第Ⅱ楽章―醒―
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そういったおはなしでは説明頁の設置や特記事項がありますので、ご参考までにどうぞ。
当森メインの夢創作を楽しめますよう、先ずは是非、井宿さんにお名前を教えていって下さいませ
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「ふぅっ、何とか結界で防げたのだ」
鳴り響いていた轟音の変わりに、井宿のそんな声が耳に届いた。
ゆっくりと耳に当てていた両手を外し、体勢を整える。
「…た、助かったわ、井宿」
「だが、井宿の術とて限界はあるだろう」
「この間に対応策を考えなければな」
軫宿のその言葉に皆が一様に頷く。
そして直ぐに何かを思いついたのか、張宿が口を開いた。
「あの…、火の玉は怨霊の類だと思うんです。火は水を苦手としますから、清い水か何かで浄化してしまえば良いと思うのですが―――…」
「軫宿の神水!」
「それだ!」
「せやけど、相手はあないに数おるんやで?ちょっとばかしで足りるんかいな」
「そこはオイラに任せるのだ。術で何とか神水の量を増幅させるのだ。だが、オイラの力だけじゃ足りない…美朱ちゃん、それに皆の念を借りれば何とかなると思う」
「よし!一発やるか!」
美朱と七星士たちが顔をお互いに見合わせた。
その時であった。
――ピキ…ピキピキ―――…――
井宿が術で作り出した結界に亀裂が入り、遮断されていた呻き声が再び華音たちの耳へと徐々に入り込んでくる。
一度出来てしまった亀裂は更に広がり、そして…。
パーーン!!
大きく弾け飛ぶような音がした。
ここぞとばかりに、壊れた結界の光の欠片を掻い潜り、一つの火の玉が標的を決めて向かっていく先は―――…。
誰よりも早く、その矛先に気がついたのは華音だった。
『万が一の時は、迷わず楽器を盾になさい』
紫玉の言葉が頭を過ぎっていく。
無意識に身体が動き、“彼”の前に自分の身を滑り込ませる。
――この人が居なければ、この場は切り抜けられない――
(お願いします、どうか私に力を下さい…守る事の出来る力を…!)
井宿よりも前に華音が出た事で、向かい来る火の玉の矛先は必然と自分になる。
華音は火の玉に向けて、二胡を盾に両の手の平を突き出すような形を取る。
華音の胸元で、紫玉から貰った竹細工の首飾りがパン!と小気味良い音を立てて粉々に砕け散った。
すると、二胡が金色の光を放ち、火の玉を弾き返す。
――ドンッ!!――
弾き返したその反動で、身体に大きな衝撃を受けて、華音は意識を手放した。
**§**
「気がついたのだ?」
重い瞼をゆっくり開けると、そこには井宿の姿があった。
「…私…?…っ」
「まだ起きない方が良いのだ。今までは無意識に放出されていた力を、初めて自分の気を込めて使ったのだ。身体に影響が出ないはずがない。もう少し休んでいた方が良いのだ」
身体を起こしかけた所を彼の手でやんわりと制せられ、再び寝台に身を沈めた。
――寝台?
華音は首を傾げる。
目で確かめなくとも、何となく肌触りで分かる。
自分が横になっているのは寝台なのだと。
「…陛下の宝珠は…」
意識を失う前の事が瞬時に思い出され、気がかりな問いを投げかける。
「無事に見つけたのだ。華音のお陰なのだよ」
その言葉にほっと胸を撫で下ろす。
「あの後、何とかあの火の生物を倒したら、宝珠が取り込まれていたかのようにその場に現れたのだ。宝珠を見つけてからは、オイラの術で双嶺村まで戻ってきたのだ。ここは愈蘭様の家なのだー」
「あなたの術は…本当に凄いものなのですね。井宿さんのように、とまではいかなくても、私にも何か出来る事があるのでしょうか…私の“力”で」
「他の誰でもない、“華音の力”が必要なのだ。君次第で、力を高められる可能性は無限に広がるのだ」
華音の中に眠る“力”。
十三年前に、それが自分自身にはあるのだと気づかされた。
その時は、人を傷つけるものでしかないと思っていたそれは。
己の意志次第で、力の在り方を変えられるものであると知った。
変えていけるのだろうか。
この力を、人が傷つける事のないものへと。
彼――井宿について行きたい―――…。
より一層強い思いが、華音に芽生えつつあった。
**§**
再び眠りについた華音を起こさぬよう、井宿は静かにその場を離れた。
部屋を後にして、そのまま部屋の扉へ背を預けながら自嘲気味にふ…と笑う。
(自分は何処までも甘い、な。太一君のようには出来ない…)
本当に太一君は凄いお方だと思う。
厳しく在りながらも、絶対に意志は見失わせないように必ず何処かに救いの手を用意していて…。
それでいて、確実にその人の限界である高みへと導く。
それがどれ程難しい事であるか。
井宿は実感せずには居られなかった。
『君次第で、力を高められる可能性は無限に広がるのだ』
敢えて、抽象的ともとれるように紡いだその言葉を…。
彼女はどの様に捉えただろうか。
これから、が重要だと井宿は考えている。
きっと彼女にとって、“癒し”や“護り”の力は実はそこまで難題ではなかったはずだ。
元々、独学とはいえ、音楽を心より愛でる事の出来る才も持ち合わせているのだから。
強い思いさえあれば、おそらく彼女の力の根源の一つともなっている楽器も、主の感情に反して下手な暴走はしないだろう。
だが、力を使い“攻める”事にもなってくれば、また話は異なってくる。
自身の力で、人を傷つけてしまう事を何よりも恐れている華音。
その恐れをも跳ね除ける程の意思を持つ事と、覚悟が必要となる。
勿論、決して生在るものの命を奪う事が目的ではないにしろ、“攻める”為に力を使う事への戸惑いが少しでも表れようものなら…。
それは逆に力の暴走を引き起こす事になり兼ねない―――…。
こればかりは、彼女の心の強さを信じて、力の高みへと導く事しか井宿には出来ない。
否、やらねばならないのだ。
新たなる闇の存在に打ち勝つ為にも。
――華音、たとえ心が折れそうになっても…必ず誰かが手を差し伸べてくれるのだ。俺が君の力を、君が望むものへ導こう。力が花開くその時まで…ついてきてくれる事を信じているのだよ――
扉の向こう側で休む華音に向けて、そう祈りを込めた井宿の心には。
『きっと、大丈夫よ。彼女なら乗り越えられると思うわ。井宿、今のあんたがあるようにね。あんたが彼女の道標になってあげなさい』
柳宿の言葉が浮かんでいた。