出逢い編・後篇
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そういったおはなしでは説明頁の設置や特記事項がありますので、ご参考までにどうぞ。
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「華音っ…」
視界が霞む先で揺らめく、芳幸の姿。
手を伸ばすと、包み込んでくれる温もりに微笑が零れる。
「皆さんに…迷惑をかけた事に変わりはないけど…芳幸さんへの想いは…少しくらいは自分で護れたかな…?」
「十分なのだ…とても、嬉しかったのだ」
力強く握り返される手に、自分の身体を預けて、華音は目を閉じた。
**§**
「もう…満足じゃないのだ?君の気持ちを知らないながらも、華音は華音なりにちゃんと応えたのだ」
意識を失った華音を腕の中に抱きながら、芳幸は自分たちを見下ろす彼女に問い掛ける。
彼女は、言葉なく芳幸と華音に歩み寄ると、華音の髪を撫でやった。
そうしてから、芳幸の手首に残る拘束の痕へと視線を移し、手を当てる。
「…ごめんなさい…」
短くそうとだけ言葉を漏らして、また芳幸たちから離れた。
そのまま倉の奥側の方へ足を進めていく彼女は、途中で一度だけ立ち止まり、背を向けたまま小さな声で言葉を紡ぐ。
「…お願い…あなたが聞いた事は…華音には絶対に言わないで…」
「オイラと君だけの秘密、なのだ」
「ありがとう…」
笑みを漏らしたのか…彼女の肩が微かに揺れたように見えた。
そんな彼女の姿は倉の先に繋がる闇の中へ消えていく。
「…今回は…これで無事に解決、なんか…?何や、後味悪うてすっきりせぇへんのやけど」
「でも一応、まだあの子の依頼も残ったまんまだろ?」
地面から拾い上げて手中に収めたカッターを見つめる魏と、途惑いの表情を浮かべる翼とに、芳幸は己の考えを述べる。
「彼女の依頼は、もう彼女の中で解決したのだ。あの依頼はきっと―――…」
彼女が持ちかけてきた依頼はおそらく、華音との縁を繋げる為の彼女なりの懸命の手段だったのではないだろうか、と芳幸は思う。
そこへ芳幸への想いも加えての事だったのか…。
「とりあえず、話は後だ。華音を病院に戻すぞ。美朱と唯ちゃんの話だと、担当医を無理矢理に説得してまで来たらしいからな。俺が付いている事と時間制限付きが絶対の条件らしい」
「そういう事だったのだ…」
幾分か厳しい寿一の声音に、華音を抱きかかえたままで立ち上がる。
「それにしても凄かったよな、華音…。合気道かなんかやってんのか?あんなの咄嗟にできるもんじゃないよな…だから、俺―――…今回も大した出番なかった…」
「…お前が井宿助けに行けば良かったな」
早々に歩き出した寿一と芳幸の後ろを、がっくりと大きく肩を落とす魏とそれを宥める翼の二人が付いてくる。
「無理をしてまで、大丈夫なのだ?華音は…」
「いくら無理に説得したとはいえ、あまりにも危険な状態に陥るような具合であれば、承諾しないだろう。相手は医者だぞ?しかも、華音の担当医なんだ、彼女の身体の事は良く分かってるだろ。心配しすぎる必要はないと思うが」
寿一の言葉に不安が和らいだが、芳幸の歩みは速まるばかりであった。
**§**
「…そうですか。そんな事があったのですね。あなた方と出会って、本当に華音は変わりました。感謝してもしきれません」
「いえ、感謝など…こちらとしては、大事な妹さんを危険な事に巻き込んでしまって申し訳ないくらいですのだ」
丁重すぎる程に頭を下げる華音の姉――愛羅を前に、居た堪れない気持ちになる。
華音を連れて戻ってきた病院。
病室から出た廊下で、寿一と共に、彼女に一通りの事の次第を報告し終えた所だった。
華音は、担当医の診察を受けている事だろう。
「…それにしても、一条家のお嬢さんは本当に何を考えているのか」
華音が無事に戻ってきた事に安堵したのもあるのか、目尻に浮かんだ涙を拭ったハンカチを握り締める愛羅に、芳幸は思わず口を開いた。
「確かに、彼女の行動は目に余りますが、彼女も彼女のやり方で妹さんを想ってくれているのだと、どうか信じてあげて下さい」
「…芳幸」
そういう話は今はタイミングが悪いと言わんばかりに、隣からさり気なく寿一に肘でつつかれる。
案の定、愛羅が少しばかり訝しげな顔で芳幸を見上げてくる。
言ってしまった言葉は取り消す事は出来ず、芳幸は微苦笑を浮かべた。
「――芹沢さん、妹さん目を覚ましましたよ。入院の延長は免れませんが、思っていたよりは状態も安定しています」
不意に担当医が病室の扉から顔を出し、愛羅に声が掛かる。
愛羅は一度そちらを振り返ってから、再び芳幸たちの方へ視線を向けた。
「良ければ、会って行ってあげて下さい」
そう申し出てくれた愛羅に、寿一と共に頷いて後をついていく。
「…君たちとの関わり合いは、彼女にとって良いのか悪いのかどっちだか良く分からないな。目を覚ますなり、何やら今度は精神的に不安定そうだったが?とりあえず、一通りの診察は終えたので、自分はこれで」
扉の所で担当医師とすれ違う際にかけられた言葉。
病室の中まで足を運び、その意味を理解する。
「…華音?」
先に華音の元まで辿り着いていた愛羅が、ベット上で上半身を起こしている華音の名を呼んでいた。
「…分からない、の…」
瞳を伏せてぽつりと、華音から言葉が零れる。
「夢を見て…。茉莉奈との思い出は…苦しいものに変わってしまったはずなのに…。夢の中の私は、茉莉奈と二人で笑ってた。楽しいって思えた」
静かに華音の頬に涙が伝った。
「…それに、私が芳幸さんと言葉を交わす前のあの時…茉莉奈、微笑んでた。…どうして…?私、何か勘違いしてた…の…?」
先程の芳幸の言葉が気にかかっていたのか、愛羅が言葉を求めるように芳幸に視線を送る。
それに気付いた芳幸は、華音に歩み寄り、己の手を華音の腕に添えながら身を屈ませた。
「華音とあの子は、お互いの気持ちが見えなくて、少し想いがすれ違ってしまっただけなのだ」
華音の瞳がゆっくりと芳幸に向けられる。
「唯ちゃんと美朱の事、何か聞いているのだ?」
「詳しい事は聞いてないけど…でも、最近、大きな喧嘩したって」
問い掛けに返ってきた華音の答えに頷いて、言葉を紡ぐ。
「一度はすれ違いがあった彼女たちも、今はとても仲が良いのだ。…オイラは…想いがすれ違ったまま、全てを失う事になってしまったけど…。でも、探偵事務所の皆がいるのだ。華音にも巡り会えた」
「…痛い…の?」
「…え?」
す…と、華音の手が芳幸の顔に伸びてくる。
そしてその手は、左目のすぐ傍で止まった。
驚きに目を見張る。
「…何となく…つらそうだったから…」
「今は大丈夫なのだ。ありがとう、華音」
あちらの世界で、左目に在った大きな傷痕の事など、華音が知るはずもない。
それなのにも関わらず、華音の中で何かしら感じてくれるものがあった事…それが嬉しく思えた。
「何が正解とかはないのだ。でもきっと、自分の中に答えは必ずある。時間がかかっても、それを見つければ、自然とその人との関係も見えてくるのだ」
「…芳幸…さん…は…」
続けて放った芳幸の言葉に、華音が躊躇いがちに言葉を紡ぎ出す。
芳幸の目元に添えられていた華音の手は降ろされ、その手にきゅっと一度力が込められた後、華音は再び口を開いた。
「芳幸さんの答えは…見つかった…?」
不安に揺れる瞳が、芳幸を捉える。
それは、踏み込んだ問い掛けをしてしまった事に対するものなのか…。
それとも、華音自身の答えを見出せるかどうかに対してのものなのか。
おそらく、様々な不安が入り混じっているのであろうその瞳を見つめ返して、芳幸は笑んで答える。
「ちゃんと見つけられたのだよ。オイラの想いは、自分の中でずっと息づいていくのだ、永遠に」
ふわり、と、控えめに、だが、確かに芳幸を抱きしめる華音の腕。
「私にはこんな事しか出来ないけど…ありがとう。私にもいつか…芳幸さんみたいに、茉莉奈の事を笑って話せる時が来るのかな…」
「大丈夫なのだ…華音なら」
病室がひんやりとした空気を纏っている中。
自分よりも火照っている華音の身体は、心地良いほどに温かく感じられ…。
芳幸はそっと、あちらの世界での記憶に想いを馳せた。
**§**
芳幸をも巻き込み、茉莉奈と大きく関わる事になった出来事が一段落してから数日。
華音の体調も順調に快復へと向かっていた。
「華音、お見舞いの方が来て下さったわよ」
「……?」
その日は午前の内から足を運んでくれていた芳幸と会話を交わしていた所に、見舞い客の訪れを知らせる愛羅の声。
誰だろうと、首を傾げる華音の隣で、愛羅に続いて病室に入ってきた二人の見舞い客のその姿を見て、芳幸が声を上げた。
「君たちあの時の…」
その言葉が理解できずに芳幸に視線を向けると、微笑んで答えてくれる。
「華音を捜していた時に、華音の居場所を教えてくれたのだ」
「こんにちは」
「クラスの皆で千羽鶴折って持ってきちゃった」
クラスメイトである事は、彼女たちの顔を見た時に華音も気付いていた。
だが、高校入学当初から必要以上の関わりは避けていたが故に、名前まで思い出す事は難しかった。
「少しの間、オイラは席を外すのだ」
そう言って、華音から離れようとした芳幸の服の裾を、華音は咄嗟に掴んでしまった。
どうすれば良いのか分からない…出来る事ならこの場に居て欲しい。
縋るような瞳を向けたものの、やんわりと華音の手は外される。
「自然体の華音で良いのだよ」
微笑を残して、芳幸は病室から出て行く。
いつの間にか姉の愛羅の姿もなかった。
沈黙が流れる中、意を決して紡ごうとした華音の言葉は、遮られる事となった。
「…あのっ」
「「ごめんなさい!」」
華音の声に重なり、二人のクラスメイトから謝罪の言葉が紡がれる。
いきなり頭を下げられる状況に戸惑っていると、二人は程なくして顔を上げ、代わる代わる口を開いた。
「クラスの子たちと一緒になって陰口叩いて…気分良いわけないよね…」
「でも、どう接して良いのか分からなくて…きっかけを探してるうちに二年目に入っちゃうし」
「芹沢さんがあの後、入院したって事を担任の先生から聞いた時、怖くなったの」
「あの時はたまたま芹沢さんの事見かけてたから、良かったけど…。もし、そうじゃなかったら、どうなってたんだろうって。芹沢さんの事をもっと知ってたら、入院なんて事にもならなかったんじゃないかって」
悔いるようにそう言葉を紡ぐ彼女たちに、華音は首を横に振って言葉を返す。
「あなたたちのせいじゃない。私がいけないの…人と関わる事が怖くてずっと避けてきたから…。でも、結局、迷惑をかける事になってしまって…ごめんなさい」
「芹沢さんは悪くないよ。良い家のお嬢さんだからって、勝手に私たちの理想像押し付けて。そんな事されたら、誰だって輪に入って来れないよ」
「ほんとにごめん…」
「そんな事…」
再び華音たちの間に沈黙が訪れる。
そんな中で、不意にぷっ…という小さな笑い声が漏らされるまでどれ程の間があったのだろう。
きっと、せいぜい数分の事だったに違いない。
「ちょっと、理枝〔りえ〕」
「だって…ごめっ…私たちお互いに謝るような事ばっかで…何か急におかしくなってきちゃって」
「…そうだね、傍〔はた〕から見たら…ちょっと変な光景かも」
理枝と呼ばれた彼女につられるようにして、その名前を呼んだ彼女も控えめに笑い始める。
笑い出した二人に、温かいものが華音の胸の内に込み上げてきて、華音もくすっ…と笑みを漏らした。
その感覚は、朱雀探偵事務所に初めて訪れたあの時のものと、とても良く似ていた。
「…二人の事をもっと知りたいから…名前を教えて貰っても良い…?」
芳幸の言葉が頭を過ぎり、華音の口から、自然とその言葉が滑り出ていった。