと思っていたのだ。
唐突に投げかけた華音の質問に、別段気分を害するでもなく快く返ってきたその答えは…。
「あたし?今年で21だけど?」
先程よりも更に大きく肩を落とす。
「…私の年齢を見る感覚がおかしいだけ…なんですね…」
つまりはそういう事だ。
自分には人の年齢を見る感覚は備わっていない…自分の感覚は当てにしてはいけないのだという事を知る。
「ちょっと、あんた大丈夫?さっきは顔が赤かったけど、今は青いわよ?」
「…大丈夫です…」
「10離れていて一体何が問題なのだ。別に歳は関係ないのだ?」
華音の後を追いかけてきた芳幸が、いささか機嫌を損ねているのか、腕を組みながら華音に視線を向けてくる。
「なぁにー?あんたたち今更歳の差で揉めてんの?まぁ、確かにね、井宿は若く見えるかもね。こういう喋り方だし。で?いくつに見えたわけ?」
「愛羅さんと同じくらいか、下だと思っていたらしいのだ」
「お姉さんと華音、いくつ離れてんの」
花娟の問い掛けには、小さい声で答える。
「…七つ…です」
「何よ、別にあんたが考えてた歳と、大まかにはずれてないじゃない。たかが数年、何がそんなに不満なわけ?」
「……不満というか…心配で……」
「だから、何が」
「………ろ、老後………」
答えを紡いでいくごとにどんどん消え入りそうになっていく華音の言葉。
それでも、最後の言葉もしっかりと皆の耳に届いたようで、少しの間があった後に、何人かの盛大な声が事務所内に響き渡った。
「「「老後~ォ?!」」」
「何でまた、いきなりそんなとこに飛躍すんのよ…」
「だ、だって…」
皆に答えを促されるように見つめられ、今度はまた赤らんでいるであろう顔を俯かせながら口を開いた。
「…私、身体が丈夫じゃないので…。こんな私でも、将来一緒になってくれる人がいるなら、歳が少しでも近い方が、二人で一緒に居られる時間も長くなるのかな…なんて、訳のわからない事を考えていました…うぅっ…すみません」
ちょうど目の前にあった、事務所の受付窓口となっているカウンターテーブルの影に、顔の上半分程だけを残して身を隠す。
「井宿。あんたどうすんのよ。これってある意味逆プロポーズってやつじゃない?」
「すごーい、華音ちゃん、やるぅ~」
「え…そ、そんなつもりじゃ……――って…あ、あの…芳――沢井さん…?」
いつの間にそちらへ回りこんだのか、カウンターテーブルの反対側に両腕を置き、華音と対面した芳幸は、にこりと普段以上の微笑みを浮かべて言った。
「君は、さっきオイラが言った事を本当に聞いていたのだ?華音がその気なら、もういっその事高校卒業と同時に結婚でもしてしまうのだ?」
「…け、結婚っ?」
「そう、永久就職。オイラのお嫁さん」
「……っ!?」
「――なんて。冗談なのだ、今はまだ。時期がきたらちゃんとするから、それまでに華音がやりたい事を見つけて待っているのだ」
ぽんぽん…と、華音の頭を撫でてから芳幸がカウンターテーブルから離れていく。
冗談と言いつつも、何だかさらりと凄い事を言われた事には変わりないのではないだろうか。
心臓に悪い…お蔭で数年程寿命が縮まってしまったかもしれない、と、華音は心の内で密かに本気で心配をした。
「頭固いわねー、井宿」
「…オイラは別に…。華音が真剣にオイラとずっと居る事を考えて答えを出してくれたその時は、それが何時だろうと喜んで頷くのだ」
「もう十分に分かったわ、ごちそうさま。さぁ、二人とも戻ってきたんなら、食事しなさいな。全部美朱に食べられちゃうじゃないの」
芳幸共に、身体ごと花娟に誘導されて、再び舞い戻った食事の席。
先程までと違うのは、テーブルに並ぶ料理の量が三分の一程まで減っているという点だろうか…。
「…華音。君、オイラの事は若く見ていたようだが…軫宿はどうなのだ。君から見ていくつに見えるのだ?」
華音の分と芳幸自身の分の食事を手早く皿に取り分けながら、芳幸がぽつりと漏らした言葉。
余程、年齢の事が彼の中で引っかかっているのか、珍しくも蒸し返すかの如く、その話題に触れてくる。
「…でも…私の感覚は当てにならないみたいだし…」
「あたしも気になるわ、それ。この際だから言っちゃいなさい?」
ちら…と、話題に上がっている寿一の方に様子を窺う視線を投げかけると、普段よりも表情を固くして、緊張気味に華音の言葉を待っているようだった。
芳幸や花娟を始めとする皆の視線が集まる中、華音は渋々小さく口を開いた。
「……25、6だと…思っていました…」
「あ、あ、当たっとるっ…ビンゴやで、華音!」
「華音、大正解だ、やったな…!」
何時、どうやってそれが用意されたのか…何故か紙ふぶきが舞う。
「…待て。素直に喜べないだろ、これ。井宿よりも年上に見られてたって事だよな…」
「…すっ、すみませんっ」
正解という割りには、沈んだ空気が漂う傍ら、してやったりという笑みを浮かべる芳幸。
何とも言えない空気を感じて、二度と自分から年齢の話題は振るまいと、固く心に誓った華音だった。