―間奏曲―
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おはなし箱内全共通のお名前変換「夢語ノ森」では基本、おはなしの中で主人公の娘っこの性格や年齢を書き綴っていく形にしていますが、特別設定がある場合もございます。
そういったおはなしでは説明頁の設置や特記事項がありますので、ご参考までにどうぞ。
当森メインの夢創作を楽しめますよう、先ずは是非、井宿さんにお名前を教えていって下さいませ
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◆仏の顔も三度まで◆
「井ー宿っ!最近、華音とばっかいるんだから、たまにはちょっと付き合いなさいな」
「酒もあるで~」
その日、華音が寝静まった頃を見計らったように、柳宿と翼宿が部屋へとやって来た。
「…翼宿、何処からお酒を持ってきたのだ?」
「別にえぇやん、そんな事気にせんと」
「そぉよっ、息抜きも必要でしょ?」
「場所を変えるのだ」
部屋の奥で寝返りを打つ気配がして、芳准は後ろ手に扉を閉めた。
**§**
翼宿が使っている部屋へと移動するや否や、早々に酒盛りが始まる。
と言っても、柳宿は実体がないが故に酒を嗜む事は叶わないが、他愛も無い話に花を咲かせていた。
いつまでも酒が注がれた杯に手を伸ばさない芳准に、既に少しずつ顔が赤みを帯び始めている翼宿が堪りかねたように口を開く。
「なぁ、柳宿が飲めんのやから、お前が付き合ってくれんと寂しいやん」
「…だっ、でも、オイラは…」
「なーに、井宿。まさか、あんた、お酒飲めないとか言わないわよね?」
「飲めない事もないのだが…」
「もうっ、さっきから歯切れ悪いわね!ほら、せっかくなんだから、男らしくぐいっといきなさいよ!」
柳宿は腕輪を手甲へと変化させ、それで持ち上げた杯を芳准の目の前に突き出す。
さすがにそれさえも断るのは悪い気がして、杯を受け取った。
芳准とて、翼宿と柳宿に誘われた事は、実は満更でもなかったりする。
酒なり話なりに全く付き合う気がないのであれば、いくら誘われたからとはいえ、断固として断ればいいだけの事。
これから先、華音と自分とに降りかかってくる事を出来る事ならば考えたくなくて、気を紛らわせたいと思っているのも事実だった。
杯に注がれたそれを一口だけ口に含んでみる。
思いの外、それだけでも効果は大分得られるもので、何となく程よい気分になってくるような気がした。
「そんなにちびちび飲んでたら、美味しいお酒も不味くなるわよ?」
それからしばらく。
程々の所で止めておけばよかったものを…。
柳宿らに勧められるがままに飲んでしまったのがいけなかったのだ。
後々に酷く後悔する事になるという事を、芳准はこの時まだ知らなかった。
**§**
耳に届いた、ドーン!という決して穏やかとは言い難い音に、眠りの中にいた華音は慌てて身体を起こす。
「…芳准?」
ふと、部屋の主であるその人がいない事に気がついて首を傾げた。
そう疑問に思っている間にも、再び似たような音が響いてくる。
まさか、緋影が大極山まで攻めてきたのでは…と、不安が過ぎっていく。
急いで二胡を手にし、部屋を出た。
音が聞こえてきたと思われる方向に足を運ぶと、一つの部屋の前で張宿と星宿が困った表情を浮かべて立っているのが見えた。
「華音さん…」
「華音ならば止められるか?あれを」
「…?」
今一状況が掴めずに、星宿が指差す部屋の中を覗いてみれば。
「何事です…これは…」
部屋の壁に大きく出来た窪みが二つ。
所々からぷすぷす…と煙が立ち上り、衝撃の凄まじさを物語っている。
その窪みのすぐ傍には、呆然と佇む翼宿と柳宿の姿。
そして、窪みを作り出したと思われる、力の根源は…。
華音の呟きに反応するようにこちらを振り向く、ゆらりと大きく揺らめかせる身体の持ち主。
「…酔っているのですか?芳准…」
赤みがさした芳准の顔を見て、部屋内にも酒独特の匂いが漂っている事に気がつく。
芳准が華音の姿を捉え、ふるふると何かの感情に打ち震える。
「……オイラから華音を奪う奴は…許さないのらぁぁーーー…!!」
錫杖を天井に掲げて叫ぶ芳准に、華音は無意識の内に二胡を突きつけていた。
「力を収めなさい、芳准」
鋭い眼差しを投げかけると、芳准の動きがピタ…と止まる。
「言いましたよね?芳准。中途半端な心持ちで力を使う事がどんなに危険か分かっているのか、と。あなたが私に言ったのですよ。あの時に怒ったあなたの気持ちが少しだけ分かったような気がします」
芳准が怒りの感情を華音に向けたあの時と、全く事情が異なるものであるとは理解している。
だが、緋影が攻めてきてもおかしくはない、こうした状況下で。
華音が抱いた不安をよそに、事の発端は実は酒に酔ったが為の芳准の行動だったという事を知って、上手く気持ちの収拾がつかず、華音の中では静かな怒りの感情が生まれていた。
**§**
それまでの記憶はおぼろげだが、目の前にいる彼女が怒っているのだという事を身体が感じ取り、次第に酔いが醒めていく。
そんな中、毅然とした態度で二胡を自分へと突きつけるその怒った表情もまた綺麗だ…などと思っていた事は心の内に秘めておく事にする。
「…っ華音?…いや…これはっ…」
「言い訳はいりません。――翼宿、柳宿」
普段は決して呼ばないその呼び方を口にして、芳准の後方にいるであろう二人にも厳しい視線が送られる。
「どうしてこんな事になったのか、後でちゃんと説明してくれますね?」
ちら…と、二人の方に視線をやれば、華音の言葉に、コクコクと首を縦に振っている様子が見えた。
芳准に突きつけられていた二胡が深呼吸をした彼女の手元に戻り、旋律を奏でる。
壁に出来た大きな窪みは綺麗に塞がり、それを見届けた華音は、芳准たちに背を向けて扉の方へと歩んでいく。
「お酒を飲むのは一向に構いませんが、程々にして下さいね?」
途中足を止め、振り向き様に笑っているようで笑っていないその笑みを芳准に残し、華音は部屋を出て行った。
華音が去った後に、張宿がぽつりと呟く。
「仏の顔も三度まで、とは…こういう事を言うのでしょうか」
誰からともなくその言葉に頷く。
同時に、芳准は勿論の事、この場に居合わせた誰もが、二度と彼女を本気で怒らせたくない、と思ったに違いない。
**§**
後日、太一君からお咎めを受ける、芳准、翼宿、柳宿の三人の姿があったとかなかったとか。
◇あとがき◇
はい、井宿さんの酒乱話、やってしまいました(笑)
井宿の暴走を止められるのは誰か。
うちの子(当サイトの主人公)でしょ!
という感じですね。
――それにしても、あれですね。
井宿さんがした事を見事に棚に上げて、普段温和な主人公を怒らせたくない、という話の持っていき方にしてしまったので…。
そこを微妙に上手く纏められず、心残りだったりはしますが…。
主人公と井宿の掛け合いは、書いていてとても楽しかったです♪