第Ⅱ楽章―醒―
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そういったおはなしでは説明頁の設置や特記事項がありますので、ご参考までにどうぞ。
当森メインの夢創作を楽しめますよう、先ずは是非、井宿さんにお名前を教えていって下さいませ
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「弓で弦を弾く時に、自分がどうしたいのかを頭に思い描いてから弓を離すのだ。そうすれば、弦から弓が離れた時に、気と共に自分の中にある力を放つ事が出来るのだ」
薄暗い雑木林の中で、華音は必死の思いで井宿の姿を追っていた。
瞳でその姿を捉えては、彼の指示通りに行動を試みるものの、なかなか思う様にいかない。
「焦らずに、最初は一音が長くても良いのだ。感覚さえ掴めれば、瞬時に気を込める事も出来るようになる」
今、ここにいるのは華音と井宿の二人。
美朱と他の七星士たちは、早々に近くの宿で休んでいる事だろう。
双嶺村では二日ほど十分な休息を取り、村を発つ日になって井宿が皆に告げた。
『今日から、旅の合間を縫って華音の力を高めようと思うのだ』
その井宿の言葉通り、こうして力を自分の意思で扱う術〔すべ〕を彼に指導して貰っているわけだが…。
頭では理解しても、行動が上手く伴わない。
先程から何度も同じ事を繰り返し、身体で覚えようと思うものの、どうしても気持ちばかりが先走ってしまう。
このままでは集中力さえも維持する事が難しくなってきてしまう…。
そう思った華音は、一度深呼吸をする。
幾分か気持ちが落ち着いたところで、再び自分の身体の隅々まで神経を集中させた。
すると、自分の内に溜まったものが二胡へと伝わる感触があり、一つの淡い光が生まれて、ゆっくりではあるが彼に向けて放たれる。
「それなのだ!今の感覚を忘れず、覚えておくように」
「は、はい」
「今日はここまでにするのだ」
2、3メートルはあった井宿との距離が一瞬にして縮まる。
宿に戻ってオイラたちも休むのだ、と歩き出した彼を、華音はゆっくりと追いかけた。
**§**
それからも二日、三日…と、力を高める為の指導の日々が続き、五日目にして丸一日の中休みが設けられた日の事。
美朱と柳宿の二人と共に宛がわれた部屋に、まだ朝の早い時間から宿屋の主人が訪ねてきた。
「お客様、御寛ぎのところをすみません。華音様という方に来客です」
来客?旅路であるのに…?
幾つもの疑問が浮かんだが、とりあえずは部屋を出てみると、笑みを浮かべた宿屋の主人が居た。
「あぁ、そうです、正しくあなた様です!どうぞ、宿の入り口の方へ。
あなた様を訪ねて来られた方がお待ちです」
宿屋の主人に案内されて、宿の入り口に佇むその人の姿を見つけた華音は、ハッと息を呑む。
「…魁李…様!」
「華音、元気そうで何よりだ。会えて良かった」
嬉しそうに笑みを浮かべるその人は、忘れようもない、魁李だった。
「どう…してっ」
「出来る事ならば、もう一度会って話がしたくてお前を探していたのだ。それにしても…私が描いた華音の似顔絵はなかなかの出来らしい。十数軒の宿を訪ね歩いてきたが、こうして本当に華音に会えたのだからな」
立ち話は何だから、と、宿屋の主人が気を利かせて、まだ開いていない食堂の部屋を貸してくれた。
何を話せば良いのか…。
戸惑いを隠せずにいる中、魁李が華音の名を呼ぶ為に口を開いた。
「華音――」
「申し訳ありません!」
名前を呼ばれて居た堪れない気持ちになり、謝罪の言葉が華音の口から滑り出る。
「私、魁李様には感謝しきれないほどにとても良くして頂いたのに…恩を仇で返すような事…っ」
「華音」
肩に魁李の手が触れ、思わずビクっと身体を強張らせた。
「華音、私は責める為にお前の事を探していたのではない。ただ単純に、もう一度お前に会いたかったのだ。そして会う事が出来た暁には、伝えたい事があった」
「…魁李、様?」
「近々、隣の村の村主の娘と婚姻が決まりそうだ」
「え?」
想像もしていなかった唐突な話に、拍子抜けする。
そのお蔭で、変に緊張していた身体も自然と解れていった。
「最初は迷っていたのだがな。だが、私もそろそろ身を固めなければならない歳になった。これから先も村を治めていくのにも悪くはない話しだと思い、承諾する事に決めた」
そこまで言って、魁李は部屋の窓際へと近づく。
窓枠に手をかけながら、再び話を続けた。
「お前が私の屋敷を去って…気づいた事があるのだ。私の両親が私の幼い頃に亡くなったのは、華音にも話したな」
「…はい」
「両親を亡くしてから数年の時を経て、華音に出会った。同じだと…感じたのだ。あぁ、この娘も一人ぼっちなのだと」
「だからあの時、私を魁李様のお屋敷に連れて行ってくれたのですか?」
魁李が華音の言葉に、儚げに微笑む。
「華音が来てからは、両親を失ってからずっと開いたままだった心の隙間が、少しずつ満たされていくように感じていた。その半面で、いつかはお前と離れる時が来るのではないかと…怖くなって、絶対に揺るがない絆が欲しくて妻に、とも望んだ。
…だが、それは間違っていたのかもしれないな。私は…また大切なものを失うのが、ただ怖かったのだ。せっかく埋まった心の隙間が再び出来てしまうのを恐れた」
「魁李様…」
「華音が屋敷を去って行った日に、お前の部屋で置手紙を見つけた時は、寂しい気持ちはあっても不思議と心は穏やかだった。何故なのか…考えてみて気づいた」
魁李と華音の瞳が宙で交わる。
そのまま華音の事を見つめながら、魁李はすっと目を細めた。
「華音の心の成長が嬉しかった。理由も何もなく、華音が屋敷を出て行く事は考えにくいからな。きっかけは何にせよ、自分の力で殻を破ろうとしている…その事を嬉しく感じた。
今までの華音を愛しく感じていた思いは、華音が私にとっての家族のような存在だったからなのだと、気付いた」
「…っ魁李様!」
その名を呼びながら、魁李に駆け寄る。
魁李は、そんな華音を優しく抱き留めてくれた。
「妹のように想っていて良いだろうか」
「はい…私も…私も、魁李様のお屋敷は、私が帰る事の出来る場所だと思っていても宜しいでしょうか」
「勿論だ、我が妹よ」
あの日、私を闇の世界から助け出してくれた大きなその手。
何度も何度も、華音の頭を繰り返し撫でてくれた。