第Ⅱ楽章―醒―
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華音は魁李に全てを話した。
十三年前のあの日に本当は何があったのか。
そして屋敷を去った理由―――…。
美朱と七星士がそうしてくれたように、魁李もまた、同様に話を聞いてくれていた。
華音の話を最後まで聞き終えた後、魁李は数時間も経たぬ内に慌しく帰って行った。
朱雀の巫女と七星士に宜しく伝えて欲しい、との伝言を華音に託して。
**§**
今の場所から行くと、柳宿の宝珠が近い場所にあるかもしれない、との事で、柳宿が感じる力の気配を頼りに、華音たちは次なる目的地を目指す。
「何か不気味、よねぇ」
「何がやねん」
ふよふよと宙を飛びながら、唐突に呟きを漏らした柳宿に、翼宿が問う。
「大極山で圧力をかけてきてから、何も仕掛けてこないじゃない?静か過ぎて不気味よね」
「敵、か」
「実は僕も考えていました。そろそろ何かしらの手を打ってきてもおかしくはないと」
「用心するに越した事はないな」
“敵”。
華音はまだ見ぬその相手。
一体どの様な相手なのだろう。
未知であるが故に、不安は大きい。
「華音さん、大丈夫だよ、一人じゃないから」
不安が顔にも表れてしまったようで、傍らを歩いていた美朱が声を掛けてくれた。
コクン…と、美朱の言葉に頷く。
だが、不安が和らいだのも束の間。
「井宿さん…?」
不意に歩みを止めた井宿を、張宿が見上げる。
「どうやら…いよいよ御出ましのようなのだ…」
前方を見据えて言葉を紡いだ井宿に続き、他の七星士たちも何かを感じたようでそちらの方向を向く。
皆が見つめる先の空間がゆらゆらと揺らめき、その空間から一匹の九尾狐が現れた。
「狐?」
「大極山で襲ってきたあいつではなさそうね」
「手下、か?」
「早いとこ片付けちまおうぜ」
「待つのだ」
相手の様子を窺いながら前へと出ようとした鬼宿と翼宿の二人を、井宿が制する。
「華音が行くのだ」
「…え?」
「君一人で戦うのだ。皆は一切手を出すな!」
普段の明るい口調とはかけ離れたその物言いに、本気なのだという事が伝わる。
…躊躇せずにはいられなかった。
だが、それさえも彼は許してはくれない。
さぁ行くのだ、と言わんばかりに、軽くではあるが背中を押され、誰よりも前方に華音が立つ形となる。
戦う事しか許されないというなら、挑むしかない。
華音は覚悟を決めて、二胡を構えた。
**§**
「ねぇ、本当に大丈夫なの?」
華音から後方に少し距離を取り、彼女を見守る中で柳宿が井宿に尋ねる。
「うーん、勝算は一割くらいなのだ」
「一割!?あんた、結構な無茶振りするわね…」
柳宿が呆れるのも無理はない。
正直なところ、今の状態で彼女一人で戦わせる事は、ほぼ賭けに近かった。
だが、きっかけが欲しいのも事実。
覚悟せざるを得ない状況を作り、戦う力を身に付けるきっかけ。
とはいえ、窮地に立たせる事で、華音の力が暴走してしまう事だけは避けなければならない。
見極めが重要とされる。
「華音を信じるしかない。万が一の場合は、井宿、お前に任せて良いんだな?」
「あぁ、オイラが十分に見極める」
「…大丈夫、だよ。井宿が少しでもこの場を任せられると思ったんだったら、きっと大丈夫」
軫宿と井宿が言葉を交わすその隣で、美朱が祈るように両手を胸の前で合わせていた。
ドーン!
突如響き渡った大きな音に、ハッとして視線を向ける。
少しずつ砂煙が晴れていく中に華音の姿を見つけた。
ゆっくりとではあるものの、身体を起こすその様子にほっと胸を撫で下ろす。
相手の気が小さいものである事は把握している。
もっとも、少しでも勝算がなければ、さすがに無理難題を押し付けるつもりはないが…。
再び、しかし今度は立て続けに砂埃が舞い上がる。
華音はまだ一度も力を発動していないようだった。
やはり、恐れているのか…。
最後に一際大きな音が響いた。
「…華音…っ」
華音の華奢な身体が宙に舞い、そのまま近くにあった岩に打ち付けられる。
地面に横たわる華音の姿を見て、井宿は咄嗟に錫杖を構えた。
…時期尚早だったか…。
己の見極めの甘さに苛立ちを覚える。
もうこれ以上は…――術の呪文を唱えようとしたその時。
彼女の気の流れが一瞬にして変化した事に気がつき、構えていた錫杖を下ろした。
**§**
敵の先手の攻撃によって、衝撃を受けたものの、何とか身体を起こす事は出来た。
このまま攻撃を受け続けていれば、当然身が持たない。
華音は意を決して二胡を弾く体勢をとる。
(…駄目…出来ない…)
準備しかけた腕を、そのまま力なく下ろした。
護りの力は、確かに双嶺村で働いた。
しかし、あの時は紫玉に貰った竹細工の御守りがあったからこそ、戸惑う事なく二胡を盾に出来たのだ。
そして何より、井宿を…――彼だけは絶対に守らなければ、という強い思いを持つ事が出来ていた。
今は戸惑いばかりが先に立ち、どうしても強い思いを描く事が出来ない。
そんな事を考えている間にも、敵は待ってくれるはずなどなくて、更なる攻撃が華音を襲う。
何とか直撃は免れたと、ほっと安堵の息を漏らした次の瞬間。
身体に今までにない衝撃を受ける。
遠のきそうになった意識を、必死に手繰り寄せた。
(私は…何をしているの?)
自分なりに決意を固めて、朱雀の巫女と七星士についてきたのではないのか。
旋律へ込める心を失わずに二胡と共に在れる術があるのならば、それを見出したい、と。
彼に言った事は口先だけの言葉だったのか。
覚悟など最初から出来ていなかったのかもしれない。
全て、自分の中での夢物語―――…?
『他の誰でもない、“華音の力”が必要なのだ』
『君の力はおそらく、戦いの最後に闇の存在を封印するために一番必要となるのだ』
『華音の心の成長が嬉しかった』
『華音を愛しく感じていた思いは、華音が私にとっての家族のような存在だったからなのだと、気付いた』
否、夢物語で終わらせてはいけない。
“私でなければいけない”のだから。
私の力でどんな些細な事でもいい…何か出来る事があるのならば。
私は―――…
「私、は…私は、守るの。守らなければ、いけないのです。大切な人が生きていくこの世界を、私が決して終わりにはさせないっ…!!」
すぐ目の前に転がっていた二胡へ、手を伸ばす。
湧き上がってくる思いを、一つ一つ丁寧に二胡の音に込めていく。
最後の一音を、力強く弓ではじいた。