【番外編短篇】「僧侶と魔女と不思議な街」

おはなしを読むためのお名前変換はこちらから

おはなし箱内全共通のお名前変換
「夢語ノ森」では基本、おはなしの中で主人公の娘っこの性格や年齢を書き綴っていく形にしていますが、特別設定がある場合もございます。
そういったおはなしでは説明頁の設置や特記事項がありますので、ご参考までにどうぞ。

当森メインの夢創作を楽しめますよう、先ずは是非、井宿さんにお名前を教えていって下さいませ
君の名前は?

この章の夢小説設定
番外編短篇で使う、あなたの名前の一文字目は?

会話が途切れ、風の音だけが息づく。

程なくして、それまで黙って華音たちの様子を見ていた芳准が静かに口を開いた。



「…華音。元の世界に戻る方法がないか聞いて欲しいのだが…」

《今、方法を知っていそうな人が居る場所へ向かっていると、そう伝えて欲しい》

「知っているかもしれない人の所へ連れて行ってくれるって、そう言っているわ」

《そなたたち、迷い込んだと言っていたが何か思い当たる節はあるか?》

「…此処の世界に迷い込むような原因…あったかしら?芳准」



芳准の方を振り返り、問い掛けられた事柄を口にして彼にも問う。



「…直前に術を使ったくらい…か」

「そうね…特別変わった事はしていないはずだわ」

《時空の歪みでもあったのか…。――そろそろ着く。しっかりつかまって》

「…え?きゃっ…」



言葉を伝える間もなく急降下が始まって、華音は短い悲鳴を上げた。

その声は風と空へ消えていく事となったが…。

後方から伸びてきた腕に支えられ、どうにか身体のバランスは失わずに済んだ。


急降下の時間はそれ程なく、竜は一軒の家屋の前に降り立った。

華音と芳准が地へ下りた事を見届けてから、鱗をキラキラと散らせて竜の姿から人の形を象っていく。

それはこの世界に来て最初に会った、少年の様相そのものだった。


少年が家の扉まで歩むと、少年の手が触れる前にその扉は開かれた。



「珍しい客を連れて来たもんだねぇ、白竜や」



家の中から現れた人物に、芳准は錫杖を構えて華音の前に立った。

そうしたのも当然の事のようにも思う。

何せ、先程戦いを仕掛けてきた老婆の姿があったのだから…。



「大丈夫。この方は先程の湯婆婆様の双子の姉、銭婆様だ」

「双子…!?」



芳准が驚きの声を上げなかったとしたならば、おそらく華音がそうしていた事だろう。

一人でも印象が強いというのに、双子とは最早恐ろしくも感じてしまう。



「さぁ、立ち話もなんだから中にお入りな」



容姿は全く同じでも、物腰がまるで違う。

柔らかな印象を与える、姉だという彼女は、華音と芳准に目を細めて微笑んだ。


少年の後をついて、誘われるままに家屋の中へ足を運ぶ。



「お茶を淹れるから少しお待ち。話はそれからでも遅くはないだろう?」



木製の机の前に用意されたこちらもまた木製の椅子に腰掛けるように促されて、戸惑う思いはあるもののその場所へと腰を下ろした。



「…あ…あ…。」

「彼はカオナシ。お菓子をどうぞって言っているんだよ。恐がらないでやっとくれ」



黒色の胴体を揺らし、背が高い胴体の割には細長く小さな腕を一生懸命こちらへと伸ばして、やはり木製の半円形の器に盛ったものを勧めてくる。



「…ありがとう」



礼を言うと、“カオナシ”と紹介された彼は、真っ白の面のようなものを基盤として、目と口だと思われる空洞になった黒い部分の端を緩め、微かに笑ったように見えた。

目元の下には色のついた模様が描かれている。



「…あー…」

「何だい、照れているのかい。良かったね、礼を言って貰えて」

「あ…あ」



華音たちから離れ、老婆の元へと行った彼は老婆の言葉に頭を小さく縦に振って頷いているようだった。



「さて。とりあえず、そうだね…」



お茶を淹れ終えたらしい老婆が盆と思われるものに茶器を載せ、それを机の方へ運びながら芳准に視線を投げかける。



「あんた、術か何かを使えるのに、それで元の世界へ戻ろうとしなかったのは賢明だよ。時空の歪みが生じてるからね。下手にそれを使えば時空の狭間に迷い込むところだったよ」

「…そういえば、術を使う事は思い浮かばなかったのだ…」



指先で頬を掻きながら、芳准はぽつりとそんな言葉を漏らした。



「何だい、無意識だったのかい。それとも…そっちの娘の力の影響かね」

「私…ですか?私は何も…」



自分へと視線が移り、華音もまた何かに思考を巡らせたわけでもなく、素直にそう答えた。

すると、あっはっはっは…と、老婆は何処かに上品さは残しつつも豪快に笑い出した。



「お前たちの力は大したもんさね。意識しないところでも力が働くとはなかなかのもんじゃないか。妹が力を欲しがるのも無理はないね」



この老婆は全てを分かっているのか…。

何もかもを見てきたように話す彼女には驚くばかりだった。



「もう少ししたら時空の歪みもおさまるはずだよ。それまでは此処でゆっくりしてお行き。――それにしても」



芳准、華音、と、順に老婆の瞳が二人を捉え、紡がれた言葉。



「二人の未来は輝かしいねぇ。困難があっても二人で居れば何度でも乗り越えて行けるだろうね」

「本当ですか…?」



思わず椅子から立ち上がり、問い掛ける。

本来であれば、先日の戦いで失うはずだった自身の命。

それを救って貰った事で未来は大きく変わった。

既に二胡を代償の一つとしていても、それ以外にも何かしらの代償がそれなりにあるのでは…という不安がないと言えば嘘になる。



「良い事で嘘は言わないよ。その青年を傍で支えておやり」

「芳准…っ」



嬉しい思いが胸に溢れ、芳准の首元へ腕を絡めてその存在を抱きしめる。

背中にそっと温もりが添えられて、身体を抱き寄せられた。



「良い手本があったもんだね。白竜も頑張らないとね」

「…銭婆様」



後方で交わされる会話を耳にしながら、華音は涙を一粒だけ頬に伝わらせた。






**§**




今ならもう大丈夫だろうと、老婆の言葉通りに芳准の術で無事に戻ってくる事が出来た、馴染み深い世界に存在する大極山。

どういうわけか、其処には翼宿の姿があり、彼の傍らには柳宿、星宿、軫宿、張宿の姿も在った。



「お、お前ら何処行っとったんじゃあーッ!!」

「…た、翼宿っ?止めるのだ…オイラには華音が…」

「何馬鹿な事言ってんの、井宿!心配したんだからっ、もうっ」

「……心配?どういう事でしょう…」



大極山の地に辿り着くなり、芳准は翼宿に抱きつかれ、訳が分からないといった表情を浮かべた暁には柳宿に怒られる始末。

三人の傍らで首を傾げる華音に、星宿が答える。



「太一君がこの世界から二人の気が消えた、と」

「見た事もないくらいに慌ててたな」

「時空の狭間に飛ばされてしまったかもしれないと、翼宿さんにまでお声が掛かったようです」



軫宿、張宿もそれぞれ説明をしてくれた事で、今の状況を理解した。



「井宿に華音…戻ってきおったか」

「太一君も娘娘もすっごく心配した…!」

「無事で良かったね」

「良かった良かったー」

「えぇいっ、わしに喋らせんかっっ!」

「「「あいやーっ!」」」



突として現れた太一君の姿を、芳准と共に見つめる。



「…何じゃ…」

「太一君がとても可愛く見えるのだ」

「はい。太一君のそのお姿はとても愛らしいです」



芳准の隣で頷く華音の更に隣では、今度は翼宿たちが首を傾げる番だった。



「はぁ?何言うとんねん…砂かけばばあやで?」

「…二人に治療が必要か?」

「あんなに醜いものを愛らしいとは…」

「…太一君の姿より衝撃的なものがあったという事でしょうか?」

「お前たち、わしを何だと思っとるんじゃ!」



くわっと、太一君のアップになった顔を見て四人が倒れ伏せる中、柳宿一人がふよふよと宙を漂って華音と芳准に問う。



「あんたたち、結局何処へ行ってたわけ?」

「何処って…」

「…不思議な町?」

「なのだ?」

「どうして二人して疑問系なのよ…」



頭を抱える柳宿から視線を外し、芳准と顔を見合わせる。



「夢ではなかったのだ…」

「…これだけ騒ぎになっていれば…夢でもありませんね」



お互いの身体を支えあうようにして背中合わせになり、そのまま地面へと座り込む。



「ちょ、ちょっと!華音も井宿もしっかりしなさいよっ」



戻ってこれたという実感が漸く湧いてきて、ほっと安堵の溜め息を吐いた。





◇あとがき◇

井宿と湯婆婆。この二人を戦わせてみたかったんです。
というわけで、交響詩「愛紡ぎ」の舞台から、もしこんな事があったら~的なノリで書いてみました。

太一君を上回りますよね…湯婆婆と銭婆のお二人は。
最後の方で張宿も言っていたように、衝撃的なものを見てしまった後では、きっと太一君も可愛い存在となる事でしょう(笑)

管理人は、千と千尋の神隠しの二次創作をやっていた時期もありましたけど。
何せ、うろ覚えなもので、世界観に異なる部分も多かったかもしれませんが、そこら辺はどうか見逃してやって下さい。
特にハク様の口調は、困った事にきれいさっぱり忘れていました…。
あまりにも別人になっていたらやだなぁ…汗

でもまた交響詩「愛紡ぎ」の主人公でお話を書けて、楽しかったです♪



―管理人*響夜月 華音―
3/3ページ
スキ