「華音、皆の所へ戻るのだが、良いのだね？」

「はい」



首を縦に振って答える。


昨夜は一晩、大極山に留まった。

太一君からの話を聞いた後で、すぐに戻れるはずなどなかった。

おそらく、太一君もそれを分かっていたのだろう。


他の皆には、奏姫としての役目を果たし終えるまでは隠し通さなければならない真実。

気持ちを整理する時間が少しでも欲しかった。



「行くのか、井宿、華音」



太一君の元へ挨拶に行こうとしていた二人だったが、あちら側から部屋を訪ねてきてくれた。



「だ、今、挨拶に伺おうと思っていましたのだ。そろそろ美朱たちも心配している頃と思いますので、戻りますのだ」

「…お主らの気持ちは変わらんのじゃな」

「はい」

「せっかく釘をさしてやったのに、何を言っても無駄なようじゃの。まぁ良い。そうじゃ、華音。力が目覚めた祝いとして、お前に一つ褒美をやろう」



そう言って、太一君は宙に何かを描くように指先を動かす。

すると、華音の二胡が一瞬だけ金色の光を帯びる。



「さすがにあまりにも凄まじい力が長時間加わる事があれば、耐え切れぬかもしれんが…ちょっとやそっとの事ではそう易々とは壊れん。護りの力も安心して使うと良い」

「ありがとうございます」



太一君に深く一礼をする。

余分な不安を持たずして二胡へ力を込める事が出来るのは、とても有り難い。

これで今までよりももっと、上手く力を扱えるだろうか。



「では、行くのだ、華音」


華音が差し伸べられた手を取ると、二人の身体は朱色の光に包まれた。



「太一君…二人には本当に一つの道しかないね？」

「可哀相ね…華音も井宿も」

「人の宿命ばかりは、わしにもどうにも出来ん。見守るしかないのじゃよ」



華音と芳准が大極山を去った後で、交わされた会話。

娘娘に尋ねられて、太一君はそう静かに言葉を紡いだ。






**§**




「あいつら、すぐ戻る言うとったけど、結局昨日は帰って来ぉへんかったな」

「…何かあったのかな。柳宿の宝珠も見つかったのに…」

「だー！今戻ったのだ！」



翼宿と美朱の話し声が近くに聞こえてきたかと思うと、ドロンという奇妙な音と共に繋がれていた手が離される。

あまりにも一瞬の事で状況がよく掴めていなかったが、ぐへっというこれもまた奇妙な声がし、そちらの方に視線を移した事で、何となく理解した。

華音の位置からは、残念ながら後頭部しか捉える事が出来ないが、おそらく翼宿と思われるその人の上に、何故か普段より小さい身丈の芳准（髪型からするに明らかに彼だ）が…。

そして彼の背中に華音が座っている状態であった。



「…おのれ、井宿ぃ！ええ加減にせぇっ！っつーか、早う降りんかいっ！二人分は重いんじゃ！！」

「だー、翼宿、えらいのだ！さすがに華音もいるからじっとしてるのだ？」

「分かっとるならさっさと降りぃやっっ！！」



華音が一番上にいるという事もあり、慌てて地面へと足を着ける。

ごめんなのだーと、口では謝りながらも悪びれる様子のない芳准も、小さい姿のままで地面へと降りた。



「一日帰ってこなかったから、心配したよー」

「ごめんなさい。太一君に力を見せてみよと言われて…。思うように出来なくて手間取ってしまったの」

「そっか、大変だったね」



咄嗟についてしまった嘘を、何の疑いもなく信じてくれた美朱に心が痛む。



「でも、時間があった分、柳宿の宝珠は見つかったよ！今は軫宿の宝珠を探しに向かってる所なの」

「そう、なの…」

「うん、あと一つだね！」



“あと一つ”―――…

今の華音には、重みのある言葉に感じられる。

何事もなく宝珠を全て揃える事が出来れば、“その時”がまた一歩近づく。



「宝珠が揃えば、朱雀七星士全員の力も集結されて、一段と心強くなるものね」



込み上げてくる不安を心の奥底に押しやり、笑みを作る。



「で、軫宿の宝珠はどの辺りにありそうなのだ？」

「わっ、井宿！翼宿たちと話してたんじゃなかったの？」



先程から変わらず、小さい姿の芳准が華音と美朱の間に割って入ってきた。



「…だ。珍しく翼宿にからかわれたから逃げてきたのだ」

「…芳准、それもあなたの術なの？」

「そうなのだ♪華音の姿も出来るのだよ、見てみるのだ？」

「いえ、遠慮しておきます」


「ちょっとー、いつまでじゃれ合ってんの？華音も井宿も戻ってきたことだし、さっさと軫宿の宝珠探しに行くわよ！」

「はーい。あ、そうそう、今ね、南の方に向かってた所だったんだよ。軫宿の宝珠、すぐ近い場所にはないみたい」



柳宿に急き立てられて、美朱が簡潔に今の状況を教えてくれた。

足早に離れていく美朱の姿を見つめながら、普段の姿に戻った芳准の手に自分の手を触れ合わせる。



「ありがとう、芳准」



一見、ひょうきんにも思えた彼の行動には、ちゃんと意図があったのだという事に気がついて、礼を述べた。

引きずりそうになっていた気持ちが、幾分か紛れたように思う。


ぽんぽん…と、華音の頭に優しい温もりが添えられた。