第Ⅲ楽章―想―
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当森メインの夢創作を楽しめますよう、先ずは是非、井宿さんにお名前を教えていって下さいませ
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――身体の調子がどうもおかしい…。
華音が自分の身体の異変に気がついたのは、美朱たちと合流し、数時間程経ってからの事だった。
元よりそこまで体力がある方でもないが、今までは特に苦にならなかった旅路が、この数時間の中で、肩呼吸をしなければならない程までに息が上がっていた。
大極山から戻ってきた時には、普段どおりであったというのに…。
急な体調の変化に、華音自身も戸惑わずに居られなかった。
「華音さん、大丈夫ですか?顔色があまり良くないです」
張宿が顔を覗き込むようにして華音の前に立つ。
そこで初めて、自分でも知らぬ内に歩みが止まっていた事に気がついた。
張宿に華音が言葉を返すよりも早く、額へと大きな手が伸びてくる。
「熱があるのだね」
「…とりあえず、休めそうな場所を探した方がいいな」
宝珠を探すために一番先頭にいた軫宿も、華音の所まで歩み寄り、そう提案した。
芳准が背中に乗れと促すかの如く、華音の前にしゃがむ。
申し訳なく思いながら、華音は芳准の背に自分の体重を預けた。
**§**
幸いな事に、山道を下りきった所に小さな山小屋のようなものがあった。
今は使われていないようである事を確認した上で、その山小屋で休息を取る事となった。
「いつから具合が悪かったんだ?」
床板の上に敷布を用意し、そこに芳准が華音の身体を降ろしてくれる。
軫宿の問い掛けには首を横に振って答えた。
「…分かりま…せん。歩いている途中から…だんだん息苦しくなってきてしまって…」
「そうか。おそらく精神的なものからくる発熱だろう。無理もない、今まで何もなかったのが不思議なくらいだ。井宿の前だけでも良いから、肩の力を抜け。あまり気を遣ってばかりでも、この先も持たないぞ」
「…はい…ご迷惑かけてすみません…」
謝罪の言葉を紡いでから、ふぅと息を一つ吐いた。
一度調子が悪い事を意識してしまうと、倦怠感がどっと押し寄せてくる。
その感覚に抗う事無く、目を閉じた。
**§**
「井宿、ちょっと良いか…?」
軫宿に目で合図をされ、華音を他の者に任せて促されるままに二人で外へと出る。
小屋から少し離れた所まで行くと、軫宿が口を開いた。
「華音が体調を崩したのはさっき彼女にも言った通りだ。でもな、いくら精神的疲労が蓄積されていたとはいえ、ここまで突発的に熱が出るのも考えにくい。何か引き金になるような事が大極山であったんじゃないのか?」
軫宿の的確すぎるその指摘に、芳准は直ぐに言葉を紡ぐ事が出来なかった。
顔から仮面を外して遠くの景色に視線をやる。
「軫宿には…隠し通せそうにないのだ。皆には黙っていて欲しいのだ」
太一君が華音と芳准に話した、華音の力――奏姫としての本当の役目。
言い逃れは出来ない、と、軫宿に包み隠さず話した。
「…話は分かった。井宿、お前は…大丈夫なのか?」
「オイラは良いのだ。限られた時間をいきなり突きつけられた華音に比べたら、その比じゃない。何とでもなる」
「強く…なったな、井宿」
「別に強くなどないのだ。だが、もしそうだとするなら…華音の存在が自分を強くしてくれているのだ」
「井宿…。そうだな。俺で良かったら弱音でも何でも聞くぞ」
「ありがとう、なのだ」
そして、これは後日談になるが…。
華音と二人きりになる機会があった際に、軫宿に奏姫に関する話をしてしまった事を謝罪したところ。
華音は、芳准の心の拠り所が少しでも出来るのであればそれで良いです、と微笑んだのだった。
**§**
華音の熱も一晩で大分下がり、微熱はあるものの、旅は再開される事となった。
自分のせいで足を引っ張るわけにはいかない。
そんな思いから、華音が旅の再開を強く希望したのだ。
皆は、休める時に少しでも休んだ方が良い、と言ってくれたが、そこは華音も譲らなかった。
身体に負担をかけるような無理は絶対にしない、という事を第一条件に、漸く皆も納得してくれたのだった。
山小屋があった場所から、またしばらく歩き、山道を完全に抜けきると…。
剥き出しとなった岩肌が地面として広がる、高地に出る。
「紅南国にこんな場所があったのだ…?」
自称、流浪の旅人だという芳准。
そんな彼も、さすがに紅南国内全ての地を知り尽くしているわけではないのだろうが…。
心底意外だと言わんばかりに、その景色に首を傾げている芳准を見て、華音は妙な違和感を覚える。
ザアァァァと、砂埃を巻き上げながら風が吹き渡っていく。
――…こは…支…配さ……ている…き……ん…――
風に乗って、途切れ途切れに誰かの声が運ばれてくる。
「芳准…今、声が…」
「華音?」
…嫌な予感がする。
まるで…そう、あの時みたいだ。
星宿の宝珠を探し求め、双嶺村の岩山の洞窟に足を踏み入れた、あの時のよう…。
だが、ここでは双嶺村の時よりも、華音の中で警告音までもが鳴り響いている程だった。
「芳准でさえも感じていないのですか?また、私だけ…?」
「華音…何かを感じ取っているのだ?」
「……――いけ…ない…」
答えにならない言葉を紡ぎながら、思わず半歩足を後ろに引いた。
――ここに居ては駄目…!早く立ち去りなさい!――
今度ははっきりと“その声”が聞こえた。
頭の中で一際強く警告音が鳴り響く。
「皆さん、この場所から離れて下さい!早く…!」
華音の只ならぬ様子を隣で感じ取っていた様子の芳准が、術を発動させるための呪文を紡ぐ。
それが合図になったかのように、ゴオオォォォという地鳴りと共に、華音たちの足元で地面が割れ始めた。
――怒っているの?この地の主が?…違う…我を失って何かに抗うようにもがいて…苦しんでいる?
張宿の宝珠を見つける為に立ち入った森でもそうだった。
華音の中に流れ込んでくる、自然たちのあらゆる感情とその心―――…。
「駄目、芳准!下手に力を使えば、余計に興奮させてしまうっ」
錫杖を構えて印を結ぶ芳准の腕に、必死にしがみ付き、彼の行為を止めさせる。
「華音?!君には、今何が起こっているか分かるのか…っ?」
「はい、私がやってみます。――美朱、あなたの力も貸して貰える?」
「う、うん、いいけど、何をすれば良いの?」
「巫女であるあなたの気を、私の旋律に込めて欲しいの。私の力だけでは、きっと無理だから…それと、芳准、ごめんなさい、あなたのその錫杖を貸して貰えますか?」
華音は芳准から身体を離し、彼が持つ錫杖へと視線を移した。