第Ⅱ楽章―醒―
おはなしを読むためのお名前変換はこちらから
おはなし箱内全共通のお名前変換「夢語ノ森」では基本、おはなしの中で主人公の娘っこの性格や年齢を書き綴っていく形にしていますが、特別設定がある場合もございます。
そういったおはなしでは説明頁の設置や特記事項がありますので、ご参考までにどうぞ。
当森メインの夢創作を楽しめますよう、先ずは是非、井宿さんにお名前を教えていって下さいませ
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「華音。昨日、お主の力が目覚めた時、奏という文字印が身体に現れた事には気づいておったかの?」
「はい」
「あれが“奏姫”の証じゃ。朱雀の力では及ばぬ事態が起きた時に切り札としての役目を担う存在、それが奏姫であり、お主なんじゃよ。今回は、華音の力無くして新たな闇の存在を消し去る事は出来ぬ。
お主の力が必要不可欠なのじゃ」
太一君はそこまで言って、目を閉じると、ふぅと息をついた。
そしてあまり間を空けずに次なる言葉を紡ぐ。
「ここからは井宿にも関係する事じゃ。心して聞け。――今すぐ、お互いへの恋慕の情を捨てよ。まだ今ならばそこまで大きくは育っておらぬじゃろう」
「…いくら太一君のお言葉でも、さすがのオイラも怒りを覚えるのだ。人の想いを勝手に秤にかけて軽く見ないで欲しいものだな!?」
「ほ、芳准っ…」
面を剥ぎ取り、怒りを露にする芳准の腕をやんわりと掴んで制する。
「戯け!お主らの為を思って言っておる!言ったじゃろう、今回は華音の力が必要不可欠だと」
「…どういう事でしょうか?」
変わらず、食って掛かりそうな芳准を制したままで、華音は太一君に問い掛ける。
「力の源である、魂を以ってして闇の存在を封印する事、それが奏姫に与えられた宿命じゃよ」
くらり…と、眩暈がした。
話が大きすぎて、思考がついていかない。
「…なっ…」
芳准もそれ以上は言葉を紡げずに、拳に込められていた力も抜けていく。
「井宿…お主が華音を愛してしまった事、それを予測出来なかったわしにも責任はある。わしも、大分お主の事を甘く見ていたようじゃの。まさかお前が、心、強くして華音を愛する事が出来ようとは…思ってもみなかった。
――今だから、もう一度言う。気持ちがこれ以上大きくなる前に――」
「出来るわけ…ないのだ…」
太一君の言葉を遮り、芳准が口を開く。
「華音が覚悟を決めて受け入れるのなら、オイラは全てを受け入れて華音を全力で愛する。溢れ出してしまった想いから目を背け続ける事、そっちの方がよっぽど身を切られる思いなのだ」
「井宿、お主…」
「…井――芳准が、そこまで覚悟を決めてくれているのなら。私が立ち向かわないわけにはいきません」
「…もう、止められぬという事か。そこまで揺るぎない想いがあるのなら、わしにはこれ以上何も言えん。じゃがな、“その時”までは、まだもう少し時間がある。その間にももう一度考えてみるのも良いじゃろう。
今日はここで休んでいくと良い。部屋は娘娘に案内させる」
「太一君…!」
話はこれで終わりじゃ、と、部屋から出て行こうとする太一君を華音は呼び止めた。
「お願いです、今のお話は美朱たちには絶対にしないで下さい!余計な心配をかけてしまいたくないので…」
「言われなくても、そのつもりじゃよ」
パタン…と、太一君が手を触れていないにも関わらず、部屋の扉が閉まる。
「華音…」
芳准の手が肩に触れた途端。
色々な思いの入り雑じった涙が、堰を切って溢れ出した。
**§**
太一君に仕える女神だという、女の子の姿をした娘娘に一つの部屋に案内された。
娘娘が部屋を出て行ってから、どちらからともなくお互いの身体を寄り添わせる。
「芳准…さっき太一君に言っていた事、本気なのですか?」
――華音が覚悟を決めて受け入れるのなら、オイラは全てを受け入れて華音を全力で愛する――
「勿論本気なのだ。だが、結局は自己満足に過ぎない。そうする事によって華音を苦しめる事になるなら、やはり太一君が言ったように……」
「いえ、いいえ!芳准の気持ちはとても嬉しかった。私は自分の…運命を受け入れればそれで良いだけ。でも、芳准…あなたは違うでしょう。せっかく大切な想いを見つける事が出来たのに…心ごと守りたいと…思ったのに…それさえも、私には叶えられない!」
「…華音」
堪えきれずに、再び流れ出す自分の涙を隠すように、華音は両手で自分の顔を覆う。
お互いに芽生えた想い。
それもまた、このまま育てる事も叶わず散りゆく運命だったのか…。
芳准への想いだけではない。
一度は失ったと思っていたけれど、新たな関係となって再び結びついた魁李との繋がり。
心からの演奏が出来る事の喜び。
傷つけるだけのものではないと知った、自分の“力”。
ほんの少しずつ…一つずつ華音が得てきたものが、一瞬にして奪われていくような気がした。
この先も、華音の中に得る、何かしらのものがあったとしても、それは結局、自分の存在ごとこの世界から消える事になるのだ。
それが、“奏姫”の宿命―――…。
「…魏と美朱、あの二人だったら…こういう時、どう乗り越えるのだろう、な」
芳准はそう呟いて、しばらくそのまま口を噤んだ。
どのくらい時間が経ってからか…穏やかな声音で芳准が言葉を紡いだ。
「華音、俺の事好き、なのだ?」
「はい。あなたを慕う思いは、最初は、私のこの力を導いてくれる方としてお慕いしていました。でも、それは、次第にあなた自身に惹かれるものに変わっていたのだと、今ならそう思います。
この想いを違〔たが〕えている事は決してありません」
涙を拭って、芳准の問い掛けに答える。
「ありがとう。オイラも華音の事が好きなのだよ。だからもう考えるのは止めにするのだ」
ここ、大極山へ来る時にもそうしたように、芳准に身体を引き寄せられる。
「きゃっ!?芳准…?」
今度は声を上げる事が出来た。
ただ、今朝の時と明らかに違う事と言えば、芳准に抱き上げられているという点だろうか。
「太一君にも言ったように、今更、華音への想いを押し込める事は無理なのだ。それならば、華音が悩もうと何だろうと、それさえも全てひっくるめて俺が支えてみせる。
華音の力が最も花開くその瞬間〔とき〕まで、必ず。俺についてきてくれるのだ?」
抱き上げられている事で、芳准をより近くに感じられる。
手を伸ばすと、すぐに左目の傷痕へ指先を触れさせる事が出来た。
「…あなたがそこまで本気で決意を固めてくれるのならば、私も覚悟を決めます」
先程、太一君にも答えたように、芳准の肩口に顔を埋めながらその言葉を落とす。
この世に存在できる、最後のその瞬間まで…。
少しでもいい、この人の想い以上に私が出来る事を見つけよう…と、そう心の内で誓った。